Episode2:客人の処遇
この世界のTips2:この世界の地理
この世界は現実世界のパラレルワールドであるため、地形などこそあまり変わっていないが、都市や国家の配置などはだいぶ変わっている。
現実世界には国がおよそ200ほど存在するがこの世界は複数の巨大国家によって統一されている。たとえば現在主人公たちがいる場所は現実世界ならイギリスだが、この世界では『コンコルディア王国』というヨーロッパのほぼ全域を支配する巨大な国家の統治下にある。アメリカ大陸は南北統一していたり、支配域だけならソ連と同じ国が復活していたり、中国がアジアの半分を支配していたりとなかなかカオスである。
要するに、現実世界で培える「この都市は〜」「この国は〜」という知識は、せいぜい大まかな位置関係以外さっぱり役に立たないということだ。
あれから待つこと約1時間、午前11時ごろ。
場所は引き続きロンドン、街の西にある商業地区の中央に位置する商店街。
天気は若干変わり晴天よりの晴れ。気温がやや上がりぽかぽかと心地よい空気。
結局あのあと、エルヴァは精神病棟である程度の心理テスト及び尋問を行い、「こちら側への明確な敵意はない」ということで一旦客人扱いになった(。そしてその時にこちら側の自己紹介もすませた)。まではいい。
「なんでだよ…。」
イライラ度Maxの表情で歩いているオーディンが納得いかないといった顔で呟く。
「まぁまぁ、今更言ったってどうしようもないじゃん。」
「だからってよぉ……。」
オーディンが後ろを振り返る。そこにいたのはオーディンをなだめたジークではない。彼は右だ。オーディンの後ろにいたのは……。
「なんで俺らが、こいつの面倒見なきゃいけねぇんだよぉーーーーーーーーーー!!」
オーディンが後ろを振り返りエルヴァの姿を確認した直後、彼の咆哮じみた叫びが、周辺に響き渡った。
時は少し遡り10時30分頃。だいたい精神診断を一通り受けてエルヴァの無害診断が出たタイミング。
場所はロンドン南の防衛隊軍事施設のうちの医療棟。
「そんなわけで、こいつの面倒よろしくな。」
病棟からエルヴァを連れ帰って来たガイスターが、ちょうど防衛隊の自主訓練を終えて食堂でプロテインをがぶ飲みしていたジーク、オーディンに向かって言い放った。
「HUH?」
理解が追いつかないオーディンがどこかのミームのような声を上司に向かって放つ。
「『HUH?』じゃねぇよアホ。百歩譲って俺上官だってこれ何回目だ?」
オーディンの無礼にツッコミを入れようとして途中からガイスターもわけがわからなくなる。何回かは彼らも覚えてないし作者も覚えていない。
そして、状況が読み込めないのはジークも同じであった。
「えっと……それはどういう?」
「どういうもこういうもあるかボケ。こいつの面倒見ろって言ってんだよ。」
ジークは約数秒かけて、ようやくガイスターがこの無害診断が出たとは言え未だに不審者という立場から脱却できていない謎人物を見張ってろと主張しているということを理解した。
「……なぜ…?」
ジークがその疑問符を言い終わるよりも前にガイスターがエルヴァの右肩に左肘を置く。
「(たのむよー。上層部もこんな貴重な戦力をこの人材不足の中引き込もうって必死なんだよ。な?頼むって?俺とお前の仲とは言わないけどさぁ、後でプロテイン奢ってあげるから。な?)」
「(それはわかるんですけど……。)」
ガイスターをなんとか引き剥がしながらジークが小声で聞き返す。ちなみに当事者のエルヴァは何を考えているのか食堂のメニューをじっと眺め、メモ帳らしき物体によくわからない数式を書き込んでいる。
