遅れて重なる 第2部 19話
第19話
「封鎖区画」
整備区画に、不自然な静寂が落ちていた。
微かに響く冷却音だけが、空間の奥で脈動している。
ギアは胸元へ触れたまま動かなかった。
博士から渡された小型コア。
停止しているはずのそれが、 今も僅かな熱を持っている。
まるで――
呼吸しているように。
リノは端末画面を睨みながら、小さく呟いた。
「あり得ない……」
カレンが振り返る。
「何が?」
リノは唇を噛み、表示されたログを指差した。
USER TRACE : IRIS PRIORITY
(識別追跡:イリス最優先)
「この認証階層、旧中央研究局の最上位だ」
「つまり?」
カレンの問いに、リノは乾いた声で答えた。
「“イリス本人”として扱われてる」
空気が凍る。
ギアは意味を理解できず、眉を寄せた。
「待てよ……俺だぞ?」
「だから怖いんだ」
リノは即座に返した。
「あんたのIDじゃない。“向こう”が、お前をイリスとして認識してる」
ギアの背中を冷たい感覚が走る。
理解より先に、 本能が警告していた。
カレンはゆっくりと端末へ近づいた。
古い監視画面。
死んだはずのシステム。
その隅に、新しい項目が浮かび上がっている。
ACCESS ROUTE OPEN
(接続経路を開放)
SECTOR-0 UNSEALED
(第零区画封鎖解除)
その瞬間。
整備区画全体が低く震えた。
「……っ!」
天井灯が一斉に明滅する。
遠くで、 重い隔壁が動く鈍音が響いた。
ゴゴ……ッ、と。
何年も閉じられていた巨大構造物が、 軋みながら目覚めていく。
リノの顔色が変わる。
「第零区画って……まさか」
カレンが、低く言った。
「イリス開発棟」
沈黙。
その名前だけで、 空気が一段冷える。
そこは封鎖後、 誰も立ち入っていない。
いや――
立ち入りを許されなかった場所。
ギアは無意識に尋ねた。
「……博士は、知ってたのか」
誰も答えない。
その代わり。
区画全体へ、古びた機械音声が流れ始めた。
ノイズ混じりの、 途切れかけた女性音声。
WELCOME BACK
(おかえりなさい)
ギアの呼吸が止まる。
その声を、 彼だけは知っていた。




