Episode29:“覆面”(2) 裏、舞台準備は加速する
この世界のTips29:この世界の犯罪事情
この世界の犯罪に対する対処法は色々と異なる。
まず通常の予防手段が意味をなさない。それなりに力を持った冒険者などが一般人を十数人以上まとめて狙うことなんて理論上だいたいできるこの世界では、「きちんと戸締りしましょう」程度の防犯を積み重ねたところで圧倒的パワーの前に全ては意味をなさない。おまけに魔法による隠蔽手段を始め、犯罪を助長できる魔法なんていくらでもある。
なら無法地帯なのかといえば、それはそれでそうでもない。完全とは言えないが非常に高性能な嘘発見器的な魔法具始め、やはりファンタジー世界は様々な解決手段を保有しているのだから。
結果的にこの世界の犯罪事情は、その駆け引きこそ大きく異なるが、総合してみれば現実と対して変わらないのだ。
いや、強いて言うなら指名手配・国家クラスの犯罪者と、それを追うバケモノみたいな冒険者たちの綱引きになっているとでも言おうか。小犯罪は減ったが大犯罪は増えて、合計してみればトントンってかんじ。
「……エルヴァさん!終わり……うっ!」
エルヴァに連絡をもらい、女性の現場に駆けつけてきたマヌエルだったが、その光景を見て思わず吐き気を催す。
カイズ、いや、かつて彼だった物体というべきか。四肢だったものを潰されたり輪切りにされたり、腹部はサボテンと見紛うほど緑色に変色した上に針が刺され、そしてこれをやったのであろう当の本人は、まるで子供のようにその頬をつついていた。針で、だが。
「やはり反応無し……息はあるし痛み与えたら何らかの反応が出ると思ったんですが、やはり神経が壊れましたかね?全く、人体というのはどうしてここまで……。」
「エルヴァさん……?」
「おっと、いたんですか。失礼しました。」
そう言い、エルヴァはそこら中に散らばっていた道具の数々……ペンチとかノコギリとか、少なくとも明らかに戦闘用ではない諸々で、血にまみれている……を布で拭いてからポーチにしまい、そしてマヌエルについてくるよう言った。
「……えっと、どこに……?」
「ギルド庁舎ですよ。さっき行ったとこ。」
そうして彼は最後に、カイズだった肉の残骸を掴んで持ち上げ、黒い布でくるんでから脱臭剤を雑に放り入れた。もちろん現実で|やってもほぼ意味はない《真似はできません》が、この世界の魔法技術を使えば数時間ぐらいならギリ、といったところか。
「興味深い証言が取れたましたので。」
時刻は深夜1時30分。もちろんあたりは非常に暗く、先程まで起きてた夜更かし市民たちもすでに床についている。
場所は冒頭から少々移りギルド庁舎。ただしこの時間帯となると冒険者たちは全員帰宅しており、眠気と戦いながら深夜シフトを埋める職員数名と要職がいるだけだ。
天候はまだ雪。吹雪に比べればマシかと思いきや、強風のおかげで体感温度は対して変わっていない。
「あらあら、こんな時間にどうしたのです?」
深夜に前触れもなく押しかけたエルヴァとマヌエルに、一人の女性が話しかけた。カースティ=マーク・コルン、32歳女性。ポニーテールの金髪が特徴の、この街のギルド長を務める女性だ。
いつもならこういう時まず非礼を詫びるであろうエルヴァは、今回はそれすらせず、ただ無言で録音機を突き出した。音声が再生される。
『なるほど。では質問いたします。あなたにこの殺人を依頼したというのは誰ですか?』
『ギ、ギルド長のカースティだ!なんでかしらねーけど、深夜に突然尋ねてきて、しかも変なやつまで連れてきて、協力しなかったら殺すって……!俺が知ってんのはここまでだよ!だからはやく、はやく解放してくれぇ!!』
カチリ。
「とのことですので。」
「……だからなんです?この証言が本物だという証拠は?」
「もちろん、これが全ての真実だ、とは言いませんよ。ですが、少々聞き捨てならないものでしたので、お話を伺おうかと。」
「そんなことを言っているのではないのです。私が言うのは、それは《全くの捏造である》ということです!」
鬼の首を取ったよう、そう言い表すのが最もふさわしい声色で、どこか得意げな顔でそう指摘するカースティ。後ろでマヌエルが「こいつまじか」という戸惑いの顔をしている一方、エルヴァはすました態度を崩そうともしなかった。
「なるほど、その根拠は?」
