Episode27:吹雪の中の殺意
この世界のTips27:ギルド②
どこの世界でも、企業の末端の腐敗というのは存在する話。
都合の悪いことの大半を魔法で捻じ曲げているこの世界もやはり例外ではない。幸いなことにトップ層の腐敗はないといっても過言ではなく、そしてそのトップ層に近い分上位層も比較的ましだが、低階級・中央から遠ざかる、つまり監視の行き届かない末端となるとそうも言っていられない。
「オーディン。てめぇ今、前衛と後衛どっちがいい。」
「後衛っすね。中国刀ただでさえ使い慣れてない武器なんで、いつぶっ壊れるかわかったもんじゃありませんもん。まだ弓握ってたほうがマシ。」
「よーしわかった。あと、お前のオリジナルスキルに射程とかあるか?」
「『視認できる場所』って言えば射程ですけど。」
「よーしわかった。作戦はこうだ。」
趙は槍を数回、回転させ、そして彫像に穂先を向ける。
「今から吾は前衛、それもノーガードでいく。」
「!?」
意図が読み取れず驚愕するオーディン。だが次の一言は、彼に喝を入れるのに十分であった。
「お前は防御サポーターだ。あいつの攻撃を片っ端から予見し、《弓矢で潰すか警戒の合図を送るか》、そのどちらかに徹しろ。」
「…りょーかい!」
「『穿月・削弄晶』」
月形斬撃エフェクトを纏った矢が、オーディンの弓から放たれる。周辺を容赦なく削り取るその一撃が巨大な彫像の左腕を根本から削り分断するのを皮切りに、趙が再びオリジナルスキルを起動、開幕に14連撃を浴びせる。……表情からして、配られた牌は微妙だったようだ。反撃に繰り出した右手を軽々と避けつつ、彼は顎に手をやり考え込む。
「(相手は単体だがそれなりに範囲がでかい。ここは狭範囲殲滅攻撃か、それとも微調整兼ねて技連か、自己強化に入るか……まずは小手調べだ!)」
彼は一度能力を副次的なものとして扱うことを決め、通常スキルの発動に注力する。
「『破天一槍』!」
全体的な破壊力と言うより、部分的な貫通力を意識したスキル。しかし敵の単純な脆さは想像以上のものであり、貫通特化のはずのスキルは目標点周辺もまとめて抉っていった。いやまあ、すぐに再生するわけだが。
「(だがしかし、こいつに対してはある程度貫通攻撃も意味をなすと考えて良い!)オーディン!手加減無用だ、好き放題やれ!」
「じゃのいてください!」
趙が飛び上がると同時に、像の胸に矢が刺さった。……導火線つきの。
「ハァ!?」
咄嗟に趙は跳躍時に舞い上がっていた硬めの雪の塊を超高速で蹴り飛ばし、反動で無理やり距離を取る。
爆発。炸裂性の矢は像の胸部を大きくえぐる。そしてまた再生が始まる。だが像もまけじとボロボロの腕を振る。
「おいこらこの野郎、爆弾とか使うなら先言え……!」
その拳は、地面に着地した直後で体制を崩し、粉塵で視界を奪われていた趙の頬を捉えた。
「しまっ......!」
先ほどの戦闘で消耗していた彼にはそれを防御する手段がない。結果、彼はあっさりと敵の思い一撃を許してしまうこととなった。
無抵抗のまま殴り飛ばされる趙。
「趙さん!」
趙が起き上がるよりも前に、次はお前だと言わんばかりの像の追撃が入る。
「しゃらくせえわ!『葬月・往生輝夜』!」
不意をついた一撃、居合による首の一刀両断。勝負は決した……
「と思いたかったよクソったれ!お前なんでもありかよ!」
首であろうとももこもこと当たり前のように再生する像相手に、オーディンはヤケクソ一歩手前の叫びをあげる。
再びオーディンは刀を構え直す。
何本かの投げナイフが命中する。
「……让开。」※…のけ
「!?」
趙が復活し、いつの間にか背後に迫り、オーディンの肩に手をおいた。
「大丈夫っすか!」
「没什么事。」※…なんとも
いや、見ると彼の頭の右上から若干血が滴っている。おそらく、像を構成する雪の中に石かなにかが紛れていたのだろう。いや、違う。それだけじゃない。
