Episode32:黒、そして触れた闇
この世界のTips32:この世界の死因について
我々が今いる世界において、人間の死因のうち、殺人事件の割合はおよそ0.7%。最も苛烈であった第二次世界大戦のことを加味しても、多く見積もったところで20%といったところである。
一方で、この世界の死因のうち、人間による殺人が占める割合は、およそ30%である。
一方。先にマンホールから離脱したジークはというと。
「了解しました。それでは、アメリオさんが戻り次第、ギルド長に談判できるよう手配しておきます。」
「はい、ありがとうございました。」
予約よりも先に空いていたシャワーボックスを借りて身体の汚れを落としたジークは、ギルドの受付を通して今回の件の報告を終わらせていた。
彼らは知りようのない話であったが、エルヴァ達が行っていた場所と比べ、このギルドは比較的まともであった。後ろで飲んだくれてる冒険者が「ドブネズミをコゾーがビビって見間違えただけだろー」と騒いでいる以外は、すんなりと信じてもらえたのだから。
現在はこうして金髪の受付と会話しているのだが、どうしてギルドの受付はかわいい・美しいといえる女性しかいないのだろうとくだらないことを考えていたりした。
「おい、鑑定、頼めるか?」
「あ、はい!」
ジークの隣の受付に、ドサリという音と共に大量の薬草と思しき植物が置かれる。そこにいた茶髪の受付は、鑑定のためか一度奥に引っ込んでいった。
「よっ。またあったな。」
「?」
気さくな挨拶にそちらを振り向くジーク。そこでは、先程も見た黒い肌が手を振っていた。
「ああ、トリノさん。」
「どこで人を判断してんだてめーは。」
時刻は11:00。
場所は街のギルド庁舎からスタート、そこから商店街へと向かう。
天気は晴れ。やはり雪のせいで寒いし眩しい。
「そういえば、Bランク冒険者なんでしたっけ?」
「おう……、って、どこでそれ知ったんだ?」
「ええ、っと、先ほど別の冒険者の方々が教えてくれました。」
「……ッチ、あいつら余計なまねしやがって。」
「どうしたんです?」
「いーんだよ。ほら、食え。おごりだ。」
あのあとなんやかんやあって、二人は談笑しながら商店街を歩いていた。ジークの裏の思惑なんて露知らず、トリノがジークに差し出したのは、「Pølse」と呼ばれるホットドッグみたいなものだ。ただし、ソーセージは豚ではなく、おそらくトナカイのそれだろうが。
「……おいひいでふね。」
「熱いのはわかるけど、飲み込んでから喋れよ。でも、それには激しく同意だぜ。個人的には上にのってるこのフライドオニオンがお気に入り。」
「(飲み込む音)いいですね。僕はこのポテトサラダの方もいいと思います。」
「あとはエビサラダ乗っけたり、場合によってはパンじゃなくて「ロンペ」っつうじゃがいものクレープみたいなので包むこともあるみたいだぜ。」
「へえー。」
渡した以上先に食べていたはずのトリノが半分ほどを食べ進んだころには、すでにジークは平らげて、口の周りについたソースをペロペロしていた。おいしいのはわかったから拭えよ。
「お、ちょうどいいくらいの店があんじゃねーか。次はあそこでなにか買ってこうぜ。」
「はい。」
「あのー……。」
と、そこに、いつの間にか現れていたカレンが声をかける。
「あ、カレンさん。いたんですか。」
「その陰キャみたいな扱いやめてくれます!?私一応先輩だと思うんですが!?」
「ああ、そうでしたね、人の話聞かずに不確定な事前情報だけで……」
「わーっ!!わーっ!!(この子口悪すぎない!?)」
「?」
言うまでもなく事情を知らないので、目を点にして頭上に「?」を生成して首を傾げるトリノをよそに、ジークの皮肉をカレンは精一杯の声でかき消した。
「、ていうか二人とも、さっきの何してんですか!?傍から見たらただのやけに仲の良いおじさんと少年ってよくわかんない構図になって悪目立ちどころの騒ぎじゃないですよ!」
「なるほど。ところでついさっき叫んでたの誰でしたっけ?」
「(……ハッ!)」
数秒間自身の行動を振り返ってから、彼女はゆっくりと後ろを振り返る。彼女の目に移ったのは、周辺の人々の、彼女を見つめる、まあ……その……なんとも言えないが、明らかに好意的ではない目であった。
「……イヤァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!???」
というふうに絶叫しながら、カレンはどこかへ走り去ってしまった。
