Episode3:出張
この世界のTips3:魔法
大概のファンタジーと同じように、この世界にも魔法というものが存在する。そのおおまかな実態は以下の通りだ。
この世界には大前提として、様々な属性とそれぞれに対応した性質を持つ新物質「マジシウム」が存在する。この世界における魔法というのは、それぞれに対応するマジシウム粒子を利用することにより起こす事象全てである。
次にこの世界の人間にはごく一部の例外・非人間を除き全員が体のどこかしらに紋様を持つ。紋様の形状はすべて円環型であり、この数及び交点の数により魔法の才能が決まる。
基本的に円関数=総合的な魔法の才能、交点数=魔法の制御レベル、色=その人が最も得意とする魔法の種類、とされている。今のところ、歴史上の最多が10、現時点で確認されている最多が6である。
基本的に、例えば円環の数が4つ、交点数が6の場合『Δ6級魔法使い』と呼称され、才能的には「円関数が多くある」>「交点数が多くある」と言った感じ。例えばΓ0>B2>B1と言った感じである。
魔法使いは主に基礎魔法を主に使用する。基礎魔法とは魔法を使えるものであれば、ステータスの問題はさておき理論上誰でも使用可能とされる魔法を指す。
各魔法ごとにα~κのランクが割り振られている。それぞれ後ろのギリシャ文字になるほど必要な魔法力も効果も上昇する。例えば火属性魔法の場合、「ピュール(πῦρ )α・ボリーダ(βολίδα)」で火球を生成し飛ばし、その上位にあたる同じ火属性魔法の「フォティア・ティス・コラシス(φωτιά της κόλασης)」は前方に炎の波を発生させるといった具合だ。
この世界の魔法は一見ファンタジーに見えて、実は膨大な化学理論のもとに打ち立てられた複雑なものなのだ。
バーミンガムはロンドンから見て北に位置する工業都市の一つ。ロンドンからだいたい道のり200kmで、そこまで経費を使って馬車を予約していた三人は、その馬車の小休止なども含めて約36時間でバーミンガムに到着。
4月7日の午前6時ごろ。
場所はヨーロッパ・グレートブリテン島、バーミンガム。
天気は曇り。この季節の早朝にこの天候ときて、少し肌寒い。
「あーねみー。なんかこうさー、ワープアイテムとかねーの?」
バーミンガムの少し南のバスターミナルならぬ馬車ターミナルで馬車から降りたオーディンがあくび混じりにぼやく。そのガムをクチャクチャと噛みながらしゃべるのやめい。
「あるわけないじゃん。この距離でワープ装置をつなげるって仮定してもだいたい200万T、僕らの生涯年収ぐらいかかるんだからね?」
ちなみに、この世界のお金の基準である1T≒1米ドル≒100円前後である。つまり防衛隊というブラック団体に務めるジークたちの生涯年収はだいたい2億そこらである。そんなことを思いながら、サラリーマンの生涯年収レベルという薄給で労働基準法違反まっしぐらのレベルでこき使われている事実にジークが涙を流す。
「そうは言ってもよ、ふつうこういうのって経費とかそういうのおりたりするもんじゃねぇの?」
「無理でしょ。こんな地方に。」
訂正しておくが、ロンドン自体は言うほど地方というわけでもない。
この世界では国家構成が現実世界のそれと大きく異なる。今彼らがいるグレートブリテン島は現実世界で言うならイギリスに当たるわけだが、この世界では「コンコルディア王国」というヨーロッパのほぼ全域を支配する巨大な国家の統治下にある。ちなみに首都はなんやかんやあってベルリンに位置する。そして、その首都どころか大陸部分から離れているイギリスのロンドンはあまり使われていない地方都市という身分に収まらざるを得ないのだ。
そしてそんな地方都市に大金を用意する能力はないし、国がそう簡単に大金をくれるわけもない。そのあたりは現実世界も同じだろう。
「あーあ、なんつー世知辛い世の中だぜ。」
「まぁまぁ、馬車使うお金だけでも用意してくれたんだから感謝しようよ。それに、平和ならいいじゃん。」
「平和なら俺らに出張任務は来ねーよ。」
「ごめん。」
突然冷静になってサクッとツッコミを入れるオーディンと、それに気圧されてなんとなく謝るジーク。
その後ろでエルヴァは何をしていたのか。一冊の本を読んでいた。気になったジークが尋ねる。
「ところで、エルヴァさんは何を読んでるんですか?」
エルヴァは本を閉じ、表紙を彼らに見せる。
「『武器の手入れ大全』…?」
「そう簡単に壊したら申し訳ないので。」
「値段なんか気にする必要ねーよ。経費が過剰になったってあの無能女が建て替えるから。」
オーディンがため息混じりに言った。
「どういうことですか?」
「あのバカ、経費決算が合わないと他人のミスを洗おうとするのは当然ながら『自分の能力は完璧である』ってアピールするために自分の給料から無料で建て替えてんだよ。副隊長だからそれなりに給料は良いんだろうけど、ほんとあそこまでやってなにがしたいのやら。」