「(なんで僕達なんですか?僕達別に新入生担当とかそういうのになった覚えないですよ?)」
「(言っただろ?人手不足って。その新入生担当はもちろん大半の防衛隊が立て続けの仕事で出払っちまってよ、今いるのがお前らと……)」
「あら、こんなところでまたパワハラしてるのかしら?」
後ろから挑発的な声が投げられる。
声の主は、にこやかながら相手を煽るときの顔をした女性であった。
身長は172cm、首まで切り揃えた茶髪でチョコレートブラウンの瞳を持ち、起伏のない体つきだ。その上にやりすぎなぐらいの軽装で服の上から肩などごく一部を守っているに過ぎず、はっきり言って鎧なんて着ていないに等しい。また、腰にはショートソードぐらいの長さのレイピアを装備している。
彼女の名前はマリーナ=デクスター・ブラウン。この防衛隊の副隊長を務める、
「(この無能しかいないわけなのよ。)」
小声と共にガイスターがジークに最後の耳打ちをした。
「相変わらず部下に無茶な仕事を振るのがお好きなようね?そんなことをしている暇があったら、あなたも働いたらどうなのかしら?」
「その言葉そっくりお返しさせてもらうぜ。デスクワークと言い張って机で居眠りしてるポンコツさんよぉ?」
ガイスターとマリーナ、防衛隊の隊長と副隊長がお互いヤンキーのように距離を詰める。
「相変わらずアナログなのね。それだから部下に残業を強いなきゃいけなくなるぐらい仕事がたまるのよ。」
「おうおうおう、言ってくれるじゃぁねぇか。自分に残業を課さないと通常業務を終えることすら出来ないム=ノウよう。」
なんだム=ノウって。そんなやり取りを横目に、ちゃっかりといつのまにか食堂のおばちゃんに捕まって食材運びを手伝わされていたエルヴァが、ジークたちに話しかける。
「(失礼なんですが、お二人は一体どういう関係なのですか?)」
「(あー、えっとねー…。)」
小声でジークが返す。
根性論とスーパーパワーハラスメントの二連コンボで部下に大量の仕事を投げるガイスターと、ホワイトチョコぐらいホワイトな職場環境づくりを目指すマリーナ。一見彼女に人気が集まりそうではあるが、そこには二つの大問題があった。
1つ目は純粋に彼女がカリスマ性ゼロのポンコツであるということ。
月に一回行われる体力テストでは毎回のように最下位争い、実戦訓練で果敢にガイスターに挑むまではいいが惨敗、身体的な能力はぶっちゃけジークの方が高いぐらい。じゃぁ頭がいいのかと言われるとそんなことはなく、そこらの職員より僅かに書類の処理スピードが早いというだけ、しかも量を増やせば不平等と喚いて働かなくなる。そのため防衛隊の世間話では、「彼女の自信はどこから来るのか」というトピックがトップクラスで定番である。
2つ目は、そもそもこの理想が不可能という事である。
防衛隊は名前の通り街に危害をもたらすモンスターなどを討伐するのが主な任務のハズなのだが、街の治安管理という話で窃盗犯の確保だの酔っぱらいの補導だの喧嘩の仲裁だの、挙句の果てには猫探しにまで使われてしまう、警察よりもひどい組織である。本来ならこの世界に存在するそういった便利屋として利用しやすい職員を派遣してくれる「ギルド」というものもあるが、『防衛隊に頼めばタダ』理論で駆り出されるから仕事は減らない。しかし防衛隊の人数はそう簡単には増えない。つまり防衛隊が馬車馬のように働いてようやく処理できるような仕事をありもしない効率化論で片付けようとするマリーナよりも、もはや馬車馬として働かせる前提でこう見えてある程度福祉を整えてくれるガイスター、後者に人が集まるのは自然なのであった。
「(なるほど……さしずめ『ブラック前提でそれを死ぬ気でフォローするパワハラ上司』vs『甘すぎる理想論が好きな無能部下』といったところでしょうか。)」
