第百七話 閑話休題
風呂敷を畳むのと、原点に立ち返る章です。
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思えばつまらない人生だった。
子どもの頃から本の魅力に取り憑かれ、人と関わり合うのが面倒だと割り切ってきた。
実家は田舎だったが体を動かす遊びよりもとにかく本を読んでいた。
だからといって頭が良いわけでもない。確かに小学生の頃は楽勝だった。親が買い与えてくれた本のおかげで学校の授業には問題なくついていけた。お山の大将気分だった。
ただ、あの頃から宿題や夏休みの課題はやっていなかった気がする。
何かを積み上げることが出来なかった。三日坊主だったのだろう。
当時ことわざの本で見たある一つのことわざを見て思ったことがあった。
『十で神童、十五で才子、二十過ぎればただの人』
ああ、きっとそうなるんだろうなと予感めいた思いがずっと心を占めていた。
そして二十どころか四十を過ぎればどうなるのか。
ゴミのような人もどきが出来上がっていた。
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体は怠惰に醜く膨れ上がり、自認はモンスター。
借金を積み重ね、仕事には行けず休職状態。
心は弱く、男性としてはおろか、人間としての魅力すら皆無。
まさに人間のクズ。
……だというのに。
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「芹緒様、カフェオレをお持ちしました」
「う、うん」
狭いアパートの一室、リビングルームのダイニングテーブルに一人の黒髪のメイド服の女性が近付き、ずんぐりむっくりとした中年男性の前にカップを置く。
それを恐縮した様子で男性が巨体を縮こませながら小さく頭を下げる。
「芹緒殿、そんなおどおどした態度では他の者に示しがつきません」
「ごめん」
そんな様子を見て小柄なメイド服を着た少女がため息をつく。
「私は美琴様付きのメイドですから、私とは百歩譲って今まで通りの関係でも問題ありません。ですがこの者たちは皆芹緒殿の専属メイドなのですからもっとしっかりとした態度を。特に彼女には。むしろ彼女の方がしっかりしているではありませんか」
「出過ぎた真似をして申し訳ありません」
会話に上がったメイドが深々と頭を下げる。
「今あなたに非はありません。芹緒殿には当主としての心構えがまだ足りませんね」
「当たり前でしょう!?」
当然といえば当然の指摘に、これまた当然の権利とばかりに中年男性がツッコむ。
芹緒の借りている独り暮らしの賃貸アパート。
その部屋には部屋主の中年男性、芹緒以外に七人もの女性が詰め込まれていた。
一人はさくら。九条美琴付きの『武』に特化したメイドである。
そして残りは見目麗しい上品な立ち振る舞いの女性たち。
彼女たちは九条家に滞在している時は『仮面の女性』として、仮面をつけて生活していた。
人として女性として尊厳を破壊されたが、芹緒に心を癒されて目覚めた際、新たに一人の人間として生きるために、過去を捨てたのである。
ところが少々事情が変わった。
詳細は後述するが、そのため彼女たちは仮面をつけて新しい人生を探すか、仮面を外して芹緒の元に残るか選択できるようになったのである。そして彼女たちは後者を選んだ。
そして先ほどカフェオレを運んできた女性は、九条邸にて紫苑有栖の殺害を企て、結果的に芹緒を刺してしまった女性である。
二人の間にわだかまりはない。正確にいえば芹緒が彼女を赦した。女性は芹緒を刺した直後の芹緒との心の世界での会話によって、すでに十分反省している。
だが彼女だろうが誰だろうが、芹緒はまだこの状況に納得出来なかった。
だから上の空のような戸惑う返事をする羽目になっている。
「芹緒殿」芹緒に致命傷を負わせた女性すらメイドとして迎え入れた芹緒が心配ということで、美琴から派遣されたさくらがうんうんと頷きながら話す。「いきなり当主、しかも『芹緒家』当主となったことに困惑するのは分かります。ですが美琴様や桜子様、葵様に姫恋様に有栖様まで、全員の気持ちを受け入れたことが何を意味するか、理解していなかったわけではないでしょう?」
