Episode1:主人公
この世界のTips1:スキル
この世界の人間は“スキル”と呼ばれるものを主な手段として戦う。
和訳すれば“スキル”は技。つまり殴るだの蹴るだの斬るだのといった通常攻撃などとは違う、何らかのアクションを行うのだ。
発動時には基本そのスキルの名前を詠唱し、特定のアクションを行う。ちなみにだが、大技ほどアクションが大きいのは大きな効果を出すための溜めの隙らしい。
基本的にスキルは生まれてから身につけているものではなく後付けで習得するものであり、難易度や専門性などを考えなければ理論上は誰もがどのようなスキルでも習得できることになる。
幾星霜の鍛錬により多彩なスキルを身につけ、戦いに使える手札を増やす。それこそが、この世界を生き抜くための、基本的な、しかし確実な方法の一つなのである。
時は西暦9991年4月5日の午前8時ごろ。
場所はヨーロッパ・グレートブリテン島、ロンドンの少し東。
天気は清々しいほどの快晴。
緑色の草であふれ、心地よい風がふく、のどかな草原。
そこにある一つの盆地。その中で、一匹の兎が草を食んでいた。
と、その時……。
「やったぁ!」
あたりに突然、生き生きとした少年の大声が響いた。驚いた兎は噛みちぎる前の草を引きちぎって逃走した。
声の主は、16歳ぐらいの少年だった。身長175cmほど。どこか幼さを残しつつ凛々しく整った顔立ちで、ブロンドヘアの長くも短くもない中間ぐらいの長さの髪ときれいなアイスブルーの瞳。痩せ過ぎとまではいかずともあまり筋肉のついていない華奢な体つきをしていて、はっきり言って弱そうにすら見える。白色のTシャツと橙色の長ズボンに、狩人としてちょっと毛が生えたぐらいの装備と、背中に剣らしきものを身に着けている。
ジーク=スカイラー・ウォーカー。この物語の主人公だ。彼は地面に向かって手を伸ばし、一抱えサイズの何らかの機械の残骸らしきものを拾い上げた。
「古代防衛機構の残骸がこんなにあるなんて!やっぱりここは穴場スポットだったんだなぁ。」
ジークは残骸の一つである、何かの装甲をはがしたのであろう金属板を抱えあげると、早速思索にふけり始めた。
「これだけあれば、数人分の鎧を作ることだってできる!それとも、街にある自走砲の装甲に回すのも…」
そこまで言いかけたところで、彼の腕がプルプル震え始めた。彼のたいして筋肉質なわけでもない細腕と抱えてやっとのサイズの金属板。理由は一つだけであった。
「…どうやって運ぼう……。」
「おーい!」
その時、どこかから声が聞こえた。
「?」
ジークは同時に声が聞こえた方へと顔を向ける。
「おーーい!」
声の主が近づいてきた。
おそらく16歳ぐらいの男性で、身長182cm。ちょっぴりバカっぽく見えてしまうがガタイのいいワイルドな風貌。短く刈り上げた茶色い髪とライトブラウンの瞳で、最初の少年に比べるとちょっと肌が黒よりに見える気もする。高身長かつ服の上からもある程度見えてしまうほど筋骨隆々で、昔の日本の庶民的な和服を彷彿とさせるような服装だ。ちゃっかり腰には刀までそうびしている。茶髪や肌色はともかく、ちょんまげだったら間違いなく侍だと思っただろう。
オーディン=ツキヒコ・ハーヴェイ。日本人の母とイギリス人の父を持つ、ジークとは気のおけない仲の幼馴染である。
「どうしたの?オーディン」
オーディンはジークの目の前にたどり着いてから少しの間息を整え、そして少年に言った
「さっさともどってこい!隊長が招集かけてんだぞ、ジーク!」
ジークは驚きの声をあげた。
「えぇ?なんで?」
「俺が知るかよ!とりあえずさっさとこい!」
「わかった!今すぐ行く…」