「(いったいどこからその無駄な語彙が出てくるんだよ。)」
エルヴァの分析に後ろからオーディンがツッコミを入れる。もちろん二人に聞こえないよう小声で。
その後も二人の口論はしばらく続いた。
「で、結局あのポンコツ女のモーニングならぬヌーンルーティーンのお陰で助かったんだっけか?」
あのあと結局マリーナが「いけない、今日のフランス語レッスンが始まっちゃう」とか言って防衛隊活動時間という枠も直前のガイスターとの口論もすべてかなぐり捨てて離脱してくれたお陰で、エルヴァの監視という任務は無事二人に投げられることとなったのだ。
「で、こいつ連れてどこいきゃいいんだっけ?」
「あぁそうそう、今回は出張任務なんだって。」
「HUH?」
オーディンが再びミームの声を再現する。それに対し、ジークはポケットから折りたたんだ地図を取り出し広げた。
「今回の任務なんだけど、北に行ったバーミンガムでの任務なんだって。」
「ちょいちょいちょいちょいまてまてまてまて、俺ら人手不足だって話だったよな?こんな状況でなんで出張って発想が出てくるんだよ!?」
「あっちのほうが人手不足がひどいから。詳しくはあとで話そうよ。」
そういうジークの指差す先にあるのは、防衛隊の職員が懇意にしているお店。看板には「武器屋オーバーアタッカー」と書かれている。
「今はともかく、エルヴァさんの武器を調達しないと。」
「へいらっしゃい、武器屋オー…なんだ、小僧二匹か。なんか知らんやついるけど。」
この店の店主である橙色の作業服をまとった中年男性、名前はオレアン=アーバー・ブレードスミス。彼は二人、特にオーディンを睨む。
「まーた刀へし折ったんじゃねぇだろうな?この…」
「ちげーよジジイ、真っ先に俺を疑うのやめろ。」
オーディンも呆れたような目で返す。なお、ジジイと言っているが別にこの二人に血縁関係はない。
「なーにを儂がキチガイみたいに言っとるんじゃ。てめーがこの店に来る時86.25%はてめーが刀へし折った時だろ。」
「キッショ、なんでそこまで数えてんだよ。」
「オレアンさん?」
オーディンとオレアンのやり取りに対し、ジークが控えめに横槍をいれる。
「おぉジークか。なんじゃオーディン、ジークに一緒に謝りにきてもらったか?」
「いーかげんにしろっての。」
その時、半ばジークに腕を引かれる形で会話を遠巻きに眺めていたエルヴァが顔を出す。
「この方の武器を見繕ってほしいんですが。」
「それじゃぁ、何か良さそうなのがあったら言ってね。」
「おうよ。」
エルヴァとオーディンが店の陳列棚に並んだ様々な武器を眺め、時々手にとりながら感触を確かめる。ジークとオレアンはそれを横目に購入の手続きを先に済ませられるだけ済ませるつもりだ。
「それじゃいつも通り、あとから防衛隊経理に請求書送るって形でいいよな。」
「はい。」
ジークがオレアンから差し出された書類に自分の名前や防衛隊所属番号だとか自分の直属上官の名前だとかそういった必要事項を書き込む。金額などを始め半分ぐらいは未定のため、約数分でその作業は終わった。
「どう?いい武器はあった?」
作業を終え、ジークがオーディンたちに話しかける。
「いーや全然。こいつ『こういうタイプの武器がいい』って要望すらねぇから、正直値段しか見てねぇ。」
「まじ?」
ジークが信じられないといった顔でエルヴァを見る。
「はい。私は基本一通りの武器は扱えるよう訓練されましたので。」
「へー。そんならこれは?」
オーディンが店の一角に手を伸ばし、謎のヘルメットを取り出した。一見して頭に装備するタイプの防具なのだが、何故か頭部に円柱状の装飾と言うにしては大きすぎる何かがある。
