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遅れて重なる 第2部 16話

第16話


「待ち続けた者」



 静寂。

 施設の駆動音だけが、小さく響いている。

 ギアはユリを見ていた。

 真っ直ぐに。

 逃がさないように。


「……待っていた?」


 低い声。

 ユリは頷く。


「ああ」


 その横で、 リノが小さく顔をしかめる。


「いやちょっと待って」


 珍しく声が弱かった。


「話が重いんだけど」


 カレンも整理し切れていない。

 端末を握ったまま、 視線だけが揺れている。


「イリス計画……系列個体……」


 彼女の知る都市の歴史には、 存在しない話だった。

 いや。

 違う。

 消されている。

 意図的に。

 イリスは静かに言った。


「都市は、崩壊を止められなかった」


 白い瞳が、遠くを見る。


「人も、大地も、壊れ始めていた」


 その声には感情が薄い。

 けれど、 聞いているだけで苦しくなる。


「だから人は、“適応する人類”を作ろうとした」

 カレンがゆっくり顔を上げる。


「異能力者計画……」


「そう」


 イリスは頷いた。


「でも、本当に欲しかったのは力じゃない」


 その時。

 培養槽の液体が小さく揺れる。

 中で眠る“最初のイリス”。

 オリジナル。

 彼女を見ながら、 イリスは小さく呟いた。


「欲しかったのは、“器”」


 ギアの胸が妙にざわつく。

 知っている。

 その言葉を。

 どこかで。


「器……?」


 リノが首を傾げる。

 イリスはギアを見る。

 真っ直ぐに。


「世界を繋ぎ止める為の存在」


 その瞬間。

 ギアの頭へ、 また映像が流れ込む。

 白い空。

 崩壊する都市。

 赤い警告。

 そして

 泣きながら、 こちらへ手を伸ばすイリス。


《行かないで》


 ノイズ。


《ひとりにしないで》


 ギアが息を止める。

 胸が痛い。

 感情が、妙に苦しい。

「……何だよこれ」


 自分の記憶じゃない。

 なのに。

 心だけが覚えている。

 その時だった。

 施設奥で、 重い隔壁音が響く。

 ユリが即座に振り返る。


「来たか」


 戦闘モードへ切り替わる。

 肩部火器展開。

 カレンも端末を開いた。


「中央反応……!?」


 リノが槍を握る。


「早くない!?」


「ゼロ階層が起動した影響です」


 カレンの声が硬い。


「隠蔽状態が崩れた……!」


 その瞬間。

 施設全体へ警報が鳴り響いた。


《Administrator authority detected》

(管理者権限を確認)


 空気が変わる。

 イリスの表情が初めて揺れた。


「……うそ」


 ユリが目を細める。


「誰だ」


 直後。

 施設最奥の巨大扉が、ゆっくり開き始めた。

 暗闇。

 その奥から、 足音が響く。

 一歩。

 また一歩。

 そして

 白衣を着た男が現れた。

 歳を取っている。

 だが瞳だけは異常に鋭い。

 男はギアを見る。

 次にイリスを見る。

 そして静かに笑った。


「やはり戻って来たか」


 イリスの顔色が変わる。


「……博士」



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