「根拠も何も、たかだか一介の冒険者風情が持ってきたものが、なぜ証拠として通用すると思うのですか?」
もちろんそんなことはない。この理屈を認めようものなら、世の中の裁判の大多数は不起訴になるし、目撃情報や証言の類も通用しない。当然、エルヴァもそれを説明するが……。
「それっぽいことを言っても無駄ですよ。おおかた、このわたしを陥れるために捏造したのでしょう。」
「(それっぽいこと、ですか……。)」
エルヴァはそう思考した。
現実ではともかくこの曲がりなりにもファンタジーであるこの世界でならどうなのかというと、もっとダウトである。というのも、こういったトラブルはむしろ冒険者間では日常茶飯時に近く、余計な労力の発生を防ぐため、各ギルドはそういった場合に使う仲裁道具を揃えており、その中には“嘘発見器”といえるいかにもなものだってある。というか、このギルドの場合、今彼女が立っている真後ろの棚に普通に置いてある。それを使わないという時点で。
「しかし、その弁解をやるべき場所はあくまでも法廷です。ここはひとつ……。」
「あら?あなたは私にいわれのない罪で理不尽に捕まれと言うのかしら?」
「ではあなたも、容疑者が拒否しただけで逮捕状が無効になるとでも思うのですか?」
彼の指摘は、おそらく彼女の耳に届いていない。
「ひ・と・ま・ず!この録音は捏造されたものであり、これはあなた達が何らかの動機で私を陥れるために用意したものである。間違いありませんね!」
相手に話を聞くきはないか、よほど頭がおめでたいか。まあ、もういいか。いちいち理屈を並べても、こういった手合いには通用しない事例が大半だ。
「なるほど。良いのですね?このような状況で、そのような口をきいて。」
「ええ、いいのですよ。たとえSSランクの冒険者であったとしても、れっきとした正式なギルド長であるこの私を裁くことなどできない!」
高らかにそう宣言する彼女は、勝ち誇った顔でエルヴァに歩み寄り、その顔に指を近づける。実際それに関しては間違いではなく、高ランク冒険者の権力的な暴走を防ぐための県政として、方針不干渉をはじめとする一定の権限が各ギルド長には与えられている。
「わかったらさっさと跪きなさい。いまなら、荒唐無稽な根拠一つで上司たる私に噛みついたその無礼を許してあげてもいいわよ?」
ちなみに名誉毀損を訴えているように見えるこれは、よく見れば思いっきり脅迫罪が成立する。よくぞここまで法律の認識ガバガバでこの地位につけたものである。
「別に噛みついた覚えなどありませんが。」
「……いいからさっさと跪きなさい!」
「わかりました。」
ふふん、と彼女ははなを鳴らしながら顔を上にむける。
ボギン。
「……?」
異音。彼女が下を向く。
彼を指さしていた右手の人差し指。
その第二関節より先が、《なくなっていた》。
「え……あ…え、う、うあああああああ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙ぁぁァァァーーーー!?」
突然の出来事に頭が追いつかず、情けなく地面に倒れ、痛みにゴロゴロとのたうち回り悶絶するカースティをよそに、すました顔のままのエルヴァは、そっぽを向いて、彼女の指をプッと吐き捨てる。そして、なにもなかったかのように右膝を地面につけて跪き、彼女を見上げ、変わらぬ表情と声色で、いけしゃあしゃあと話しかけてみせた。
「噛みついてみましたけど、いかがでしょうか?」
「……こんなことをして、ただで済むと……。」
忌々しそうに歯を食いしばりながらエルヴァを見上げ睨むカースティに、エルヴァは胸ポケットから取り出した一つの銀時計を見せる。
「申し遅れました。」
出発する少し前。エルヴァはヘルマンに呼び出され、
「エルヴァ。お前は今日からこれを装備しとけ。なんかあったらこれを見せろ。」
「これは?」
「んー、お前の肩書追加ってとこかな?お前のその出世ぶりじゃ、むしろ反抗する輩が増えてくるだろうからね。そういうときに使えるぜ。」
エルヴァは渡された、蓋がついた、懐中時計型のそれを見つめる。
「いきなりやってきて超ハイペースの出世を見せた得体のしれないやつは、実は僕がこっそり手塩にかけて育ててたエージェントでした。なかなかいい言い訳だと思わないか?」
