第5話
第2部
第5話 「残響」
整備区画の朝は遅い。
地下層まで陽の光は届かず、時間の感覚は機械の稼働音でしか分からない。
ギアは眠れないまま、工具箱の前に座っていた。
冷えた金属缶の飲料を口へ運ぶ。
だが味はほとんど感じない。
脳の奥に、ずっと違和感が残っていた。
昨夜の表示。
《IRIS FRAME : partial synchronization》
(イリス機構:部分同期)
あれが何を意味するのか。
考えれば考えるほど、胸の奥が重くなる。
「……気のせい、じゃないよな」
小さく呟く。
その時。
区画の自動ドアが開いた。
白い蒸気と一緒に、小柄な影が入ってくる。
「おはよー。徹夜?」
明るい声。
現れたのはリノだった。
短い銀髪。
工具ベルトを腰に巻いた、若い整備士。
ギアは視線だけ向ける。
「別に」
「別に、って顔じゃないけど」
リノは作業台へ近づくと、不意に動きを止めた。
「あれ?」
彼女の視線が、机の上へ向く。
そこには分解途中だった補助ドローンが置かれていた。
だが内部配線が、完全に組み替えられている。
「……これ、誰がやったの?」
「俺だけど」
「は?」
リノの眉が跳ねた。
「いやいや待って。これ、旧世代の神経接続式だよ?」
ギアは黙る。
自分でも分からない。
ただ見た瞬間、“理解していた”。
どこへ繋ぎ、どこを切れば動くのか。
頭で考える前に、手が知っていた。
リノはドローンを持ち上げる。
起動。
青い光。
次の瞬間。
停止していたはずの機体が、静かに浮いた。
「……え」
空気が止まる。
旧型機が正常起動するなど、あり得ない。
しかも補助電源だけで。
リノはゆっくりギアを見る。
「ねぇギア」
「……何だ」
「あんた、最近おかしくない?」
その言葉に、胸がわずかに痛む。
ギアは答えず、視線を逸らした。
だがその時だった。
浮遊したドローンのセンサーが、突然こちらを向く。
赤い光。
機械音声が流れる。
《Hello… Iris protocol confirmed》
(こんにちは…イリス規格を確認)
ギアの背筋が凍る。
リノも動けない。
そして機体は続けた。
《Synchronization rate : 12 percent》
(同期率:12パーセント)
次の瞬間。
ドローンは火花を散らして停止した。
重い沈黙だけが残る。
リノが、かすれた声を出す。
「……今、“イリス”って言った?」
ギアは答えなかった。
答えられなかった。




