Episode20:機跡・追兵
この世界のTips20:この世界の創作作品事情
現実世界に存在する様々な創作作品は、実を言うとこの世界にも存在する。
無能な作者が記載していないだけでこの世界において異世界から人や物が迷い込むのはたまにあることとして常識であり、そのうちに紛れ込む創作作品は「異世界の人物の成果」として国家などから特別な許可を得た企業が中心に販売し、それによる売上は費用などを差し引いて特定の銀行に預けられ、それの資金運用によって溜まる利子をノーベル賞のように運用し、異世界からの迷い人の支援に当てられる。
世界も価値観も違えど、根本の考え方はこの世界の人間も現実世界の人間も同じ。現実世界でウケる作品は、こちらの世界に来たところでやはりウケるのだ。
と言ったところで、これらが作中ストーリーに深く関わることはないが。著作権というのは難しいのだ。
「そういえばさ。」
「今度は何?」
場所は例の体育館。話しかけたのがオーディンで、話しかけられたのがヘルマン。
「ヘルマンさんがこないだスペシャルスキル使ったときの話だけど、『詠唱』どこいったの?」
「あああれね、高等技術で詠唱スキップしたの。僕ぐらいの実力になると、そんなことも可能なわけ。」
「あれ?んなことTipsで言ってた……」
「で、それを作者がTipsの文章に書き忘れた。」
「あーね。」
場面は更に変わる。
時は5月14日、朝の6時。まだ朝日が昇る少し前で、あたりに霧がかかっている時間帯。
場所は王立特練から電車と車でおよそ5日、ノルウェーの西側に位置する都市ベルゲン、さらにその北西に進んだ近くにあるとある村。
天気は曇りと霧。場所が場所なのもあいまって、常人なら防寒着を三枚重ね着してようやく涼しいというぐらいの極寒気候だ。
「どうですか?ジーク君。」
雪に覆われた大地のただ一点を見つめるジークに、黒色のコートを身に着けたエンデルが話しかける。体の素のスペックが常人離れしている彼はこれで十分だが、それでもちょっと寒いのか時々コートからはみ出た手に自分の息を吐いている。
「足跡の上から雪が降り積もっているので数そのもの正確とは言い切れませんが、おそらく機魂兵のもので間違いありません。」
寒冷地使用の炎魔法のエンチャントを施した茶色いコートを着用したジークは、雪の地面のあちこちを触りながら答えた。足跡は埋もれ見た目はただの平面となっているが、実際のところは足跡のあった部分は雪が踏み固められているため、形だけは類推できる。そしてロンドンですでにあそこを踏み荒らした機魂兵を嫌と言うほど見ている彼にとって、それを見抜くことは造作もなかった。
彼は続ける。
「近隣住民の被害はどうですか?」
「不幸中の幸い、死者はなしです。とはいえ、この極寒の中それをしのげる家屋を著しく破壊されているので、結果的に死者が出てもおかしくはありませんが。」
そう言いながら、エンデルは本調査の依頼を出したギルドへの報告書にバインダーを使いながら何かを書き込む。
「ひとまず援助要請だけ先に送っておきましょう。まだあたりに機魂兵が残っていたら道中で襲われる危険もありますが、いずれにせよ今送らないと体の弱い子供・老人が倒れかねない。」
「わかりました。そちらはお任せします。」
ふと二人は、こちらに歩み寄ってくる老人の姿を見た。白髪を胸あたりまで伸ばし、しわくちゃの顔で男二人を見上げながら腰を折り杖をついて彼女は歩み寄る。
「ど、…どうでしたか。」
「はい。これらの痕跡は、機魂兵のもので間違いありませんでした。」
それを聞くなり、彼女は地面に崩れ落ちる。彼女は両手で顔を覆い呟く。
「おおお、おのれ、忌まわしきからくりの兵士どもめ、儂らからまた奪うというのか……!」
後々聞いた話だが、彼女はもともと別の村の出身だったそうだ。彼女はもともと既婚者で息子もいたが、25年前の戦争により家族含め村を滅ぼされ、唯一生き残って逃げ延びた彼女は今新たに作られたこの村の村長をしているそうだ。
彼女はすがりつくようにジークに近づいてその服の襟を掴み、彼の顔を見上げて言う。
「お二方、どうか、どうかあの忌まわしきからくりどもを壊してくだされ……。あの戦争の悲劇は繰り返してはならん……。」
「いえいえ、大丈夫ですよ。」
ジークはにこやかな笑顔で老人をたしなめる。その内にある、魔法エネルギーと共に溢れ出てすべてを呑み込んでしまいそうな、どす黒い感情の濁流を押し殺しながら。傍からエンデルはそれをみて、あれほどの感情を抱えながらあの笑顔を平然と出してみせるジークにある種の恐怖すら覚えた
「機魂兵といってもモンスターのようなものです。この村を襲った機魂兵はすべて、僕らが壊しつくしてみせます。」
一方その頃、アルプス山脈の北にある、緑あふれるのどかな平地に駆り出されたオーディンは。
「あぁもう、頼むからさっさとくたばってくれ!デグレードスペシャル『留刀迎禍』!」