「あ、逃げた。」
「お前結構容赦ねーのな……。」
のほほんとした表情でそれを見送るジークに、トリノは若干引いていた。そこでふと、地面を見る。
「……?」
「、どうかしました?」
「いや、なんかいま一瞬揺れたような気が……。」
そう言われて、ジークは近くにあった時計を見る。壁に設置され、11:30を示していたその時計は、すこしカタカタと揺れていた。そして止まった。
「……収まりましたね。」
「地震かね?」
「その割には周辺に地震警報の類も出てませんし、通知も来てませんよ。」
ジークはスマートフォンの画面を見せる。トリノも自身のそれを確認する。
「だよなー。なんなんだこれ?」
「さあ、なんででしょうね。」
地下にいたXランクがないわけでもないが、ジークは言わないことにした。
午後3時。
「そういえば、なんであなたはこの街にいるんですか?」
ふとそう投げかけたジーク。トリノは当然、突拍子もない質問によって頭に疑問符を浮かべる。
「どういうことだ?」
「いえ、大半の冒険者はCランク以上ともなれば、さらなる収益を目指して都市部に移住するものなのに、先ほどのギルド庁舎内にいた冒険者の方々から聞いた話では、あなたはずっとこの街にいるとのことなので、どうしてかなって。」
半分嘘である。どうしてなのかという点は本心だが、都市部に移住していないという下りは全て事前調査で手に入れた情報だ。なんとも言えない罪悪感のような感情をにこやかな笑顔の奥に押し殺して尋ねるジークに、そうとも知らずトリノは答える。
「……お袋がいるからなあ。」
「?」
「まあ、実際にお袋の状態しらなきゃ……そうだ、うち来てみるか?散らかってるけど。」
「!?」
唐突に出された提案に、しかし人からの提案に基本「断る」ということを知らないジークはすぐに答えを出した。
「はい、ぜひとも。」
これで彼の秘密があっても暴ける。なにかしてたとして、散らかってるのなら証拠が残ってるかも知れない。そこまで笑顔の裏でそう考えた自分を、ジークは殴り飛ばしたくなった。
彼の自宅は街の北側、(タワーではない)マンションの8階の1室であった。彼が扉に暗証番号を打ち込んでいる間、ドアノブの音がするまでさり気なく目を背けるのはマナーである。
「よしあいたあいた……ってお袋!じっとしててっていったじゃん!」
お邪魔しまーす、と言いながら入ったジークの目に最初に写ったのは、靴を適当に脱ぎ散らしてあわてて母親に
「あらあら、お客さんかい?」
白髪でしわくちゃの顔、ジークより十数センチ低い身長の、ピンクのシャツに薄茶色のエプロン姿の老婆、
その、存在しない右足であった。
「ちょうどよかったわねえ。いまさっきまで掃除してたばっかりだから」
「あーもう、帰ったら俺がやっとくっていったじゃん!」
「なーにい?家にせっかくお客さんがいらっしゃったのに、母親に寝てろっていうのかい?お客さんへのマナーはどうなって……」
「あーもうわかったから!じゃああれだ、お菓子作って、いつものあれ!」
はいはい、と言いながら、家の奥へと向かう母親。不格好ながらも家の壁という壁には彼女の身長にあわせた頑丈な手すりがついており、彼女はなれた仕草で足がないのがまるで嘘みたいな速さで移動していく。
ジークはなんと言えばいいかわからず、ただ玄関に突っ立っていた。それを見たトリノは手招きする。
「ほら、何してんだよ。奥で話そうぜ。」
二人は家のリビングのソファへと座った。
ふと、ジークはトリノの母親の方を見る。彼の視線に気付いた彼女は軽く会釈を返しながら、慣れた手さばきで料理を作っていく。おそらく穀粉を使ったのであろう四角形の生地の横に、カップに入れられたレモン色のシロップがあり、彼女はそこにローズウォーターを注いだ。バラの香りが部屋の空気にわずかに混ざる中、彼女は更にココナッツミルクを引っ張り出したかと思えばそれを生地に和え、先程のシロップを大量に浸しがけし、いつの間にか用意されていた皮を湯剥きしたアーモンドを上にのせる。
「(バスブーサ。美味しそう。)」
無駄に博識なジークがお菓子を当てたタイミングで、彼女は器用に片腕だけでそれを持ち、ゆっくりと運んでくる。
「ほらどうぞ。」
「ありがとうございます。」
そうしてジークはフォークを手に取り、バスブーサ……早い話がシロップまみれのケーキ……を口に運ぶ。生地に染み込んだシロップの甘みが感じられ、アーモンドの……アーモンド?
