第4話
第2部
第4話
整備区画の夜は、いつも油と熱の匂いがする。
冷却ファンの低い駆動音が、壁の奥で絶え間なく唸っていた。
ギアは無言のまま床へ膝をつき、散乱したボルトを一つずつ拾い集めていく。
照明は半分ほど落ちている。
薄青い非常灯だけが、金属の床に冷たい筋を引いていた。
その時だった。
小さなナットが作業台から転がり落ちる。
視線を向けるより先に、ギアの右手が動いていた。
落下地点へ。
最短で。
寸分の狂いもなく。
指先が空中でそれを摘み取る。
音すら立たなかった。
「……」
ギアは自分の手を見つめた。
今の動き。
考えていない。
反射とも違う。
もっと深い場所で、身体だけが“知っていた”。
胸の奥がざわつく。
嫌な感覚だった。
最近、増えている。
知らないはずの操作手順。
初めて触れる機械への既視感。
そして時折、脳裏を掠める白い残像。
ギアは息を吐き、立ち上がった。
作業台の脇にあるモニタが、待機状態のまま黒く沈んでいる。
その表面へ、不意に人影が映った。
長い髪。
白い外套。
静かにこちらを見つめる、赤い瞳。
ギアの呼吸が止まる。
「……イリス」
振り返る。
誰もいない。
区画には、ファンの低音だけが流れていた。
再びモニタを見る。
そこにはもう、自分の姿しか映っていない。
だが黒い画面の片隅に、微かな文字列だけが残っていた。
《IRIS FRAME : partial synchronization》
ギアは、その意味をまだ知らない。




