遅れて重なる 第25話
第25話
「待っている者、迎える心」
ーー薄暗い格納庫の奥。
冷却ファンの低い唸りだけが、空気を震わせていた。
ギアの指先が、無意識に宙をなぞる。
「……まただ」
カレンが眉を寄せる。
「その動き……」
ギア自身も気づいていた。
右手を引き、左肩を僅かに落とす癖。
重心移動。視線誘導。踏み込み。
どれも、自分のものではない。
だが身体は、“知っている”。
「イリス……」
その名を口にした瞬間。
視界の端に、白い残像が走った。
ーー細い指。
ーー銀色の髪。
ーー振り返る横顔。
ノイズ。
頭痛。
ギアは壁へ手をついた。
「ッ……!」
「ギア!」
カレンが駆け寄る。
だがギアは、彼女を見るより先に、 格納庫中央の旧式フレームへ視線を向けていた。
そこに置かれていたのは、 かつて研究所で封印された試験機。
識別コードは消されている。
だが胸部装甲にだけ、 微かに残る刻印があった。
《IRIS》
沈黙。
空気が張り詰める。
「……まさか」
カレンの声が低くなる。
「残っていたの……?」
ギアはゆっくり近づく。
その瞬間――
機体内部で、 小さな起動音が鳴った。
〈……認証確認〉
誰も触れていない。
なのに。
〈同期因子……一致〉
赤かった補助ランプが、 ひとつ、 またひとつと青へ変わる。
ギアの呼吸が止まる。
そして
機体のモニターに、 一行の文字が浮かび上がった。
【待っていました】
カレンが後退る
「……嘘でしょ」
だがギアだけは、 なぜか恐怖を感じなかった。
むしろ。
“帰ってきた”
そんな感覚が、 胸の奥に静かに広がっていく。
その時だった。
格納庫全域の照明が、一斉に消えた。
警報。
赤い非常灯。
〈未登録アクセスを確認〉
〈中央区画封鎖開始〉
博士の声が通信へ割り込む。
『ギア! そこから離れろ!』
だが遅かった。
旧式フレームの胸部が開き、 内部コアが淡く発光する。
そして、機械とは思えぬほど穏やかな声が、 静かに響いた。
『……やっと、会えた』
ギアの瞳が見開かれる。
その声は。
間違いなく――
イリスだった。