「お袋!これアーモンドじゃなくてピーナッツだろ、それも生の!」
「あらあら、ごめんなさいね。今のけて……」
「あーもうお袋は座ってて、おれがやるから。ジーク、消化にすごく悪い食材は下痢とか起こすから、今食ったやつのアーモンドすぐに……。」
「あ、すいません、もう飲み込んじゃいました。」
「よぉーしこれ以上食うなよ!」
そう言ってトリノは器用な手さばきでひょいひょいとバスブーサの上のピーナッツを皿の上に集め、もったいないからと言ってそれをフライパンで煎り始めた。その間、ジークは母親の話し相手をする。
「へえー。ジークくんはロンドンから来たんだねえ。」
「はい。今は学生として各地を往来しながらいろんなことを学んでいます。」
「そういえば、ニュースではロンドンが機魂兵に襲われたって話があったけど、大丈夫だったのかい?」
「はい、その時僕はロンドンにおらず、ロンドン在住の家族からも無事だという手紙が届いたので大丈夫でしょう。」
全くの嘘。しかしジークは、食事の席で、主賓との会話で、まさか人死の話をするような、マナーを弁えない男なんかじゃない。しかし同時に嘘を嫌うジークは、仕方がないとはいえクリスティーナの存在をなかったことにする嘘をなんでもないかのような顔で吐く自分が嫌になり、笑顔の裏で自分を剣で滅多刺しにしていた。
その後も数分間会話している間にバスブーサはなくなり、トリノの母親は片付けのためにキッチンへと戻り、入れ替わりでトリノがジークの隣に座る。彼が差し出したコーヒー……ジークが好きではないブラックだったが……を受け取って飲み、少し静寂。
「俺がガキンチョのころ、お袋が暴漢に襲われたんだ。」
ポツリと、トリノが話し始めた。
「黒人と恋愛してるからだって。そのときに襲われた怪我が原因で、足がああなっちまったんだ。」
母の足、いや、足があるべきはずの場所を見つめながら離すトリノに、ジークはどういう表情をすればいいかわからず、ただ彼を見る。
「最初のうちはまだ良かったんだ。親父は強い男で、お袋から足を奪った暴漢をボコボコにしちまったんだ。その頃親父はAランクだったから、大体のやつは敵わなかった。Sランクともなれば人格も問われるようになって、迂闊に差別とかもできねーしな。」
彼は上を仰ぎ見る。一度顔を戻しコーヒーを飲む。
「でも、25年前の戦争、機魂兵との戦いで、親父は死んじまった。」
声のトーンが一段下がった。
「意外とあっけなかったよ。なんだっけ、あの剣持ってた人……ああそうだ、トールって人に憧れてた。あの人について語る時、信じられないぐらい親父は目ぇ輝かせてたよ。まるで国のおえらいさんに憧れてるガキンチョを見てるような気分だったぜ。」
そう言いながら、彼は皿に取り分けられていた自分の分のバスブーサを取る。そして、すでに自分に出されたお菓子を食べきったジークの、なぜかまだ残っていた取り皿に、自分の分のバスブーサを放り込む。ジークがお礼を言うよりも前に、トリノの言葉が続いた。
「そうして父という抑止力をなくした暴漢が何したかっていうと、もうご想像のとおりだ。Bランク冒険者も何人か混ざってるから、もうお袋は外を出歩くことすらできねぇ。」
ジークには、掛ける言葉が見つからなかった。
正確に言えば、こういう問題自体は防衛隊時代に何度か経験したことがある。差別だ当然だと言い合う住人を時になだめ、時に和解させ、時に片方を説き伏せ、時に防衛隊の戦力を引っ張り出して鎮圧させることもあった。
だが今回、彼は何もできない。防衛隊というバックをとうに離れた彼には今や甘く見積もってB相当の力しかなく、つまり彼には何もできない。そんなことには出くわしたことがないし、残念ながら教わる経験もなかった。
言葉に詰まるジークをみて彼の考えを察したのだろう。トリノが哀愁漂う笑みをこぼす。
「別に、無理してなんか言おうとしなくていいんだぜ?」
そもそもそんな反応自体が稀だしな、と続けながら彼はバスブーサを口に放り込み、ちゃんと味わえているのかほとんど時間をかけずに飲み込む。
「さっき言った通り、親父がくたばっちまったのが25年前、つまりこんな状況になったのもそれぐらいだ。悲しい話、慣れちまったんだなこれが。」
そうしている内に時間は夕方。prrrrr
「ん?電話……。」
「あ、すいません僕です。」
ジークが電話を取る。電話の先は
『ジークさん?ギルドへの報告は終わりましたか?』