その時、二人の頭上で狼の遠吠えが響く。
「ジーク!」
刀を腰から抜きながらオーディンの声を聞くのとほぼ同時に上を見上げたジークの目に写ったのは、盆地の中の少し高い場所からこちらを見下ろす一匹の狼。
いや、狼とは少し違う。
「モンスターだ!」
モンスター。
人類には計り知れないほど太古から存在する、特定の共通点を持つ生物の総称。
モンスターには非常に幅広い種類が存在する。見た目や生態なんかにおいて、全てに共通する要素を見つけるものが難しいほどに。しかしそんな中でも、2つの共通点が存在する。
一つは、人間を殺せる能力を有すること。
そしてもう一つは、人間に非友好的・敵対的であること。
「『シーフウルフ』!多分群れとはぐれたんだ!」
「んなことどうだっていい!敵の注意は俺が引き付ける!お前はその隙に“スキル”を叩き込め!」
スキル。和訳して「技」。
前述のモンスターが跋扈するこの世界。人々はただ腕っぷしを鍛え殴り合っているだけでは生きていけるわけがない。だから、それに対抗するための術を身に着けた。
それが“スキル”。各々の戦闘スタイルを持つ人々が、さらにそれを磨き上げ作り出す、各々の技。それがスキルだ。
「おらおら、こっち向きやがれ!」
オーディンが刀を構えながら狼に向かい合い、モンスターを複数回斬りつける。傷は浅い。しかし敵がオーディンに集中して、真後ろに回り込んだジークの存在を忘れるのには十分だった。
「くらえ!『クリティカルスマッシュ』!」
背中から抜いた鉄の剣を天高く掲げ、彼の全体重をかけて振り下ろす。別段たいした切れ味も持たない鉄の剣は逆にそれが功を奏して目前のモンスターの背骨を砕き、体全体の中心となる骨を失ったモンスターは地面に倒れ伏した。
二人はすぐさま若干空いていた距離を狭め、各々の武器の切っ先をモンスターに向けた。狙うは急所、ジークは肋骨の隙間を通り心臓、オーディンは首。
「おわりだ!」
「くたばれ!」
この世界に存在する法則に則ってモンスターの亡骸からこぼれ出た光の粒子が二人の体に吸い込まれる。しかし彼らは目の前のモンスターに夢中となり、あることを忘れていた。
「やばい!招集命令忘れてた!」
オーディンが自らの額をひっぱたく。ジークが駆け出すと同時に彼を急かした。
「急ごう!今なら間に合うかも!」
「おう!」
二人の少年は盆地の出口へと走った。
出口となる薄暗いトンネルを抜け、すこし高いところに出た。
見渡す限りの青々とした広大な草原。少し下側には川が流れ、様々な生物がそこで水分補給を行っている。そして正面を向いて左側には、彼らが目指す街。
「急ごうぜ!さっさと行かないと隊長にどやされるぞ!」
「うん!」
二人の少年はそばの坂を下り、彼らの街へと急いだ。
少し時間がながれ午前9時ごろ。
場所も少し移りロンドン、街の南にある防衛隊軍事施設。
天気は引き続き清々しいほどの快晴。
申し訳なさそうに俯くジークとオーディン。その目の前で、茶色い髪の上に兜をかぶった筋骨隆々の中年男性が両腕をあげて喚き散らす。42歳男性。身長は180cm。西洋風の兵士用の鎧にちょっと毛が生えた程度の鎧を装備し、自分の身長の3/4ぐらいの巨大な両手剣を背中に装備している。どこぞの独裁者を彷彿とさせるちょび髭と、スチールグレーの瞳。
「貴様等ぁー!一体全体こんな時間まで、何をやっとったぁー!」
この街の防衛隊の隊長、ガイスター=バレット・スミス。その怒りの声が軍事施設内に鳴り響いた。
