Episode22:機跡・“兄”一人、“手紙”一通
この世界のTips22:この世界の魔法(2)
魔法には通常の系統から外れた、使い手が独自に編み出したものが存在する。そしてそれらは、主に2つのパターンに分類される。
一つは、既存の存在する魔法を変質させるもの。早い話、数学で言って既存の公式から別の演算式を作り出して、特定の問題に当てはまるよう適応させるようなものである。既存の域を出ない以上対処法などを特定されやすいが、比較的難易度が落ちる。
もう一つは、既存のそれを一切利用せず新たに利用するために必要な式を構築するもの。もともとこの世界に満ちる様々な魔法物質を極めて高いレベルで操作すれば理論上は可能とされるものの、非常に難易度が高く、しかしその分対処も困難になる。
誰かの頭の中の回想上のシーンで、二人の少年が映る。
「ねぇねぇ、お兄様は家をでていくの?」
おそらく8歳ぐらいであろう、金髪の小さな男の子が、自分より少し大きい12歳ぐらいの少年に、どこともしれない豪邸の庭で話しかける。
少年は答えた。
「そうだね。僕は“勇者”ってやつになれないから、そんなやつはこの家にいらないらしい。」
「ぼくいやだよ。いなくならないでよ。」
「そんなこといったってあいつらは止まらない。それに、僕がいなくたってどうにかなるだろ?」
「ならないよ。兄上様がいじめてくるんだもん。」
兄上様。お兄様と定義的には同義だが、この家では意味が異なる。
彼らは三人兄弟で、今ここにいる二人以外にもう一人、長兄がいる。彼らの兄は様々な才能に恵まれた分自意識過剰気味で、8歳のいたいけな自分の弟にすら自らを敬い、このように呼ぶようにと強要しているのだ。
少年はため息をつき、ポケットから黒い石でできた、小さな剣のおもちゃのようなものをとりだす。
「これなぁに?」
「んー……お守り、かな?」
「おまもり?」
「これをいつでも持ってろ。そんで、もしお前がどうしようもなくなったら……。」
少年は最後に、男の子にハグをした。
「兄さんが助けてやるよ。」
場面は現在に戻る。白い機魂兵は叫んだ。
『兄ですって?ふざけないでください!どう考えてもあなたはその少年の第二人格かなにかでしょう!そのような兄の形など、生態学的に考えてありえません!』
「生態学ねぇ、こんなモンスターというわけわかんねぇ生物がわんさかしてるファンタジー世界でんなこといってもしょうがないだろ、ってここで言ってもわからんわな。」
『確かにわかりませんが……。』
次の瞬間、白い機魂兵が背中から2門の大砲を展開する。
『あなたが脅威であり、排除対象であることには変わりません!』
その言葉と共に、白い機魂兵は大砲からミサイルを放つ。そのミサイルは、両者の真ん中で再び見えないなにか切り刻まれ、爆散する。
『(くっ、すべて見えない刃によって干渉されている!まさかこれがやつのオリジ……)』
「ただの魔法だよ。」
まるで心が読めているかのような一言。“兄さん”がそう言うと共に再び斬撃が放たれ、それを察知しとっさに身を屈めた白い機魂兵の、後ろの岩壁に大きな亀裂が走る。
『は……!?』
「『風之悪戯』。とっても単純、ノーモーションにノー詠唱でも放つことができる、風の斬撃を放つだけの、非常に簡単な魔法だよ。ま……『風之悪戯』。」
彼は詠唱とともに、天井に向かって腕を薙ぐ。斬撃が天井を大きくえぐり、数え切れないほどの大型家具サイズの岩が降り注ぐ。白い機魂兵はまだしもシールドを持っていない通常の機魂兵は岩に埋もれ、エンデルも白い機魂兵と新たに現れた謎の人物を前にどこまで手札を見せていいか判断できず、土魔法で壁と天井を構築して自分の身を守るだけにとどめた。
「……ちゃんと詠唱とモーションをつけた威力が、最低出力でこれなんだ。これじゃぁせっかくの遊び相手をすぐぶっ壊しちまう。案外使い勝手が悪いんだよね。」
