Episode23:雪中の一行
Ep25:王立特練の学年システム
基本的に欧米の学校においては、そもそも学年という概念は薄い。実力次第の飛び級が当たり前、年齢は関係なく、同じ学年にいるやつ=同程度の実力を持つ、共に学ぶ仲間という考えだ。
しかし、その割にはこの学校にはアジア圏と同様のシステムを持つ学年が存在し、飛び級云々は代わりに成績によって変動するクラスで行われる。そして、学年ではなくクラスでまとまるため違う学年が同時に授業を受けることも多々ある。
何が起こっているのか?この学校の創始者の一人である後先考えずは語る。
「ああね、多国籍学校を作るというコンセプトにおいてアジア文化圏の方式もある程度取り入れたのよ。そしたらよくわかんなくなった。」
……基本的にこの世界のこの学校において、学年というのは経験の差以外で当てにしないほうが良さそうだ。
あのあと、生きてこそいるが気を失ったままピクリとも動かないジークを抱え、エンデルは夜行バスに乗り込んだ。ベルゲンからは通常の列車に乗り、時間が惜しいからとジークを肩に担いでほぼほぼ荷物扱いしながら駅を降りて夜行バスまでたどり着き、金とSSランクと言う立場にものを言わせて予約無しで空席に座り込んだ。傍から見てみればもういろいろとだめである。
窓際の席にジークを寝かせてご丁寧に毛布も被せ、通路側の席でエンデルはパソコンを開く。周囲の迷惑にならないよう明るさだけ抑えてからはじめたのは、ヘルマンへのメールだった。
彼には今回の調査で判明した存在した敵戦力の量とその最期を報告する。つまり、「あの存在」についても触れていたわけだ。
(「こいつの敵は、いきなり出てきた“兄さん”が討ち滅ぼした、ってさ。」)
「(この発言をどう処理するか、判断求む。)」
エンデルは最後にそう締めくくり、メールを送信した。そうして夜行バスが移動し、流れるように変遷する景色を横目に彼がペットボトルで午後の紅茶を飲んでいた頃、返信が返ってきた。
『やめておけ。』
『ろくなことにならない。』
その言葉でスタートした後、次に向かう場所の指示がやってきた。
時系列を戻して、5月16日の朝の7時。
場所はノルウェーの北にあるとある雪原。寒帯気候なのにも関わらず多数の生命がいるところで有名な場所だったりする。
天気は晴れ。太陽はまだ全然低いし暗いのだが、雪が光を反射した結果涼し気な明るさだ。
「うわぁ〜!」
そしてそんな陰謀論的会話も露知らず、ジークは感嘆の声をあげた。
「ほぇー、確かにこいつはすげぇや。」
オーディンも同じような感想を抱く。そこそこの確率で氷点下を下回る日本からしてみたら意外かもしれないが、緯度そのものは日本より高いイギリスは意外と寒くない。西側を流れる暖流である北大西洋海流とその上を通ってやってくる偏西風の関係性上、基本的にイギリスの最低気温は冬でも摂氏2~4度ぐらいでおさまる。氷点下を下回るなんて稀な話だし、ましてや降り積もった雪なんてまず見ない。そんなところで育っているジークと、日本で若干触れているとはいえこちらに移り住んで長いオーディンにとってこの光景はなかなか新鮮だった。
「まったく、んなアホなことしてる余裕があるなら先に先輩たちに挨拶済ませたら?」
一方ルアンヌはこの光景を見慣れていた。フランスの頭部の田舎出身である彼女にとって雪は意外と身近なのだ。というのも内陸性気候であるフランス東部ではイギリスとは違って冬に氷点下以下というのは全然珍しくもなく、その中でもやや南の田舎である彼女の出身地方にはちょっと遠出すればたどり着くぐらいの距離にアルプス山脈がある。そんな場所で育った彼女は雪ぐらい見慣れていたというわけだ。
そんな彼女が指さす彼女の後ろには、四人の人物が立っていた。
「じゃ、紹介してくわね。基本新登場なんだし。」
紹介に入るまでの流れをいいかげんにするんじゃない。
一人目の人物の名前はドロテア=エルンスト・ヴントアルツト。18歳、女性。肩の後ろあたりまで伸ばしたブロンドヘアーで、右目が水色で左目が黒というオッドアイを持っている彼女は無駄に爽やかないたずらっぽい笑顔を浮かべている。肩はおろかへそまで出したタンクトップに短パンという、この気候に明らかに合っていない服装だ。そしてそんな彼女は現在その辺で捕まえてきたのであろう、ジタバタしている白ウサギをいじっている。
「どうするんですか?そのウサギ。」
「んー……とりあえず焼くか。レアとミディアムどっちが良いと思う?アタシは間を取ってミディアムレアが良いと思う。」
彼女に動物を愛でる趣味はないらしい。
二人目の名前は趙慈、字は牙竜。18歳、男性。氷のような水色の髪をショートにし、女装しても違和感がないほどおしとやかな顔つきをした彼は、ルビーのような美しい瞳は常にサイコパス属性の笑みをたたえている。通常服の上に身体の要所だけをカバーする軽量特化タイプの白い鎧を身に着け、通常服は上が水色の長袖Tシャツで下が藍色の長ズボン、背中に白を基色とした「仙」の字が穂先の中心に刻まれた槍を装備している。そして現在、気づけなのか唐辛子をかじっているのだが……。
「なんですか?その青色の唐辛子。」
「ああ、さっきあっちにいたモンスターからぶんどってきた“ヒートブルー”って品種の唐辛子だよ。人間が食うもんじゃない辛さしてるから店では売ってないけど、繁殖力は結構強いからよくモンスターの餌になってるんだわな。吾からすりゃそんなモンスターはいいカツアゲ先だけど。」
人間が食うもんじゃない辛さしてる唐辛子を生かじりしているこの人は人間だろうか?
