第百十一話 新しい生活
帰る四人を玄関で見送り、ドアが閉まると早速姫恋は芹緒にお願いしてきた。
「優香さん、もう戻って大丈夫だよ!」
「うん」
姫恋に促され、芹緒は銀の長い髪をたなびかせる美少女から、ずんぐりむっくりした中年男性の姿へと姿を変える。
芹緒は美琴と入れ替わって以来、いくつもの力を手に入れた。
他人の心の中に入れる力。
金の長い髪を持つ美琴と髪の色以外瓜二つの美少女に変身できる力。
そして、芹緒と性交して中に出された女性を男性にする力。少女の芹緒と性交した男性は女性になることができる。
一人に発動するかしないかの力が、芹緒は知られているだけで二つも持っている。そんな稀代の力の持ち主である芹緒の血を上流社会の各家は家系に取り込むことに躍起だ。
後継者問題に喘ぐ各家は芹緒に秋波を送り、間に立つ九条家、伊集院家、芹沢家、中川家がそれを阻止している。
ささやかな欠点としては次代以降芹緒の血が大量に入る点だが、上流社会の各家はどの時代でも一人の性豪によって救われてきた過去が何度もある。遠く歴史を辿れば各家同士は親戚のようなものだ。
今回の芹緒もそれと同じだ。
また、芹緒が男女どちらの姿になれることは少女たちの家以外どこも知らない。
各家は『芹緒優香』と『九条家』の関係を調べようと躍起になっているが、一般人であった芹緒優香はその力を見出されて九条家に取り込まれた、そしてその力の情報は娘の美琴を通じて彼女の友人、そして家に伝わったものだ、というのが彼らの一般的な見方である。
芹緒優香は力の片鱗があったがそれの使い方を知らなかった、九条道里が自分の娘をけしかけて性交させ、芹緒優香の力を開花させた、という俗な情報も流れている。
姫恋は男性の姿に戻った芹緒に抱きつく。
芹緒の変身は特殊で、着ている服はそのまま変身に巻き込まれている。そのくせお風呂に入れば男性の姿でも女性の姿でも入った状態になっている。
変身に巻き込まれて毎回ダメになる衣類はないということだ。
芹緒はゆったりとした部屋着姿で姫恋の熱烈ハグを抱きしめ返す。
先ほどまでほとんど同じ位の身長だったというのに姫恋を見下ろす状態になるのは本当に不思議な感覚だ。
そんな姫恋を見下ろす視線に気付いたのか、姫恋は顔を挙げると「んっ」と口を閉じ、目をつむる。
可愛らしい姫恋のキスのおねだりに芹緒は自然と笑みをこぼしながら少し屈んで唇を合わせる。
小鳥同士がついばむような軽いキス。
芹緒と姫恋はしばらく玄関で二人だけの時間を楽しむ。
「んっ……」
姫恋が満足したように唇を離し、芹緒も姫恋を抱きしめていた腕から力を抜く。
これ以上気持ちを昂らせるとベッドに行きたくなってしまう。まだ日も高いこの時間だというのにそれはダメだろう。今の二人は『中学生』なのだ。
「優香さんのお部屋は隣だよ。これカードキー。パスワードはアタシたちの誕生日」
「……長いね。いや覚えてるけど」
「大丈夫だよ! 『今日の当番の子』の誕生日だから!!」
「あー……毎日変わるし、ここでもそれあるんだ」
芹緒は姫恋から『今日の当番の子』なる言葉を聞いてげんなりする。『今日の当番の子』、それは『今夜芹緒と夜を共にする子』という意味だ。
芹緒は童貞喪失以来、一人の夜はない。芹緒の息子は休みなしに働きまくっている。
九条邸は少女たちが集まっていたのでなし崩し的に受け入れていたが、遠く離れたマンションに引っ越したこともあって、姫恋はともかく一人の夜を過ごせるものだと思っていた。
がその淡い期待は簡単に裏切られてしまった。
少女たちと過ごす甘い夜がイヤな訳ではない。今までの人生で芹緒は女性と縁がなかった分、遅れを取り戻すかのような勢いで女性と過ごす日々に精神的に疲れを感じているだけだ。
芹緒は元々一人で過ごす時間を大切にするタイプである。
みんなでワイワイ騒ぐ時間も楽しく過ごせるが、どこかで一人になりたい。
今のところ芹緒が一人の時間を過ごせるのはトイレだけである。バスタイムですら少女たちは乱入してくる。
今まで男性芹緒の体を洗うことに気恥ずかしさを覚えていた少女たちも、芹緒に抱かれてからはもう何も気にせず芹緒と一緒に風呂に入ってくる。
芹緒としてはあまり刺激に慣れすぎてもいけないし、恥じらいが大事だよと言ってはいる。