銀時計には文字が刻まれていた。“ギルド内特別監査役員証明”。それは、周囲も知り得ない限られた冒険者しか持たない、一介の冒険者が本来持たない権限を持つ証明であった。
言葉では言い表せない感情に満ちた顔でエルヴァを見上げるカースティに対し、彼は淡々と告げた。
「……そ、それ、は……。」
「特別監査役員、エルヴァです。ただいまより監査権限を使い、あなたを拘束いたします。」
さて、それから時間がたち、只今午前7時、晴れ上がったギルド庁舎前にて。
「護送任務だそうです。」
「えぇ?」
護送と言うと余計な語弊が生まれるかも知れないが、要するにカースティが脱走とかしたりせずにちゃんと法廷まで送られるか見張れって話だ。
「というわけで私もしばらくここの本来の調査には参加できませんね。」
「わかりました。でも、なるはやで帰ってきてくださいよ。このままだとジーク君達が過労死しかねません。」
「……それはそうと、なんでヘルマンさんはこの事件を学生に任せたんでしょうか?」
「エルヴァさん。気狂いの常識知らずの意図なんて、読もうとするだけ労力の無駄ですよ。」
「そういえば、マヌエルさんはどうするのですか?」
「あー、実は僕もですね、別件で仕事が入ったんです。ここより更に北にある場所で不審人物が確認されたんですが、そちらの脅威度が明らかに高くて。」
「といいますと?」
「調査ですでにたまたま近辺にいたSランク冒険者二名とXランク冒険者一名が調査に出向いた結果、Sランク二名は行方不明、Xランクの方は瀕死の状態で帰ってきて、支離滅裂なことをしばらく口走った後、そのまま亡くなったそうです。それで、僕が調査に行くことに……。」
現在エルヴァがA、それ以上のランクは以前紹介したように低い順番にS、X、SS、Zとなっているが、この間は非常に実力差のばらつきが大きく、実際に不等号をつけるならS≦X<<<<SS<<<<<Zとなっており、仮にマヌエルの話が本当なら、確かにSS以上を派遣するしかないだろう。また、実際のところマヌエルの実力はSSランク組の中でもZにかなり近いそうで、その安全性にも期待できる。A以下?A>>B>C>D>E>>F>G。これで満足か?
「だれも聞いてないでしょ……。」
「では、またしばらく。」
「はい。」
そうして二人は別れ、その場を後にした。
一方その頃。
「ほーら、おいしいキャンディだぞー?」
「わーい!」
廃校では、ドロテアが件の子供の目の前にキャンディをちらつかせ、そして後退しながら件の子供を徐々に誘導していくという光景が、廊下で見られていた。
「(子どもの誘拐現場か……?)」
オーディンの感想もごもっともであった。
両者が向かうのはお風呂であった。
そう。懐いている相手を差し置いて、怪我人の面倒を放り出し、わざわざドロテアがそれをすることの示すところは。
「……女子だなんてきいてねぇぞクソが……!」
いつの間にかその場にいた趙が頭を抱えていた。
……ちなみに中国において未成年男女同士の身体接触は徹底的な排斥がなされており、仮に学校にバレようものなら全校生徒の前で反省文読み上げ、下手すれば停学・退学である。大学受験が人生の全てを決めるとまで考えられる現実世界の中国だが、この世界における中国らへんも似たような感じしており、現地ならとりあえず趙には謹慎処分がくだされてもおかしくないって話だ。ああ怖い怖い。
「中国も大変っすね。」
言うて日本もそれよりはマシというだけで、実際のところ、甘酸っぱい恋どころか、たとえボディタッチ程度でも7割は空想上の出来事であることに変わりはない。世知辛い世の中であると言いたいところだが、これはもはや世の男全員にかけられた一種の呪いなのかもしれない。
ちなみに作者は男子校なので、そもそも女性との交流がゼロであった。
と、そこで、趙がポーチを開く。
「ああ、そうだ。お前にお届けものだぜ。」
「へ?」
もちろんそんな話聞かされてないオーディンに、布にくるまれた刀が投げられる。オーディンはそれを受け取り、その勢いのまま素早く包装をひっぺがす。黒基色にピンクのリボンが結ばれた鞘が見えた。
「お前の刀が折れたって話をヘルマンさんにしたんだが、そしたら代わりって言って送ってきた。」
「そうなんすか。にしてもいいんですか?最上級とかはいかないでしょうけど、量産品の数倍の値段いきますでしょこれ。デザイン気に食わないけど。」
