第百十二話 昨晩はお楽しみでしたね
芹緒たちが夕食を食べ一息ついた頃、チャイムと共に桜子が吉沢を連れてリビングに姿を現した。
「こんばんは優香様。おひさしぶりでございます」
桜子が優雅に女子中学生姿の芹緒に一例する。
「こんばんは桜子さん。まだ一週間も経ってないよ」
「ですが」和服姿の桜子は拗ねたような表情で芹緒に詰め寄る。「私と会っていない間は皆様と楽しまれていたのでしょう? それを想うと心がはやってしまいますわ」
「桜子さんステイステイ。たまにはそういうことはしない健全な夜を過ごさない?」
だが桜子は芹緒の提案にふるふると首を横に振る。そして芹緒をじっと見つめる。
「私を抱くことに何かご不満があるのですか? 私何か粗相をいたしましたでしょうか?」
「違うよ。桜子さんはすごく可愛いし、僕なんかが桜子さんとそういう関係になれたのはすごく幸せだよ。ただ、やっぱり桜子さんたちはまだ中学生だから、清い交際をしてみたいなという、ね?」
「清い交際、ですか? 例えばどのような?」
「ええと」桜子が清い交際に興味を示している。ここで押し切らねば。「映画を見に行ったり、遊園地に行ったり? 僕も誰かと二人きりでそういうことしたことがないからさ」
「遊園地は先日皆さんと行きましたわ。それに映画ならわざわざ出向かなくてもホームシアターで見れます。今から朝まで映画、というのは味気ないですの。今夜もぜひ愛していただきたいですわ」
……失敗したらしい。
確かに今日は平日で明日も学校がある。夜出来ることは限られている。だがだからといってそういうことばかりというのもさすがに不健全だ。
そういった趣旨の話を桜子にしてみるが。
「子どもを授かればさすがに控えます」
「そうかもしれないけど、まだ成長中でしょう? そんな身体で妊娠したら危険だよ」
(本当にそう思ってるなら抱かなきゃいいのに)
芹緒は心の中でそう思う。
毎回彼女たちからのアプローチでなし崩し的にしているが、きっぱりと拒否せず(出来ず)妊娠する可能性のある行為を彼女たちとしている時点で本来芹緒に言う権利などない。
だが桜子を始めここにいる女性たちは、芹緒の相反した発言について何も言わない。
「ご心配なく。この界隈には悪影響を与えることなく母子共に安全に出産出来る力を持つ方がいますわ。私たちが妊娠出来る身体である限り、優香様の力を次代に残すことは女たる私たちの役目。優香様はその力を次代に継承するため私たちを抱くのが役目なのです」
「……そんな力あるなら一般社会で喉から手が出るほど欲しい人いっぱいいそうだね」
芹緒はそう言うのが精一杯だった。
「この力も貴重です。どの時代にもあるわけではありません。その方がもう少し若ければ優香様と子をなしていたかもしれません。……あ」
「いやです」
桜子が不意に何かに気付き、それに先んじて気付いていた芹緒は速攻で拒否する。
出産を安全にする力を持つ女性が自分のお腹で子を成す必要はない。
芹緒は男女どちらにでもなれる。
芹緒が一度その女性に精を放ち、女性が男性に、芹緒が女性になって今度は逆に芹緒に吐精してもらい、芹緒が子を産めば良い。
だが芹緒の性自認はあくまでも男であり、男の価値観が深く根付いている。
見知らぬ誰かに抱かれ、ましてやその子を孕んで生活するなんて、恐ろしくてとても頷けるものではない。
(ああこれが)
芹緒は強姦などで望まぬ妊娠をした女性の気持ちを自身の身に置き換えて理解出来た。
芹緒と少女たちは、芹緒の意思の強弱はともかく少女たちはしっかりと妊娠する意思を持って事に臨んでいる。妊娠したと分かれば諸手を挙げて喜ぶ事だろう。
だがそれが女性の意思に反したものだとしたら、到底許されるものではない。
「まだ僕には子どもを自分の身体に授かる、って感覚を理解することが出来ないよ」
(母親はおろか、父親すら……)
情けない話であるが、芹緒はまだ彼女たちに愛の言葉をささやいたことは一度もない。
芹緒はまだ漫画やラノベで見るような『愛』をまだ認識出来ていない。
彼女たちはそんなことは百も承知で芹緒に日夜愛をささやき続けている。身体から始まる愛があってもいいんですよ、と。
「そうですね」ここでようやくさつきが助け舟を出す。「生まれついての女性ですら少数ながら自分が子どもを持ちたい、持とうとは思わない時代です。芹緒様のような元々男性であれば尚更でしょう。今日のところは芹緒様が普通に桜子様を抱いて桜子様を幸せにして差し上げるのがよろしいかと」
桜子と一夜を共にする話へと戻ってきた。
まだ自分の置かれた立場を正しく認識出来ない、というかしたくない芹緒の胃がきりきりと痛む。
(普通の感覚を持った人と話がしたい)