彼はいけしゃあしゃあと「お前なら手加減しないと殺してしまう」というふうに言ってみせた。
『この……!』
「遅い。」
とっさに白い機魂兵が背中から展開したレーザー砲兵器×2を、“兄さん”が斬撃を放って一撃で沈める。だがその一瞬の隙をついて、白い機魂兵が“兄さん”に肉薄し、残っていた右腕を横にないで“兄さん”を殴り飛ばす。岸壁に叩きつけられた“兄さん”は、たった今の攻撃で消し飛ばされた、自分が今使っていた腕を見た。
「なるほど、攻撃力はなかなかあるね。一般人の体だったら全身潰れて壁につけられた血のスタンプになっていただろう、ね!」
言い終わると同時に彼は回復魔法を使ってか超速で消し飛んだ両腕を再生させ、同時に壁を蹴って白い機魂兵に迫り飛び蹴りで相手を吹き飛ばした。
白い機魂兵は壁に叩きつけられるものの、圧倒的な物理防御力の特性によりそれを軽ダメージですませ、即座に姿勢を整える。白い機魂兵は次の一手を放つべく拳を構えて迫っていた“兄さん”に対し、まともな力勝負では勝ち目はないことを察し、あえてその拳を腹で受けた。衝撃は白い機魂兵の体を突き抜けて壁へと逃され、そして“兄さん”は攻撃の隙をつかれて上から白い機魂兵の拳を喰らい、地面にめり込んだ。
追撃に地面踏みつけを放つ白い機魂兵の足元から瞬間移動のような速度で彼は逃れ、尋ねる。
「あれ?僕ちゃんと殴ってたよね、なんでまだピンピンしてんだ?」
『答える義務などありません!』
「ケチだなあ。それぐらい答えてくれたっていいじゃん。」
白い機魂兵が右腕から展開したブレードによる複数回の斬撃を軽々と避けながら“兄さん”は茶化し、そしていつの間にか、地面に落ちていた白い機魂兵の左手を回収する。彼が右手に魔法を展開し、次の瞬間左腕の残骸のうちの一つがナイフのような形に刻まれる。ナイフといっても、石器レベルの低度なものだが。
『?』
「こんなもんか……ちょっとこっちおいで。」
“兄さん”が白い機魂兵に対し指で招くような動作をする。白い機魂兵の体は見えないなにかに引っ張られ、身動きもままならずに引き寄せられる。
『(重力魔法!まずい……!)』
「ものはためしだ。それっ!」
引き寄せられ身動きがとれない白い機魂兵の体に、“兄さん”はナイフを突き出した。
ナイフは突き刺さった。それも軽々と、深々と。
『……ッチ!』
機械に痛覚はない。遅れて刺されたことに気がついた白い機魂兵は、重力魔法から解放されるや否やその場から離れる。
「(なるほど。物理エネルギーそのものをカットしているというより、物理攻撃を加える媒体を何らかの化学的手段で弾いていると考えるほうが正解かな。そして、装甲や機構で使う以上奴らの体を構成する物質はお互いを弾きえない。)つまり、てめーらの体で武器作ったら特攻になるわけか。」
『……ッフフ、アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!なるほどなるほど、でしたら何ですか?この低度のちゃちな爪楊枝サイズで、私を殺せるとでも?』
その場でかがみ、先程のナイフをつまもうとする白い機魂兵。その頭の角が、次の瞬間斬撃で斬り飛ばされる。
「別にそれを使うとはいってないぜ?」
『……!』
「ああそれと、その腰の……!」
『くらいなさい!』
隙を見計らって腰に手を伸ばしていた白い機魂兵は、そこから取った筒状のアイテムを投げる。着弾と同時に、周辺に薄い黒色のガスが満ちる。“兄さん”が自分の腕を見つめているのを確認し、白い機魂兵は天を仰いで嗤い出した。
『どうです、魔法発動妨害ガスは!この中にいる間は、ありとあらゆる魔法を封じ……』
「られません。」
指を軽く横にピッと振った“兄さん”の姿勢の先で、勝利を革新していた白い機魂兵の右足がいとも容易く切断される。
『……は?』
