Episode9:思い出ととある裏工作
この世界のTips9:ロンドンの街並み
現実世界では近代的な都市の代表格であるロンドンだが、魔法に頼った結果化学がそこまで進歩していないこの世界では基本的に家屋は木造やレンガ造である他、ウエストミンスターやシティ・オブ・ロンドンなどの現実世界のロンドンの名所も存在せず、逆に緑はやたらめったら駆逐されるような理由もないため、中世的でおだやかで緑豊かな、心安らかな気分になれる街並みとなっている。
ただし不思議なことに、ビッグベンだけは『古代からある遺跡』として存在する。その中に入れる者どころかその時計塔について何か知っているものすらおらず、時計塔は時を刻み続けている。
10年前のことであった。
時は巻き戻り西暦9981年8月9日。
天気は快晴。日本と違いセミはおらずなんなら照り付ける太陽もないが、マルハナバチというミツバチの一種が羽音をたてて飛び回っている。
茂みの中を、一人の少年が進む。
白色のシャツと短ズボンを身に着けた、5歳ぐらいの少年。髪も肌も服も汚れていない所を探すのが難しく、ひどくみすぼらしい格好をしたその少年は、あてもなく茂みを進み続けた。
そうして茂みの外に出た少年の眼前に、限りなく広がる平原が広がった。そのうちの一箇所には、石レンガの壁で囲まれた街があった。少年はその壁の一角にある門を目指して歩き出した。
さて、場所は変わり相変わらずのロンドン。
当時5歳になるオーディンはそのころ、へいたいさん(防衛隊のこと)にあこがれて子供ながらに毎日トレーニングをしていた。当時から彼と知り合いだったクリスティーナも彼と共にトレーニングを行う仲だった。
また、この頃まだ防衛隊で活動していたアレンは、当時は第19次世界大戦を終えすでに平和だったゆえに暇を弄び、柔らかくて軽い玩具の木刀片手にオーディンのトレーニングに付き合っていた。
現在の居場所はそのころのオーディンが「いつものばしょ」と称していた防衛隊の施設から出てすぐ近くにある公園、その中央に生えている一本の大きな木の真下。時刻は13時の昼下がり。天気は晴れ。
「とう!やあ!」
幼い声をあげながら、サンドイッチ片手に木刀を構えたアレンに木刀を何度も振り下ろす。アレンはよそ見だのあくびだの舐め腐った態度をとりつつ、その攻撃を左手に持った木刀で軽々と捌く。
「甘い甘い!いちいち掛け声からワンテンポ遅れてるから打ち込んでくるタイミングが丸わかりなんだよ!掛け声と攻撃は同時!」
「うん!」
アドバイスを元に、再びオーディンが木刀を打ち込む。
「『πῦρ 』!」
一方、クリスティーナも魔法の練習を行っていた。彼女がそう唱えると同時に手に持った玩具じみた杖の先端あたりに一瞬だけライターサイズの炎が現れ、すぐに消えた。アレンは余裕綽々の顔で、オーディンの攻撃を横目にアドバイスを出す。
「着火させるだけなら猿でもできる!つまりお前はメスザルだ!さっさと1分は保てるようになれ!」
「はーい!」
アドバイスというのは訂正する。クリスティーナの声に若干怒りがこもっていた。
そんなこんなでかれこれ約30分。幼い体にこれ以上の活動は無理があった。
「おじさん、きゅーけい!」
「わたしもー!」
「そうだな。」
アレンは普通の幼稚園児は10分ももたないという現実は一旦考えないことにした。ポケットから通信用の魔法を組み込んだ装置を取り出す。
「あーあー、ガイスター、聞こえてるか?ちょーっと俺のデスクにある水筒取ってきてくれ。あーそうそう、場所はいつもの公園。」
受話器の向こう側にしばらく話しかけた後、アレンはオーディンたちの方を向いた。
「そんじゃま、ベンチで休憩しますか。」
数分後、息を切らしながら大剣を携えた若々しい青年がやってくる。いや、正確にはすでに32になっているのだが、実際彼の見た目はそれだけ若々しいのだ。
「アレンさん!こちらでよろしかったでしょうか!」
やや息も絶え絶えに、その青年がバスケットを差し出す。
「おう、ご苦労さん、ガイスター。」
「いえ、先輩のお役に立てて光栄でございます!」
アレンのねぎらいの言葉に、ガイスターと呼ばれた青年は初々しく敬礼してみせた。