オーディンは目前にいた数体のスライムをばらばらの細切れにしていた。
スライムと一言で言っても作品によって色々、この世界のスライムはアメーバのそれに近い。もともと物理攻撃が通用しにくく、もとから不定形であるため撲殺や斬殺という選択そのものがとりにくい。その分基本魔法攻撃に弱く移動速度も歩いて追いつけるぐらいに遅いため冒険者初心者の魔法の練習によくつきあわされるのだが、魔法はろくに使えず移動速度ももとから強いオーディンにとっては、事実上ダメージソースがゼロに近い、とことん相性の悪いモンスターなのだ。
そんな敵にオーディンが取った手段は、「核」を狙うこと。スライムの「核」はスライムを構成する液体と屈折率がほぼ同値のため探し当てるのは困難だが、これを破壊すればそのスライムを一撃で仕留めることができる。そのうえでオーディンは「スライムの核に刀が当たるまで細切れにする」という常人なら考えついてもやろうとは思わない戦法をひたすら擦る羽目になっていた。
細切れにされたスライムは地面に溶けて消滅し、ガラス玉のような斬られた核だけがそこにのこる。が、あいにくまだまだ数百体のスライムがあたりを這い回っている。それも、ちょうど近距離の範囲攻撃に一気に巻き込まれないよう適度なばらけ具合で。
「だあぁーもう!!鬱陶しいんだよてめえらあぁぁーーー!!」
つまりこちらは現在、オーディンとスライムの激戦というより、オーディンの精神とスライムの数のどちらが先にすり減り切るかのチキンレースであった。一応言っておくと、元が脳筋であるため体力切れはあまりない。
話を元の場所に戻そう。
ジークとエンデルの二人は一旦村から離れ、機魂兵の足跡を辿っていた。2時間たった現在、二人は村から北方向に数キロ離れた枯れ木だらけの山にいた。
「だいぶ歩いて来ましたが、痕跡はどうですか?」
「雪の積もり具合と深さから考えて、おそらくあと30分ほど歩けば追いつけるかと。」
ジークは地面を見つめ、雪に完全に埋もれるのではなくわずかに足跡が残る雪原を歩く。時刻は午前8時となり、朝日がのぼり雪は溶け始めている。目撃証言の時間帯と雪の深さから考えて地面にも足跡が残っている可能性はほとんどゼロ、ゆっくりはしていられない。
「?すこしお待ちを。」
そう言い、エンデルはなにかを見つけたような口ぶりで双眼鏡を構える。
「……北を向いて11時の方角。距離およそ750m。」
そう言われ、ジークも即座に双眼鏡を構える。そして見つけた。
一度山を下り別の山の中腹、そこにある、入口の目の前にくっきりと足跡の残った洞窟を。
洞窟の中は意外と暗かった。
そういえばそうか、とエンデルは考えた。機魂兵の機構の中には赤外線レーザーはじめ物理と魔法を駆使した可視光線以外の情報、つまり普段我々人間が目で見ているもの以外で情報を集める術が組み込まれている。洞窟内にいちいち光源を置かずとも活動に支障はなし、むしろ置かないほうが侵入者の行動を阻める分いいのかもしれない。
何も見えない分地面の凸凹に何度もつまづきかけ、いい加減嫌になったジークが丁寧に、しかしじれったそうに尋ねる。
「魔法で光源を作り出さないんですか?」
「やめたほうがいいでしょう。」
エンデルは即答した。彼が夜間戦闘にも慣れていて夜目が利くのも事実だが、理由はそれだけではない。
「光源を向こう側が設置していない以上、向こうが光源を察知して侵入者を発見・迎撃する用意をしていてもおかしくはありません。そうなったら乱戦は必至、この洞窟という閉鎖環境から考えてあまり喜ばしくない包囲戦になってしまいます。あ、もちろん私達が包囲される側です。」
「なるほど、ありがとうございます。」
光源が使えないとわかり、ジークは必至に目を薄める。その効果かどうかは知らないが眼の前が少しずつ見えるようになり……眼の前にいた機魂兵が視界へと写った。
「……!『……」
「『ὕδωρ』。」
ジークが応戦すべく剣を構えスキルを放つ前に、エンデルの右手が機魂兵の頭をつかむ。その中は彼が魔法で生成した水で満たされ、ショートだの腐食だの酸化だのいろんな化学反応が同時に起こって動作どころではなくなり、機魂兵はその場に倒れる。
エンデルはジークの方に向き直り、人差し指を口に当てた。
「見敵からの応戦開始時間は及第点。ですがこの場合、いちいちスキルなど使わずに基礎的な技のみで静かに始末するべきでしたね。」
「……はい。」
だめだ、今んとこ一回もこの人から褒められていない。ジークの中はそんな思考で完結していた。
隠密行動において最も大事なことの一つは、戦闘をなるべく避けること。
それは誰が言った言葉だったろうか。ジークは目の前の状況を見ながら、悶々とそのように考えていた。
エンデルは自身の隠密行動用の技術を最大限活用し、確かに《戦闘は》避けていた。じゃ実際のところ何してたかって?