だが少女たち側から見れば芹緒と過ごせるのは週に何度もない。他の日は芹緒は誰か別の女と愛し合っている。そんな状況にいれば芹緒と一緒に過ごせる時間は濃密に過ごしたいのだ。
一歩リードしているのは有栖だろう。
彼女はMMOを芹緒と共に毎日プレイしている。時間も以前のデイリーをこなすだけの時間から大幅に増えた。
芹緒がMMOをプレイするのが息抜きだというのは皆分かっているので口を尖らせながらも承諾している。
今から芹緒や有栖に追いつこうとするのは現実的ではない。そもそも楽しみを見出していないものに時間とお金を費やすのは愚かだと全員理解している。
一方カードゲームは全員楽しみを見出したようで、週末の一日はカードゲームで遊ぶことになっている。もちろんその夜は芹緒が貪り尽くされる。
「今日の当番って誰?」
当番制があることは彼女たちから聞いたが、そもそも制度が始まって一週間ほどしか経っていない。当番の子が分からなければ芹緒は自分の部屋に入れない。
「当番表SNSで送るね」
姫恋がスマホを取り出し芹緒にSNSで送る。
送付先は芹緒と少女たち五人のグループSNSからだった。
姫恋がアップロードした当番表にたちまち既読がついていく。
『姫恋どうしたの?』
『優香さん知らないって』
『あ』
『桜子……』
『今日会ってお知らせするつもりでしたの!』
どうやら今日は桜子が訪ねてくるらしい。
芹緒は夜に起きるであろうピンク色の妄想を頭を振って思考から追い出し、姫恋に別れを告げる。
「またね」
「はーい、またねー!」
ドアを出て通路に出た芹緒はこのフロアで二つしかないもう一つのドアへ移動する。
自分の部屋らしいのだがどんな部屋になっているのか想像もつかない。
「えっとカードキーをスライドして……」
言いながらタッチパネルを操作していると、インターホンから馴染み深い声が聞こえてきた。
『芹緒様おかえりなさいませ。鍵は開いておりますよ』
つつじの声だった。芹緒は若干の驚きと多くの納得感と共にドアを開けた。
芹緒付きのメイドとなった仮面の女性たちは元上流社会の子女ではあるが、メイドとしての訓練はまだまだだ。
先日誘惑に負けて芹緒を性的に襲ってしまったことをあり、彼女たちは九条邸のメイド長にみっちりこってり修行をつけてもらっている。
だからつつじがいることに違和感を覚えることはない。本音を言えば一人にして欲しい気持ちはあるが、他人から見た芹緒の立場がそれを許さない。
中身はあの日、自死を望んだ芹緒とほとんど変わらないというのに。立場が人を作る。
メイドたちの暴走を放置していたさくらだが、特にお咎めはなかった。
守るべき芹緒は性的に襲われただけ。仮面の女性たちは自分を抑えきれなかっただけ。彼女たちがまだまだ自制出来ず暴走してしまうという事実を九条家に持ち帰ることも当然だが彼女の仕事だ。
「ただいまつつじさん」
姫恋の部屋と同じ間取りの広い玄関に立っていたのはつつじとさつき、そしてさくらだった。
「え?」
つつじはともかく、まさか美琴付きのメイドたちが全員ここにいるとは思わず、間の抜けた声をあげてしまう芹緒。
「おかえりなさいませ、芹緒様〜」
「おかえりなさいませ、芹緒殿」
「どうしてここに?」
「美琴様は当主見習いとなりましたので、今まで道里様お付きの側仕えどもが美琴様につくこととなりました」
「僕を中学校に通わせるだけでいろんなところに皺寄せが……」
「美琴様は屋敷中のメイドや執事を幼い頃からご存知ですので問題ありません。ですが芹緒様は私たち以外とはあまり接触はありませんでしょう?」
「それは確かに……」
元々芹緒は美琴と入れ替わってしまったがために期間限定で九条家にお世話になるはずだった。美琴が恋心を自覚し、周囲にもらしたのもつい半月ほど前の出来事だ。
受け入れ体制など整っているわけがない。
そして芹緒の立場は当時より重要なものになっている。
芹緒が安心して警護を任せられる人員が配置されるのも当然だ。
「こんにちは芹緒様。本日は私吉沢もおります」
「こんにちは吉沢さん。おひさしぶりです」
桜子付きの使用人である吉沢が旅館の女将のような着物を着た格好で芹緒に深々と頭を下げる。
「芹緒様のご慈悲により桜子様も無事正式に婚約が破棄されました。思い悩む桜子様をずっと見守っておりましたので、解放していただいて使用人一同感謝申し上げます」
