遅れて重なる 第38話
第38話
「灯火」
雨はまだ降り続いていた。
崩壊した研究施設。
燃え続ける瓦礫。
その中で。
ギアの掌にある小さな結晶だけが、 静かに青白く脈動している。
まるで心臓のように。
博士がゆっくり近づく。
震える手。
信じられないものを見る目。
「そんな……」
彼は掠れた声で呟く。
「理論上、有り得ない」
ギアが結晶を見る。
「これは……イリスなのか?」
沈黙。
博士は慎重に答えた。
「断定は出来ん」
だがその視線は、 明らかに希望を見ていた。
「同期空間崩壊時、人格情報の一部がコアへ退避した可能性はある」
カレンが眉を寄せる。
「人格情報って……」
博士は疲れ切った顔で空を見る。
「人間の記憶や感情を、情報として保持する技術だ」
「本来は完全保存なんて不可能だった」
「だがイリスは……」
そこで言葉を止める。
ギアが静かに続きを言った。
「同期し続けていたから」
博士が頷く。
「お前との接続が、存在を繋ぎ止めたのかもしれん」
雨音。
その時。
結晶が、 もう一度だけ淡く光った。
カレンが息を呑む。
「反応した……」
ギアはゆっくり結晶を握る。
温かかった。
機械なのに。
どこか懐かしい熱。
その感覚に、 胸が締め付けられる。
『今度は、一人じゃないから』
イリスの最後の言葉が蘇る。
ギアは小さく目を閉じた。
もう、 過去の繰り返しじゃない。
失って、 壊れて、 同じ結末へ戻るだけの時間ではない。
未来予測不能。
オブザーバーが、 最後まで答えを出せなかった世界。
カレンが隣へ座り込む。
「……で?」
ギアを見る。
「これからどうするの」
ギアは少し考えた後、 結晶へ視線を落とした。
そして
「助ける」
即答だった。
博士が、目を伏せる
カレンは呆れたように笑う。
「アンタほんとブレないわね」
「悪いか」
「別に」
カレンは雨空を見上げる。
「嫌いじゃない」
静かな時間。
燃える瓦礫の音だけが遠くで響く。
その時。
博士が低く呟いた。
「……だが、問題はここからだ」
ギアが顔を上げる。
博士の表情は険しかった。
「あの施設は、表向き存在しない研究区画だった」
「だが同期技術そのものは、完全に消えた訳じゃない」
嫌な沈黙。
カレンが眉をひそめる。
「まさか」
博士が頷く。
「オブザーバーは中枢AIだ」
「つまり――」
遠くで雷鳴が響く。
博士は崩壊した施設を見つめながら、 重く続けた。
「バックアップが存在する可能性がある」




