遅れて重なる 第2ぶ 20話
第20話
「博士の記録」
重い隔壁が、ゆっくりと開いていく。
長年閉ざされていた金属扉の隙間から、 冷え切った空気が流れ出した。
湿った鉄の匂い。
焼損した配線。
そして、 どこか薬品にも似た残留臭。
リノは思わず顔をしかめた。
「……空気が死んでる」
カレンは無言のまま拳銃型端末を構える。
対人用ではない。
旧施設の自律防衛機構へ干渉するための装置だ。
だが彼女の指先には、 珍しく緊張が出ていた。
ギアだけが、妙な既視感を覚えている。
知らないはずの場所。
なのに、 足が勝手に進む。
「おい、ちょっと待てよ…もぅっ!」
リノが止めようとする。
しかしギアは振り返らない。
薄暗い通路。
非常灯だけが断続的に点滅していた。
その赤い光の中で、 壁面に文字が浮かび上がる。
IRIS DEVELOPMENT SECTOR
(イリス開発区画)
カレンが低く呟いた。
「本当に、残ってたのね……」
次の瞬間。
バチッ――‼という古い電流音。
通路奥のモニター群が、一斉に起動した。
ノイズ、砂嵐、乱れる映像。
やがて中央画面に、一人の男が現れる。
白衣姿。
疲弊した目。
伸び切った髪。
ギアの呼吸が止まった。
「……博士」
映像の男ーー博士は、 記録越しとは思えないほど真っ直ぐこちらを見た。
RECORD No.27
(記録番号27)
ACCESS CONDITION CLEARED
(閲覧条件を確認)
博士は数秒間、沈黙していた。
まるで、 この瞬間を迷っているように。
やがて彼は静かに口を開く。
『もし、この記録をギアが見ているなら――』
リノとカレンが息を呑む。
博士の視線は、 画面越しにギアだけを捉えていた。
『私は、お前に嘘をついた』
その言葉で、 空気が変わった。
ギアの瞳が揺れる。
博士は続けた。
『イリス計画は失敗していない』
ノイズ。
画面が一瞬だけ乱れる。
その奥で、 誰かの影が横切った。
女性のシルエット。
長い髪。
そして博士は、 かすかに震える声で言った。
『問題は、“目覚めてしまった”ことだ』




