遅れて重なる 第27話
第27話
「最初の同期対象」
白光が消えた時。
そこは、もう格納庫ではなかった。
静寂。
果ての無い白い空間。
床も、壁も、境界すら曖昧な世界で、 ギアは独り立っていた。
「……ここは」
声が吸い込まれる。
そして
「遅かったね」
振り返った先。
少女がいた。
銀色の髪。
透き通るような白い肌。
静かな瞳。
ギアの記憶に、 何度も現れた姿。
イリス。
彼女は少し困ったように笑う。
「でも……来てくれた」
ギアは言葉を失う。
目の前にいる。
幻ではない。
記録映像でもない。
確かに“存在”している。
「お前は……」
「イリス」
彼女は答える。
「あなたが、名前をくれた」
胸がざわつく。
記憶が軋む。
ギアの脳裏に、 幼い日の断片が浮かぶ。
薄暗い研究区画。
ひとりぼっちで座る少女。
無表情だった彼女へ、 少年が言った。
『名前、いるだろ』
『……名前?』
『ずっと“被験体”じゃ嫌だ』
『だから、お前は――』
ノイズ。
頭痛。
ギアが額を押さえる。
イリスは静かに近づいた。
「無理に思い出さなくていい」
その声は優しかった。
優しすぎるほどに。
だがギアは首を振る。
「いや……知りたい」
彼は掠れた声で続ける。
「俺は何なんだ」
沈黙。
イリスの表情が、 僅かに揺れる。
「……怖くないの?」
「怖い」
ギアは即答した。
「でも、このままの方がもっと怖い」
その言葉に、 イリスは小さく目を伏せた。
そして。
「あなたは、“最初の同期対象”」
空間が震える。
白い世界に、 無数の映像が浮かび始める。
研究施設。
実験記録。
失敗した被験体達。
暴走。
崩壊。
その中心で。
幼いギアとイリスだけが、 奇跡的な同期率を示していた。
「私達は、人と機械を繋ぐために作られた」
イリスの声。
「でも博士は途中で気づいたの」
映像の中。
若い博士が、 震える手でモニターを閉じる。
『これは融合じゃない……侵食だ』
ギアの呼吸が止まる。
「侵食……?」
「同期が進むほど、境界が消える」
イリスは静かに言った。
「感情も、記憶も、存在そのものも」
白い空間に、 ひび割れが走る。
「だから博士は、計画を止めようとした」
だが
映像の中の警報。
武装兵。
封鎖。
そして炎。
「止められなかった」
イリスが初めて苦しげに顔を歪める。
「皆、“完成” を望んだから」
ギアの脳裏に、 ある疑問が浮かぶ。
「……じゃあ、俺は」
彼は震える声で尋ねる。
「人間なのか?」
長い沈黙。
イリスは答えない。
その代わり。
ゆっくりと、 ギアの胸へ手を当てた。
温かい。
確かな熱。
「あなたは、ギアだよ」
それは答えになっていなかった。
だが
今の彼にとって、 それ以上に重い言葉だった。




