第21話 月下で、お互いの道を誓いながら
聖女様は、静かにこちらを見る。
「神は欲望を抑え、理を保ち、世界を存続させる存在です。残酷に見える選択も、秩序のためには必要なのです。そして聖女の称号を得て、神の声を聴き、確信したのです。……騎士様。私は……神の側に立ちます。それが、どれほど辛くても」
月光の下で、彼女の瞳は揺れていた。
「騎士様、あなたは自分自身の役目を信じていますか?」
「役目、ですか」
聖女様は、その言葉を反芻するように呟いた。
「騎士様は、ご自身の役割を疑われたことは?」
不意の問いだった。
「ありません」
即答した。
嘘ではない。
「俺は、剣を取ると決めました。守ると決めた。それだけです」
聖女様は、少しだけ微笑んだ。
「では、迷いはないのですね」
「……迷いがない人間など、いません。現に、俺などが、あの時何もできなかった俺が、騎士を名乗ってよいものか、悩むことも多々あります。」
俺は正直に言った。
「ですが、剣を振るう瞬間に、迷っていたら誰かが死ぬ。だから、迷わないふりをしています」
聖女様は、その言葉をじっと聞いていた。
「聖女様は、違うのですか」
「私は」
彼女は一拍置いた。
「迷わないように、迷いを捨てました」
その言葉は、冷たく響いた。
「聖女とは、疑ってはいけない存在です。私が疑えば、誰が神を信じようとするのでしょうか……。神の言葉を、そのまま受け取り、そのまま伝える」
彼女は胸元の聖印に手を添えた。
「それが、私の誇りです」
「誇り、ですか」
「はい」
即答だった。
「私が疑えば、神託は揺らぐ」
「神託が揺らげば、人は迷う」
「人が迷えば、世界は壊れる」
淡々とした声。
だが、その奥に、強い意志があった。
「だから私は、聖女であることを選び続けます」
俺は、村の広場を思い出していた。
笑う子どもたち。
安堵して見守る大人たち。
「……それでも」
言葉が、自然とこぼれた。
それは俺の心の中の原風景が、俺にそうさせた。
「神がいなくても、神を信じなくても、人を守ることができる。俺はそう思ってます。」
聖女様は、ゆっくりと俺を見る。
「はい」
否定しなかった。
「騎士様はそれでよいと思います」
「なぜですか」
「神は、人を救うためにいるのではありません」
聖女様は、静かに言った。
「世界を、続けるためにいます。あの、私の故郷だってそう。私の故郷という『世界』を守るために神は神託を下したと思ってます」
風が吹き、衣が揺れる。
「騎士様の剣は、魔物から人を守ります。ですが、剣だけでは世界を救えません」
その言葉に、胸が痛んだ。
「だから、『神』が、……『聖女』が必要なのです」
彼女は、まっすぐ前を見ていた。俺は、その横顔から目を離せなかった。
「聖女様」
「はい、騎士様」
「……俺は、あなたの理想の騎士になると誓いました」
聖女様が俺に向き合う。
「覚えています」
「なら」
言葉を選ぶ。
「俺が守るのは、人です。神ではない」
沈黙が落ちた。
聖女様は、しばらく何も言わなかった。やがて、小さく息を吐き、微笑む。
「それでいいのです」
予想外の答えだった。
「騎士様は、『騎士』でいてください」
彼女は、静かに微笑んだ。
「私は、聖女でいます」
聖女様は立ち上がる。
「お互いがお互いの信じる道を。そして、いつかそれが、世界も、人も、救うと信じて……」
俺はうなずく。言葉は不要だった。聖女様は俺に満面の笑みを浮かべた。
その笑顔があまりにも、美しく、優しく、そして……愛らしく思ってしまった。
「も、戻りましょうか……」
「はい、騎士様!」
俺が言うと、聖女様はうなずいた。そして俺の腕を抱きしめなされた。
広場へ向かう足取りは、先ほどと変わらない。
だが、胸の奥に残った感覚だけが、違っていた。
祝福の声が、再び二人を包む。
夫婦と誤解されたまま。
その誤解が、いつか――
聖女様の涙の一つになると。
俺はまだ知らなかった。
………
……
…




