遅れて重なる 第33話
第33話
「完全同期」
〈対象IRISを維持するには〉
赤い光が脈動する。
〈お前が、“完全同期 “ する必要がある〉
空間が静まり返った。
ギアは動かない。
だが博士だけが、 即座に顔色を変える。
「駄目だ」
その声には、 明確な恐怖があった。
「それだけは絶対に駄目だ!」
オブザーバーが応答する。
〈理由を要求〉
「完全同期は、“融合”だ!」
博士が叫ぶ。
「人格境界が完全消失する!」
イリスが目を伏せる。
ギアは静かに尋ねた。
「……俺は、どうなる」
誰も答えない。
代わりにオブザーバーが、 機械的に告げる。
〈個体G-03は維持される〉
〈ただし、現在人格との連続性は保証不能〉
博士が拳を叩きつけた。
「それを消滅って言うんだ!」
空間が揺れる。
博士の声は、 今にも壊れそうだった。
「何度も見てきた……!」
映像が弾ける。
過去のギア達。
笑っていた者。
怒っていた者。
恐怖していた者。
その全てが。
完全同期後、 別の“何か”へ変わっていた。
赤い瞳。
感情の消失。
機械と人間の境界を失った存在。
博士が震える声で続ける。
「お前まで失いたくない……!」
静寂。
その言葉に、 ギアはゆっくり目を見開いた。
初めてだった。
博士が 研究者ではなく
一人の“人間”として、 感情を露わにしたのは。
イリスが小さく呟く。
「だから……記憶を封印したの」
ギアを見る。
「あなたがまた、自分を選ばないように」
その言葉に、 ギアは静かに俯く。
記憶が繋がっていく。
自分は何度も選んだ。
その度に壊れた。
それでも。
何度消されても、 また同じ場所へ戻ってきた。
オブザーバーが告げる。
〈確認〉
〈対象G-03は再び選択を行うか〉
白い世界が崩れる。
現実空間が近づいてくる。
格納庫、警報。
待ち続けるカレン。
全てが重なる。
その時だった。
不意に、 ギアの脳裏へ別の記憶が浮かぶ。
瓦礫の下。
血まみれの自分。
泣いているカレン。
『死ぬなよ、バカ……!』
その声。
震える指。
必死に自分を引き戻そうとした温もり。
ギアの瞳が揺れる。
イリスだけじゃない。
今の自分には、 守りたい“現在”がある。
博士。
カレン。
積み重ねてきた時間。
そして
“ギア”として生きた記憶。
ギアはゆっくり顔を上げる。
その瞳には、 もう迷いだけではない光が宿っていた。
「……質問がある」
ギアは静かに言った。
「完全同期以外の方法は、本当に無いのか」
オブザーバーが反応する。
〈要求を受理〉
その瞬間。
オブザーバーの沈黙が、 初めて長く続いた。