街に入った三人は、奇妙な違和感に襲われた。
武装した人間がほとんどいないのだ。
ロンドンの防衛隊なら人数が足りていないとは言え、よほど防衛隊の欠席が多くない限り街を歩いていたら二人ぐらいは防衛隊職員を見かける程度には人数があった。
しかしこちらは、周辺をいくら歩いてもそもそも武装した人物を見かけること自体がない。これは何を意味するのか、防衛隊は言うまでもなくギルド所属冒険者もろくにいない、つまり何かしらのトラブルが起こったところでそれを解決する能力が徹底的に死んでいるのだ。
「こりゃぁ、うちに出張頼むのも無理はねぇな。」
「人口はじめ街の規模はほぼ同じ。なのに仕事する人はうちより少ない。正直僕らの職場はブラックだって思ってたけど、そうでもなかったね。」
「でもよぉ、防衛隊は若干数が左右するもんかもしれねぇけど、なんだってギルドのやつらもあつまらねぇんだ?」
「バーミンガムが工業都市だからでしょうね。」
意外なことに、ジークではなくエルヴァが口を出した。
先程から何回も出ている「ギルド」だが、この世界のギルドのシステムは一般的なイメージとだいたい同じ、冒険者たちはギルドを通して斡旋された依頼をこなし日銭を稼ぐ。
さて、この粗雑な説明を踏まえてなぜこの工業都市にギルド冒険者が集まらないか、想像できただろうか。オーディンは想像できなかったようだ。
「長ったらしい説明はいいからよ、さっさと教えてくんない?」
「依頼がひどすぎるんです。」
ちょうどこの街のギルド庁舎、の看板が傾きかけているあばら家の窓から三人は壁に貼り付けられた依頼書を眺める。エルヴァが説明を開始した。
「材料の採集、商隊の護衛や物資の輸送といったものばかり。しかも格安とまではいかないまでもたいして報酬が高いまでもない。これが原因です。」
「確かに、僕らみたいな若年層はそういう地味な任務を嫌う傾向があるし、中堅層以上もこんな初心者向けで割に合わないしごとはやりたがらないね。」
「でもよー、そんなら依頼料金上げりゃいいだけの話じゃねーの?」
「そこが落とし穴なんです。」
エルヴァはほんの僅かにだが語気を強めた。
「これらの依頼が処理されないと物流も産業もストップし街のお金はなくなって依頼料金を上げることもできないどころか払えなくなる可能性だってあります。そして余計に人が集まらなくなる。典型的な地方都市衰退のスパイラルです。」
「わっけわかんねー。商売ってのは難しいんだなー。」
オーディンがあくび混じりに聞き流す。おそらく半分程度しか理解できていない。
「そしてこのような民間で片付けられない仕事は公共事業となり、貴方がたのような安い給料で好きなだけこき使える公務員にお鉢が回ってくるわけです。」
「前言撤回。もっと詳しく聞かせてくれ。」
ああ社会の悲しきシステムよ。どうかこの意地汚い公務員に幸あれ。
そんなことを話している間に、三人はこの街の防衛隊の施設、とは名ばかりのそこらの交番サイズの詰め所にたどり着いた。
「さ、行くよ。」
「おう、なんだ、にーちゃんたちが出張のやつらか?」
詰め所に入るなり、中の椅子に座りあぐらをかいていた中年男性が声を掛ける。
「そうです。ロンドン防衛隊からそちらの応援に参りました。」
「ほえー、お前らみたいな坊主が応援たぁな、出世したか人手不足がそっちにも感染したかの二択だな。」
「残念ながら後者です。」
「あらら、そいつぁーご愁傷さま。んで、後ろのやつは誰だ?」
中年男性がエルヴァを指差す。
「はじめまして、エルヴァと申します。諸事情により彼らと同行することになりました。ご了承願います。」
「あーやめとけやめとけ。こんなところでも敬語使ってたら後で苦労するぞ。こいつ、ジークが異常なだけだ、こんなん気にするな。」
「何気に傷つきのでやめてください。」
オーディンが近くにあった椅子にもたれかかる。オーディンが中年男性に尋ねた。
「で、結局仕事はなんなの?なんか討伐って聞いたけど。」
「まぁまて、たしかもう一人助っ人が来るとかなんとか…」
「あれ?ジークじゃん!もしかして出張先ってここだったの?」
後ろから例のごとく場違いな可愛らしい声が響く。
「……クリスティーナ……。」
ジークが後ろを振り返り、状況を把握してその声を絞り出すまで約5秒を要した。
「なんでお前がついてきてるんだよ。」
あのあと依頼の説明諸々が終わり、四人は取りそこねた朝食へと向かう。状況を飲み込みきれていないオーディンがクリスティーナを問い詰めた。
「知ってるわけ無いでしょ。たまたまおなじだっただけだもん。」
「『だもん』じゃねえよボケ。その語尾多用するやつは可愛くないからな?」
「そんなことよりあなたは先週送った『女性への気の使い方』1ページも読んでなさそうね?」
オーディンの顎にクリスティーナのアッパーが炸裂した。
「ねぇねぇ、朝ごはんここにしようよ。」