「『どたまなんとか』っつったっけ?この店の中じゃ割と攻撃力高…」
「いわけないじゃろボケ。そんなん息子が遊びで作った子供の玩具じゃ。」
「申し訳ありません。それはご勘弁願います。」
エルヴァが申し訳無さそうに謝り、オーディンがつまらなさそうにその謎防具を元の位置に戻す。
「ジョークだよ、ジョーク。こんなんまともなやつなら誰も買わねーよ。」
「子供の玩具用じゃよ。」
「玩具にしては重いしデカいよな?」
実際、そのヘルメットもどきのサイズは大人の頭サイズ対応であった。
「『おっきな』子供用じゃ。最近は俗に言うカスタマーハラなんちゃらとかいうやつが流行っとるからのう。」
「オレアンさん、多分それカスハラって言ったほうが通用します。」
「そうなのか。」
「やっほー!」
と、突然場違いな可愛らしい少女の声と共に、誰かが店に入る。エルヴァを除く全員がそちらを向いた。
声の主は声に違わぬ可愛らしい少女だった。肩まで伸ばしたきれいな金色の長髪に金色の瞳、スレンダーな体つきで、シャツとショートパンツを着用した何故かへそ出しスタイルの服装。背中には先端にガラス細工のようなものがついている杖を所持している。
クリスティーナ=カリス・ブレードスミス。彼女はジークたちの幼馴染らしい。
「クリスティーナ!」
真っ先にそう声をあげたのはジークであった。
「久しぶり!」
「久しぶりね、ジーク!あなたを街で見かけるなんて珍しいわね。今日は休日?」
「いや、隊長にまた仕事を投げられてその下準備っていうか…。」
「あら残念。(せっかく一緒にお出かけできると思ったのに。)」
「なんか言った?」
「なんでもない!」
少女はいたずらっぽく笑うと、オレアンのもとへと歩いた。
「はいおじいちゃん、ご注文のエジプト産のナツメグ!まったく、これ見つけるためにスーパー4つハシゴしたんだからね?」
今回は血縁関係アリ、彼女はオレアンの孫娘のようだ。
「ご苦労さん。それじゃ、御駄賃じゃ。」
そう言って、オレアンが数枚の小銭を彼女に手渡す。
「ありがとね。それじゃ、私は別の用事があるから、またね!」
そう言い、彼女はそのまま店外へと走り去っていった。
「…相変わらずおてんばを具現化したみたいな子じゃの。」
オレアンが店の棚のうちの一つで頬杖をつき、半ばため息をつくようにこぼす。ジークが茶化した。
「かわいい孫娘さんじゃないですか。」
「茶化しても無駄だ。お前に孫娘は……やらん?」
「なんで最後疑問形なんだよ。あとそこ普通娘までだろ。」
なんか違う定番の流れを切り出しかけ、そして躓いたオレアンにオーディンがツッコミを入れる。
「で、エルヴァさんよぉ、いい武器は見つかったのか?」
その声に反応したエルヴァは数秒硬直したあと、おもむろに反対側の棚の商品を手に取りオレアンに渡した。
「これでお願いします。」
彼が手に取った武器『ジャンクマチェット』は、この店で一番安い、普通木の剪定用などで武器として運用するには心もとないものであった。
ジークが引き気味に尋ねる。
「いいですけど……本当にそんなのでいいんですか?」
「お願いします。」
オレアンも横槍を入れる。
「ほんとにいいんじゃな!? 別にこれ実は神アイテムでした的なイベントでもないからな!?そんなもんがあるのは安っぽいなろう系だけじゃぞ!?」
「大丈夫です。お願いします。」
その後三回の押し問答を経て、購入手続きが完了した。
それから所用や手続きなどを済ませ、午後6時。街の北で三人は手配した馬車に乗り込んだ。
「じゃ、行きますか、バーミンガム。」
「おうよ。」
「はい。」