「どうしたその顔。なんだか気苦労が絶えてないって顔してるぞ。」
「お察しの通り、現在新人の教育について手こずっている次第でございます!」
「新人っつうと……あの小娘か。」
そのままアレンとガイスターは談笑に移行した。そしてそれを横目に、遠慮を知らない五歳児二人はバスケットの中身をゴソゴソとあさりはじめた。
「あの小娘はハラスメントハラスメントが大好きだからな。」
念の為補足しておくが、ハラスメントハラスメントとは早い話「それハラスメントですよ」を必要以上に乱用することである。
「そうなんです。こちらが成果に対してどのような注意を行ってもまるでオウムのようにそれしか言わないんですよ。」
「そんで仕事できるのかって言ったら、滅多にいないタイプの無能だからな……。」
どうやら彼女は仕事も出来ないくせにそれを注意するとパワハラという単語を振りかざしてくるらしい。二人は天を仰ぐ。そんなことしったこっちゃないオーディンはバスケットの中のサンドイッチを頬張る。同じくクリスティーナも横でお菓子を次々と口に入れる。
「個人的にかつ身も蓋もない言い方すれば、アイツのことどう思う?」
「『さっさとやめろ』ですかね……。」
「だよなー。とはいえ名目上「正当な理由なし」に該当しちゃうもんなー。何しろ最近のうちの法律はこういう状態でも下側をかばうからなー。」
「まだマシな方かもしれませんよ。噂じゃジパングとかいう国では部下にそう言われたが最後そのまんまその部下の証言だけで裁判で有罪判決がくだることさえあるし、そうじゃなくても「パワハラ上司」ってレッテルを貼られてまともに外に出ることすら難しいそうです。」
「世紀末か?そこ。一応オーディンの親のどっちかがそこの出身だったはずなんだがなぁ。」
正直こちらも辟易とするとある国の状況に、アレンがドン引きの表情を見せる。その後ろでオーディンはさらなる食物を求めバスケットの中の残りに手を伸ばす。クリスティーナもおかわりを希望している。二人はデザートを持ったその手をバスケットから取り出した。
「それでは自分は訓練に戻ります。」
「おう。おつかれ。」
ガイスターが再度の敬礼を見せ、施設の方へと走り去っていく。
「さてと……?」
アレンがバスケットの方にも向かずに手だけを伸ばす……空っぽだ。
「……HUH?」
アレンが目を見開いてようやくバスケットのある方へと振り向く。そして、満足した表情で舌なめずりをしながらお腹をさするオーディンたちを見て全てを察した。
「……ガキンチョの胃袋って恐ろしいな…。」
少年は門にたどり着いた。
街に入ろうとした所。二人の武装した人間が彼を捕まえる。もちろん捕縛というわけではなく職質に近い。だが、まだ五歳で言葉もおぼつかなく、身元を証明できるものも何一つ持っていない少年にはどうしようもなく、ただ怯えることしか出来なかった。
ガイスターと別れてさらに1時間後。いい歳した大人が木刀を持って、同じ木刀を持っているとはいえ幼く戦闘能力もない子供をランニングと称して昼飯を食べられた腹いせに追いかけ回している頃。
彼の腰の遠距離連絡用の魔法の装置が着信音を鳴らす。ロックバンド『Allbraiker』の楽曲『Bits your heart(ピース・ユア・ハート:あなたの心のかけら)』だ。※架空の音楽家・架空の楽曲です。
「もしもし!なんだ!」
獲物を仕留め損なったとでも言わんばかりの表情で受話器の向こう側をアレンが怒鳴りつける。全力で逃げていたオーディンはアレンが立ち止まったのを見ると疲労で地面に突っ伏した。クリスティーナに至ってはそのままブレーキすることも出来ずに地面に倒れ込んだ。よく考えたら、この幼稚園児二名は約1時間ずっとランニングしていたのだが、なんだこいつら。
『すいません!』
「謝るのはあとだ!さっさと要件を言え!」
『ジョン・ドゥです!』
John Due。この言葉には少しばかり特殊な意味がある。日本で言う名無しの権兵衛。身元不明の男性を示す隠語だ。
「わかった!今行く!場所はどこだ!」
『あ、はい、現在東門あたりをうろうろしているらしいです!現在居合わせた防衛隊職員二名が対応していますが、いかんせんこういう事態にはなれていませんので、早急な応援を願います。』
