第百九話 お昼休み
2026年4月23日現在、これが最新です。
未来の私に期待。
「あはははは〜! それはやっちゃったねえ」
一限後、芹緒の席に来た姫恋に事の顛末を話すと、彼女は明るく笑い飛ばしてくれた。
「気にすることないよ、うん」後ろの席の女子生徒、空井歌衣もそうフォローしてくれる。「私たちもよくあることだしさ。芹緒さんってなんかすごくお嬢様!って感じだったけど、今はすごく親しみやすいね」
「はは……一限で化けの皮剥がれちゃったね」
芹緒が苦笑するが、姫恋も歌衣もぶんぶんと首を左右に振って芹緒の言葉を否定する。
「お友達になれそうってこと! ねえ芹緒さん、優香ちゃんって呼んでもいい?」
「う、うん」
「アタシも優香ちゃんに戻そっと」
「どうして?」
「優香さん、だとどうしても……やだあ、言わせないでよ///」
「あっ!姫恋!! 何その態度!? 芹緒さんと何かあるの!?」
「なになに!? 禁断の恋?」
またしても芹緒たちは囲まれてしまう。だが先ほどと違うのは囲んでいるのは女子生徒ばかりという点だ。
どうも男子生徒が近付けないようバリアを張っている雰囲気すらある。
(それもそうだよね)
芹緒は内心顔を赤くしながら納得する。
先ほど痴態を晒した芹緒に近付いてくる男子生徒なんて碌な子ではないだろう。それに男子生徒は男子生徒で教室の後ろに固まって遠巻きに芹緒を見て何やら騒がしくしている。
何を話しているかも想像ついてしまう。
これでも芹緒はこの教室の中で一番男子の生態に詳しい自負がある。
転校生、しかも美少女のパンツが見えただなんて、彼ら思春期特有の性欲を掻き立てる最高のスパイスだ。
これからはちゃんと注意しようと決心する。だが。
「ヒミツ、だよ?」
まだまだ恋も知らなさそうな純朴な少女姫恋が妙な色気を持って唇に指を当ててそう言うと、女子生徒がさらに黄色い悲鳴を上げる。
「優香ちゃんも姫恋ちゃんもすっごくいい匂いするね。何つけてるの?」
女子生徒の一人がそう言うと、周囲の子も芹緒に近寄って鼻をひくつかせる。
特段何かをつけているわけではない。ただ普段使いしているボディソープやシャンプーが高級品であることは確かだ。そういったものの香りなのだと思う。芹緒はもう慣れてしまってあまりわからない。
それよりも周囲を取り囲む女子生徒たちから漂う、地に足をつけた甘い匂いが芹緒に『少女』を感じさせてくる。
一糸まとわぬ生粋のお嬢様である美琴や桜子たち、そして同じような生活をしてきた芹緒の匂いとは違う、現実的な匂い。
「ふっふっふ、実はねアタシ」「姫恋がお嬢様になったのは知ってるよ」「もおお」
「じゃあじゃあ優香ちゃんもお嬢様なの? やっぱり品があるもんね!」
「さっき見えた下着もすっごく高級そうだったもん」
「ごほげほ」
「ごめんごめん、でもなんか大人の女って感じだったよ。憧れちゃうなあ」
「優香ちゃんもお嬢様だよ! アタシよりお嬢様かも?」
「それはないよ。私は姫恋さんよりそういった勉強してないから」
「アタシの頭の悪さと優香ちゃんの頭の良さだと、優香ちゃんの方がお嬢様だと思う!!」
「あはは、確かに〜」
「確かにって言ったの誰さ!?」
あははは、と笑いが巻き起こる。そうして雑談にオチがついたところで、次の教科の教師が入ってきたので、蜘蛛の子を散らすように自分の席に戻っていく。
「ふう」
芹緒は人知れず息をつく。
芹緒の人生でこうやって新しい環境でたくさんの人たちに囲まれて歓迎された記憶はない。
緊張している中それは鬱陶しいだろうな、と囲まれている『誰か』を見て思ったことはある。
そして今日初めてみんなの中心で人の会話を聞いていて、緊張がすっかり解けていることに気付く。
今まで芹緒が抱いていた想いは結局ただの強がりで、寂しさにフタをしていただけなのだろう。
そんな思いが頑なだった芹緒の心にスッとしみていく。
芹緒は前に進むと決めた。
自分の弱さを受け入れ、それを周囲にさらすことは怖かった。だけど先ほどみたいな醜態も笑い飛ばしてくれる人がいる。
