遅れて重なる 第32話
第32話
「選び続けた理由」
白い空間を埋め尽くす、 巨大な黒い影。
オブザーバー。
それは人格というより、 “現象”に近かった。
感情は無い。
善悪も無い。
ただ記録し、 解析し、 結論だけを導き出す存在。
〈個体G-03〉
〈行動原理を再確認〉
低い機械音声が響く。
〈対象IRIS保護を最優先〉
〈全周回において同一結果を確認〉
ギアの脳裏へ、 再び映像が流れ込む。
幾つもの世界。
幾つもの終わり。
その度に。
自分はイリスへ手を伸ばしていた。
逃げても。
拒絶しても。
記憶を失っても。
必ず。
「……なんでだ」
ギアが呟く。
頭痛の奥で、 感情が軋む。
「なんで俺は……」
オブザーバーが即座に答える。
〈答え:同期本能〉
〈対象IRISはG-03人格維持の基点〉
〈ゆえに保護行動は必然〉
「違う!」
その声は、 ギア自身も驚くほど強かった。
空間が震える。
ブザーバーが、沈黙する。
ギアは立ち上がった。
呼吸は乱れている。
それでも。
その瞳には、 今までと違う光が宿っていた。
「そんな“機能”みたいに言うな」
記憶が蘇る。
幼い日の研究室。
泣いていたイリス。
差し出した手。
名前を、与えた瞬間。
それは命令じゃない。
プログラムでもない。
「俺は……」
ギアの拳が強く握られる。
「俺の意思で、イリスを選んだ」
沈黙。
初めて。
オブザーバーの輪郭が、 僅かに揺らいだ。
〈否定〉
〈感情は錯覚〉
〈選択は演算結果〉
「だったら!」
ギアが叫ぶ。
「何度繰り返しても同じ答えになるなら!」
白い空間へ、 強い光が走る。
「それはもう、俺自身だろ!」
静寂。
その瞬間。
オブザーバーの黒い身体へ、 無数の亀裂が走った。
博士が目を見開く。
「まさか……」
イリスも息を呑む。
オブザーバーは、 “理解できないもの” へ直面していた。
普通では、測れない意志。
損得を超えて、 誰かを選び続ける感情。
それは、 このシステムが最も苦手とするものだった。
〈解析不能〉
〈誤差発生〉
〈人格定義……再計算〉
ノイズが広がる。
空間が激しく揺れる。
そして
イリスが、 静かにギアを見つめた。
その瞳には、 涙が滲んでいた。
「……変わってないね」
彼女は小さく笑う。
「何回やり直しても」
ギアは振り返る。
イリスは、 今にも消えそうな輪郭のまま続けた。
「あなたは、いつもそうだった」
崩壊音。
白い世界が限界を迎える。
現実世界との境界が、 急速に近づいてくる。
だがその時。
オブザーバーが、 最後の警告を告げた。
〈最終確認〉
〈対象G-03へ提案〉
黒い空間の中心で、 赤い光が灯る。
〈対象IRISを維持するには〉
沈黙。
〈お前が、“完全同期”する必要がある〉