「ええと……彼女たちが大人になってから話し合いをして」
「お嬢様方がそんな話をされてましたか?」さくらは大きなため息をつく。「お嬢様方は最初から芹緒殿を『共有』する話をされていました。もうお忘れですか?」
「そんなの法律が」
「上流社会だと普通ですよ、正妻に妾、女を囲うことも男を囲うことも」さくらは現実を受け入れきれない子どもを諭すように言う。「上流社会の皆様は法律すら変えることの出来る権力をお持ちの方々です。わざわざ変えて社会に混乱をもたらすのを良しとしないため、様々な解釈を行なっているのです」
「……」
「芹緒殿がお嬢様方を『囲う』にはそれなりの権力が必要となります。そこでお嬢様方の助力によりまず一代限りの『芹緒家』が作られました。ところが」さくらは指を立てる。「芹緒殿は男性の姿、女性の姿に自由自在になれることが判明いたしました。これは非常に大きな由々しき問題です。家督継承問題に喘ぐ上流社会の家々にとって目覚ましい希望となりました」
「……」
「すでに芹緒殿は癒しの力、男女変身に加えて無意識下ではありますがテレポートも使えます。基本的に力は扱えても一人一つまで、二つもあれば歴史に名を残します。それが男女変身こそ世間に隠しておりますが外に発表されているのは二つ。もうお分かりですね?」
「……」
芹緒はただ黙ってさくらの話を聞いている。
「歴史上類を見ない力を持つ芹緒殿と子を為すこと、芹緒殿の血が入った子を家に迎え入れることは、各家の発展に寄与することが明らかになったのです。入婿しか認めない伊集院家すら、桜子様に芹緒殿の子を生むことを許可したことからもわかるように、各家への衝撃は大きいのです。桜子様は親に決められた許嫁との結婚を大層嫌がっておりました。良かったですね」
「それは、良かったと思う」
「美琴様、桜子様、姫恋様、葵様、有栖様。全員芹緒殿と子を為すことを認められました、というか『子を為せ』という家からの圧力すらありますね。そしてこちらの女性たち」さくらは元仮面の女性たちに振り返る。「彼女たちも芹緒殿との子を為せば、過去を帳消しにしてあまりある栄誉を家にもたらすこととなります。……芹緒殿は理論上、妊娠可能な上流社会の全女性との子作りを期待されています。そんな方が一人のメイドにおどおどしていては示しがつかないでしょう?」
「バカじゃないの?」
「……ノーコメントで」
芹緒が半目で見つめてくるのに対し、さくらははっきり首を横に向けて芹緒の視線をやり過ごす。
今芹緒とメイドたちがこの狭苦しいアパートにいるのは、『芹緒邸』を大至急で建築している真っ最中だからだ。
芹緒の力を知った各家はこぞって資金提供を申し出、それを丁重に九条家他が断り、九条家、伊集院家、芹澤家、中川家が資金を出し合い、それは素晴らしい大豪邸を建てている、と美琴が嬉しそうに話していたが、芹緒には悪夢としか思えない。
あの臨死体験後、少しだけ前を向いたら酒池肉林への道が出来上がってしまっている。そんな感覚だ。
形も違うしやり方も違うが、女性たちの心を砕いた紫苑鷹秋と自分、結果的に何が違うのか。芹緒はそう考える。
芹緒に女性を差し出そうとする各家の当主たちには嫌悪しかない。
親や大人に何を吹き込まれたか分からない、知らない女性を抱きたくない。
打算で子どもを作りたくはない。
芹緒は今までとは違う意味で精神的に疲れ果てていた。
自殺を考えていた時のような借金はもうない。
体もダイエットを継続して少しずつだが効果も出ている。
かつて自死をかんがえていた頃のデメリットは少しずつなくなっている。
もう芹緒の口座には使い切れないほどの金額が入っている。
休職していた仕事すら辞めた。芹緒に期待されている新しい仕事は『種馬』だ。
「もし芹緒殿の男女変身出来る力が他の家に漏れてしまえば」さくらが恐ろしいことを言う。「男性たちも黙ってはいないでしょう」
「イヤだ!!!!」