目は血走っている。もともと美しいルビー色だった瞳はどす黒い血のような色へと変色、口からは血に飢えた狼のようによだれが垂れる。異常、はっきり言って異常者という他ない。趙の今、押してはいけないスイッチを押したような、そんな奇妙な焦燥にかられる。
「让开。」
「え?えっと……」
「让开。」
中国語。何を言っているのかは理解できないが、何を伝えたいのかは理解できた気がする。そしてそれ以上に、なにか得体の知れないものの恐怖。唐突に覚えたそれに、オーディンは素直に従う。趙はそのまま、オーディンの前に出て像と向かい合う。
像が咆哮をあげる。拳を振りかぶる。
趙は避けようともしない。ただゆったりと、たったそれだけだとでも言わんばかりに槍を振るう。
像の左腕が根本から消し飛んだ。
驚愕とも恐怖とも、なんとも言えないような咆哮が上がる。再び槍を構える趙の周りを牌が並ぶ。字と1と9で構成された14の牌。先程まで発光していたそれが、今、一つ光らなくなった。
国士無双。今の彼の出目。
字牌7種類、各数牌の1と9の6枚とで合計13枚、そしてそのうち1枚を再度手に入れて雀頭とすることで完成する役。役満。
今回の彼は中国式。彼が指定した14回のアクションが終了するまで、彼のありとあらゆる全ステータスを88倍へと跳ね上げる。
像が反撃の拳を再び振るう。確かに彼の右頬を捉えたそれは、しかし当たり前のように効かず、むしろ相手のあまりの硬さ故か右腕が砕け散る。
「学习吧。」※…学習しろよ
降り掛かった粉雪を払い除けながら、趙は再び槍を振るう。
「那个为了找回短剑而在船身上刻记号的蠢货……。」※…刻舟求剣の愚か者が
像が再生を始めるよりも前に、次の一撃が像の残った右腕を消し飛ばす。なされるがままに、一方で再生の速度をあげる雪像。だが、それをも上回る圧倒的なスピードで、趙の繰り出す槍は像の体を着実にえぐる。
再生しきった左腕にもう一撃与えて5撃目で四肢をえぐり終えたところで、彼は飛び上がり、トドメの一撃の体制に入る。が、彫像もただでやられるつもりはないと、今度は自身の再生をも停止し、再び雪の動物が姿を表す。それらは一斉に趙に飛びかかり、ついでに雪玉を投げつけ、「防御」判定を取り趙のその88倍の使用回数を残り4回までに減らす。そして、更に新たな雪の彫像の追撃が入る。その数は残りの4回など何回でも……
「『炎月・陽仙鳥』!」
が、そうは問屋が卸さない。下から援護に回っていたオーディンが刀に持ち替え、再び火属性遠距離範囲攻撃を放つ。雪像はすべて鳥型の炎エフェクトに溶かされる。
「『烧天・烈日下』!」
そして、下に向けて突き出された趙の槍の穂先から打ち出されるは、天をも焦がす疑似太陽。
灼熱の陽光は、付近半径数十メートルにわたって、雪を一瞬で溶かし尽くした。
残るは、雪解け水でぐちょぐちょになった寒冷気候の荒れ地のみ。
「うわっ、っとっと。」
中途半端に沈む泥に足を取られたオーディンがふらつく。
「(……!)」
思い出したかのように前方を振り向くオーディン。彼の目に移ったのは、雪解け後に残ったおそらく自身らへ雪の像をけしかけた張本人である、顔を腕で多い怯える白髪の子供、そしてその首を掴み、今にも殴りかからんと拳を振るう趙の姿。子供の体がビクリと震える。
「あ、ちょっ待っ……!」
もう遅い。そのまま趙は拳を突き出す。
その拳は、子供のすぐ後ろの空を捉えた。
「「!?」」
「GGYYYYYAAAAAAAAHHHHHHHHH!!!???」
驚く両者をよそに、彼が殴った場所から血のような赤い液体が飛び散り、景色が歪む。