「いーんだよ、どうせあいつの財布なんだから。今更数万消し飛んだとて痛くも痒くもないし、あいつもその辺気にしないたちだから、その刀も大切に使わなくていいぞ。」
「気ィ狂ってるわね。」
と、そこにルアンヌが顔を出した。
全快とは言わずとも、傷は強制的に塞がれた以上一晩寝たら体力もだいぶ回復したようだ。
「あー、ルアンヌか。ところで喉乾いたんだけど水持ってる?」
「重傷から回復した仲間にかける第一声がそれ?ふざけてるわねあんた。あいにく空っぽの水筒しか……ここに水筒があります。」
おもむろにルアンヌは水筒を掲げる。にやにやした表情で。
「……おん?」
「ここに水属性魔法力を集中させます。すると……?」
数秒後、空だった水筒がタプンと水音をたてた。
「このように、付近に存在する水分を生成することができます。あんたもさっさとこれぐらい覚えなさいゴミ。」
「手品にかこつけた嫌味じゃねーかよクソったれ。てめーもいいかげん近接武器のスキル一個ぐらい覚えろ。」
「あーら、近接戦闘スキルぐらいいくつか身につけてるわよ?」
「魔法使い用の杖を近接武器と錯覚してるお前の姿はお笑いだったぜ。」
そうしてオーディンはその水筒を受け取り、特に躊躇とかはなく一口。
「あれ?この水なんか変だぜ?しょっぱくてねとねとする。」
「あれ?おかしいわね。」
「……付近の水を集めて生成するって言ってたよな。」
「?ええ。」
「……もしかして体e……」
考察するにしても発言のベクトルを間違えた脳足りんと、いたずらで水筒にとろみ剤を入れていたことが発覚した化学満点道徳0点が、氷漬けになる5秒の出来事であった。趙は要領がいいので、巻き添えを食らう前に逃走している。
「くっそが、風呂入り直しかよ。勘弁してくれ、アタシはこの湯船に浸かるという文化に慣れとらんのじゃ。」
「10:0でてめーの自業自得だろボケ。てかしれっと下着姿すな。」
「いーじゃん。どうせアタシとあんたの仲なんだし。」
「誤解招くからガチでやめろ。」
40分後、趙がだらけてた職員室に、2回目の入浴を終えたドロテアが入ってくる。着替えを取りに来た以上下着姿とタオルだけとならざるを得ない彼女だが、こいつらの場合割と昔から一緒にいるせいでそういった空気になることはない。そういえば男子は風呂どうしたのかって?女子の1時間前に入ったよ。もちろん水も浄化魔法使用済み。
「……ったく、にしても全然犯人見つかんねーな。」
「結局あの子も外れだったもんね。」
「よんだー?」
ドロテアが言及しようとしたところで、件の女の子が入ってくる。
さて、彼女の名前はマヤ=カトリーネ・スヌーエンと言うらしい。先ほどもいった通り女子、13歳だ。
身長140cm、両目を隠すレベルで前髪が長く、後ろの髪もだいたい腰ぐらいまで伸ばしている。もちろん目の色なんて判断できない。白色の服にズボンと雪原迷彩でもすんのかと言いたくなる服装。そんでもって13歳、つまり第二次性徴を終えているとは到底思えない、言ってしまえば幼稚園児のそれとさして変わらない体型だ。
「こいつの身体接触が許されるのはラノベかR-18の世界だけだっての……。」
空を仰ぎながら目を押さえて趙がため息をつく。無論この世界はそのどちらでもない。強いて言うなら、仮にこれの中身が他の作品よりストーリーとして薄っぺらいと考えるならば、Lightnovelと言えるかも知れないが。
ふとその時、職員室に設置された電話がなる。趙は起き上がろうともしなかった。
「あー、ドロテア出といて。」
「やだよアタシ着替えてるもん。趙、あんたが出なよ。」
「なんでだよ。ぱっと着替えりゃ済む話だろ。」
「女子の着替えには時間かかるのよ。」
「てめーに女子らしさが残ってる状態のみその発言は有効だって知ってたか?」
「あっはっはー、解剖すっぞ。」
「じゃああたしが出るー。」
「もしもし、趙です。」
マヤが挙手するのとほぼ同時に、趙はすでに当たり前の顔で受話器を取っていた。
「あー、お兄ちゃんずるいー!私もでんわしたいー!」
「だーれがお兄ちゃんだ、存在しない記憶やめろ。存記兄弟は趣味に入って、あ、はいなんでもありません。」
電話に対応しながら、直ぐ側にあったさすまたで彼女を壁に拘束する趙。マヤが押さえつけられてジタバタしているのを気にせず、彼は応対を続ける。