三人目の名前はカレン=ポーラ・オルフェルド。17歳、女性。水色の髪を肩までのストレートにして、黒色の目の上に四角メガネを装着した、「ごく普通」という雰囲気を醸し出している装備だ。冒険者ギルド配布の軽装鎧を装備し、腰には量産品の両手剣。
「私は実家が貧乏なので稼ぐためにこの学校に入学しました!これからよろしくお願いします!」
「「「(普通だ!)」」」
その場にいた誰もが思った。
そして四人目……は、なぜか木の後ろに隠れていた。ドロテアが呆れたようにのたまう。
「マヌエル!んなとこに隠れてんじゃないわよ!」
その言葉に木の後ろの影は一度ビクッと動き、そこから文字通りの電光石火の速さで直ぐ側までやってきた。
「ど、どうも……オリジナルスキルを改名してきたマヌエルです。」
「し・ら・ん・が・な!」
「あはは、えっと……詳しくは僕と彼らの戦闘のあったエピソードを観てください。魔法使いの子が参加する前です。」
「しれっと閲覧数を稼ごうとすんな!」
ドロテアに頭への拳振り下ろし攻撃を食らったマヌエルは雪に沈んだ。
「そういえばもう一人来るんだよな?」
趙がジークに尋ねる。そういえば一人足りないんだった。Aランク昇格試験に出かけていった彼のことを、ほぼ全員がすっかり忘れかけていた。
「そういえばそうでしたね。まったく、エルヴァさんどこいったんだろ……?」
「呼びましたか?」
彼らの下から声がする。ジークたちが顔を下に向けると、ダイバースーツに身を包みシュノーケルを装備したエルヴァが顔を出していた。
「「「「わあああぁぁぁぁぁーーー!?」」」」
驚愕して後ろに飛び下がるジーク、オーディン、カレン、マヌエルをよそにエルヴァは雪から這い出し、シュノーケルを取る。たちまちダイバースーツは魔法学的な理屈に基づいて消滅し、いつものスーツの上に近代兵士のような服装が登場する。精神が図太いのか全く驚く様子を見せなかったドロテアが尋ねる。
「どうなってんのよそれ。」
「ヘルマンさんからもらったアイテムの中に入ってました。どうやらこれをつけると、雪中を水中のように泳げるみたいです。使い物になるのか試してましたが、実戦ならいちいち身につけている暇はなさそうですね。」
ふと見ると、エルヴァが這い出してきたはずの穴は塞がっていた。
そんなわけで一行はマヌエルを先導に歩き出す。この8名の中で最もギルド内のランクが高いことを理由に引率をすべてサボりな一応元帥に投げられたマヌエルが、この雪原にやってきた理由となる今回の任務の詳細を話す。
「今回の任務は捜索、場合によっては討伐だ。ここ最近この近隣の人里で行方不明事件が多発しててね。明らかに誰かの仕業としか考えられないからってことで、その原因及びその行方不明者の捜索、そして相手がモンスターだったら討伐で人間だったら捕縛なんだって。」
「ほーん。じゃあひとまず、犯人見つけにカレンを囮にして……」
「やめてください!まだ死にたくないです!」
ドロテアとカレンのやり取りを横目に、オーディンがたまたま近くにいた趙に尋ねる。
「そういえば趙さんたちのギルドランクってどこなんすか?」
「ああ、それなら……マヌエルがSSってのは聞いてるだろ?」
「そうっすね。」
「んであと、僕とドロテアがS、カレンがA。ヘルマンさんの計らいでいずれも君たちより高ランク……ああ、あいつに限っては例外か。」
そう言い、趙はエルヴァを見る。実績量の都合上Aに収まっているこそものの戦闘力そのものはSランク評価をくだされており、その時点で戦闘力Aランク評価のカレンより上といえた。
と、そんなことを話している間に、マヌエルの話は最後の方に差し掛かっていた。
「そんなわけなんだけど、このすぐ近くに廃校があってね。最初の捜索対象兼捜索続行時の拠点に……」
次の瞬間、ドロテアの手で弄ばれていた白ウサギの頭が撃ち抜かれた。
「「「!?」」」
全員が一瞬だけ驚愕するも、モンスターとの戦闘に慣れている彼らはすぐにそれを収めて臨戦態勢に入る。驚愕も省き一足先に臨戦態勢に入っていたエルヴァは、ウサギを貫いた矢の形状とウサギの頭部の損傷、ドロテアの向きから敵対者のおおよその距離と方角を逆算し、その方角にあった雪山の特徴を見て素早く狙撃手の位置を特定する。彼はポーチから狙撃銃を取り出し、地面に膝をついて狙いを定める。
