Episode15:Aランク昇格第1次試験
この世界のTips15:ゴブリン
どのファンタジー作品にも、特になろう系作品にはこぞって登場する非常にポピュラーなモンスター。
成体の場合体長はおよそ1mほど、一般人と同等の戦闘能力と人間換算でIQ80の知能を持ち、もっぱら人間側に害を加える。繁殖能力が非常に高く、かつ分布も広く、そのため年中どこに行ってもゴブリンによる問題は絶えることのない。また繁殖能力の高さ故か、他のモンスターよりも高確率で変異種が出現することもある。
この世界のゴブリンとは、人間に敵対する人間もどきと考えて問題なし、そう言われるほどこのモンスターは人間に近いのだ。
エルヴァたちが昇格試験で一次試験会場に移動している頃。
「何食べてるんですか?」
国立特練の食堂で、元帥としての業務を放り出して入り浸っているヘルマンにジークが話しかける。
「ああね、ホワイトアスパラガスのオランデーズソース添え。」
だいたい5,6月頃のドイツで愛される、「白い黄金」と言われるほどの料理だ。
「いや、流石に気が早くないですか?それが流行るの大体5月中旬ですよ?」
「うまいんだからいいじゃん。」
「まあ確かに……。」
まだなにか言いたげなジークの肩に、誰かがゆっくり手を置く。
「おやおや、こんなところでおしゃべりとは。微分積分あたりで休憩したいと言っていましたが、まだまだ余裕がありそうですねぇ?」
吟味しながら圧をかけるような声で喋るエンデルに対し、ジークはなんというか、どこかの四次元から出てくる道具のライトを浴びて小さくなって消え去りたいと思った。
さて、Aランク昇格試験が開始し時は5月5日の午後8時。
場所はドイツのベルリンより東へ20km、今回の試験会場兼掃討予定のモンスターの陣地があるところ。
天気は曇り。この暗雲は果たして誰に何を示すのだろうか。
テントの中でモンスターの陣地へ攻め込む作戦を冒険者たちが話し合う。
今回の引率兼作戦指導を務める、白いストレートの長髪に凛々しい顔つきの女騎士、Aランク冒険者のアンネ=ニールセン・アンデルセンがその場にいた全員に告げる。
「ではみなさん、本日の24時に夜襲ということでよろしいですか?」
「「「「「異議なーし。」」」」」
その場にいた有象無象どもは何の疑問も抱くこと無く応えた。
この会議は本来なら最大5人パーティーとそのリーダーを編成してその代表者同士で話し合うのだが、人数調整上の不備ともともと知り合いなんていないことが見事にダブルで災いしたエルヴァだけ単独となってしまい、そのままリーダーでもないということで彼は見事につまみだされてしまった。
そのような感じで暇人となってしまった彼は、『モンスターの生態』という本を片手に件のモンスターの陣地を遠目で眺める。テントはモンスターの陣地から5kmほど離れた場所にある少し高い丘に位置し、ある程度陣地を一望する事ができる。彼はそこから数十メートル離れたところにある崖からモンスターの陣地を眺めた。
モンスターの主な種類はゴブリンで、一部軍用に装備が変更されている別種のモンスターも確認できる。数は3000ほど、ゴブリンどもの基礎戦闘力が一般人と大差ないことを考えるに相手は連隊規模。
規模から考えて普通国家の軍隊を派遣すべきなのだが、その問題の軍隊は例の機魂兵とドンパチやるためにスペインの方向へ向かったり、お隣の、今のところ決して良い関係とは言えない、ロシア及び東ヨーロッパ・北アジア、つまり旧ソ連の領域を実効支配する国家であるレドルム連邦と睨み合いっこをするために軍隊を派遣したりしている間に軍隊はすっからかん。おまけに残った首都近辺の後備軍も他の辺境での問題を解決しに行き、今回のモンスターの営巣が確認されたのはその直後という極悪のタイミング。そのため今回は、昇格試験も兼ねてそこそこの実力が保証されている、その上暇な冒険者たちを集めたというわけだ。
「(違和感。すべて問題なし?いいや、大有りだ。)」
彼はモンスターの群れを眺めながらその思考のなかで呟く。
本来このようにモンスターが大量発生するというのは珍しいことではない。今回のゴブリンの場合、彼らは周年繁殖動物であり、年中繁殖が可能。首都周辺とは言え未開の地域や常時モンスターを駆除していない地域も多くゴブリンの正確な生息数は把握できないため、今回の3000体の大量発生自体は十分判例にも存在する。だがしかし、だ。
「(直近100年の報告書に残っている発生数最大は7000を記録している。だがしかしその弊害はそれもこれもゴブリンの襲撃による民間被害の拡大だけ。このように徒党を組むというのは、実例はもちろん理論上もありえない。)」