美琴と出会ったあの日以来、体型や年齢はともかく中身は平凡な芹緒優香という一般人に寄り添ってくれる人とは出会っていない。
男性であれば、芹緒の立場をやっかむだろう。若い美少女たちを抱き放題。しかも避妊不要で責任も取らなくていい。芹緒と立場を入れ替われるものなら入れ替わりたいものが多勢に違いない。
そして常識的な思考を持つ女性ならば、芹緒を取り囲む環境に眉を顰め、距離を置くだろう。芹緒本人の意思はともかく、そんな環境に身を置いている中年男性など身の危険を真剣に考えるレベルだ。
「ごめんね」芹緒は立ち上がるとそそくさとリビングを出る。「また後でね」
そして芹緒は唯一腹を割って話せるネットの世界、MMOへ逃げるのだった。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※
『ハーレム? 全男の夢だろ』
『私も可愛い男の子集めたい』
『俺にはたくさん嫁がいるぜ!』
『おうその二次元嫁たち画面から出してみろや』
『人間関係面倒くさそう』
『大奥みたいな?』
芹緒の投げかけた『ハーレムってどう思う?』というバカらしい話題にギルドメンバーたちが乗っかり、ギルドチャットを賑やかす。
『金持ちならやりそうだけど体持たんやろ』
『ハーレムってか乱交ならまだ現実味がある』
『やだ 乱交に比べてハーレムはまだ愛があるけど、自分だけ見てもらえないのはイヤ』
『ハーレムってか二股、三股ってことなら現実味あるな』
『だねえ、ハーレムだと女性?全員浮気されてること知ってるってことだから、そんなの無理っしょ』
『あーそういえば最近うちの嫁がな……』
そして話題はギルメンの嫁が浮気しているらしいという話に流れていく。
『無理じゃないんだよねえ、これが』
芹緒にハーレムを肯定する個別チャットが入る。言うまでもない。アリスだ。
『少なくとも私だけではユウカを守ることは出来ないから』
『どの家も各家だけでは無理だわ』
『美琴たちがユウカの『家』を作ったことでようやく上流社会からの干渉を防げるようになった』
『ハーレムは必要よ』
芹緒はキャラを動かす手を止めることなくアリスのチャットを見、そして自分を囲う『檻』をイメージしてしまう。
もちろん芹緒がイメージする『檻』は芹緒の行動を縛るものではない。
法も倫理も関係ない上流社会で、それに対抗するための明確で強固な美琴たちによって作られた『芹緒家』という家格。
芹緒邸は建築中、本人にその自覚なし。家格とは。
理屈ではわかっている。
芹緒には超常現象を引き起こす力があり、その力の継承を望む者たちがいる。
美琴たちは愛情を持って接してくれている。芹緒の方がまだ彼女たちに心の底から愛を持って接することが出来ていない。
結局はワガママ。
様々なしがらみに囚われ、自死しか選択肢がなかった時も、そう思ってしまう思考自体が『檻』だった。
そして今、過去の全てしがらみから解放され、世の男性が羨むほどの環境を手に入れても、精神的に余裕がない。『檻』と感じてしまう。
もっと今の環境を楽しめば『檻』と認識することもなくなるに違いない。
夜、彼女たちと致す時はいつも流されるがまま、制欲の赴くままだ。楽しむというよりは彼女たちによってくすぐられた本能で動いてしまっている。
どこまでも他責思考だ。
……彼女たちとの時間を楽しむ気持ちがあれば、芹緒にも心に余裕が出て、自分の行動に責任が持てるのだろうか。
『ユウカ。次会う時だけど、どんな格好がいいかしら? 男の欲望を唆らせるのも女の役目よ』
……。
頭が痛い。有栖の言葉を軽く受け取れない時点で、まだまだ芹緒に彼女たちとの関係を楽しむ余裕は生まれなさそうだ。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※
翌朝。
「おはようございます、優香様」
「おはよう桜子さん」
「昨夜も素敵でした……んっ♡」
桜子は芹緒の頬にキスをし、ツヤツヤした表情でベッドを降りると剥き出しのおしりを振りながらシャワーを浴びに行く。とその途中で振り返り、
「優香様もご一緒にどうですか?」
「桜子さんのはだかを見ると興奮しちゃうから一人で入るよ」
芹緒は瞬時に目を逸らして朝日に照らされる桜子の裸体を見るのを防ぐ。
暗闇の中、お互いを求め合っている時ならともかく、素の時に堂々と少女たちの裸を見れるまで芹緒はまだ成長してはいない。
「そうですか、残念です」
今日も学校だ。まだ二日目だというのにそんな気持ちで登校なんて出来やしない。
芹緒は皺だらけのシーツの上、はだかで天井を見つめる。
(うん、どう考えてもこの生活に慣れるなんてムリ!)
