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ヤサシイセカイ  作者: 神鳥葉月
第三章 動き出した時間

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第百十話 帰り道

 午後の授業は眠く……ならなかった。

 芹緒にとっては遠い記憶の彼方、受けたことのあるはずの授業だがそれから数十年経ち、学習指導要綱も変遷し教え方や学習環境も変わると、教えてもらえることも当たり前だが変化している。

 新しいものが基本的に好きな芹緒は楽しんで授業を受けることができた。

 もちろん休み時間には小糸のクラスに行き、話しかける。

 芹緒が転校生であること、お嬢様であることはすでに学年中に広まっており、文字通り美琴譲りの美貌と日本人離れした長い銀髪と身長が低い割には年齢不相応のスタイルに、一躍周囲の耳目を集めていた。

 芹緒がとびきり可愛いことは小糸も最初から分かっていたが、周囲が密やかに流す芹緒の家の噂に目を丸くして身を縮こませていた。

 そして芹緒はそんな恐縮する小糸の姿に過去の自分を重ね合わせ、小糸に話しかける。

 もちろん過去の芹緒は男だし、見た目も悪かったし、素朴な可愛らしさを持つ小糸とは似ても似つかないが、彼女が醸し出す雰囲気がすごく自分と似ていると感じていた。


「小糸さんはピアノしてるんだね。私も昔少しだけやってたことがあるよ」


「そうなんですね。すごくお上手そうです」


「もう何十……何年も弾いてないから全然ダメだよ」


「芹緒さん、芹緒さんのお家にはピアノはあるんですか?」


「はい、ありますよ」


 芹緒に話しかけてくる小糸のクラスメイトたち。芹緒は優雅に頷く。


 賑やかな小糸の席周辺。

 だがそれを教室の隅で睨めつけるような視線で見ている数人の女子グループがいた。


「なんなのあの女。ちょっとお嬢様だからっていい気になって」


「庶民を知らないか本当の箱入り娘なんじゃないの?」


「すぐまた転校していくってさ。お金持ちのやることはわからないね」


「あの女がいるとやりにくいな」


「あームカつく」


 そしてLHRの予鈴が鳴り芹緒はクラスを出ていく。

 女子グループも鼻を鳴らしながら自分の席に戻っていく。

 小糸はそんな不機嫌そうな彼女たちの気配を感じながらも、内心安堵のため息をついていた。

 お昼休み以降、芹緒が休み時間のたびに小糸を訪ねて来てくれる。

 今年の冬休み明け以降、何故か彼女たちのターゲットになってしまった小糸。もちろん小糸に心当たりはない。

 彼女たちは証拠を残すようなイタズラではなく、陰湿でメンタルをやられる方法で小糸をいじめて楽しんでいた。


 お昼休みもトイレに行こうとしていた小糸を何気なく邪魔して小糸の表情や様子を見て楽しんでいた。

 だから芹緒が話しかけて来た時に思わずいじめられていることを言ってしまった。知らない子に迷惑をかけたくなかったからだ。だが言ってすぐさま後悔した。誰かに言ってしまえば自分はさらにいじめられてしまう。