ジーク、オーディンの二人はロンドンの防衛隊に所属しており、その防衛隊が駆り出される仕事が舞い込んだため招集命令がかかった。一応ジークが行った盆地は招集命令が出されてから誰かが彼の元まで走り、その後戻ってきて招集時間に間に合うぐらいの範囲なのだが、今回彼らはモンスターと一悶着あった結果見事に遅れてしまったというわけだ。
「す、すいません!でも隊長、モンスターに襲われたんで…」
「んなもん知るかナンプティー小僧!だいたい貴様の朝の廃材探しがれっきとした特例だということをもう忘れたのか!」 numpty…うっかりミスの意。
「す、すみませ…」
「すいませんで済むなら儂という上官はいらんのじゃぁー!」
ガイスターの頭から謎の原理でやかん並みの蒸気が吹き出す。この出力を常に維持できるならこれを使った発電も夢ではない。
「えぇいもういい!貴様らこのあと腹筋一万回!貴様らの腹直筋を、破壊するぅー!」
ひとまず防衛隊に急遽舞い込んだ任務を片付ける方が先ということで、一旦腹筋一万回は勘弁してもらえた。
「でも、防衛隊全員集合って一体何があったんですか?」
防衛隊中央棟の廊下でジークがガイスターの三歩後ろを歩きながら尋ねる。
「正体不明の人物を保護した。」
思っていたよりもサクッと終わった説明に、腕を首の後ろで組みながらオーディンが疑問を投げかける。
「それだけっすか?その程度の案件、明らかに防衛隊全出動はバカでしょ。」
「上官にバカと言う貴様は上司への言葉遣いというものを叩き込む必要があるバカのようだな。」
「すんません。」
ガイスターがポケットから折りたたんだ報告書を取り出し、後ろに向かって放り投げる。それをジークたちはキャッチし、広げて内容に目を通した。
「ただ迷子一人を保護しただけなら防衛隊がでるまでもない。だがそうも行かない事象があってな…。」
ガイスターが苦い顔で呟く。報告書の末尾を見た二人は、その内容を読んだ途端に目を見開く。そこにはこうあった。
『その人物は、防衛隊の見ている中目の前で『ブラッドバット』約50匹を討伐した。』
「信じられるか?普通なら防衛隊十数人駆り出すような案件を一人でやってのけたんだぜ?ついでに言うと無傷で。」
ちなみに『ブラッドバット』とは凶暴なチスイコウモリに似たモンスターで、数匹いればあっという間に人間一人の血を吸い尽くしてしまうことから群れともなれば普通は一個編隊を持ってしてかかるべき案件とされている。
中央棟四階。ここには複数の客用の部屋がある。
「ジーク、エルヴァ、お前らは書記だ。鉛筆の用意はいいな?」
「はい。」
「へーい。」
一人は律儀な返事、一人は舐め腐った返事をしながらバインダーと紙と鉛筆を構える。
三人は部屋の一つに入った。
「申し訳ございません、エルヴァさん。こんなところにとどめてしまって。」
「いえ、お構いなく。」
部屋に入るなり先ほどとは打って変わってにこやかな笑顔で接したガイスターに、エルヴァ、と呼ばれた問題の人物が無表情で返す。
おそらく年齢は20歳ほど。男性。見た目的にはドイツ人っぽくみえる。身長185cmで、筋骨隆々とも痩せ過ぎともいかず程々にがっしりとした体つきだ。作り物のようにとても整った顔立ちをしており、ライムグリーンの光り輝きつつ乾いた瞳で彼はガイスターを見つめる。ライトブロンドのビジネスヘア。黒色のスーツとズボンを身に着けており、はっきり言って少し前まで戦っていたとさえ思えないほどきれいだ。
「後ろの二人は…」
「書記です。お気になさらず。」
「そうですか。」
部屋の中央にあった机を挟んで設置してある二つの席にガイスターとエルヴァが腰掛ける。
ガイスターが最初の質問を投げかける。
「では申し訳ありませんが、同じような質問を繰り返させていただきます。あなたのお名前は?」
「エルヴァ。スペルはErwaと書きます。」