アメリオであった。彼に話しかけようとした母親をあわててとめるトリノを横目に、ジークは返答する。
「あ、えーと、それは終わりました。だいたい11時ぐらいに終わって……。」
『で、あなたは』
「えーっと……。」
『?』
「トリノさんの家にお邪魔してます。」
『……Huh?』
電話の向こうで、アメリオの声が某猫のそれになった。
色々聞きたいことがありそうな声でいくつか会話をかわしたあと、ジークは退散を命じられた。
「というわけで、今日のところは僕はこれで……」
玄関前でジークとトリノは最後の会話を交わす。
「おうよ。今日はありがとうな、楽しかったぜ。」
「いえいえ。こちらこそ、お話ありがとうございました。」
「ああ、お話で思い出した。さっきの話の締めくくりだけどな。」
「?」
「一応歳上なんだ。ちょっとしたアドバイスみたいなもんだと思ってくれ。」
そう前置き、彼は言った。
「守りたいものがすでにあるなら、他の物を守ろうとしないほうがいい。いつのまにか、自分が守りたかったものを失ってるから。」
ジークが去った後の家で、皿を片付けるトリノに母親が話しかける。
「年甲斐にもないわねえ……。」
「それは本人が言うものであって母親が言うもんじゃねーだろ。」
とはいえ、実際にトリノは、本日の歩き食いをはじめ年甲斐にもなくはしゃいでしまっており、そのためか疲れがたまっている。結果、普段母親が寝込むまで起きている彼は、やり忘れていた普段の仕事だけ片付けて夜11時ぐらいには寝てしまっていた。
「あらあら、晩ごはんも食べてないでしょうに。こりゃ、明日は朝ごはんをたっぷり用意してやらないとね。」
そうにこやかにつぶやきながら、母親は冷蔵庫を開ける。
何もなかった。若干の野菜とマヨネーズぐらいが転がっている、家事ができないダメ人間の冷蔵庫となってしまっている。
「あらあら、そういえば最近おつかい頼んでなかったわねえ。どうしましょう。」
そう言い考え込む彼女の頭の中で、十何年か前から口酸っぱく言われていたトリノの言葉が再生される。
『間違っても一人で外に出るんじゃねーぞ。お袋になんかあっても俺が守れないからな。』
「ふふ、あの子も心配性ねえ。」
彼女はスリッパを丁寧にしまい、玄関へと向かう。玄関の棚においた財布を取り、鍵をポケットにしまい込んだ。
「まあ、悪い人もこんな時間に起きてはいないでしょう。」
ドアを開け、彼女は眠りに沈んだ街へ向かった。
そして、よたよたとおぼつかないがならも、ゆっくりと彼女は近所の深夜営業の店まで歩き、いくらかの惣菜を買って、何度かよろけながらも、足を片方失った状態で買い物を遂行する彼女。
だからこそ、片足を失った分そちらに集中していた彼女だからこそ。
気が付かなかった。
路地裏にたまった何人かの浮浪者、その侮蔑的な視線に。
「お袋ー?」
午前5時、静寂に包まれた家の中で、トリノは母親を呼ぶ。
何の間違いか、彼女の自室には何かがつっかえて扉が開かなくなっていた。割とこういうことはあり、そして彼の母親は直接揺さぶりでもしないかぎりなかなか目覚めないというのもあり、彼は母親が家にいるのかどうかも判断できなかった。
ふと、家のインターホンがなる。
「(宅配とか頼んでたっけ?お袋か?)」
そう思いながら彼が扉を開けるとそこには、3人の人物が立っていた。
真っ先に目についたのは、一番前にいた女性だ。ブロンドの長髪をうしろでまとめ、その上に羽つきの黒い帽子を被っている。右目紅色、左目水色のオッドアイで、大人びた顔つき。黒基色の上下一体型のドレスを身に着けており、ところどころに気品を感じる装飾が施されている、なんとなくだが「お嬢様」と言えるような雰囲気を醸し出している。
が、こんな人物トリノは知らない。そのため、彼は当然ながら警戒するような顔をする。
「誰です?こんな早朝に。」
女性は動じることなく応えた。
「訃報の通告と……」
指を鳴らす彼女に従い、後ろに控えていた大柄な男が、抱えていた大きな「荷物」をトリノにも見えるように前へと進み、そして、人一人分の大きさがありそうな何かを布でくるんだようなそれの、端の布を取り除く。
布に包まれた中から覗いた老婆の亡骸に、彼の視界が歪んだ。
「報復の案内です。」
女は一つの小瓶を差し出した。だが、彼の目にはそれは写らなかった。布の中の、まるでこちらを見据えるような目でただ、見つめる以外何も、息すらもせず、ただこちらを見続ける老婆しか写っていなかったのだから。