「あのさぁ、今まで魔法使ったエピソードと今回のエピソード振り返ってみろ。本来ギリシャ語をベースとするはずのそれぞれの魔法の詠唱だよな。あとはこのエピソードで出てきたTipsも振り返ってみろ。自ずと答えは出てくるはずだぞ?低能。」
『なんですって!?まさか……。』
「みなまで言わなきゃわからんのか。てめーのその対策法じゃ、既存の魔法は妨害できても僕のこのオリジナルの魔法は妨害できねーんだよ。ちったぁ頭を使えよ。それとも何だ?これがAIの限界とでも言い訳してみるか?」
“兄さん”は白い機魂兵を指さした。そして言った。
「だいたいさ、お前セリフの何もかもが安いし軽すぎるんだよ。頭の中では僕の能力を警戒しておきながらその舐め腐った言動に行動の数々、最初だけ強キャラ感出しといて途中からパターンが毎回出てくる取り巻き系キャラクターのそれ、安っぽい侮辱のセリフ、安定しない口調、その他諸々。お前、最近そっち側になったタイプだろ。元から悪役なんじゃなくて、少なくとも一定期間一応は味方キャラとして……」
白い機魂兵が空中に飛び上がる。
『ああもうごちゃごちゃと、言わせておけば調子に乗るのも大概になさい!これならどうですか!』
まるでトランスフォームかなにかのようにとまではいかないが、白い機魂兵の背中から、直径およそ30cm、長さ1m半にもわたる巨大な大砲が展開される。
「ありゃ、そんなデカブツがあるならもっと早く出してよ。何もかも小出しにしたがる奴は嫌われるぞ?」
『消し飛びなさい!『バーニングキャノン』!』
炎柱。そうとしか表現しようのない巨大な熱の奔流が、“兄さん”に直撃、そしてそのまま壁にも当たり、洞窟内の空間を満たす。
圧倒的な熱量を前に巻き込まれる形になっていたエンデルは氷の壁を作って熱量の相殺を試みるも、自身より巨大な相手の全力に近い攻撃の熱量を流石にさばききれず、自身の風魔法で一時的に炎を散らしジークの安全を確認するのみであった。
「ジークくn……!」
「残念でした。」
とっさの外野の心配をよそに、まるで炎の攻撃など存在しないかのような表情で“兄さん”は白い機魂兵に肉薄し、その大砲に手を置く。
「『破樂波羅』」
次の瞬間、大砲は塵となるまで斬り刻まれた。
『しまっ……!』
「はい、おしまい。……って、ありゃ?」
そう言い、白い機魂兵の斬られた左腕の残りを掴む“兄さん”。しかし残った腕を方から切り落とすことでその手を振り切った白い機魂兵は、先程の戦闘の間に崩壊した洞窟に合わせて歪んで開いていたシャッターへと逃げ出した。“兄さん”は残念そうにそれを視ると、同じ魔法で掴みっぱなしだった腕をみじん切りにしてから少し逡巡し、今度はエンデルの方を向く。
「ところで…」
「……!!」
「…君は誰だい?」
そう言い、“兄さん”は一瞬でエンデルの右側に立ち、その右手をエンデルの右肩においた。エンデルは瞬間的に、かつ極端に緊張した。この相手が触って今自分が生きているということ、それはつまり、相手が自分を殺す気がなく、しかしいつでも殺せる状態にある状態になっているということ。
「刃を突きつけられていながら斬られてないから生きてるのか、それとも今際の際だから極限値論で死んでるのか。ややこしいね、まるでシュレディンガーの猫だ。」
「(……また読心!)」
「言っておくけど、僕相手に心のなかでどうとか通じないと思ったほうがいいよ。君と僕の力量差で、君には残念ながらプライバシーというものは存在しないに等しいからね。さて……」
狂気的な笑みを浮かべる“兄さん”の左掌に、一つの魔法の炎が生み出される。これ以上ないまでのわかりやすい宣戦布告、エンデルはすぐさま三節棍を構えるが、同時に隙あらば逃げようとでも言わんばかりの、しかし今この場で露骨には示さない姿勢を取る。しかし、“兄さん”は彼が逃げられないよう一片の隙も見せずに重圧をかけながら話し続ける。
「もう逃げるつもりなのか?あはは、SSランクとかいうのも存外……」