通常ゴブリンは群れをなすことを好むが、その群れはおおよそ1000体前後を境目に拡大しない。理由は群れのボスの統率能力で、ゴブリンの限界知能の都合上それ以上の群れになると管理しきれず、自然と離散するものだ。
「(だがしかし、今目の前には3000の群れがいる。ゴブリンは生存競争のためお互い別の群れを見ても離れて暮らすようにする習性があるから複数の群れがたまたま近くに存在したとも考えられない。)」
エルヴァは望遠鏡を構える。違和感はもう一つあった。ゴブリンは、明らかな階級概念を持ってして、まるで軍隊のような統率と能力を見せている、ということだ。
「(1000体に一体発生するかという特殊な個体を除けば成体のゴブリンの知能は人間換算で7歳とほぼ同等、その特殊個体ですら確認されている最高は人間換算12歳前後。このよううな軍隊のまねごとがはたしてこの知能で可能なのか?)」
モンスターの陣地では見張りと思しき弓を装備したゴブリンたちが手や腕、挙句の果ては色のついた鏃を使った信号弾まで使って連絡を取り合っている。工兵と思しき奴らは仕事に勤しむ大工のような雰囲気を出して冒険者たちを迎え撃つえげつないトラップの数々を作成中。どっから馬や大砲を調達したのか騎兵も砲兵も用意済み。
「(勝てるだろうか、いや、だいぶ厳しいでしょうね。)」
こちらの受験者総数、つまり軍勢はおおよそ300。3000のゴブリンがわちゃわちゃしているのを蹴散らすだけならむしろ戦力過剰だが、軍隊と同レベルの統率が取れているとなるとその戦闘能力は数倍にも数十倍にも上がる。聞いた話だと今回の世代は比較的有望株が多いとのことだが、だからといってそれがこの状況を「大丈夫」と言えるほどの材料にはなり得ない。というか1エピソード前に出てきた蛇女がそのうちでも上位とか言われてるんだからそれすら期待できないかもしれない。
「(ならばどうするか?)」
献策、この疑問を上に進言するか?いや、おそらくそれは通らないだろう。自分は冒険者になって半月、それも昇格が異常に速く不正を疑われる始末。言ったところで新人の妄言扱いが関の山、下手すればこちらを陥れようと考えているなど言われて排除対象になりかねない。
じゃあ放っておくか?それも悪手。連中は陣地の正面から鬨の声をあげてバカ正直に攻め込むつもりだが、相手はそんなのお見通しと言わんばかりに鉄球だの爆弾だの様々なトラップを用意しており、挙げ句先程の作戦を提案したアンネ本人はそのことに気づいてすらいない。この低レベルな作戦で果たして何人の尊い命が天国へぶっとぶことやら。
彼は作戦の説明に関して事前に斥候が提示していた情報を思い返した。連中は見張りを除き午後9時前後に就寝するらしい。なるほど、3時間もすれば人間もそれに似た習慣を持つゴブリンどもも深い眠りに沈む。夜襲をするタイミングという視点で見れば最適なのかもしれない。
エルヴァはふと後ろを見る。テントの影から、三日前に突っかかってきた蛇使いの女がこちらを睨んでいた。
これらの材料を踏まえて、エルヴァの思考は、ある2つの結論を導き出した。
時は流れし時は5月5日の午後10時。
場所は変わらずモンスターの基地の近く。
天気は晴れときどき曇り。雲の隙間から半月が顔を出したりださなかったり。
エルヴァは未だに同じ場所に座っていた。彼は何もせずただ座っていた。
「(いきな!)」
その後ろの茂みに隠れながら、例の蛇使いの女がブラックマンバを召喚し、それをエルヴァに向けて放つ。ブラックマンバは彼の元まで静かに這い進み、ある程度まで近づいたところで彼に飛びかかって噛みついた。
即座にエルヴァはブラックマンバを鷲掴みにする……が、すぐ動かなくなった。
「バカねぇ。ブラックマンバの神経毒をうち込まれたやつはその毒が回って数秒で動けなくなる。証拠として捕らえたつもりだろうけど、まぁ無知って罪よね。」
勝ち誇った声で喋りながら、その女は彼に近づく。そして彼女が、彼の拘束をなかなか振りほどけないブラックマンバを回収しようとしたその時……。
ぐしゃり、と、ブラックマンバを握りしめたその右手が、ブラックマンバの頭を握りつぶした。
「……は?」
唐突な動きに女は戸惑う。が、もう遅い。直後に彼が懐から取り出した鈍色のハンマーによる一撃で、彼女の意識はノックアウトされた。
「……っはっ!」
「おや、おきたんですか。意外と丈夫ですね、まだ数分もたってませんよ?」
ゴブリンの陣地の中、縄で身動きがとれないよう縛られた彼女の体を担いだエルヴァが話しかける。
