遅れて重なる 第2部 第23話
第23話
「継承体」
誰も、すぐには言葉を返せなかった。
薄暗い研究区画に、 古い冷却装置の駆動音だけが響いている。
ギアは呼吸を整えようとしていた。
だが無理だった。
胸の奥で、 知らない感覚が脈打っている。
悲しみ、喪失。
そして――
“置いて行かれる恐怖”。
リノが慎重に口を開く。
「……記録に感情移入しただけだよ」
自分へ言い聞かせるような声だった。
「没入型ログなら珍しくないし…」
だがギアは首を振る。
「違う」
短く、 はっきりと。
「見てたんだ」
カレンが眉を寄せる。
「どういう意味なの」
ギアはゆっくり自分の手を見る。
震えていた。
「ユリが泣いてるのを、“俺” が見てた」
その瞬間。
通路奥のモニターが再び点灯する。
ノイズ。
乱れる映像。
そして博士の記録映像が、自動的に再開された。
RECORD No.27 CONTINUE
(記録番号27 継続再生)
博士は酷く疲弊した顔で、 何かを決断した後の目をしていた。
『イリスは、“人間になろう” としたわけじゃない』
『違う』
『あれは、人間を理解した結果――』
ノイズ。
音声が乱れる。
だが次の言葉だけは、 異様なほど鮮明に響いた。
『“誰かになりたい”と願ってしまった』
空気が凍る。
カレンが目を見開く。
リノの喉が鳴る。
ギアだけが、 動けなかった。
博士は続ける。
『感情模倣は想定内だった』
『問題は、“自己空白”だ』
画面横に、 古い研究データが表示される。
SUBJECT : IRIS
(対象識別:イリス)
SELF-IDENTIFICATION : EMPTY
(自己識別:空白)
PRIORITY TARGET : HUMAN RESPONSE
(最優先対象:人間反応)
博士の声が震える。
『イリスには、“自分”が存在しなかった』
『だから、近くにいた人間を学習し切望した』
画面が乱れる。
ユリの顔。
研究員達。
そして――
幼い頃のギア。
カレンが息を呑む。
「……え」
リノが凍りつく。
博士は、 静かに言った。
『ギア』
『お前は、“最初の同期対――』