嫌悪感も露わに叫ぶ芹緒にメイドたちが身体を寄せて抱きしめ慰める。
「私は」一番最初に芹緒に助けられた元仮面の女性が言う。「芹緒様にお情けをかけていただいても家に帰るつもりはありません。子どもともども芹緒様に生涯仕えることを誓います」
「重い重い」
女性の言葉が重い。
芹緒は一般人である。
それもまともに男女交際すらしたことのない弱者男性である。
そんな漫画やラノベでしか見ないような設定前提で話をされても心がついて行かない。
「私もです」「芹緒様と共に生きます」「はい!」「ええ!!」
芹緒に抱きついたメイドたちが次々に言葉を重ねる。
「私はお情けをいただける存在ではありません。ですが誠心誠意芹緒様に尽くすことを誓います」
「あなたの気持ちは知ってるから大丈夫だから」
退院して九条邸へ戻ったあの日、芹緒を刺した女性が捕縛されたまま芹緒に土下座したのを芹緒はしっかりと覚えている。
芹緒自身に自殺衝動はもうないが、この女性はまだ危うい感じがして死にたがっていたあの頃の自分と重ねて親近感を覚えてしまう。
だが彼女たちが言っている『情け』とは、ぶっちゃけて言えば芹緒が彼女たちと肉体関係を結び彼女たちの中に精を出すことだ。
つまり性交を、しかも避妊なしの性交を求められている。
重い。重すぎる。
彼女たちの気持ちは重すぎるし、そもそも芹緒には、彼女たちの期待に応えられそうにない身体的な理由がある。
芹緒のアレは同年代の男性たちと比べて小さい。
桜子たちが『自分たちにちょうど良いサイズ』と宣っているくらいだから、成人してる女性もいる彼女たちには物足りないサイズだろう。
男性として非常に情けなく悲しくなる問題だ。
そして……。
実はすでに芹緒は童貞ではない。
その日、美琴たち全員が芹緒とのハグを求めてきた。
彼女たちは芹緒が『自分の外見』は他人には受け入れてもらえないという認識を頑なに持っていることを知っている。
芹緒が彼女たちに好かれていたのはあくまでも芹緒の外見が美琴のものだから、というのが芹緒の持論であった。
だからこそ入れ替わりが元に戻れてしまったあの事件の際、心も体も元通りの芹緒は逃げたいと願い、逃げることが出来てしまったのだ。
だからこのハグは全員が芹緒を受け入れていることを芹緒に分からせるための儀式だった。
だが、その時の芹緒の反応が良くなかった。
芹緒はハグこそしたものの、その動きはぎこちなく、笑顔も固かった。
「ありがとう」
その言葉が彼女たちにまっすぐ届かなかった。
(芹緒優香はまだ私たちに遠慮してる)
彼女たちは視線だけでそれを確認しあった。
そのあとは実力行使だった。
結果、常々公言していた姫恋と共に初めてをお互いで迎えた。
迎えた、とは穏便な言い方で、五人の少女たちに性的に襲われるか、男として自分からするかの二択を迫られ、なし崩し的に抱いた。
その後、芹緒はさらに四人の少女の初めてを奪った。というか奪わされた。
同時は無理でも別日になることに対して未経験の少女たちから不満が出たのである。
姫恋はとても満たされた表情で同意し、芹緒は上流社会の女性の閨事スキルを思う存分振るわれた。
そしてその際発覚した衝撃的な事件で、芹緒は五人の童貞を奪った。というか五人に襲われた。
芹緒と避妊なしの性交をした彼女たちはなぜか男の子に変身したのである。
彼ら?は女の子になった芹緒と避妊なしの性交をすると元に戻った。
ただ一人、男になりたかった美琴だけはもう一度男の子になるために芹緒と性交し、その姿を持って九条家次期当主として名乗りを挙げた。
その際美琴は自らの体とテクニックで芹緒に女の悦びをしっかりと与え、芹緒に恥ずかしい台詞を言わせるという鬼畜ムーブをかましている。
『恥じらう優香は本当に毒ね。何度も抱きたくなっちゃう』
全てを知った九条家当主、九条道里は当主として有事の際に家にいなさすぎることを元娘である美琴から追求を受け、現在九条家当主の座を名目上ほぼ美琴に譲った形となっている。そして道里はそのまま会社の社長を続けている。
九つの家を束ねる九家も後継者不足を見透かされ、芹緒優香を認めざるを得ない状況となった。