素直に嬉しい。芹緒はそう思った。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※
お昼休み。
公立であるこの中学校は以前は給食だったが、コロナを経て今では各自弁当持参になったそうだ。
芹緒は姫恋と姫恋の友人二人、そして後ろの席の歌衣の五人で机を合わせて食べることになった。
女の子になりたての頃だったら、女の子たちとご飯を食べることなんてドキドキして味に集中できなかっただろう。
だが芹緒は美琴の姿になってからずっと、いつも女性の誰かと食卓を共にしている。
全然緊張はなかった。
(慣れってすごいな)
「え?」
芹緒と姫恋の弁当を見た女子たちが声を上げる。
それも当然だ。
二人の弁当は弁当箱もその中身も同じものだったのだから。
「二人って一緒に暮らしてるの??」
「……うん、そうだよ」
姫恋がさっそく口に入れてもぐもぐしていたのを飲み込んでそう言う。
「なんでなんで?」
「勉強のために私が転校してきたんだけど、私一人じゃ心配みたいで姫恋さんが着いてきてくれたんです」
「へえ……マジヤバ」
側から聞いている分には確かに『マジヤバ』だろう。
一人の生徒のために明らかに他人であろう生徒が一緒に転校してくるだなんて話、意味が分からないし理解しがたい。
「お嬢様が何の勉強で普通の学校に転校してきたの?」
「えっと……」これは言うのは恥ずかしいが、疑問を覚えて当然の事柄だ。芹緒は意を決して言う。「私が今まで通っていた学校は女子校だったので、共学の雰囲気を知っておきなさいと美k……父が」
危うく犯人を言いかけたがなんとか誤魔化すことはできた。
「ふーん。共学の雰囲気、ねえ?」
姫恋の友人たちが顔を見合わせて意地の悪そうな笑みを互いに浮かべる。そして
「やっぱり男?」
どストレートに聞いてきた。
「ごほっげほっ。ち、違うよ? それだけじゃないよ??」
「じゃあ男『も』あるんだぁ」
芹緒たちの場所から黄色い悲鳴が上がるが、お昼休みは教室内が騒がしいので誰も気に留めない。
「でもね」歌衣が遠慮がちに芹緒に話す。「私たち二年生だけど、まだまだ中学男子って子どもだよ? おもちゃの話とかバカな話で大笑いしてる。優香ちゃんが想うような王子様はいないよ」
「王子様は探してないけど」芹緒も歌衣の勘違いを正す。「私は現実を知りたいなって。まだ私も地に足がついていないのは自覚してるから、色々知りたいの」
「なんか難しいこと言ってる」姫恋がほぼ弁当を食べ終えて言う。「つまり、優香ちゃんは純情素朴な天使みたいな存在だから、色々知りたいってこと」
「絶対違う」
「「「なるほど」」」
「納得しないで!?」
「優香ちゃんなんか不思議なんだよねえ」歌衣がそう言いながら芹緒に抱きつく。「見てて危なかっしい気もするし落ち着く感じもするし、天使って言い方は言い得て妙かも。あー柔らかい」
「ちょ、ちょっと歌衣さん!?」
「優香ちゃんは発育いいから抱き心地はいいよお。……芹緒さんはもっとすごいけど」
「姫恋なんか言った?」「ううん」
一方男子たち。
彼らは嬉しそうに弁当やパンを食べながら華やかな一角を眺めていた。もちろん芹緒たちだ。
彼らの話題は芹緒と姫恋一色だった。
「まさか始業式の次の日に二人も女子が転校してくるなんてなー」
「しかも二人ともタイプの違う可愛さときた」
「俺芹緒ちゃんのパンツ見たぜ!」
「俺も!! 真っ白な太ももも良かった。俺しばらくあれで抜くわ」
「くそう、くそう!!」
「芹緒のインパクトが大きいけど、姫恋もなかなかだからな。あいつ距離が近いんだよ。であの笑顔だろ? 期待しちゃうだろ!!」
「芹緒さん頭良さそうだよね。そそっかしさはあるけど授業では知的なイメージだった」
「だよね。グループワークで一緒になったけど、方向性決めてテキパキ捌いてた。後から『出すぎてごめんなさい』ってもじもじして。……可愛い」
男子のグループは女子同様点在しているが、概ね同じような内容だった。
ただ一つを除いて。
「芹緒さん頭が良くてお金持ちなら、カードゲームやらないかな……」
「お嬢様がカードゲームなんてしないだろ」