「よし!特徴を教えろ!」
服装を整えながらアレンが東門に向かって歩き出し、いつの間にか息を整えていたオーディン達が幼稚園児の小走りでついてくる。さっきからお前らこえーよ。
「「おじさん!どこいくの!」」
「もう回復したのかよ!?ただの不審者だ、今日はバックホームだ猿共!」
が、それでもついてくる五歳児。
「いや帰れよ!まぁいい。」
アレンが受話器を握り直す。
「で、特徴は?」
『それが……』
受話器の向こう側の声が続くよりも前に、3人は東門にたどり着いた。
真っ先に3人の人物が一箇所に固まっているのが目に入る。
対応している防衛隊職員というのは、先程話していたガイスターと先刻の話題に出ていたマリーナのようだ。二人とも不審者に対し気分は害さないように身分を突き詰めようとしている……のだが、二人とも妙に目線、いや姿勢が低い。
あぁ、なるほど。
『推定5歳ほどの男子、らしいです。』
受話器の向こうから、未だに信じられないと言わんばかりの感情ののった声が聞こえた。アレンも、信じられないという顔をした。
ただ二人、ついてきたオーディンとクリスティーナだけは、理由がわからないとでも言うかのように首をかしげていた。
「で、あいつの素性は?」
時は過ぎ、防衛隊中央棟。アレンが近くにいた職員に尋ねる。
「それが……まだ何も…。」
「何ぃ?お前はここ30分一体全体何をやってたんだ。」
「それが……何を話してもただ怯えるばかりで……」
「何だと?それはどういうわけだ?」
「えっと……その……。」
「もういい。自分で見る。」
そう言い、アレンはその若手防衛隊職員をおしのけ、尋問室へと入る。
年端もいかぬ子供だった。
5歳前後。その年齢に見合った体格だが、おそらく金色系の髪は薄汚れボサボサ、服もボロボロ、体の至る所に打撲のアザや切り傷まである。
その少年は、アレンが入ってくるや否やビクッと体を震わせ、アレンが口を開いてもビクッ、敵意はないと彼なりに示そうと手を上げてもビクッ、何をしてもビクッ。
「(あぁなるほど、稀に見るタイプの重度の被虐待児だな。こいつをこんなふうに育てあげたクソッタレはどこのどいつだ?)」
アレンは心の中で悪態をついた。
何に対しても怯える幼い子供はそうそう見ないが、実は比較的簡単にできてしまう。
まだ幼く、物心がつくかつかないか、空気を読んだりすることも出来ないいたいけな子供は家庭内暴力、それも「いつ何時暴力を振るわれるかもわからない」という状態に一定期間さらされることにより、時折このような反応を示すようになる。彼らの脳内はすでに「周囲は常に危険」と判断し、同時に目に入る全てを敵として認識し、相手のあらゆる一挙一動に対し防御反射を行うよう刷り込まれてしまっているのだ。
アレンは一度部屋の外へと出た。そして、扉の前で控えていた防衛隊職員が彼に進捗を尋ねようとするのを指で止めた。彼は小声でその職員に耳打ちする。
「(いいか、あいつは目に映る全ての人間がいつ自分に暴力ふるってくるかもわからない的だと思い込んでる。とりあえず今は独りにしてやれ。声を立てるな、気配も殺せ。対策は俺が考える。あいつに干渉しようとするな。わかったか?)」
説明は丁寧とは言え理解と納得が妙に速かったその職員は、素早く無音で敬礼し、了承の意を示した。しかし同時に、敬礼を返した後、足音を殺しつつ廊下を歩き出したアレンも苦虫を噛み潰したような表情をした。
「(さてと、どうしようか……。)」
今のところあの子供へのありとあらゆる干渉の試みは逆効果、つまり何をしようとも悪化させるだけ。このままじゃノイローゼに陥るか勝手に死ぬか暴れるかの3択しかない。
問題は、「ありとあらゆる」という点だ。こちらがたとえ飯を与えたりしても精神科医を呼ぼうとも全部ビクつかれておしまいだ。
彼の頭を様々な考えが巡る。新しく生み出されたアイデアが電球を光らせるたび、あの子供の反応がそれを叩き割る。
と、その時。
「おじさん、さっきの子はどこいったの?」
いたいけな五歳児の声。