老人達の言葉は若い世代に無視された。
伊集院家はとっくに陥落済だ。芹緒の全能力を知った当主である桜子の父は、桜子の子が家督を継ぐことを条件に桜子の芹緒家への嫁入りを認めた。
葵の実家、芹澤家は次女である葵は当然として、すでに許嫁が決まっている長女に対しても裏で芹緒と接触することを命じられているらしい、と葵が嫌そうな顔で言っていた。
中川家も姫恋が長女ではないということで問題はなかったが、大人である芹緒が未成年の姫恋と肉体関係を持ったことを謝罪しに中川家に出向いた際、姫恋の父は芹緒をぶん殴った。中川家は成金で上流社会にきたばかりで、一般常識がある普通の家だった。同じく一般常識のある芹緒は殴られて当然だと思った。
その後は姫恋の父から飲み屋に誘われ、大量の酒をあおり酔いつぶれた彼は涙ながらに娘への愛情を語り、芹緒に娘の幸せを誓わせた。
紫苑有栖はすでに紫苑家を捨てている。だから有栖は自分自身で全てを決めていた。
「私が正妻かしらね」
「優香は私の嫁なんだけど?」
未だに九条家に居候し、美琴と顔を合わせてはそんな言葉を交わしているらしい。
美琴と会ってからまだ一ヶ月。
濃縮された短い一ヶ月だった。
芹緒はコミュニケーションが得意ではない。
だというのにこんなに女性と関係を持っても良いものかと疑問に思う。
一ヶ月前には女性と肉体関係を結べるだなんて考えもしていなかった。生まれ変わっても無理だと思っていた。
「芹緒様」芹緒を刺した女性がそっと囁く。「芹緒様の好みに合わせて全身永久脱毛しました。あそこツルツルですよ」
「こ、好みって」
「芹緒様は小さくてお若い身体がお好きなんですよね」メイドたちの中で一番最年少で身体の小さい少女が反対側から囁く。「私なら芹緒様を満足させられます」
「だからっ」
「私は部屋から出ていますので、どうぞお楽しみください」
さくらがすっとぼけたような様子でリビングの外へ出ていく。
「さくらさん待って助けて!!」
「芹緒様を助けるのは私たちですよ」
すでにメイド服を脱ぎ始めた女性たちが下着姿になりながら言う。
「芹緒様のお体の悩みも把握しております。私たちと一緒にトレーニングいたしましょう。男性機能は鍛えられますよ」
「無理無理!」
芹緒は立ちあがろうとするが、すでにズボンは脱がされシャツも半分捲られている。
ぴかーん
芹緒が少女に変身する。芹緒の変身は服装も変化する。いつもの白ワンピース姿だ。
「私たちは閨事得意ですのよ?」「男女関係ありませんわ」「そんなに可愛らしいお姿になって誘っていらっしゃるのですね」「私女の子も好き」
「うわあああああ!?」
可愛らしい芹緒の叫びを聞きながら、さくらはリビングから少し離れた芹緒の部屋のドアの前、いつもの場所に座り込む。
殺意や芹緒の身の危険を感じたらすぐにリビングに飛び込むつもりだが、肝心のあの娘が今や一番芹緒に心酔している。そんな恐れは杞憂だろう。
部屋から少女のあられのない息遣いが聞こえてくる。これが嬌声に変わるのは時間の問題だろう。
「芹緒殿。人生思うようには行きませんね」
※※※※※※※※※※※※※※※※※※
多くの女性が未だに目を覚ますことなく眠っているこの部屋に、芹緒が足を運ぶのはこれで何度目だろう。
心の世界で芹緒を待つ彼女のベッドの横にある椅子に、芹緒は少女の姿で座る。
他の女性たちと比べて顔色も良く、今すぐ目覚めても不思議ではない様子だ。
芹緒は癒やしの力を行使して彼女の身体を癒やそうと試みる。
彼女の身体は一見すると何の問題もない。
身体の一部性感帯が過剰に開発されてしまっているという、怪我による後遺症のようなものだ。
ここ何日か彼女の元へ通って力を行使しているが、なかなか上手くいっているイメージがわかない。
普通に戻すだけなのだが、その普通が難しい。
芹緒には癒やしの力はあっても破壊の力はない。
性感帯のボリュームを下げることは出来ても上げることは出来ない。
『普通』の女性の性感帯の『普通』が感覚的に分からないため、時間がかかっている。
彼女はすでにそよ風で動けなくなるほどの鋭敏な感覚はなくなっている、はずだ。