「なにここ……ってそうだ!おい、お前なんで毒が効いてねぇんだよ!」
「毒?ああ、あのブラックマンバのことですか。」
エルヴァは空いている左手で、ブラックマンバに咬まれた首の部分を撫でた。
「体質のようなものなんですよ。私に毒は効かないんです。」
「なんだよそれ……ってか、アタシをこんなところに連れてきてどうする気だ!」
「もうおわかりでしょう?あなた達のような手合いは放っておいてろくなことにならない。これは何か面倒事が起こる前の事前防止策ですよ。蛇の毒になぞらえて言えば血清みたいなものです。」
そのままエルヴァは地面に彼女を置き、彼女の肩に手を置く。
「シナリオはこんな感じです。昇格試験にあたって手柄を焦った故にあなたは抜け駆けして敵の陣地に突入しそのまま死亡、私はその近くにたまたまいたが、すでに死亡していたためそれを見捨てた。」
「ふざけんなよ!たとえアタシが死んでもその死体の傷の痕跡から、あんたの武器ってことは一目瞭然さ。わかったらさっさとこの拘束をどうにかしな!」
「ご心配なく。」
そう言い、エルヴァは飛び上がって闇の中へと姿をくらます。それと入れ違いに、先程から大声で騒いでいた彼女の声に叩き起こされたゴブリンたちが武器を手に集まってきた。彼らがこれから彼女たちに何をするか、もはや説明しなくてもわかるだろう。
身動きが取れない彼女に、無数のゴブリンが群がる。武器を突き刺すものもいるし、彼女の拘束をより強めたり、ただ彼女を殴ったり、齧ったり。標準装備らしき腰蓑を外して上裸ならぬ下裸、ムーニング状態となりなんか腰を振ってるやつには触れないでおこう。とはいえこいつらは腰蓑しか装備しておらず、それを取ったら事実上の全裸になるわけだが。
彼女の声は怒声から悲鳴と喘ぎ声のそれに変わり、彼女の体は瞬く間に緑の小人が形成した団子状の何かに覆われて見えなくなった。
エルヴァはそれを横目に、颯爽と自分の目的地へと向かった。
「このとおり、あなたを始末し食い散らかすのは私ではなくそいつらですので。」
さて、エルヴァはそのようなイベントを軽くスルーし、陣地の中央付近にたどり着いた。彼の周りには当然大量のゴブリンが寝ているが、エルヴァの消音能力の前には何一つとして彼に気が付かない。見張りに複数体、彼の存在に気がついたものがいたが、騒がしくする前に彼が始末しておいた。
彼はそのまま歩みを進め、ある一つの、ひときわ巨大な天幕に入る。
中にいたのは、そとのそれらよりも遥かに巨大な、身長4mはあろうかという巨大なゴブリンが3体。だがそれよりも彼の注意を引いたのは、その少し奥の玉座のようなドクロの装飾が施された椅子に腰掛ける、黒いローブを被った一人の人物だった。
「……勘がいいな。なんでわかった?」
ローブの人物は、男性と思しき声でエルヴァに話しかける。エルヴァもそれに答えた。
「斥候の報告では変異種など知性に特化した個体の存在は確認されていなかった。にもかかわらずここまで出来るということは、何者かがゴブリンを操作したという可能性が極めて高かったからです。」
エルヴァは話しながら、その男へと歩みを進めてゆっくり距離を詰める。
「しかしそのような魔法などがあったとしても、3000体の群れを同時操作できるほどの実力者が直接襲ってこない理由はない。よって相手は、ゴブリンの中でも上位個体であるものを支配して全体を完全に支配している可能性が高い。無論全て憶測に過ぎませんので、『わかった』と言い切れるかどうかは微妙なところですが。」
「なるほど。そこまでわかっていて、なんで夜襲なんてアホな作戦を止めなかったんだ?」
どうやらこちらの情報は筒抜けだったようだ。間者がいたのか、それともこっそり相手の斥候が潜り込んでいたか。まあ、今はそんなことはどうでもいい。エルヴァは両手をやれやれと言わんばかりに上げる。
「入って半月で同じ立場に昇進しているという怪しい輩がそんな素頓狂な事を言って何人が信じるでしょうか?」
「そうだな。質問が悪かった。」
そう言い、その男は椅子から腰をおろし、直ぐ側のゴブリンが持っていた、彼の背丈程はあろう巨大な両刃の斧を手に取る。
空気が変わった。両者は素早く身構え、臨戦態勢へ入る。
「たった一人で、俺を止められるとでも思ったのか?」
その言葉を前に、エルヴァは刀を取り出し居合の構えをとる。
「もちろん。生憎私は、覚悟だけを理由に敗北確定の試合に顔を出すようなものではありませんので。」
【今回のエピソードにおける他作品からの引用・オマージュ・パロディなど】
『違和感。すべて問題なし』→呪術廻戦、伏黒甚爾のセリフより©芥見下々