オーディンだ。それに続いてクリスティーナもひょっこり顔を出す。なんでしれっと侵入してるんだという疑問が一瞬だけ頭をよぎったが、同時に思いついた新たなアイデアが全てをかき消した。
「オーディン君、ちょっとこっちにきてもらおうか……。」
普段見ない邪悪なニヤケ面で普段聞かない声を出したアレンに、オーディンが若干引いたのは裏話。
金髪の少年は、再び音を立てたドアに怯えた。
入ってきたのは、自分と同じぐらいの年齢の少年少女。一瞬だけ彼は警戒をときかける。
そして、彼が再び警戒を取り戻すよりも前に。
女の子の方が、彼に抱きついた。
男の子の方が呆れたような声を出す。
「またかよ、クリスティーナ。しってるか?とりあえずだきついておけばなかよくなれるのはアニメのせかいだけなんだぜ?」
「いいもーん。ねえねえ、あなた、なまえは?」
理解が追いつかない少年。しかし彼はとうとう心を許したのか、その口を開いた。
「ジーク……。」
その後、ジークは防衛隊全員の子供というような扱いを受け、彼らの癒やし役を担うと同時に手厚く面倒を見られた。その何もかもに対する恐怖を克服したジーク自身もまた、彼らを親同然と思い、大きくなってからは、アレンをはじめたとえその殆どがどこか知らない場所に行ってしまっても、防衛隊に尽くした。
オーディン、クリスティーナの二人とは、年齢が同じということもあり幼馴染のように親しみ合い、誰にも壊せない絆を築きあった。特に怯えきっていた自分の心の氷をとかしてくれたクリスティーナとは、友達以上の関係となりつつもあった。
アレンは体面上の彼の父親となった。彼とジークの今の姓が同じなのはそれが理由だ。
満足とは言い切れないかもしれない。しかし、幸せだった。
彼は、自分がどのような意味を持ち何のために生きているかと悩むこともなく過ごしてきた。彼は自分に意味があると思った。誰かに必要とされて、誰かの役に立って、そうして一生を終えるんだと考えていた。
その記憶を何度も、何度も、何度も、お気に入りの動画を繰り返し再生する廃人のように反芻しながら。
ジークは今、今や自室となったかつて自分がクリスティーナたちと出会った部屋に。
俯き、食事も取らず、ただひたすらうわ言のように彼女の名を呟き続けながら。
あの日から2日間たった今も、閉じこもっていた。
時刻は4月11日の10時。
場所はロンドン防衛隊施設、中央棟の一室の前。空気清浄機は正常稼働しているが、なぜか暗い霧のような何かがそこかしこに漂っている。
天気は晴れ。ここに立ち込める褒められたものじゃない気分を無視して、太陽は明るく輝く。
「どうだった?」
もう2日も開いてないドアの前で、オーディンが防衛隊職員の一人に話しかける。
あの日の後、半日ほど放心していたジークは、おもむろにふらりと動き出したかと思えばそのままこの部屋に入り、そのままドアを開けようとしなかった。鍵も閉めた。
もちろん、引っ張り出すためにそれなりの手段は試みたはずだ。食事や娯楽なんかはもちろん、彼女が何をしたかったのか考えろとか、この残った街の今後にどうたらとか、とにかくそのへんの誰かが思いつきそうな、一般的に落ち込んだ者が元気をとりもどす要因となるものはフィクションの中のそれ含め全て試したはずだ。
が、それでも出てこなかった。
防衛隊職員は首を振る。今日も進展なし、中からは物音すら聞こえない。
「はぁ……もう死んでんじゃないか?って言いたくなるけど、これでも息遣いが聞こえる以上ちゃんと生きてんだよな。」
オーディンがでかい独り言とため息をつく。
「こんな時に残りの当事者どもはどっか行っちまうし……。」
アレンは中央に招集をくらい、葬儀もままならずに王都ベルリンへと飛ばされていった。理不尽な話だが、こちらはまだいい。
問題はエルヴァだ。彼は図書館の文献を読み漁るようになった。それだけならあいつの憂さ晴らしだとかなんだとかの方法が常人に比べてバグっているってだけの話で済む。だが奴は最近になって変なやつと密会しているなんて噂が立ち始めた。
いきなりよそからやってきたあいつ、その後にこの大惨事。この状況でこの噂が変に広まればあいつが内通者とかそんなふうに勘ぐられかねない。
