Episode25:熊みれ盆地
この世界のTips25:ユニークモンスター
猿が剣術を使うことはないし、ゴリラも別に魔法を使ったりしない。
それ専用の特殊な存在と言うより結局元をたどると生命体に帰結するモンスターも同様。通常において奴らは、技とも言えないような基礎的な体術と、あとはせいぜい一部の生物が自衛のために毒を生成したりする程度しかできない。
が、ユニークモンスターは違う。種別ごとに違う一定の確率で発生するそれらは通常の個体より遥かに強靭な肉体・魂を宿す。それ故に基礎スペックが高いのは言うまでもない。
そしてそれは、スキルの習得にも耐えられることを意味する。
「……一体何をしたんですか?」
雪原をのしのしと歩く、ドロテアに一度殺されたはずの熊型モンスター。その背中に揺られながら、モンスターに乗っている状態のルアンヌは尋ねる。ドロテアはいつの間にか取り出していた両手剣を眠そうに眺めながら応じた。
「んー?まぁ大したことはしてないわよ。アタシのオリジナルスキルで脳幹部分をちょーっといじっただけ……」
そこまで言いかけたところで、彼女は唐突に黙り込み、上を見上げる。
「悪ィ。説明は後でだわ。」
「……わかりました。」
ルアンヌも同様に何かを察し、背中に装備していた杖を構え臨戦態勢を取る。
斜面の壁面にある出っ張りやあいた穴から、無数の熊型モンスターが姿を現した。
時刻は前回に引き続き、昼の12時。
場所は前回の地点から変わらず、廃校から南へおよそ数百メートル地点、から更に歩いて東へおよそ200m。当たりがやや緩やかだが登るには明らかに急な斜面となっている盆地。
天気は猛吹雪(強化版)。防寒具を着ているはずなのに、顔部分や足首・手首から雪が入り込み、ガリガリとここにいる人間全員のHPを奪ってゆく。
「『アインシュニット』!」
背中にかけていた両手剣を素早く抜刀し、当たり前のように斬撃を複数回にわたって飛ばすドロテア。複数体のモンスターが倒れるが、彼女らを囲む数十体の大半はかすり傷で済む。熊達はそれで相手の実力が自分より下であると考えたのか、雄叫びを上げて突撃した。それを観てドロテアはニヤリとほくそ笑む。
ドロテアの持つ武器「ザング・ウント・クラングロス」(sang- und klanglos)
およそ1.5mの黒い剣身を持つ、とある災厄を封じ込めたとされる呪われた両手剣。
この武器による攻撃を浴びたものはすべて傷口から体組織を黒く壊死させられ、逃れられない死に至る。
先ほどかすり傷だと思っていたのは、むしろ意図的につける傷を浅くすることで敵一体当たりの抵抗を減らし、より多くの敵に斬撃を行き渡らせるためだったらしい。かすり傷程度と軽視して彼女に襲いかかるように身構えていたモンスターたちが、壊死のダメージに耐えきれず次々と倒れ始める。
「ハッハァ!どうしたどうした、その程度か畜生ども!」
いつの間にかドロテアは上着を脱いでボディースーツとズボンだけの、この寒さのもとにおいて正気を疑う服装になっていた。闘いの愉悦で顔を満たしながらモンスターの群れに突撃し、当たるが幸いと言わんばかりに彼女は大剣を振るう。遅効性の即死効果があるということをモンスターたちもなんとなく察してか距離を置き始めたが、ある種それも悪手だったようだ。
「ドロテアさん!そいつらから離れて、できることなら上に飛び上がってください!」
其の言葉を聞き、言葉を発した当人を見たりするよりも前に彼女は反射的に飛び上がり、そして瞬間移動魔法を連発して一時的に滞空する。鋭く何かを察したのかモンスターたちは彼女を掴もうとするも、さっきまで自分で距離を取っていた手前すでに手遅れであった。
「『ψύξηπαραλλαγή・Noyé sous la neige』!」