割り込むように声を出したジークは、一軒のレストランを指さしていた。
店に入ってから数分後、全員が料理の注文を終える。
そういえば後で知ったことだが、クリスティーナはどうやら魔法使いらしい。そんな彼女が会話を切り出す。
「でも私、みんなについてこれて良かったと思ってるのよ?」
「なんでだよ。普通こういうのって、任務終わってぼろぼろになって返ってきたこいつにお前が心配しながら抱きつくのが定番だろ?そこまでは黙って見送れよ。」
「そんな雰囲気を出した結果二度と帰ってきませんでしたで泣いた女性がいままで何回いたと思ってんのよ。」
「おいおい、それすでに有名になった英雄とその伴侶の話だろ?まだ別に著名になってもいない俺等に関係ある話じゃねえって。別に俺等が主人公的な何かだってんなら話はべつだろうけどよ。」
無言で水を飲みながらクリスティーナとオーディンの会話を聞いていたエルヴァは、なんだかすごいメタな話をしている予感がした。
そんな中ふと、エルヴァの目に一人の少年が写った。
黒髪で身長175cm弱のその少年の服装は白ワイシャツの上に紺ブレザー、黒ズボンという、一見するとそのへんにいそうな格好だが、周りに比べどうも異質な感じがする。彼は左手で持ったサンドイッチを時々口にしながら、右手で「山岳地方のモンスター集」という本を眺めている。トップページには恐竜時代を飛んでそうな翼竜型のモンスターが描かれている。
「エルヴァさん!料理きましたよ!」
ジークの一言で、エルヴァは現実に引き戻された。
ジークの前に運ばれて来た料理はフィッシュアンドチップスだ。クリスティーナがそれに口を出す。
「ほとんどおやつじゃん。ご飯がわりのおやつって体に悪いのよ?」
「でも、どうせこのあと戦闘するんだからその途中にお腹痛くなっても困るじゃん。」
ナチュラルな戦闘脳に若干呆れるクリスティーナに対し、ジークはもうすでに頬張った白身魚のフライでハムスターのように可愛らしく頬を膨らませながら言い返している。魚は断面図からしておそらくタラだろう。
「どうでもいいけど、ソース忘れんなよ。お前素材そのままの味でいけるやつだからな。」
「素材そのまま過ぎて何でも食べまくった結果毒耐性もついてるわよね。」
「え?」
オーディンの釘刺しとクリスティーナの付け足しに対し、あっけらかんととぼけてみせるジークをエルヴァは不思議そうな目で見ていた。
「(…そんな簡単に毒耐性って身につくのだろうか?)」
さて、そういうクリスティーナの前には、フルーツたっぷりのパフェとケーキがやってきた。それを横で見ていたオーディンが「理解不能」の目でクリスティーナを見る
「昼ご飯におやつ食べるなって言ったのはどこの誰だよ…」
「あら、私は女の子よ?考えなしにお肉とか高カロリーな魚とか揚げ物とか頬張れるあなたたちと違って、女子はカロリーとかには気をつけなきゃいけないの。」
「お前のその思考回路にはもうおどろかないけどよ、スイーツって女子が太る要因の中でもトップに…」
言葉が終わるよりも前に、クリスティーナの拳がオーディンの鼻にヒットしていた。クリティカルヒットだ。
「公共の場ですよ。」
エルヴァが彼らをたしなめる。いつの間に彼は保護者になったのだろうか。
オーディンの前には、ちょっと遅れて別の店員によって食事が運ばれてきた。
「おまたせしましたー!こちら店長のスペシャルレシピ、『かつて日本で学んだトンカツテーショク』でございまーす!」
「…いただきます。」
オーディンは運ばれた料理に対し普段の素行からは想像できないぐらい行儀よく手を合わせたあと、イギリス人とは思えないぐらいの箸さばきでトンカツ定食を味わい始めた。
「ほんとオーディンってニッポンの料理好きだよね。」
「当然だろ?だって俺はお袋が日本人なんだぜ。」
関係あるのだろうか、とエルヴァは考えた。というかそもそもトンカツってフランスの料理「コートレット」が発しょ(ry
エルヴァの前に運ばれてきたのは、ただの蒸したじゃがいも。当店で最も安いメニュー。
「それって何か他のやつの付け合せで頼むものじゃありませんでしたっけ?」
「大丈夫です。私は最悪炭水化物だけ取れれば十分ですので。」
「それは人間もそうなんじゃ……」
ジークは若干ドン引きしていた。良い子の皆さんはタンパク質や野菜などもバランスよく食べましょう。
その後運ばれてから平均10分強で食べ終わったジーク達が、無駄にお上品にパフェを頬張るクリスティーナ待ちでさらに15分持っていかれたのは…なんと言えばいいのだろうか。
「最近の女子ってみんなこうなのか?遅すぎない?」
「偏見はよくないよオーディン。間違っていない気もするけど。少なくとも彼女が食べるのが遅いのは昔からでしょ。」
「お二人とも、その声量だとたとえ咀嚼中の人でもこの距離なら普通に聞き取れますよ。」
ちなみに彼女が食べ終わったあとふたりともしっかりチョップを一発ずつ脳天にもらっていた。