本人に起きてもらって確認しながら徐々に感覚を鈍くしていくのが一番よいのは分かっているが、彼女が自身の身体の鋭敏な感覚に怯える心境も理解出来るため、その方法を実行するのは躊躇われる。
「ふう」
芹緒は力の行使を止めると今度は彼女の心の世界へと潜り込む。
「こんにちは」
『お久しぶり。こんなに会ってないのに外の世界ではたった一日なんだね』女性は諸手を上げて芹緒を歓迎して、ふと小首を傾げる。『今まであなたは心は男性だと思ってたけど、女の子になっちゃった?』
「えっ!?」
指摘されて慌てて芹緒は自身の身体を確認する。
細い腕や揺れる胸の膨らみを認識した時点で慌てて自分自身を再認識する。
するとたちまち芹緒にとって馴染み深い肥満体の中年男性の姿に戻った。
『あなたの話や心を見てそんなバカなー、って笑って聞いてたけど、本当に男にも女にもなれるんだね? 前見えた女の子たちを抱きまくったり、女の子になって男の子たちに代わる代わる抱かれてたのも妄想じゃなくて本当だったんだねえ』
「だよね、妄想とか作り話にしか思えないよね」
改めて第三者から言葉にされると意味が分からない。
芹緒も彼女の言葉に苦笑するしかない。
『私を外に連れ出すための面白おかしい話だと思ってたのに、現実が本当に面白いだなんて。……あなたが私の身体を治してくれてるのは感じてる』女性は芹緒に抱きつく。『迎えに来て、ってあの時は言っちゃったけど、ここならあなたを独占出来ちゃうんだよね。外も気になるけど、他の誰かとエッチしてるだなんてイヤかも』
「僕を気にせず外に戻ったほうがいいよ? ここは孤独すぎるよ」
『あのねえ』女性は芹緒を抱きしめる手に力を込める。『自分のためだけにこんなに心と時間を割いてくれたら、女って生き物はその人を好きになっちゃうのよ? 知らなかった?』
「女性にモテたことないから……」
『えー? 無自覚かあ。女なんて扱い簡単なのよ?』
「そもそも女性が周りにいなかったからなぁ……」
『難儀な人生送ってるのね。そっか、無自覚だから女の子をその気にさせといてその気持ちには鈍感なのね。悪い男』
「……」
『外の世界に行ってあなたを取り合う女の戦いに参加するのも面倒だし、ここでいいかな』
「それはダメ」
『どうしてかしら?』
「それは人生の可能性を否定することになる」芹緒が女性の肩を掴んで真正面に向き合う。「ここは居心地がいい自由な世界だけど、内向きの孤独な場所だよ。僕も生まれ変わった気持ちで前に歩き出した。あなたにも前に歩いてもらいたい」
『自信をつけたんだね』女性は少し眩しそうに芹緒を見る。『あの時の私はよい仕事をしたね』
「確かに外の世界は短いし面倒かもしれない。でも、生きよう?」
『まあ、あなたの重荷にはなりたくないわね。ただ分かってる? 私もちゃんと抱いてもらうわよ。あなたの意志で。出来るかしら』
「う、うん」
『ロリじゃなくてごめんね?』芹緒の心を見た女性はいたずらっぽく笑う。『大人の女も怖くないわよー』
「違うって!!」
その日、ひさしぶりに女性が一人、部屋から出てきた。
芹緒に付き添われた彼女はそのまま、九条邸の芹緒の部屋に行き、二人は翌朝まで部屋から出て来なかった。
女性が出てきた夜、芹緒の部屋へ二人分の食事を運んださつきは、つつじに会うと「芹緒様が! 自分から! 女性を連れ込んで!!」と興奮気味に話した。
その話はすぐに美琴に伝わり、執務室にいた少年姿の美琴は拳を力強く握り、「芹緒さんよくやった!!」と喝采した。
自分たちのときはほぼ芹緒を襲ったようなものだった。
全く手を出そうとしない絶食系の芹緒を懸命に焚き付け、初めて同士の姫恋と芹緒の仲を取り持った身としてこの芹緒から女性と一夜をともにしたという進歩は素晴らしいものだった。
あの時は芹緒の理性を焼き切ることで事を成したが、今回は良い雰囲気で行われたらしい。
さつきが半裸の芹緒とシーツで胸元を隠した女性を見たと言っているので、二人でただ話をしただけではない、はずだ。
やはり経験は男のレベルを上げるのだろうか?