その場所に現れたのは、人間ほどのサイズはある巨大なカメレオン型モンスターであった。おそらく非常に高度な迷彩を纏い彼らに近づいていたそのモンスターだったが、先ほど雪を溶かしたときのあたらしい景色への適応にかかったタイムラグを趙は逃さず、その顔面に一撃を当てたのだ。
「GYYYYAAAAAOOOHHOH!」
「ひゃっ!」
悪あがきか、それとも人質のつもりなのか、初撃で頭の左側若干をえぐられたカメレオンが子供をその舌で絡め取り、趙の手から奪い取ろうとした。しかし悲鳴をあげる子供など気にしないかのように、趙はその舌を握る。残り光っていた2つの牌の内1つが発光をやめ、それと同時に舌は握りつぶされた。そのまま子供はドサリと雪へおっこちる。
「V,VGGEEEEEEOOOOOOOOOOHHHHHHHAAAAAHHAHHHHHHH!!!」
「真烦……」※…うっせぇな
喚き散らすカメレオンの首を、趙の左手が握る。そして、右腕が振りかぶられる。
「觉悟吧!」※…覚悟しろ
最後の88倍、超倍率の載った彼の拳が、カメレオンの全身を消し飛ばした。
「ふぅ……終わったか。」
「(あ、口調戻った。)おそらく。」
「さてと、あとはさっきのガキンチョ連れて……」
ひし。
「(「ひし。」?)」
下を見下ろす趙。目標であった子供は現在、両腕を使って趙の腰にしがみついていた。
思考が追いつかず趙とオーディンは数秒間フリーズ。その後、なんとなく選択した手話を使って、趙が考え始める。
「(なんなんだこいつは。)」
オーディンも手話で返す。語学はできないのに手話はできるバカ。
「(おそらく懐いてるんだと思います。)」
「(なんでだよ。傍から見ればさっき吾こいつ殴ろうとしてたばかりだろうが。)」
「(俺が知りませんよ。というかそんな小さい子供の考えを読めってのがまず無理な話ですよ。)」
趙は子供を引き剥がそうとした。しかし思わぬ強めの力でしがみつかれており、このままでは臨戦態勢を解除した彼の体が音を上げるほうが先だ。じゃあ臨戦態勢に入る?力加減が得意ではない彼が子供の首をへし折らないといいネ!
「画风突变……」※雰囲気いきなり変わりすぎだろ
趙はため息をついた。いや全くそのとおり。
ちなみにこの言葉は中国では主に、創作作品の展開があまりにも急すぎるときによく用いられるそうだ。
「ん?」
廃校。職員室前でドロテアが電話を取る。
「どしたん話きこか?」
『おふざけは後で聞くから。色々あったから説明省くが、目標である奴を捕まえた……というか……あー、なんて言えばいいんだ。』
「何よ。はっきりしなさいよ。んなどもるのはアンタのキャラじゃないでしょ。」
『……懐いた。』
「……ハァ?」
『なんか小さくてかわいいやつボイスやめろボケ。』
「いや実際なんなのよ。」
『俺が聞きたいよ。とりあえずなんかひっついて離れない。多分このまま連れて変えるから、帰ったら風呂の用意頼むよ。てかそこ浴槽あったっけ?』
「あったにはあったんだけどねー、もうすでにシャワー浴びちゃって。入れようという時期はとっくに過ぎちゃったのよね。」
『お前の可愛さのピークがとっくに過ぎたように?』
「あっはっはー、ぶち殺すぞ。出そうと思ってもだせないのよ。」
『なんで。お前のデリカシーじゃあるまいし。』
「電話じゃなかったらげんこつ2発だからな。画面いっぱいに効果音が出るやつ。」
一方、別の街のギルド庁舎内で、エルヴァもオーディンから電話を受けていた。
「そちらは終わったんですね?」
『ああ。正味ちょーっと理由がわからん展開になっちまったが。』
「それはいつものことでしょう?」
『……?まあとにかく、そっちもなるはやで終わらせて戻ってくださいよ。こっから帰ったら女子二人に気ぃ使わなきゃなんねーんですから。今全力で現地でなんかやってた子供たちの雪まつりに紛れ込んでるけど。』
「意外ですね。あなたに女性に対して気をつかうという思考回路があったとは。」
