遅れて重なる 第29話
第29話
「残された者」
白い世界が、崩れていく。
空間の裂け目から、 黒いノイズが流れ込み始めていた。
ギアは荒い呼吸のまま、 その場へ立ち尽くす。
戻った記憶。
蘇る感覚。
胸の奥に沈められていた“最後の日”。
『俺が、残るから』
幼い自分の声が、 何度も反響する。
「……俺が」
ギアの喉が震える。
「選んだ……?」
イリスは静かに頷いた。
その瞳には、 悲しみと、 少しの安堵が混ざっていた。
「あなたは、自分を同期核にしたの」
空間が揺れる。
遠くで雷鳴のような音。
「暴走したシステムを止めるには、“受け皿”が必要だった」
ギアの脳裏へ、 断片が流れ込む。
焼け落ちる研究棟。
暴走する同期炉。
崩壊していく施設。
その中心で。
幼いギアが、 自ら接続ケーブルを掴んでいた。
『やめろ!』
博士の叫び。
『そんな事をしたら、お前は――!』
だが少年は笑っていた。
泣いているイリスを見て。
『大丈夫』
『イリスは、生きろ』
ーーーーーーーーーーーー
記憶が途切れる。
ギアは俯いた。
拳が震えている。
「……じゃあ俺は」
声が掠れる。
「その時、死んだのか」
沈黙。
イリスは答えない。
それだけで、 十分だった。
白い空間の崩壊が加速する。
足元が砕け、 無数の光が奈落へ落ちていく。
だがギアは、 もう取り乱さなかった。
代わりに、 静かにイリスを見る。
「お前は、何を守ったんだ」
イリスの瞳が揺れる。
「……え?」
「俺の記憶を消してまで」
ギアはゆっくり言う。
「何を隠した」
その瞬間。
イリスが初めて、 はっきりと苦しそうな顔をした。
「それは……」
言葉が止まる。
そして
崩壊する空間の奥から、 別の声が響いた。
『言うな』
低い声。
重い響き。
空間の裂け目の向こう。
そこに、 博士が立っていた。
白衣は焼け焦げ、 顔には深い疲労が刻まれている。
「博士……!」
ギアが目を見開く。
だが博士は、 ギアではなくイリスを見ていた。
「もう終わりだ」
その声は、 諦めにも似ていた。
「これ以上、あいつを苦しめるな」
イリスが唇を噛む。
「でも……ギアには知る権利が――」
「違う!」
博士の怒声が空間を震わせた。
崩壊がさらに激しくなる。
「知れば、また繰り返す!」
ギアの鼓動が止まりそうになる。
“また”
その言葉。
博士は苦しげに目を閉じた。
そして
震える声で、 最後の真実を口にする。
「お前は、一度だけじゃない」
静寂。
「ギア……お前は、何度もイリスを救おうとして死んでいる」