唐突に、ピクリと“兄さん”が不自然な動きをする。エンデルは直感的に、彼の手を振りほどいてその場から離れた。“兄さん”は今現在自らが使役しているジークの身体の手を見つめる。
「……フフフフ、そうか、そうだったな。この体は君のものだった。悪かったね、いきなりぶんどって。おっと、忘れるとこだった。」
“兄さん”は笑いだし、そして自らの、ジークの体に再び治療の魔法をかけた。先程白い機魂兵にやられた傷がみるみる塞がり、完全に何事もないかのような健康な肉体が出来上がる。そうして彼はエンデルを指差し、彼を見て言った。
「そんじゃ君、こいつが起きたらしっかり言っといてくれ。こいつの敵は、いきなり出てきた“兄さん”が討ち滅ぼした、ってさ。」
そう言い、糸が切れた操り人形のようにジークの体は地面へと崩れ落ちる。エンデルはただ見ているしかできなかった。
山の洞窟の中に、エンデルと意識を失ったジーク以外、動くものはなかった。
さて、一瞬吹き飛び、同日夜の18時。
場所はドイツ、冒険者ギルドのベルリン支部。巨大な施設内の一角に設立されている、冒険者用の短期宿泊施設。
天気は晴れ。何の変哲もない天気。
Aランク昇格試験を無事突破した後、ひとまずこの施設で寝泊まりしていたエルヴァ。
彼がほぼ人外だからなのか予想外が重なりすぎたのか、思いの外Aランク昇格試験をサクッと突破できてしまった。エルヴァに課された入学の課題はこれ一件のみ、そして問題の期限は9月、つまりあと4ヶ月ほど。ひとまず彼はいつでもある汎用のA〜Sランクにおける討伐依頼を勧め、順調に貯金と実績とギルド内の信頼、そしてその戦闘技術を高めつつあった。
今日、例の洞窟で何が起きたかなど知る由もなく、一日分の依頼の処理を終え、エルヴァは自室の窓から外を眺めながら、旧式となり払い下げ品として大安売りしていたクソマズ軍用食を無心の顔でかじる。
「(おっと、あんなところに魔法具店が。なになに……あ、飛行用魔法具、しかもほしかった型番。開店が7時……5時ぐらいに出発すれば間に合いますかね?)」
仲間の一人が死にかけて超シリアスしてた同日に何考えてんだこいつ。
と、そこで、彼のポケットに入っていたスマートフォンに着信音が届く。
「(?)」
エルヴァはすぐにスマートフォンを取り、画面を開く。着信音の正体は、唐突に通話をかけきていた暇人元帥であった。
『よーおエルヴァ。元気してるか?』
「はい、おかげさまで。ところで、このような時間に何用でしょうか?」
エルヴァの声に若干の怒気が含まれているような気もする。
『それなんだけどさ。とりあえずテレビつけてくんない?CGBS。』
「わかりました。」
そう言い、エルヴァは傍らにおいてあったリモコンを手に取り、テレビに向ける。テレビを付けてちょうど流れてきたのは、ノルウェーの北部の雪原付近にて連続して行方不明者が出ているというニュースであった。
『あーそれそれ、今流れてる行方不明者のニュースあるだろ?』
「はい。」
『色々あってね、それの調査をこちらで引き受けることになったんだ。早速だけど、君にもそちらに出向いてほしい。すでに各所に話を通してあるから、残りの三人に加えてうちの生徒四人が追加で言って計八人がそっちに行くことになる。立場の違い上こっちが派遣する学生の方が主導権握ることになるだろうけど、勘弁してくれよ。』
「……了解しました。」
そう言い、エルヴァは通話を切った。
ノルウェー北原、とある村。
白い髪が腰のあたりまで伸び、目の部分も髪で隠れてしまっている、少年とも少女とも言い難い幼気で小柄な子どもが一人。
「ほんとに?」
「ああ。」
そして、そんな子どもと話している、白い紳士服を着た初老の男が一人。彼は地面に杖越しで左手を就いたまま、右手で一つの宝石を差し出した。
「おじさんの言うことを聞いてくれたら、これよりももっといいお宝をプレゼントしちゃうよ。」