「とはいえ私は他の女とか考えたくないんだけど」
少女の自分と瓜二つの容姿を持つ芹緒を抱くのは背筋がぞくぞくするような背徳感がある。
芹緒が親友たちにも愛されているのは仕方がないし鼻が高いところもある。
だが美琴は芹緒の全てをシェアするつもりもない。
男がたくさんの女を抱きたいと思うのは本能だと理解している。
初めから男ではない美琴からすればまだ完全に理解出来ない感覚だ。
初めから女ではない芹緒もまた、最初から女の子だったら好きそうな物事に関心は薄い。
美琴や桜子といった美少女の面影を残した少年にすら、抱かれることには強い拒否感も示していた。
そんな芹緒も美琴の手にかかりベッドの上でただの雌として痴態をさらけ出したのだが。
芹緒は男にも女の子にもなれる。
男の芹緒はたくさんの女を囲ってハーレムを作ればいい。
だが少女の芹緒は譲らない。
これが美琴の思いだ。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※
そして。
「静かにー、HR始めるぞ! 今日は転校生を二人紹介するぞ」
桜の花びらが舞い散る季節、ガヤガヤと騒がしい教室に入ってきた青年教師は、教室内を一喝して静かにしたあとそう切り出した。
静寂はすぐにかき消され教室内が騒然とする。
「転校生?」「二人??」「女の子かなあ?」「せめてどっちかは女子で……」
「一人は懐かしい生徒もいるかもな。入ってこい」
教師の声にたたたっと軽いステップを踏むように短くて明るい茶髪を揺らしながら白いセーラー服姿の少女が赤いリボンと紺色のプリーツスカートをなびかせ教室に入ってくる。
その姿を見た一部の生徒から「え?」「あ!!」と声が上がる。
その少女は黒板の左半分に自分の名前を書いていく。
「はじめましての人ははじめまして! おひさしぶりの人はおひさしぶり!! 中川姫恋です!!! 今回少しだけ戻ってきました!!!」
明るい大きな声でハキハキと満開の笑顔を咲かせるのは、一年前この中学校を転校していった少女だった。
「姫恋ちゃんおかえりー!」「また一緒なんだね!」「可愛い!!」「女子だー!!」と歓迎の声が上がる。
「そしてもう一人。入ってこい」
教師の声に促されて女子生徒が入ってきた。
制服に着られている感じの小柄な少女は、教室中の視線を一身に集めて恥ずかしさに丸まりそうな背筋を必死に伸ばし、長い銀髪をさらさらと揺らしながら姫恋の横に並ぶ。
少女は黒板の右半分に自分の名前を書く。
「えっと」教室内は人形のように美しい少女の声を聞き漏らすまいとしんと静まり返る。涼やかで、だが恥じらいがにじむ声で少女は自分の名を名乗り、頭を下げる。「芹緒優香、です。短い期間ですが皆さんよろしくお願いしますね」
「可愛いー!!」「女子二人!? このクラス勝ちじゃん!!」「ちっちゃくて可愛い!!」
教室中に大歓迎の合唱がこだました。
芹緒優香はこの日、二度目の青春時代を迎えた。
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