『ちょっ、辛辣すぎな……うぉあ、ネオアームストロングサイクロンジェットアームストロング砲じゃねーかよ!完成度……』
ブツリ。ツー…ツー…。
次の瞬間には、反射的にエルヴァは電話を切っていた。
「(……この世界の人々は定期的にパロディを挟まないと生きていけないのか?)」
ネタがねーんだよネタが。たかが電話シーンで視聴率稼げるわけもねーだろ。
とまあ、電話を終えたところで、ここの地区のギルド長と話を終えてきたマヌエルが顔を出した。正直なところ話し合いならエルヴァの方が得意なのだが、つい最に近不正を疑われるレベルの速度でAランクに昇格したエルヴァよりも、周知の事実でこの国の元帥お抱えであるSSランクが行ったほうが確実にいいだろう。みんなだって、一ヶ月で部長に昇進した得体のしれないやつより、社長お気に入りの役員の方が話を聞くきになるだろう?それと同じだ。
マヌエルはエルヴァが持っていたものを借りた写真を返した。オレンジ色の髪にボサボサのヒゲと冴えない風貌の男だ。そこまで重要でもないが、名前をカイズというらしい。
「聞いてきましたよ。うちにはそんなやついないって言ってました。」
「……really?」
「唐突に英語に切り替えないでください。で、マジです。」
が、
「どう問い詰めましたか?」
「え?普通に聞いただけだけど?」
「……ちなみに、ここのギルド長がグルではないという根拠は?」
なお、エルヴァたちは事前にそういうの見つける人にそのような可能性があると情報提供されている。相手が上司でありかつ一定の信用がおける人物である以上ひとまずはその意見に従うべきなはずだが……。
「いやでも、出会い頭で人をいきなり疑うのもよくない……。」
「(不思議な補正により誰にも聞こえない大きなため息)とりあえずいきましょう。」
二人はギルド庁舎を出た。
「(余計なことしている予想)何食べてるんですか?」
「……んー、さっきそこのレストランで買ってきた肉料理。リンゴが入ってておいしいですよ。店員さんが試作品って言ってたましたけど。」
「……正確な料理名覚えてますか?」
「覚えてません。でも、店員さんが紫っぽい髪で、頭に角っぽいのが二本あったのは覚えてます。何だったんだろあれ。」
「純白で記憶ごと焼き滅ぼされるのと、漆黒で存在ごと蒸発させられるの、どっちがお好みですか?」
「?どうい……」
「きゃああああああああ!!!」
「「!!」」
彼らの後方の道、おそらく近くの裏路地から、女性のものと思しき悲鳴が上がる。
「……いきましょう!」
「はい。」
混乱し逃げ惑う民衆をかき分け、マヌエルとエルヴァは裏路地に突入する。
「……カイズ!」
風貌の冴えない男は、おそらく一般人であろう女性の首を掴んで、その顔をナイフでつついていた。その名前を叫ぶと同時に飛びかかるマヌエルを、カイズは女性を盾にするように突き出すことで牽制する。
「おおと、こいつの命が惜しかったら」
「(……しまった!)」
それぞれ槍と投げナイフを構えたマヌエルとエルヴァは人質により動きを封じられる。
「よーしよしよし。お前らあれだろ?俺のこと嗅ぎ回ってんだろ。何様だか知んねぇけどな、余計なことすんじゃねーよ。こっちはギルド長のお墨付きなんだからよ。」
「なんだって……!」
「動くな!武器を捨てろ!こいつがどうなってもいいのか!」
怯える女性の目をくり抜こうとするかのようにカイズがナイフを突きつける。
「くっ……!」
だが迷っている暇はない。渋々、マヌエルは背中に装備していた槍を地面に落とす。……そして、右を見た。
「エルヴァさん。一旦ここはやつの指示に……。」
エルヴァは微動だにしない。手に持った投げナイフを構えたままだ。
「おい!」
「エルヴァさん……?」
「お断りいたします。」
無機質なたった一言、返ってきたのはそれだけだった。