後方で控えていた状態でわずかに空中に浮かび上がっていたルアンヌが、詠唱と共に杖を地面に打ち付ける。彼女の魔法力は瞬間的に雪の地面を駆け巡ってそれを超冷却する。そう、彼女たちは触れておらず、熊達はしっかり四本の脚で触れている雪の大地を。
「GHYAAAAAAAAAHHHHHHHHHHH!!!!!」
モンスターたちが苦痛に満ちた叫び声を上げる。極低温に接触した生身が細胞単位で破壊されて地面に固定され、その部分を剥ぎ取られたモンスターは暴れるあまり別の極低温へと接触し、そしてまた冷やされ冒頭にもどるという悪循環に陥っている。
「こーりゃまた……よくこんな悪趣味なこと思いつくわねぇ。」
味方ながら若干ドン引きするドロテアをよそに、ルアンヌは周辺に生えていた植物類を魔法で操って組み合わせ、簡易的なシューズを仕立て上げる。もとから寒冷気候に慣れているこの植物たちなら、若干だがこの極低温に接触してもそれを防ぐ防壁となってくれる。ルアンヌはさっきからきつかった、この地獄のトラップとの浮遊魔法の並行稼働を解除し、地面に足をつける。
そして次の瞬間、剛毛に覆われた鋭い爪を持つ巨腕が、彼女の後ろに迫っていた。
「後ろだ!」
ドロテアの声に条件反射的に対応したルアンヌが魔法を使って水色の防御壁を展開する。が、咄嗟の出来事に強力な魔法を使用できず、時間も足りず未完成、何より、もとより魔法使いであり敵の攻撃を受け止めることをまず考慮しない彼女にとって、その剛腕のパワーは到底許容範囲に収まるものではなかった。
「ぐっ……!」
巨腕による攻撃を受け止めたルアンヌの体が吹き飛ばされる。
「大丈夫か!」
そこらにあったモンスターの死骸に飛び降りる形でドロテアが彼女に近づく。不幸中の幸い、彼女の体も死骸のうちの一つに着地していたためこの極低温に触れることはなかったが、両腕の二の腕が真ん中でありえない方向にねじ曲がり、あたらしい関節もどきとなってしまっている。そして、体を吹き飛ばされたと同時に意識も吹き飛んでいるようだ。
「チッ…これじゃあ継戦は不可能か……!」
そう言って彼女は周辺の死骸を引きずり寄せてそこに寝かせた。
「(この極寒の気温だ。長居できない以上長期戦は絶対に避けなきゃならない。だがそれ以前にどうして奴はこの床で接近でき……!)」
彼女は敵のいた方を振り返る。
「なるほどね……。」
敵、すなわち巨大なクマ型モンスターは、
先程までドロテアが蹂躙していたモンスターの数々、その何十もの死体の上にのさばっていた。
「そりゃ屍踏んでりゃダメージはうけないよな、クソったれ!」
そのヤケクソな言葉とほぼ同時に、目の前のモンスターとは別の個体が背後からドロテアを襲う。
「っ!(あいつが今回の目当てのユニークなのはわかった!だが先に……!)」
すぐさまドロテアはそれを受け止め、そしてそれを切り捨てたところで違和感を覚える。更に次々と現れては一直線に彼女へと突撃を仕掛けるモンスターたちをさばきながら、ますます強まる疑念に彼女は思考を回転させる。
「(まずそもそも気になるのは、なぜこいつらは何の抵抗もなくあたしに突撃できるかってことだ!)」
当人の意識は戦闘を外れたとはいえ、ルアンヌの残した極低温による接触者への継続スリップダメージ床というギミックはまだ残っている。そして先程のこいつと同様のモンスターたちは、この床のダメージを受けたときに床をそれ以上踏まないよう躊躇する動作が見て取れた。だがこいつらはどうだ?自分の皮が剥がれ、剥き出しの肉を直接雪につけ、それでなお攻撃をやめようとしない。
「(そんでもってもう一つ、あいつだ!)」
そう。今回の討伐対象であり、《最大の脅威であるはずの》ユニークモンスター。様々なアドバンテージを用意できたとはいえ、ルアンヌを一撃で吹き飛ばす膂力を持ちながら、やつはそれを振るおうとしないどころか、微動だにせず突っ立っている。なぜだ?「王は気軽に動くべきではない」とでも考えているのか、熊風情が?
