遅れて重なる 第35話
第35話
「現在という答え」
白い世界が、 ゆっくりと崩れていく。
だが先ほどまでの絶望的な崩壊とは違っていた。
空間そのものが、 “迷っている”。
壊れるべきか。
維持すべきか。
まるでオブザーバー自身が、 結論を出しきれずにいるようだった。
〈観測継続〉
黒い影が揺らぐ。
〈個体G-03は規定外変異を確認〉
〈原因特定不能〉
ギアは静かに立っていた。
その視線の先。
裂け目の向こうでは、 カレンが必死に何かを叫んでいる。
声は届かない。
だが分かった。
戻れ、と。
生きろ、と。
そう叫んでいる。
イリスが、 その姿を見つめながら小さく笑った。
「……いい顔するようになった」
ギアが振り返る。
「え?」
「前のあなたは、もっと危うかった」
イリスは少し寂しそうに続ける。
「誰かを守る時、自分を消す事を迷わなかった」
博士が目を閉じる。
否定できない。
過去のギアは、 常に “自己犠牲” を最適解にしていた。
だから何度も壊れた。
だが今は違う。
ギアは静かに言う。
「……俺は、お前も助けたい」
イリスの瞳が揺れる。
「でも、自分も消えたくない」
その言葉。
それは、 過去のどのギアも口にしなかった願いだった。
オブザーバーが反応する。
〈矛盾を確認〉
〈両立は理論上不可能〉
「なら」
ギアがゆっくり前へ出る。
「理論を外れる」
空間が震えた。
オブザーバーの輪郭へ、 再びノイズが走る。
博士が、 僅かに笑う。
「……本当に変わったな、お前」
ギアは苦く笑った。
「変えられたんだよ」
脳裏に浮かぶ。
カレン。
仲間達。
ぶつかり合った日々。
失敗。
怒り。
笑い声。
その全部が。
“死んでも繰り返すだけの存在”だった自分へ、 現在を与えていた。
オブザーバーが低く告げる。
〈再定義開始〉
〈個体G-03は“循環個体”ではない〉
〈新規存在カテゴリを設定〉
ノイズ。
赤い光が明滅する。
〈名称未定〉
その瞬間。
イリスの輪郭が、 急激に薄くなった。
「……!」
ギアが駆け寄る。
イリスは苦しそうに微笑んだ。
「時間切れ、みたい」
白い粒子が、 彼女の身体から零れ落ちていく。
現実世界との接続が、 限界を迎えていた。
ギアが手を伸ばす。
「待て!」
イリスは静かに首を振る。
「大丈夫」
消えかけた彼女は、 穏やかな目でギアを見る。
「今度は、一人じゃないから」
その言葉と同時に。
白い世界の崩壊が、 一気に加速した。
そして
オブザーバーが、 最後の観測結果を告げる。
〈結論〉
静寂。
〈未来予測――不能〉