 だが現実は違った。

 小糸の言葉を聞いてなお芹緒は小糸に寄り添ってくれた。芹緒と一緒にいた子たちが慌てていたので、芹緒の行動は彼女たちにとっても予想外だったのだろう。

 そして小糸は強引に芹緒の友達グループに入れられてしまった。強引で困ったけどやっぱり嬉しかった。


 芹緒優香。

 彼女は今日転校して来たばかりのお嬢様。

 お人形のように顔立ちが整っている自分の目で初めて見るような美少女が、小糸に温和な笑顔で話しかけてくれるのはとても嬉しい出来事だ。

 彼女は『友達になろう』との言葉があの場限りのものではないと、ずっと行動で示してくれている。

 見た目は麗しいお嬢様だけど、話してみると案外気さくだ。

 漫画やアニメの話に興味を持ったり教えてもらったり。

 そして小糸の話をしっかり聞いてくれる。

 そんな芹緒の背後で、小糸と小学校が同じだった姫恋がうんうんと嬉しそうに頷いている。


 中川姫恋もお嬢様だ。

 昨年彼女の父親がお金持ちになり、彼女はこの学校を一月通うことなく転校していった。

 快活な彼女と内気な小糸はあまり接点はなかったが、彼女がクラスを明るくしてくれていたのは知っている。小糸も何度か彼女に手を引かれたものだ。


 そんな姫恋が芹緒を見つめる視線に、友達以上のものを見出しそうでドキドキしてしまう。

 小糸はノンジャンルで漫画やラノベを読むが、特段GL好きというわけではない。

 むしろNL好きだが、現実の人をそういう目で見てはいけないのはさすがに弁えている。

 小糸はほわほわした気持ちでLHRを過ごしたのだった。




 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※




「優香ちゃん立ち止まってどうしたの?」


 校門近くで立ち止まった芹緒に姫恋が声をかけてきた。

 姫恋が歌衣や小糸に声をかけ、芹緒からすると大所帯のグループになっている。

 彼女たちは立ち止まった芹緒を振り返る。その横を生徒たちが何人も通りすぎていく。


「え?」


 芹緒は転校、というか学校に通うという話を昨日美琴に伝えられた。

 そして今朝は九条邸からいつもの送迎用リムジンでここまで送ってもらった。

 だから芹緒はアニメや漫画でよく見るような、校門前からリムジンで送迎だろうと思っていた。

 この中学校は元々姫恋が通っていた学区にある学校だ。芹緒の住んでるアパートとはそもそも県すら違う。九条邸はさらに高速に乗るほどの距離だ。


「車待ち……?」


 芹緒はそう言って小首を傾げる。この仕草、芹緒は無意識でやっている。だからあざとさが微塵も感じられない。これも美琴になりすまさなければならなかった頃、つつじたちメイドに躾けられた賜物だ。


「わあ……」


 それを見た歌衣や小糸たちはその可愛らしい所作に感嘆の息をもらす。

 姫恋もお嬢様であるはずだが、芹緒と比べるとどうしても自分たち側にいるように感じられる。とても親しみやすいお嬢様だ。

 それだけ芹緒の所作がお嬢様っぽいのだが。

 一年以上前から本物のお嬢様として教育されたはずの姫恋と、つい一月前から躾けられた芹緒。地頭の良さは残酷である。もちろん人生経験の差も見逃せない要素だろうが。


「アタシたちの家はこっちだよ」


「はい?」


 姫恋の言葉をうまく飲み込めない芹緒。だが少なくともここで立ち止まっていても迎えが来ないことはわかった。姫恋が指差しした方向に歩き始めたからだ。

 同じ方向らしい少女たちはそれに続いていく。芹緒も慌ててその後ろにくっついて歩き始める。


 元々芹緒はグループで行動するのが苦手だった。

 巨漢デブということもあるし、三人組で誰かを一人にするのは気になって仕方がなかったのだ。それくらいなら自分が一人になった方が気が楽、と芹緒は少しずつみんなの後ろを一人で歩くのが当たり前になっていた。


「優香さん」


 前を歩いていた小糸が足を止め、芹緒の横に並ぶと一緒に歩み始める。


「さっき話していたアニメなんですけど……」


「うん、それは……」


 芹緒は小糸の心遣いに心の中で感謝する。姫恋は前の方、四人で楽しそうに会話を繰り広げている。芹緒にはとても真似出来ない。愛想笑いくらいなら出来るだろうが……。本当はそうやってやり過ごすのが正しい大人としての処世術なのかもしれない。

 だが中年男性の芹緒は、そんな当たり前の処世術を少しずつやらなくなって出来なくなって諦めていった。

 いくら性別が変わり若返ったとしても芹緒は芹緒。本質は変わらない。躾けられたことは出来ても心持ちは中年男性のままだ。

 だからこそ同じような雰囲気のある小糸が気にかかる。

 こうやって誰かの気持ちに敏感な子は疲れてしまう。

 芹緒は小糸と楽しく会話しながらも、同時に小糸のことを気にしてしまうのだった。




 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※




 下校して十分にも満たない頃、少女たちがそれぞれの家路に別れる前に姫恋は大きな新築マンションの前で立ち止まった。


「着いたよー!!」


「大きいマンションだねえ」


「はー……」


「なんで優香ちゃんも驚いてるのさ〜」


「あっ、えっと、引っ越しがドタバタしてて落ち着いて建物の外見見てなくて」


 このドタバタしていたという言葉に嘘はない。

 昨日宣告されてから必要最低限のことだけを頭に叩き込んできたのだ。このマンションに部屋があるというのも初耳である。

 姫恋はマンションのエントランスのモニターの前で顔認証を受け、タッチパネルで素早く数字をタッチしていくと最後にカードをスロットに通す。

 すると目の前のガラス張りの自動ドアが開いていく。


「みんな寄ってってよ」


 どうやら誰か一人がセキュリティをパスすればグループで入れるらしい。

 姫恋の言葉に顔を見合わせた少女たちだが、好奇心が勝ったらしい。姫恋の招きに軽い足取りでついて行く。対照的に芹緒の足取りは重い。


(何がどうなるのやら……)