「(随分妙な読み方だな。)」
後ろで渡された書類に書き込みながら英語圏と日本語圏育ちのオーディンが小声でジークにささやく。ローマ字からしても英語からしてもwをvのように発音することはまずない。英語的に読むならば、Erwaはエルワだ。
「(確かに英語圏ならおかしいかもしれないけど、英語に言語体系が近い言語ならあまり珍しくはないよ。たとえばドイツ語とか。ほら、ちょうどあの人ドイツ人っぽいし。)」
「(ほぇー、語学って難しいんだな。)」
「(語学どころか座学ほぼ全部で居眠りしてるオーディンは別問題だと思う。)」
「(てかなんでドイツ人がいるんだ?)」
そんな不毛なやり取りをしている間に、質問は次へと移っていた。
「生年月日をお尋ねしてもよろしいでしょうか。」
「申し訳ございませんが、お答えすることは出来ません。私が言えるのは、年齢は20歳であるということだけです。」
「(何やってたかを誤魔化すならともかく、生年月日誤魔化すってなんだ?)」
「(さぁ。でもこれ、「◯年◯月◯日生まれ」のこの欄になんて書くのが正解だろう。)」
「体調にどこか支障はないでしょうか?」
「問題はないです。」
「今、ここがどこかはわかりますか?」
「ブリテン島南、イングランドの中心を占める都市ロンドン、ということはわかります。」
「(なんで場所は知ってんだ?色々と怪しすぎんだろこいつ。)」
後ろでオーディンが半ば睨むようにエルヴァを見つめていた。
次は本人確認。少しでも彼の身元をあぶり出すための質問なのだが、ここからが大問題であった。
ガイスターとエルヴァの会話のキャッチボールが始まる。
「どこにお住まいですか?」
「定住地はありません。」
「家族はいますか?」
「いいえ。」
「お仕事は何を?」
「定職には就いておりません。」
「身分証明書となるものの持ち合わせは?」
「ありません。」
「最後にあった人やここ以外の場所の記憶などはございますか?」
「いいえ。」
ガイスターは会話のキャッチボールが成り立っておらず、壁に向かって投げているように感じた。野球部ぼっち時代の放課後の自主練を思い出す。
そう。何一つわからない、はっきり言って記憶喪失か、もしくは何も言えない不審者かの二択なのだ。記憶喪失ならまだ病院に連れていけばなんとかなるが、大の大人十数人がかりの仕事を単独でやってのけたということは彼らに比べ凄まじい戦闘能力の差があるということ。仮に不審者だとしたら厳重に扱わねばならない。それどころか、ちょっとでも敵意を向けられたらこの防衛隊のほぼ全てがおじゃん確定だ。
「では、あなたはいったいチズルハースト洞窟※に行くまでいったい何をなさっていたのですか?」※彼が発見された洞窟であり、実在する。ロンドンの南東に位置する。
「わかりません。はっきり申し上げますと、『気付いたらそこにいた』という感じでしょうか。」
と、このように大半の質問は曖昧な答えが返り、結果的に後ろでジーク達が書き留めた紙の欄の7割は空欄または「わからない」になってしまった。
ひとまず精神鑑定もやっておこうということで、エルヴァは部屋に入ってきた防衛隊職員によって別室に連れて行かれる。
ガイスターが唐突に喋り始めた。
「で、どう思った?」
「え?」
「お前に聞いてんだよ、ジーク。」
ガイスターがジークの左肩に手を置く。
「お前は昔から人となりを見極めるのが上手いからな。あいつを見ててどう思った。」
「ええっと、具体的なことは何一つわかりませんでしたが……」
そう言いながら、ジークは左手の人差し指で頬をポリポリとかく。
「まぁ、悪い人ではないと思います。」