「僕は特に何もしてないですよ……」
「いえ」吉沢はまっすぐに芹緒を見つめて言う。その瞳に芹緒を謗る意図はなく、ただ純粋に感謝だけを伝えている。「伊集院家は格式を大事にする家でございますがそれ以上に力を次代に繋ぐことに注力する家。芹緒様は家格こそまだ元許嫁様の家に負けておいでですが、その力は今代のどの者より尊きもの。桜子様を抱いていただきありがとうございました」
「ぶーっ」
芹緒が桜子の処女を奪った情報が伝わっていた上に感謝されてしまい、芹緒は思わず吹き出す。
「ご安心を。伊集院家を含む四家は芹緒様に娘を抱いていただけて満足しておりますよ」
「そういうのって隠すものじゃないの……」
「娘たちに悪い虫がつかないようにするのは当たり前でございますから。しかも芹緒様は精力的に子種を注がれたそうで敬服いたします」
「ごめんなさいごめんなさい」
業務的に自分の行いを晒されて芹緒はその場にうずくまってしまう。そんな芹緒の様子に吉沢は慌てた様子で
「芹緒様、どうされたのですか!?」
「中沢さん、芹緒様のフォローは私たちが行いますので、どうぞ桜子様のお部屋の準備をなさってください」
「はい、ですが」
「芹緒様は元々一般の方です。一般常識を基準として物事を考えておられる方です。私たち上流社会の常識は通用しないことが多いのです」
「力ある芹緒様が我が家のような嫡男がいない家の一人娘に子種を注いでいただけることは、光栄なことでございますよね……?」
「芹緒様的には、年端も行かない未成年のお嬢様を抱いた上、避妊せずに中に出してしまわれたこと。そしてそのことが芹緒様とお嬢様たちだけとの秘密になっていないこと。この二点に愕然とされたのですよ」
漫画を読み漁り他の人間より一般常識と節度を知るさつきが懇切丁寧に中沢に芹緒が崩れ落ちた理由を語る。
そしてその淡々とした説明は、芹緒にさらにダメージを与えていた。
「ころして……ころして……」
「芹緒様、ミームに走るのはおやめください。私以外が聞いたら勘違いしちゃいますので」
「うう」
まだ男性が話していたのなら芹緒もここまでダメージを受けなかったであろう。だがこんな会話を若い女性たちが平然と芹緒の前で話している。
「平穏な生活に戻りたい……」
芹緒が遠い目をして虚空を見つめるが、それに誰も取り合ってくれないのだった。
「ここが芹緒様の部屋です」
中沢と別れた三人のメイドは芹緒をドアの前まで案内していた。
「こちらは女子中学生としての芹緒様がご友人を招くことの出来る部屋となっております。まずはこちらの部屋で過ごしていただいて慣れていただきます」
部屋をコーディネートしたさつきが胸を張ってそう伝える。
そして芹緒はそっとドアのノブを捻り、ドアを押した。
「……」
中を見た途端芹緒は絶句する。
部屋はピンクに包まれていた。
「……」
ピンクを基調とした壁紙。白いタンス。可愛らしい装飾が施された天蓋付きの大きなベッド。枕元にはたくさんのぬいぐるみが置かれている。一際大きなパンダのぬいぐるみがベッドの真ん中に鎮座している。
レースが施されたカーテン。ハートデザインの置物。
大きな姿見にドレッサー。ふわふわしたカーペットの上にはハート型のテーブルがある。
芹緒はしっかり観察した後、ゆっくりドアを引いた。
「無理」
「そこをなんとか」
「学校での僕のイメージは絶対こんな可愛らしいイメージじゃないよ」
「え?」
不思議そうに目を見開くさつきに、今日学校で起きた出来事をそのまま伝えた。
「大丈夫です!!」芹緒の話を聞いたさつきは拳を握りしめる。「ドジっ子優香ちゃんとしてむしろアリです!!」
「何もない部屋でいいんだけど」
「そんな部屋にしたら心に闇を抱えていると疑われてしまいますよ?」
「ある意味合ってるかも」
「そんな部屋の様子から男性バレしそうなのはやめてください」
「そうです!!」さつきはさらに熱く語る。「芹緒様は可愛いんです、なんたって美琴様と同じビジュアルなのですからっ!! ぬいぐるみを抱いて微笑む美琴様が見たいです!!!」
「心の声漏れてるから」
どうやらそういうことだったらしい。芹緒は大きく息を吐く。この部屋は『女子中学生の芹緒』のための部屋だ。ということはそれ以外の芹緒の部屋もあるのではないか?