「僕たちと話してくれるかも怪しいぞ」
「「だよなぁ……」」
クラスの隅で大人しそうな少年たちがひっそりと話している。
彼らも知るまい。
芹緒も、姫恋ですら彼らの遊ぶカードゲームを知り、尚且つ遊び相手を求めていたことを。
このクラスでそのカードゲームが爆発的に流行るのはまた別の話。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※
「優香ちゃんおトイレ行こ」
「う、うん」
どうやら芹緒はお昼一緒に食べた五人組の一員となったらしい。歌衣に誘われて一緒に席を立つ。そこに姫恋と友人二人が加わり、五人でトイレへと向かう。
すでに芹緒もこの学校のトイレは経験している。
個室は四つしかない。
それでも芹緒以外の少女たちはトイレに行く際は必ず全員に声をかけ、全員で向かう。
大抵他の子が使っているので、その間芹緒たちは女子トイレの中や外でおしゃべりをして空くのを待つ。
女性が連れ添ってトイレに行く理由は芹緒も頭では理解しているが、学校のような閉鎖空間でまでそんなことしなくてもいいのに……と思ってしまう。
学校なら誰かに襲われる恐れも痴漢される恐れもない。はずだ。
だが今日この日、芹緒はなぜ女子が連れ添ってトイレに行くのか、その理由の一端を垣間見た。
一人の少女がもじもじとトイレの外に立ち尽くしている。
彼女の後から来た少女たちがその子を追い抜いて女子トイレに入っていく。それをその子は悲しそうな目で見つめるだけだ。
芹緒の視線に気付いた姫恋が遠慮がちに芹緒にささやく。
「ちょっとハブられてる子かな……。理由は分からないけど」
納得した芹緒は足を踏み出す。慌てる一同。その中には姫恋も含まれている。
「こんにちは」芹緒は少女に微笑みかける。「私今日転校してきた芹緒優香って言います。お友達になりませんか?」
「はへっ!?」
いきなり美少女に声をかけられた少女は奇声を上げ辺りを見渡す。そして紛れもなく目の前の存在が自分に話しかけているのを知り、目を伏せ口を開く。
「こ、こんにちは……。私嫌われているので、お、お友達にはならないほうがいいですっ」
少女は身体を縮こませながらも思いを吐き出す。
周囲からはざわめきが消え、芹緒と少女を遠巻きに見つめている。トイレから出てきた生徒が異質な雰囲気に飲まれそそくさとその場を後にする。
「私も嫌われていたことあるから気持ちが分かるよ。私だけかもしれないけど友達にならない?」
「ああもう!!!」固まっていた姫恋が静寂を切り裂いて大声を出す。「優香さんってば女子のこと分かってないのにもう!!!」
それでも姫恋も芹緒と少女の元に近付いて行く。
「アタシは中川姫恋。優香さんのお友達……よりもう少し仲がいいかも/// というかアタシも一緒に友達にして欲しいな」
女子の世界は奇妙で陰湿なものだ。
男子のようなわかりやすいイジメはなく、グループを作り、カーストを作り、そこから外れた者を除外する。
かつての芹緒もそうだった。
とはいえ芹緒は見た目や怠惰な性格で周囲とどんどん溝を作っていったのだが、嫌われていたという言葉に嘘はない。
芹緒はワガママだ。世界の全てを救えない。ただ目の前で苦しんでいる子を見つけたのなら助けたい。そんな強欲だ。
歌衣と姫恋の友人二人も顔を見合わせ苦笑すると、芹緒と姫恋の後に続いた。
確かに女子の世界は奇妙で陰湿だが、それでも確かに友情はある。
「私たちもいいかな?」
場が穏やかに落ち着いたのを感じたのか、周囲の時間が動き出す。やがて喧騒に包まれ芹緒たちの姿は紛れていく。
少女は芹緒たちのグループに吸収され、六人は何事もなかったかのようにトイレを済ませ、廊下のガラス窓を背に足を止めおしゃべりを始める。
「わ、私に話しかけるなんて……」
「ごめんねえ。アタシ何もわからないから動けなかったんだけど、この子ワガママ天使様だから」
「違うってば」
「皆さんも目をつけられちゃう…… それに違うクラスだし……」
「もしかして友達は違うクラスには作っちゃいけない?」
「優香ちゃん、それボケかな? そんな訳ないでしょー」