『趙か?今ちょいと緊急連絡だ。』
「はい、なんでしょう。」
『お前らの動向を見守るシステムの一環として、お前らの事前に登録した魔法力波長からそれを観測してるって話はきいたことあるよな?』
「はい。それがどうかしました。」
「さらっと流してるけどプライバシーどうなってんのよほんと。慣れたけどさ。」ドロテアのツッコミもご尤もである。
「落ち着いて聞け。」
「ついさっき、ジークとカレンのそれが、消えた。」
そしてこの通話のおよそ1日ちょっと前、5月15日の深夜23時
場所は廃校から数キロメートル北の街。ジークとカレンの目標がいる場所である。
天候はやや吹雪。
一人の人物が、街の入口に立っていた。
身長186cm、男性。七三分けにした黒髪と細長い吊り目で、黒いサングラスを身に着けている。黒色のネクタイを始め白のシャツと靴下以外全身の上着・ズボンを始めとした服装を黒で統一しており、闇のゲームに登場する黒服を彷彿とさせる。いや、あれに比べたら放たれる雰囲気は全然違うし、左手にバッグや時計を身に着けているなど相違点もだいぶあるが。
男は入口のアーチを見る。観光客ウケなのか「WELCOME!!」とデカデカとかかれた看板を見て、男はため息をつきながら街へ入る。
「おいおっさん。どうしたんだ?こんな深夜に。」
案の定というべきか、ならず者はどこにでもいる。
浮浪者のような見た目をした輩数名に囲まれた男は、落ち着いて丁寧に答える。
「べつにどうもしませんよ。ただ仕事の関係でこの街にやってきただけです。お気になさらずに。」
「まあまあそう言わず。夜の街は危ないんだぜ〜?俺らがエスコートしてやろっか。」
「いえ、結構です。」
男はそう言い、さっさとその場を立ち去ろうとする。が、言うまでもなくならず者どもはそれを逃がそうとしない。
「おいおい、ノリ悪いなぁ。ちょっとそこの路地裏でみんなで乾杯するだけだっての。」
「勤務中の飲酒は趣味ではないので。」
「まあいいだろ?一杯ぐらい。ほら早く行こうぜ?」
「……ハァ……。」
男はため息をつくと、カバンを地面に下ろす。
サングラスの内側からギロリと、睨みを効かせた吊り目の紅の瞳が覗いた。
「こういうのは好きではありませんので、さっさと終わらせましょう。」
1分後、地面に倒れたならず者たちを後に、男は悠々と歩き去っていった。
アメリオ=レイモンド・マース。
コンコルディア王国国立特別訓練学校所属、語学兼生活指導担当。
「やれやれ、荒事はなるべく避けたいのですがね」
冒険者ギルドランクはX。通称「最も共に戦いたい男」。
裏話:趙の名前について。
「しってたか?実をいうと、吾の呼び方はマナー違反なんだぜ?」
椅子に腰掛けてそれを傾かせながら、趙が画面越しに語りかける。その様子を見ていたドロテアは「何してんだこいつ」の顔をする。
「いや唐突になによあんた。」
「いや?誤解する奴らがいたら面倒だから一応。」
そういい、彼はホワイトボードを取り出す。
「俺らの名前は基本姓+名+字で構成されてる。俺の場合趙+慈+牙竜だな。」
「あれ?前にいってたことと違くない?」
「ああ、作者のミスだ。さっき修正してきた。」
そう言うと、彼は「趙」の字に◯をつける。
「いまんとこ俺以外に同郷が出てないから被害はないけど、実際のところこの姓のやつってだけなら実は結構いたりする。日本人ならまだしも、中国でそういうやつに姓だけで呼びかけようもんなら、だれがだれかわからなくなって大混乱なんだ。」
そして、彼は自分の名に下線を引いた。
「だから、吾の名前の表記は『趙慈』って呼ぶのが正解なんだ。ちなみに敬語の場合は姓にそいつの役職をつけるのが一般的で、例えば俺を先輩呼びする場合中国語なら『趙老師』とかが正解ってとこだな」老師……「自分より経験がある人」の総称。別に若い人にもガンガン使う。
「まあ、姓名呼び部分については後々修正するとして、みんなは中国系の友達の名前を呼ぶ時は気をつけろよ。」
「あんたは自分の後輩とか、あとは子供?とか、将来なんて呼ぶ気よ。」
「まず世代交代する作品なんて荒木先生のそれぐらいが限界なんだよバカタレ。吾は一生現役だ。」
ちなみに中国の一人称は基本「我」一択、彼が使っているのは単なる台詞を見分けやすくするための差分みたいなものだ。
……あとがきっておまけ話載せるためのものだっけ?