桜子たちは事を致す際、ことある毎に芹緒に小さい瓶に入ったピンク色の液体を飲ませてくる。おそらく精力剤の類だろう。その証拠に中年だというのに芹緒のやる気は全く衰えなかった。
芹緒は頭を振って昨夜の事を思い出すのを止める。自制が必要だ。だがこの部屋に籠る営みの生々しい匂いが芹緒の鼻から脳内を犯す。
(もう全員知ってるんだし、いいか)
芹緒がベッドに備え付けられた受話器を手に取る。すると一瞬の間を置いて向こうから話しかけられた。
『おはようございます。何かご用ですか?』
「おはようつつじさん。部屋を片付けてもらってもいいかな?」
『はい、すぐに伺います』
つつじはテキパキと要件だけを聞いてすぐに通話は切れる。
すぐさまノックの音がして、芹緒は「どうぞ」と応える。
「おはようございます、芹緒様。昨晩はお楽しみでしたね!」
現れたのはつつじではなくさつきだった。
さつきは某ゲームの宿主の台詞を言うと、笑顔で芹緒にバスローブを渡してくる。
立ち上がった芹緒が少し顔をしかめつつもそれを着てベッドから降りると、さつきはテキパキした手つきでシーツを替えゴミを捨て、換気をする。
この寝室の用途的に強力な換気が必要なのだろう、瞬く間に気怠い生々しい匂いを追い出し、清浄な空気に入れ替えてくれる。
あとはまだシャワーを浴びていない芹緒だけが生々しい匂いを発し続けている。
「芹緒様シャワーは浴びられないのですか?」
「今桜子さんが入ってるから」
「ご一緒に入ったらよろしいのでは? 先日は皆さんと入られていましたよね?」
「あのね」芹緒はバスローブの前をしっかりと握り、下を向く顔を片手で覆う。「腕を引っ張られて連れていかれるのは違うと思うんだ」
「ご一緒に入ったらよろしいのでは?」
さつきが同じことを繰り返す。NPCになってしまったのか?
「そういう訳にはいかないでしょう。一緒に入ったらドキドキするし、朝からそんな気分になっちゃダメでしょう」
「お互い全てを見せ合っているのにやはり恥ずかしいものなんですね」
「当たり前でしょ」
「確かにこれから学校ですものね、少女姿で発情しているとクラスの少年たちの毒ですね」
「二つの意味でイヤだねそれは」
「優香様上がりましたわ。どうぞ」
桜子がシャワーから出てきた。芹緒は桜子と入れ替わりに浴室に入る。が。
「どうしてさつきさんがついてきてるの?」
「?」
さつきが当然といった表情で芹緒と一緒に脱衣所に立っていた。
「優香様のお体を洗うためですが……?」
「今までこの姿の時にそんな事した事ないでしょ?」
芹緒のアパートでみんなで暮らしていた頃、芹緒の体には美琴が入っていたがその体を洗うのは美琴の身体に入った芹緒の役目だった。さつきたちは赤い顔をして辞退したものだ。
「いえ、お嬢様方が芹緒様と夜を共にしたりお風呂に一緒に入っていたりしているのに、芹緒様に仕える私どもが恥ずかしがってお世話を放棄するのはいかがなものかと考えを改めまして」
「お気になさらず」
「お背中を流すだけですよー? 早く入らないと時間がありませんよ」
「……」
芹緒は脱衣所の壁に掛けられた時計を見上げる。まだ早い時間帯だ。問題はない。
「早く入っていただかないと私も強硬手段に出ざるを得ません」
「だから一人で……ってわあ!?」
さつきの方を振り返った芹緒はメイド服を脱ぎ始めたさつきの姿に驚く。
「入る、入るから入ってこないで!」
芹緒は慌ててバスローブを脱ぐと浴室に飛び込んだ。そしてシャワーを出し熱い飛沫を顔からかけていく。
最初の頃、客人である芹緒と暮らし始めたさつきはもう少し恥じらいがあったものだ。……あったはず。
汗と体液でべとつく体を手で洗い、芹緒はそう思考する。
頭を洗い始めると肩に誰かの手が置かれた。状況証拠的にさつきだろう。
その手は泡のついた手で芹緒の体を洗っていく。が少女だった身体ならともかく、中年男性の体ではそのくらいでは物足りない。
「どうせ洗うならタオルで強く擦って欲しい。出来ないなら出て行って」
芹緒の言葉に推定さつきはタオルでごしごしと芹緒の体を擦り始めた。だが普通のタオル、そして女性の力ということもあって刺激はまだまだ物足りない。
(体一つ洗うだけでも男女差を感じるんだな)
だがせっかくの好意を無碍にする訳にもいかない。芹緒はそのまま推定さつきの手を受け入れた。
もちろん全部任せる訳にはいかない。自分の手が届く範囲、特に股間は自分の手でしっかり洗う。
「ありがとうねさつきさん」
体を洗い終えた芹緒が振り返ると。そこにはバスタオルを巻いただけの桜子がいた。
「いえいえ。礼には及びませんわ」
「え!? さつきさんは?」
「私が申し出ましたの。二人きりのお風呂に一刻も早く慣れていただくために」
「そう……って!?」
下半身に桜子の手が伸びてきた事を感じた芹緒はすんでのところで少女姿に変身する。桜子の手が空を切る。
「またしばらく会えないかと思うと……」
「桜子さんステイ!」
タガの外れた少女たちの暴走は止まらない。