「(いや、もしかしたらほんとにそういう線も?だが、あいつの人格的に……いや……?)」
様々な考えがオーディンの脳内を巡る。オーディンはぶつくさと聞き取れない声で何かをつぶやきながら廊下へと去った。もう何を信じて何をもとに行動すればいいのかすらわからない。
4月11日、夜9時。
場所はポーランドのワルシャワ、そこにある要塞のような施設。厳めしい建物とその周りに、数えきれない兵士と兵器とその他物資がずらりだ。
天気は晴れ。空に浮かんだしし座が輝いている。
「元帥閣下、客人が面会を申し込んでおります。」
要塞の四階、ホテルのような構造をしているそこの一角にある部屋の扉の前で、灰色の兜と鎧を身に着けた兵士が扉を叩いた。
数秒後に中から間の抜けたイケメンボイスでの返事が返ってきた。
「えぇー?あとにしてくんない?僕今からピエロギ(※)全種食べ比べするんだけど。」※…別名ダンプリング。ポーランドの郷土料理。餃子に似ており、中身に様々なバリエーションがある。おいしい。
「アレン=イーサン・ウォーカー、この名前を聞かせろと…。」
「よし通せ。」
元帥閣下の言葉は一瞬で撤回された。威厳もへったくれもあったもんじゃない。
「久しぶりだね、アレン君!調子はどうだい?」
「その敬称やめろっつってんだろ。どっちが年上かわかんなくなるんだよ、ヘルマン。」
部屋に入ったアレンを呆れさせたのは、ヘルマンと呼ばれた、おそらく20代前半の一人の青年だった。
身長205cm、だいたい耳が隠れるぐらいの長さの整った黒髪ショートヘアで黒い瞳、そのイケメンの顔立ちには子供のように無邪気な満面の笑顔が浮かぶ。八頭身のすらりとした体つきで、軽装寄りの軍服を装備している。
ヘルマン=ヴォルフガング=フォレンダー=ヴァール・ファン=レーレ・アルバート=ラインハルト・ロンメル=ライトブリンガー。この読むのも面倒くさいほどの長ったらしい名前を持つ彼こそが、この王国の全ての軍の指揮権を握る、この王国で最強の男だ。
「まぁまぁそう言わずに。ほら、ズブロッカ(※)も用意してあるから。」※…ウォッカの一種。ピエロギにとてもあう。
「飯の問題じゃねーんだよ。ま、食うけど。」
「そうそう。Jac dają, to bierz、礼儀とか関係なくもらえるものはもらってこそ君だ。」
「スペル間違ってんぞ、JacじゃなくてJakだ。」
誰もわかんねーよポーランド語なんて。
両者はとりあえず2L入りの酒瓶2本を傾け、あっという間に空にする。良い子は真似しないように。お酒はペース配分大事。
「で、何の用事だ?わざわざこのお前が大嫌いな大所帯に押し入ってまで用があるんだ。よほどの用事なんだろ?」
「あぁ、そうだ。」
そうしてアレンは、ひとまず自分がロンドンに帰ってそこからここに向かうまでに、ロンドンで何があったのかを話した。
「なるほどね。たしかにそれは面白……いや、まずはご愁傷さま。」
「いいんだよ。そんなしみったれたセリフはお前みたいな奴には似合わん。それよりも想像つくだろ?『厳重封印』されてたブツを取り出したアイツラがどうなるか。」
「確かに。法定を守れbotもだけど、うちの上層部には何でもこわいですニキが馬鹿みたいにいるからな。そいつらが到着してから処刑宣告が下るまで一週間もかからないだろうね。いや、裏で始末される方が先か?」
「だからそれをどうにかしてほしいんだよ。お前なら簡単だろ?な?頼むよ。俺とお前の仲だろ?」
「確かに。まぁでも、そのゴミどもを段ボールに封印するよりも、まずはその子らを守れるやつを派遣するのが先だね。」
そう言い、ヘルマンはポケットからスマートフォンを取り出し、電話をかける。強いて言うなら我々の持っているスマートフォンとは違い電力ではなく魔法力で動いている俗にいう魔導具というやつだが、今はそんなことは関係ない。
「あ、もしもし、マヌエル君?今時間ある?なにぃ、定期テストの勉強?受けなくていい。僕の権限で満点にさせとくから。てかお前なら勉強しなくたって満点取れるだろ。実地試験だと思っとけ。」
唐突に声の抑揚が跳ね上がり、早口になった。少なくとも今のところ人としてやばいことしか言っていない。