私情などないと言わんばかりに徹底して襲いかかる低級モンスターの群れ、十分な戦闘能力を持っているはずなのに動かないユニークモンスター、まえがきで語った情報から、彼女の脳内が仮説を立てる。
そして彼女は、それを確かめるべく、ユニークモンスターに向かって突っ走る。それに反応して応戦すべく再び腕を突き出すユニークモンスターに対し、ドロテアは《剣を手放し、掌底だけを》突き出す。
彼女の掌がモンスターの腕を捉え……
次の瞬間、モンスターの腕が消し飛んだ。
「GHHHHOOOAAAAAAAAHHHHHHHH!!!!??」
不可解と言わんばかりの感情が混じった叫び声をユニークモンスターを横目に、ドロテアは周囲のモンスターの群れの動きが一瞬だけ止まったのを確認する。
「(やはりこいつ、《このモンスターどもを支配するスキルを使用している》!!)」
おそらくマインドコントロールのたぐいだろう、とドロテアは予測する。たかがモンスターの低レベルな知能とはいえ、例えば恐怖心や痛覚をプツンするだけで生物は途端に兵器になれるのだから、侮ってはいけない。もとから痛覚などないかのように集団で襲ってくる蜂などがいい例だろう。
ユニークモンスターが体制を立て直して再びスキルを起動するよりも前に、ドロテアは数体のモンスターの体に掌を置く。だが今回は消し飛ばさない。
そんなことをしている間に号令の咆哮があがり、モンスターたちは再びドロテアへの攻撃を開始する。
だがそんな中、数体のモンスターはそれに従わず、ただ突っ立っていた。
叱責するのか、様子を確かめるのか、ユニークモンスターはそれに近づく。
「残念、アンタとアタシの能力相性最悪だよ!!」
それを見てドロテアが悪辣な笑顔で煽るように言い放ったのと、動かなかったモンスターが近づいた自らの主を一斉に殴りつけたのは、ほとんど同時であった。
ドロテアのオリジナルスキル「ウンター・ダス・メッサー・コメン」
ドイツ語で「メスの下に来る」、転じて「手術を受ける」という意味を指す。
自身の手を接触させた、ありとあらゆる一定以上の複雑な構造を持つ物体を対象に、質量法則の保存に遵守・かつ物質の変換は行わないように、それを自由に変型させる。
「(脳幹構造を弄った。これでこいつらは、もうアタシの命令しか聞けない。)そいつを殺せ!」
「「「GUAOOOO!!!!」」」
ドロテアは改造手術により操作した配下をユニークに対しけしかける。もちろん、もともと基礎スペックが高いユニーク相手にノーマル数体をぶつけたところで倒せるかといえば、そんなことはなく数秒で蹴散らされる。が、逆に言えば、《数秒稼げる。》
この数秒は、彼女がこの場にいるユニーク以外のモンスターの頭に触れてまわるのには、十分な時間であった。
その場にいたほとんどのモンスターが先程まで主であったユニークに反旗を翻し、偶発的に支配下に置かれずに済んだ数体も一撃で他のモンスターから沈められた。
だがしかし。
「GOAAAAAAAAHHHHHHHH!!!!」
状況を打開するための初手の威嚇か、それとも支配下の従僕を奪われた怒りか。ユニークが地響きすら伴うほどの大音量の雄叫びを上げ、ドロテアは一瞬だけ怯む。いや、まだ彼女はマシなのかもしれない。反射的に彼女は魔法の結界を展開を行い自分の体と後方にいる後輩を守ったものの、残りの何の防御も行っていないモンスターたちは次々と鼓膜を破られバタバタと倒されていった。心なしか、ユニークが口角を上方向に曲げた気がする。これにより、敵が率いていたはずの配下をこちら側に置いたというアドバンテージは一瞬で消し飛んだ…
「…だからなんだ?それで勝ったつもりか?」
結界を解除するとともに、その台詞以外の音もなく肉薄するドロテア。ユニークがそれに反応し手を伸ばすよりも前に、彼女の手はその体に迫る。
今度は、掌は額に触れた。
一方その頃。
時刻は昼の16時。
場所は学校から少し北にあるとある街。規模感的に村と言ったほうがいいかもしれないが。
天候は相変わらず雪。南方面でモンスターと殴り合ってる女衆よりはましだが、一般人の皆様が引きこもるには十分な気温だ。
ピリリリ、ピリリリ。
「……ん?」
着信音。閑散とした街のメインストリートを歩く趙は、眠たげな顔を真剣な顔に切り替え、スマホを手に取る。
「……オーディン、予定変更だ。」