芹緒が尋ねると
「ありますよ」
今度はつつじが答え、芹緒を廊下の奥へ案内する。
その部屋は廊下の奥にあった。
「どうぞ」
つつじの声に芹緒はドアノブを回し、ドアを押す。
中は社長などがいそうな立派な執務室のようだった。
窓を背にした角ばったシックな色調の広い机。その上には写真立てがいくつか飾られている。
壁一面に書棚が設けられそこには多くの本が収められている。一番下の棚は芹緒がよく知るカードバインダーが横にずらりと並んでいた。
ベッドは見当たらず、部屋の奥にもう一つドアがあるのが確認できた。おそらく向こうが寝室なのだろう。
「こっちで」
「この部屋つまらなくないですかあ?」
「部屋は落ち着くところで、つまらないとかは関係ないと思う」
「ありがとうございます」
どうやらつつじとさつきで芹緒のそれぞれのコンセプトを元に部屋をコーディネートしたようだ。
「寝る時はこちらをお使いになられても結構です。ですが……ご友人を招くこともあるかと思いますので、さつきの部屋に慣れるのも大事です」
「わかったよ」
「ああ、あと」さつきが思い出したというように声を上げた。「あの奥の寝室は当番の皆様と過ごす部屋ですよ」
「……はあ」
落ち着いた雰囲気の部屋が一気に世俗に塗れてしまった気がする。
「まだありました」さつきがニヤリと笑う。「芹緒様が我慢ならないときはどうぞ私たちをお呼び下さい。どのような要望にもお応えいたします」
「……はあっ!? いやいやいやいや」
ただでさえ少女たちとの営みを知られて恥ずかしいというのに、つい一月前知り合い、親身に芹緒の世話をしてくれた女性たちをそんな目で見るのは失礼すぎる。
「美琴様になっていた時もお世話したじゃないですかぁ。というか」さつきは目を光らせる。「今後お一人でなさることは禁止、です。ティッシュは妊娠出来ませんので」
「……善処するよ」
ムラムラしたらトイレで発散するのもダメなのか。質問したいが確定させたくもない。
芹緒はそう言ってメイドたちと別れ、とりあえず少女に変身し制服姿のまま女子中学生の部屋のベッドに寝転んでみた。中年男性のままあの部屋に入る度胸はない。加齢臭があの部屋につくのもイヤだ。
天蓋付きの可愛らしい装飾が施されたベッド。パンダのぬいぐるみを抱えているとまるで本当の少女になった錯覚を覚える。
もちろん身体は正真正銘女ではあるのだが、心や思考すら少女に染まってしまいそうだ。
この身体はもう美琴のものではない。芹緒のものだ。誰に遠慮することなく芹緒の意思のまま好き放題出来る。
そういえば。
芹緒は横になったまま考える。
先ほどのさつきの物言いだと、吐精するのが禁止のように聞こえる。
つまり。
少女の姿で性欲を発散すればメイドたちに迷惑をかけることなく、自分の心の思うままに一人行為に耽ることが出来るのではなかろうか。
「ああもう……」
こんな可愛らしい部屋に居ながらあれなことばかり考えてしまう自分の情けなさに芹緒はため息を吐いたのだった。