 姫恋が案内したのはエレベーターに乗って最上階。そのフロアにはドアが二つしかなかった。

 建物の大きさ的にかなり広い一部屋であることは間違いなさそうだ。

 少女たちも目をキラキラさせてお金持ちの生活の一端に触れていく。


「アタシの家はこっち、優香ちゃんの家はあっちなの」


 エレベーターから降りて左側が姫恋の家らしい。姫恋は迷いのない足取りで左へ進むとドアの横に備え付けられたセキュリティをささっと済ませ、ドアを開ける。


「どうぞー!!!」


「「「はーい」」」


 少女たちがきゃいきゃいと黄色い声を上げながら姫恋の部屋に吸い込まれていく。

 一旦立ち止まった芹緒だが、今日せっかく作った友人たちを置いて一人、自分に宛てがわれた家に戻るのはさすがにあり得ないと考え、芹緒も姫恋の家にお邪魔する。


「いらっしゃいませ、芹緒様」


 そんな芹緒を出迎えたのは大きな扉と上がり框で頭を下げる露出度の多いメイドたちだった。


「ど、どうも……」


 中川家のメイドは父親の趣味でクラシックなメイド姿ではなく、アニメや漫画に出てきそうな破廉恥な格好をしている。

 姫恋もすっかり慣れてしまっているのだろう。


「おじゃまします」


 準備されたスリッパに足を通し、芹緒はメイドたちの誘導に従って廊下を歩いていく。

 短いスカートに包まれたお尻が歩くたびにフリフリと揺れて芹緒の視線を奪っていく。そんな自分に気付いた芹緒はすぐに視線を上に上げるが、背中の大きく開いたメイドドレスから覗く背中が眩しい。


(ブラってどうしてるんだろ?)


 そんな疑問が湧いたのは、芹緒も同じ性別としてブラをつける者同士だからかもしれない。


「こっちこっち〜!!!」


 通された大広間。

 少女たちは硬い笑顔で身体がすっぽり沈み込むソファに座っていた。

 その気持ちが分かる芹緒は苦笑しながらメイドに誘導され、スカートをしっかりお尻の下に敷いてソファに座る。


「すぐお飲み物とお茶菓子を用意いたします」


 姫恋はホスト席、歌衣や小糸、姫恋の友人たちは姫恋から見て左側に座っている。芹緒だけが姫恋から見て右側に案内された。

 その意図を芹緒はその後のメイドたちの行動で理解することになる。

 本来メイドたちが仕えるべき者たちにお尻を向けることは失礼に当たるためあり得ない。

 だが芹緒はメイドたちが少女たちに頭を下げた時、反対側に座る芹緒からは彼女たちのスカートから眩しい太ももと下着がばっちり見えてしまったのだ。

 これは間違いなくニコニコと笑う姫恋の仕業だろう。

 男性の心を持つ芹緒なら喜ぶだろうと考えての演出なのだろうが、普通に目のやり場に困る。

 幸い一般社会の住人である少女たちは緊張していて、芹緒の眼前にどんな光景が広がっているのか気付いている様子はない。

 もちろん芹緒にも頭を下げてはいるが、それは彼女たちが姫恋とは反対側に移動した後、つまり部屋の入り口を背にしての礼だ。少女たちは気付くまい。


(これくらいで動揺しないよ……)


 そう考えた芹緒だが、なぜ動揺しないのか思考を進めた時、もう下着程度では興奮しないほど女性の裸を見てしまったからだ、という恐ろしい結論にたどり着いて戦慄する。


(同性だから、同性だから……)


 芹緒が懸命に残念な結論を消す作業に没頭している間、姫恋は改めての自己紹介と聖桜女学園での生活、芹緒と会ってからの話せる範囲での話をしていた。

 芹緒が少女と入れ替わって過ごしていたこと、芹緒が元中年男性なんてことはおくびにも出さない。

 楽しそうな姫恋の話に、少女たちは運ばれてきたドリンクやスイーツをおっかなびっくり飲みながら聞き入っていた。


「だよねえ、私たち一般人がお嬢様学校にいきなり行ったらそりゃそうなるよねぇ」


 姫恋が転校したての頃、クラスに馴染めなかったという話に姫恋の友人たちがさもありなんと頷く。


「九条さんに出会えて良かったね」


「というより私は優香ちゃんと出会ってまだ一月足らずっていうのに驚いているんだけど。なんか二人怪しい雰囲気なんだけど?」


「う、歌衣ちゃん」


「うーん、優香ちゃんはねえ、色々あってずっと寂しかった子なの。でもすごく人に優しくしてくれて、すごく大人びた考え持ってる子なの。優香ちゃんの言葉に救われたことも多いの」


「優香さんはすごいです……。私なんかを助けてくれて……。姫恋さんが好きになるのも分かる気がします」


「でしょお! 優香ちゃんはあっちの学校でたくさんのお嬢様に慕われているんだよ!」


「いやそんなことない」


 芹緒は姫恋たちが通う聖桜女学園には行ったことがない。姫恋が言っているのはそこに通う美琴たちのことを指しているのだろう。


「明日からここの前で待ち合わせしない? みんな集まれるっぽいし!」


「そうだね」「それがいいかも」「ちょうどいいところだもんね」


 芹緒、姫恋、歌衣、小糸、姫恋の友人二人の六人グループは登下校も一緒という関係になった。

 それから芹緒も今日の授業の感想などを話し、ガールズトークは有意義な時間を過ごしたのだった。

あちらも同時更新です。

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他のみんなも既に住んでるなこれはw 思春期の子がこんな家招待されたら入り浸っちゃうで
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