彼が発したやや深刻気味な雰囲気を感じ取ったのか、鼻からたれた鼻水を拭き取ろうともせず両腕を抱えてブルブル振動していたオーディンが、顔を通常営業に戻して応答する。
「ほぇ?なんすか?」
「ドロテア達の仕事が終わった。だが思ったより敵も狡猾だったようで、後輩の女の子が負傷したらしい。」
「ええ!?」
珍しく焦燥した顔になったオーディンが詰め寄る。
「ルアンヌは!?ルアンヌは無事なんすか!?」
「落ち着け。人の話聞いてたか?無事なわけ無いだろ。ま、普通に再起可能だけどな。わかったら黙れ。ご近所迷惑だ。」
「ほ……。」
「だがローテーションは再起不能だ。物理的な治療自体は彼女のオリジナルスキルでどうとでもなるが、出血と体力はどうともならない以上彼女は廃校で数回休み。言うまでもなくそんなやつに見張りを任せるわけにもいかないから、カバー含めてドロテアも休みだ。もともとはあまりは応援に向かうはずだったが、そこの臨機応変戦力が現在吹き飛んだ感じだ。」
「あー……人手が足りないから早く仕事終わらせるってことであってますか?」
「そうだ。すでにエルヴァは廃校を出てマヌエルと合流、すでに目標の追跡に入っている。ドロテアが動けない以上見張りの交代もなし、つまりそれだけ連続した負担もしいるわけだ。」
「……まあ、交代の移動の手間を考えればトントンって感じっすかね?」
「幸いにも、ターゲットの行動はある程度把握している。見張り中の空き時間を使ってエルヴァがヘルマンの権限を部分的に使用してこの辺の監視カメラその他諸々のデータをハッキング収集した結果、Theyと同様の容姿を持つ人物の動きを補足している。そしてそのデータから次の動きも予測済みだ。いくぞ!」
「へ、へいっす!」
オーディンは話についていくのをやめた。こんな急なお膳立てを理解しようとするほうが間違っているし、目の前の先輩を信じる理由はなくとも、戦友を疑う理由は今のところない。
「にしても……。」
いつの間にか皿とフォークを持って歩きながら料理を食べるという行儀の悪さ100%の行為を行うオーディンを、趙はドン引きの目で見る。
「おい、なに食べてんだそれ。いや、ガチでなんなんだそのステーキとチーズが交互に大量に積み重なった謎料理。」
オーディンはそれを聞き、悠長に皿とフォークを持っていた手をそのままに、飲み込んでから口を咀嚼から会話に切り替える。
「ああ、これっすか?なんかさっきそこのレストランでテイクアウトした“お肉ツミツミ”とかいう……。」
「やめろやめろやめろ。ワイナリーのオーナーに炎属性の大剣で殴られる前に大人しく謝ってこいボケ。」
ちなみに、元ネタと彼の出身国が同じだということに作者が気づくのは、これを投稿して数分後、元ネタで遊んでいるときの話だったとかなんとか……。
雪原を歩く二人の少年。今回は防寒具をしっかり着てきたオーディンが尋ねる。
「ほんとにこんなところであってるんすか?今んところなにもいませんけど。」
「合ってるかどうかなんぞ知るもんか。今から答え合わせに行くんだよ。」
そう答える趙は若干のコスチュームチェンジをしている。袖口がキュッと締まった長袖の色トップスに、細身の橙色長ズボンを合わせ、 その上に前が大きく開いたロング丈の薄い赤い長袖コートを羽織り、ウエストを太いベルトで強く締める。いわゆる侠客というやつの服なので
「気になるんなら自分で調べろ。今どきAIに聞いたらだいたい教えてくれるだろ。」
趙が肩にバットと同じ要領で重さを預けた槍をなんとなく上げ下げしながら言う。おいこらナレーションの仕事だぞ。
数分間追加で歩く。雪に足をとられる以上仕方がないとはいえ、小学生の歩行より若干速いぐらいのペースでえっちらおっちらと歩くスピードに、そろそろ忍耐力不足がしびれを切らし始める。
「ほんとにこんなペースで見つかるんですか?」
「まあ落ち着け、まだ慌てる時間じゃない。幸いに……!」
そこまで言いかけたところで、
突如恐ろしい早業で、趙がオーディンに向かって槍を突き出す。
その槍は、オーディンの顔の横をかすめ、雪でできた熊のような彫像を貫き砕いた。
「敵襲だ!オーディン!」
その言葉を言い終わるのとほぼ同時に砕かれた雪像はもこもことその形を修復。形を取り戻し、趙に襲いかかる。趙は再びそれを横薙ぎで破壊しつくすが、周辺には熊はおろか狼、猪、鹿、兎、様々な雪でできた彫像が、敵意を発しながら。