「(さっきと同様の手口が確実とはいえ、遭遇しかけた機魂兵全部溺れさせるのは間違ってると思う!)」
ドン引き中のジークを横目に、エンデルはたった今片付けたばかりの新鮮(?)な機魂兵を足蹴にして、近くにあった換気用の側溝にそれを詰め込んだ。
ふと何かに気付いた素振りを見せたエンデル。
「そういえば、まだ私のこれを見せてませんでしたね。」
「え?」
「失礼します。」
そう言うや否や、エンデルはどこからともなく取り出したチョークをジークに向かって放り投げ、それは彼の額にあたり砕ける。
『5+5=?』
「え?は?え?」
唐突にすべての感覚が消滅した。何も見えない何も聞こえない何も感じない、なにかを考えることもできない。そんな意味のわからない状況の中、なぜかこの数式だけが頭に浮かぶ。
「えっと?」
『5+5=?』
「あー……10?」
と、同時に、意識は現実へ戻った。目の前でエンデルがストップウォッチを止める。
「10秒23、この間に私なら最低でも110発ぐらいは叩き込めますね。」
「えっと……?」
「ああ、忘れていました。これが私のオリジナルスキルです。」
エンデルのオリジナルスキル「テスト・エイ・ヒュウア・トゥッレス」
スペルはTest ei hüüa tulles、意訳してみて「テストは突然に」。
使用者であるエンデルが問題とその正答を思い浮かべ、これを使用することにより手のひらにチョークを生成、それを当てた相手の「その問題を受け取り、それを考える」以外の一切の外部情報及び思考を、相手がその問題を導き出すまで封じるスキル。
「この意味不明を説明無しでぶつけられるからまともな相手には混乱で数秒は時間を稼げますし、例えばゲキムズ問題を叩き込んで見れば場合によってはそのまま餓死にだって追い込めます。」
「ゲキムズ問題……?」
「やってみますか?フェルマーの最終定理の証明問題とか。」
「数学を大学レベルで履修してない限り確定DEATHですね。」
「数学を履修してなくても解けるのだってありますよ?論理クイズ『三人の神様』とかモンティ・ホールとか……」
「勘弁してください。」
「安心してください。身内ネタクイズみたいな理不尽な内容は出せない仕様ですし、私が正答を出せない問題も出題できないようになってるので。」
「そういう問題じゃないんですよ。」
ちなみに余談だが、ジークも上の問題3つをそれぞれ10~20分あれば完全に解けてしまう。同年代視点でも一般人視点でも、大概の人にとっては化物である。
「そういえば……。」
ふとエンデルは追加で何かを思い出したような素振りを見せた。
「どうかしましたか?」
「あなたのオリジナルスキルはどういったものでしたか?」
唐突だが、この世界の履歴書は若干特殊だ。現実世界の履歴書に職歴や資格を書くのと同じ感覚で、この世界の履歴書には「オリジナルスキルを書く欄」が存在する。効果含めそれの解説もし、その上で面接などでそれの会社や、場合によっては戦闘への優位性を証明する。
「が、あなたの履歴書だけそれの記述がなかった。なぜでしょうか?」
「いやー……僕のオリジナルスキルは発動に条件が必要でして、その条件が普通訪れないし訪れてほしくないものですから。」
「ふむ……?」
「だから僕も、実際に試したことがないので、どういったものか正確には知らないんです。」
「なるほど……。」
エンデルは人差し指の脇腹を口に当てる。
「訪れないし欲しくもない状況……世界の破滅とか?」
「あははー……。」
ジークは話をはぐらかし、そのまま二人は洞窟の奥の方へと歩いていった。
洞窟の最奥、ジーク達が入ってきた入口からy座標にしておよそマイナス56m地点。
薄暗い中に洞窟とは到底思えぬ、鉄板でできた床と複数の魔力光掲示板、そしてそれを管理しつつ様々な武器を構え監視する機魂兵の数々。
その中央に座するのは、人型の、それでいて全長数メートルはあろう巨大な影であった。