「あはは……」
少女が初めて笑う。それは苦笑というべきものではあったが。
「それでお名前は?」
さりげなく問いかけた芹緒の声に少女はおどおどと答える。
「古町小糸……です」
「小糸さんよろしくね」
「小糸ちゃんよろしくー!!」
「「小糸さんよろしくね」」
わいわいと和やかに話す少女たち。
少女とはいえ女は女。あっという間に話が弾み、小糸も引っ張られるように口を開いていく。
そこに元男でコミュ障な芹緒が入れる余地はない。
普段美琴たちが芹緒に気を遣って会話してくれていることが理解できる。
そんな目の前の会話に気もそぞろで集中できない芹緒だからだろう。
自分たちを舌打ちでもしそうな表情で遠巻きに見ている女子グループがいるのを芹緒は見逃さなかった。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※
小糸とSNSを交換した芹緒たちは、小糸のクラスまで一緒についていく。
小糸のクラスは隣のクラスだ。
「またね〜」
「うん」
小糸と別れ、芹緒が自分の席の椅子にスカートが捲れないよう注意深く座ると、姫恋がそのまま芹緒の身元でこしょこしょと囁く。
「なんか優香さんみたいな感じだねえ? 放っとけないの分かるよ」
「姫恋さんはああいう時すぐ前に出るイメージだったけど、どうしたの?」
「あー……」芹緒の真っ直ぐな問いに元気はつらつ一直線な姫恋が顔をしかめる。「優香さん、学校の女の子の世界は色々あるんだよ……。今日転校してきたばっかりだから私もここの女子のトップわからないし」
「姫恋さんがそう言うならよっぽどなんだね……」
姫恋の沈んだ声に芹緒は自身の先走りすぎた行動を反省する。
「でも優香さんはそれでいいと思う。おかしいことはおかしいって言える優香さんが好き」
「うん、ありがとね姫恋さん」
「二人の世界に浸ってるところ悪いけど、私後ろにいるんでー」
「「ひゃっ!」」
歌衣のジト目のツッコミに芹緒と姫恋は揃って声を上げる。
「本当二人怪しすぎるんですけどー?」
「何もないよ、ね、姫恋さん?」「あー……えへへ」「姫恋さん!?」「アタシはどっちの優香さんも好きだよ」
「……少なくとも姫恋さんは芹緒さんに堕ちてるわね」
純真無垢な姫恋だが、思春期真っ只中の乙女でもある。
元々芹緒と同じ一般常識しか持ち合わせてなかったのに、この一週間で美琴を筆頭とするお嬢様たちに快楽の沼にすっかり沈められてしまった。
芹緒も性欲は年齢にしてはある方だと思っていたが、それでも思春期、性に目覚めた少女・少年たちの快楽を求める貪欲さは凄まじい。
しかもこれまた厄介なことに、ただただ芹緒とだけ身体を重ねる。
芹緒の力によって性別が変わろうが変わるまいが、彼女たちの相手は芹緒ただ一人である。
男状態の時はまだ相手は一人か二人だが、少女状態だと彼らは複数人がかりで芹緒を悦ばせ自身の快楽を貪る。
まるで芹緒が性豪のようだが、彼女たちが頻繁に飲ませてくる不思議な味のする液体が怪しいと芹緒は踏んでいる。少女状態ならともかく、男性状態であんなに連続で出来るわけがない。
大人でもある芹緒は性欲を隠すことは出来るが、人生経験の浅い姫恋はまだまだのようだ。芹緒を見つめるその表情は、すでに同級生たちも息を飲むほどの妖艶さだ。
あの快活な少女にこんな顔をさせてしまう羽目になったのは寂しいことだが、子どもはいつか大人になる。芹緒だって子どもの頃親に内緒でエッチな本を読んだりしていた。そういうものだと思うことにする。
そんな姫恋の熱い視線を受けて下腹部がぞわっとするが、幸いなことに少女姿では少なくとも外見から変化を確認することは出来ない。
少し股間が湿り気を帯びた気もするが、それもバレない。
芹緒は心の平静を装いなんとかそれ以上の決壊を防ぐ。
「授業始めるぞー」
教師が教室に入ってきてとりあえず芹緒の平和は保たれた。
ここではないところに、第三章の閑話があります。
リンクはダメだと思うので探してくださいませ。私の名前はそのままです。
ただしまだなにもしてませんのであしからず。