「あぁ、とりあえずね、複数名護送してほしい奴らがいるんだ。友人からの頼みなんだけど、知っての通り僕はそう簡単には動けないからね。特徴は……。」
アレンは素早くヘルマンの目線で意図を察し、手話で必要な情報を伝えた。
「身長は175cm前後、15歳男子、名前はジーク=スカイラー・ウォーカー。それと一緒にいるやつが……何人だ?」
ジェスチャー再び。
「2人+α、なんか友人と合流する可能性があるらしい。確定してる名前はオーディン=ツキヒコ・ハーヴェイ、あとエルヴァ。姓がないって?なんかそれしか名乗らなかったらしい。ま、行けばわかると思うよ。」
どうやら向こう側に拒否権はないようだ。そのままヘルマンは一方的に通話を終えた。
「……さてと。君にも手伝ってもらっていいかな?」
「当たり前だ。そんで、なにをさせる気だ?」
「まぁちょっとまっててくれ。」
そう言ってヘルマンは近くの棚から紙を取り出し、そこにペンで何かを記す。その後はすぐにそれを折りたたみ、溶かした蝋と何らかの魔法で封をした手紙にした。彼はそれをアレンに差し出す。
「ほら。王家の者しか開けられないようにしといたから、中身を変えられる心配もない。お前は先にベルリンでそいつらを待って、こいつをうちの王さまに渡しといてくれ。それと……。」
次にヘルマンはポケットから一つの鍵を取り出す。
「これ、僕んちの鍵な。そいつらは僕の客人ってことにしとくから、ことがやばくなったら僕の家に適当に放り込んどいてくれ。」
「おいおい、随分と不用心だな。普通元帥ともあろうものが自分ちの鍵を一般人に渡すか?盗まれたりしたらどうすんだよ。」
「たしかにねー。」
ヘルマンはにこやかな表情のままだ。そのまま、眼だけを開く。
「でも、わかってるでしょ?」
ガワは変わらない。かれはニコニコの笑顔のままだ。だがしかし、空気は明らかに変わる。
「僕相手にそれをやったら、一体どうなるか、ってさ?」
「……ああ。」
アレンは頬に冷や汗をかきながら笑顔を返す。
「(忘れそうになるぜ。こいつのギルドランクは幻のZ。俺等がどう足掻こうが歯牙にもかけないレベルの強さだってのに、話してるとどうにも。)」
少し前のTipsでも若干説明したが、ギルドにはランクというものが存在する。
早い話ギルドが判定した、強さ・経験などを指標にした一種の等級であり、完全初心者でありかつ一般人レベルのGランクから、通常はG〜A、Sで、その上にX、SS、Zとなる。
Xランクは冒険者の通常の最高到達点とも言える立ち位置であり、かつ別名「ギルドお抱え」。ギルドの重要任務を真っ先に引き受け、ギルドを引っ張っていく、そんな存在だ。
SSランクは逆にギルドに支配されたくないという化物どもが行き着く境地だ。いずれもギルドXランクより経営方針云々に関する発言力は小さいが、ギルドからのお抱えへと誘う圧力を断れる分人数も少なく、そしてXランクに比べ一線を画して強い。
そしてZランク。本来なら正規の等級にすら組み込まれない幻のランク。その強さの指標は不明だが、少なくともZランク以外がZランクと張り合えないと言っていいほど、想像の域を遥かに超えた存在であるということだけは確かだ。
「(今目の前にいるのはそのZランクの中でも歴代最強クラスと言われる男。あくびしながら単独でこの国完全に更地にできるぐらい……!)」
ちなみに、アレンのギルドランクはSランク。最強とは言えずとも、冒険者たちの上澄みと言うには十分なランクだ。
「考え事?」
ヘルマンの一声で彼は現実に戻る。こんなこといちいち考えるだけ、アリンコがトラックを前に何かしようとするよりも無駄だ。
「いや、なんでも。とりあえず俺はもう行くよ。」
「つれないなぁ。今日一晩だけでもつきあってよ。」
「生憎俺に男色趣味はないんでね。」
「そっちじゃないよ。ほら、飯は友達と食べたほうがおいしいっていうでしょ?全く……。」
ヘルマンの引き止めを無視してアレンはそのまま部屋を出ていった。彼は椅子を45度に傾けながら、ピエロギをその口へと詰め込み、喇叭飲みでズブロッカを流し込む。
「…ま、しばらく退屈することは無さそうだね。」