「前方10時方角、距離およそ800!」
同時に彼は発泡する。雪に吸収されなかった発砲音が雪原に響く。そしておよそ30秒、応射はなかった。ドロテアが尋ねる。
「しとめたかしら?」
「さぁな。」
その問いに答えたのは、意外にも趙だった。ルビー色の目で前方を眺めながら続ける。彼の視線の先にあったのは、丘の一つの横腹にあったくぼみ。エルヴァが銃弾を放った位置だ。
「狙いと風向きから考えておそらく命中はしてる。が、相手方のダメージは予測使用がない。普通に死んでるかもだし、防御や致命傷回避に成功したがダメージは負って引っ込んでるだけかもしれない。なんならこの心理戦を仕掛けるために無傷にも関わらず引っ込んでることだって考えうる。予測するだけ時間の無駄だ。」
「それもそうね。」
「それに……。」
マヌエルが口を挟む。
周辺の雪に紛れた低木や岩陰から姿を表す形で、防寒具に身を包んだ大小何人もの男が姿を現す。
明らかに現地民のそれとは思えない汎用性仕様の防寒具からしてこの場にいる全員がその正体をおおよそ予測できていたが、次の男のうちの一人の放った言葉がそれを確信にした。
「へへへへ、まんまと引っかかってくれて感謝するぜ。手っ取り早く言わせてもらう。身ぐるみおいてけ!」
「……この状況だしね。」
マヌエルは槍を構え、それ以外の面々も各々の武器や、武器を装備している腰に手を伸ばす。男達は棍棒だのナイフだの、各々の武器を構え、彼らにじりじりと歩み寄る。ルアンヌがドロテアに小声で尋ねた。
「(こいつら正気?その辺の強盗がここの学生相手に喧嘩売る?」
「んー、知らね。まぁ何も知らない田舎者なわけなんだし?」
そしてドロテアの発言は、しっかり敵さんにも拾われていた。
「くくくくく、お坊ちゃま学生風情がずいぶんと舐めてくれるじゃねぇかよ。Som får alle til å skjelve(:泣く子も黙る)で有名な、俺等『千零盗賊団』をな!」
男の一人、おそらく首領の類であろう、紫色という男たちの中では特異な防寒具を身に着け、一人だけ日本刀を装備した男がマヌエル達に歩み寄る。彼は数回準備運動のように肩を伸ばした後、腰を低くして抜刀の構えを取る。
「さあお前ら!俺等の力を奴らに見せ
銃声。たった一発の銃声。
男の額に風穴が空き、瞬間で人形になった男は地面に倒れる。
銃弾の主は顔色一つ変えずに、あたらしい銃弾を込めながらのうのうと言い放つ。
「――生け捕りにした方がよろしかったでしょうか?」
頭を一瞬で殺されて逃げ惑う盗賊団を、ノータイムで追跡し片っ端から生死問わず仕留め始めるエルヴァ。ジーク、マヌエル、カレン、オーディン、ルアンヌもそれに続いて何十人もの盗賊団の大半を次々と捉えている一方、趙とドロテアは腕を組み、真っ先に駆け出した彼らをただ眺めていた。
「珍しいわね。あんた、こういうドンパチには仲間お構いなく真っ先に突っ込んで大暴れしなきゃ気がすまない性分なんじゃなかったっけ?」
「吾も最初はそのつもりだったよ。だが、あいつのピストルのせいで、なんか毒気抜かれた気分だぜ。」
「みたいね。」
数秒間の沈黙。趙が再び口を開く。
「なあ、こんな話知ってるか?」
「ん?」
「ある戦争で、敵兵の死者数と銃弾の使用量の統計を調べた結果、敵兵一人あたりに対し5万の銃弾が使われたって話。」
「ああそれね。大半の奴らは空とか地面とかに撃ったり敵から狙いをそらしたりしたってやつ。」
「……ある程度動体視力を鍛えたらわかることだが、人間は同族を殺す時、わずかに“ためらい”のタイムラグが生じる。お前も、初心に振り返ったらわかるだろ?」
「ええ。相手一人殺すのに何秒も逡巡しなきゃいけなかったからね。」
「それは現在でも同じ、吾だって、誰かに殺されかけて反撃する時、一瞬、本当に一瞬だけだが、タイムラグが生じる。これは人間全員にかかってる、同族の数を減らさない、生存戦略のためのストッパーのようなもんだと吾は考えてる。」
「だから何なのよ。」
「……お前がさっきあいつの装備について尋ねてたときと、今あの頭領が喚き出してから銃殺されるまで、時間の差がないんだ。」
目の前で、一挙手一投足ごとに盗賊団の男たちを殺し続けるエルヴァを見て、彼は考えていた疑問を解放した。
「……あいつは、なんでほんの僅かのタイムラグもなく、人を殺せるんだ?」




