遅れて重なる 第2部 17話
第17話
「気付かない変化ー伝播」
薄暗い整備区画。
天井を走る補助灯だけが、青白く床を照らしていた。
ギアは無言で作業台に向かっていた。
分解途中の駆動ユニット。
乱雑に見える工具。
だが、その手順だけは異様なほど正確だった。
カレンが、ふと眉を寄せる。
「……まただ」
「何が?」
横で端末を弄っていたリノが顔を上げる。
「動き」
カレンの視線は、ギアの左手に固定されていた。
工具を回す角度。
部品を受け止める指。
視線を向ける前に次の工程へ入る癖。
それは以前のギアには無かった。
もっと荒く、力任せで、直感的だった。
今の動きは違う。
静かすぎる。
まるで――
「イリスみたい」
その瞬間。
ギアの手が止まった。
空気が、一瞬だけ凍る。
だが本人は、自覚が無いように首を傾げた。
「……そうか?」
「そうよ」
カレンは即答した。
珍しく迷いが無かった。
「無意識なのが余計に気持ち悪い」
「酷い言い方だな」
「褒めてないもの」
だが、その声音には僅かな緊張が混じっていた。
リノも気付いていた。
ギアは“技術”を真似しているんじゃない。
“間”を再現している。
動作に入る呼吸。
重心移動。
判断の沈黙。
人間そのものを写し取るような変化。
それは機械学習でも模倣でもない。
もっと深い。
もっと危うい何かだった。
ギア自身は気付かないまま、工具を置く。
その動きすら、イリスに似ていた。
カレンは小さく舌打ちした。
「……最悪」
「そこまでか?」
「そうよ、そこまでよ」
彼女は視線を逸らさず言った。
「人ってね、“技術”を盗まれるより、“存在”を再現される方が怖いの」
沈黙。
その言葉だけが、やけに重く残った。
そして区画の隅。
誰も起動していないはずの監視端末が、一瞬だけ微かな光を灯した――




