第百四話 清算
美琴たちは足がもつれる勢いで有栖たちがうずくまる廊下にたどり着く。
そしてすぐさま美琴は大声を出した。
「何があったの! 報告!!」
美琴の第声量の声にその場にいた全員が顔を美琴に向ける。
血溜まりにうずくまっていた有栖が美琴を見て半狂乱気味に声を上げる。
「ユウカが、ユウカがっ!!!」
その頬を美琴が思いっきり叩く。そして再度
「何があったの?」
と今度は有栖の目を見て呼びかける。頬を叩かれた有栖は真っ赤な頬を押さえることもせず、改めて目を美琴に向ける。今度は落ち着いた理性が宿った目だ。
「ユウカの姿をしたユウカが刺された、そして消えた」
端的に必要な情報を伝える。
「有栖、あなたの力で芹緒さんがどこに消えたかわからない?」
「試してみる」
「つつじ、さつき、さくらはヘリの準備を」
「はい」
「芹緒さんのやってきたことに泥を塗るわけにはいかない。この件は最重要機密。全員黙秘すること。いいわね?」
「あの、私がやりました、ごめんなさい……」
「今は黙って」
「……はい」
九条家の次期当主として美琴はテキパキと指示を飛ばし、必要な情報を集めていく。
「……あっちの方角ね。ユウカの体もユウカの心も同じところにある」
有栖が指差した先は廊下の壁だった。この壁の向こうは屋外だ。
「わかった」
だが美琴は頷くと有栖の手を引いて立ち上がらせる。そして桜子、姫恋、葵に声をかける。
「芹緒さんを助けよう」
※※※※※※※※※※※※※※※※※※
抜けるような青空だった。ただ青が目にぼんやりと映る。
木々が揺れているの見えるが風は感じない。
その代わり体が熱い。
刺された箇所が熱を持って芹緒に痛みとまだ生きていることを伝えてくる。
「ごほっがはっ」
息をしようとして喉の奥から込み上げてくる熱の塊を吐き出す。
彼女に悪いことをさせてしまった。
それが芹緒の率直な気持ちだった。
ここまで美琴たちに好かれていながら、それでも芹緒の心には空虚が常にあった。
それは芹緒を芹緒たらしめる心の核。
何も成し得ずただ徒に人生を過ごした自分が許されていい訳がない。
芹緒はルールに厳しかった。
だから未成年である美琴たち少女の誘惑に、ただ時間を無駄にした結果とはいえ、『大人の年齢の自分』として必死に抵抗したしすることができた。
『誰も見てないから、自分たちしかいないから』で自分を騙せない、それが芹緒だった。
ずっと自分に甘かった。
芹緒はそう自分の人生を分析している。
多くの人間は必死に働き必死に生きている。
翻って自分はどうか?
人生を舐め腐ってここまで家族や周囲に迷惑をかけながら生きてきてしまった。
醜く太った体。積み重ねた借金。会社に行くことが出来ない心の甘え。
アリとキリギリス。
芹緒は自分をキリギリスだと思っている。
厳しい冬を過ごすために必死に蓄えてきたアリと、ただ毎日楽しく過ごしてきたキリギリス。
冬は来た。
キリギリスは死ぬだけだ。
来世美少女になりたい、という荒唐無稽な願いは図らずも今世で達成出来てしまった。
九条美琴という少女に迷惑をかけることによって。
だから身体を返すことが出来たのは僥倖だと思っている。
無我夢中だった。
こちらを向いて微笑む有栖の背後で煌めく包丁を見た時、芹緒の身体は自然と動いていた。
そして凶器から逃げきれないことを知った時、自分の身体を盾にしようと思った。
そこで自分が美琴の姿であることに気付いて、元に戻りたいと願ったら元に戻れてしまった。
体格だけはいい自分の姿で有栖を完全に隠すことで有栖を守ることが出来た。
力を使ってバリアを張ったが、そのバリアはやはり物理攻撃を止めることは出来なかった。
ただ、刺した彼女。
彼女は最近目覚めた女性だった。
おそらく芹緒は自分の治療する力を過信して、彼女の心の闇を全て取り払うことが出来なかったのだろう、と推測する。
それが証拠に彼女に刺された後、彼女と改めて心を通わせ、紫苑家に対する恨みや有栖にさえ及ぶ執念を聞き、言葉を交わすことでそれを克服してもらうことが出来た。
芹緒があと少し、彼女と向き合うことが出来れば防げた事故だったはずだ。
彼女が許されて欲しいと思う。
彼女だって最初から紫苑家や有栖を恨んでいたわけではない。紫苑鷹秋の所業あっての悪感情の積み重ねなのだから。
……体は指一本動かせないというのに、頭はよく回る。
不意に視界に何かが飛び込んできた。
それには見覚えがあった。
美琴と会った夜、芹緒が最期にするために選んだロープだった。
あの山に自分はいた。
どうして自分がここにいるのかわからない。
ただ体を無様に廊下に横たえたあの時は、こんな醜い自分がいるのは迷惑だ、と考えただけだった。
美琴さんのテレポート能力、なのか?
よくわからない。
体を癒す力はまだ残っているのか?
試す気はない。
三週間前に自殺しようとした時と比べて、なんと密度の濃い時間を過ごさせてもらったのだろう。
女の子の身体にもなれたし、生理すら経験してしまった。
胸の柔らかさやモザイクのないアソコも知ってしまった。
ただ男としてセックスは出来なかった。
彼女たちが言う『今の私たちとなら芹緒さんのサイズでも大丈夫』は悪魔の囁きだ。試したが最後、成長した彼女たちを捨てる選択しかなくなってしまう。
僕には普通のセックスや恋愛は出来ないよ
身体のサイズも年齢も。それすら超えて、芹緒が芹緒であり続ける限り、それは不可能だと芹緒は信じている。
体が冷えてきて痛みも感じなくなってきた。
今までずっと自殺を考えてきたが、死ぬ時はやはり多少の苦痛や恐怖は感じるのだろうと今まで思ってきた。
だが今は誰かを救って心残りなく、このまま意識を手放せばいい。なんて楽なんだろう。
来世は……
……
…
芹緒さん
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