第百一話 有栖とお風呂
有栖は洗面所に入ると背中に手を回す。そしてじじ、とファスナーを下ろす音が聞こえたかと思うと、そのまま肩から手を抜き真っ赤なワンピースを脱いでいく。
そうして現れたのは有栖の白い肌とは対照的な黒い下着だった。サナギの殻を脱ぎ捨てる蝶のような仕草と出現した美しさが芹緒の目を焼く。
美琴の親戚であることを示すような長い金髪、手入れを欠いた日はないであろう好き通るようなシミ一つない透明感のある肌。
本人が言っていた通りの豊満なバストは細微な意匠が施されたブラジャーによって、ふんわりと形を変え収まっている。
セットであろうショーツもメリハリのあるボディのヒップをかろうじて隠している程度。
総合的に見ても、入れ替わり騒動以降芹緒が見たどの女性よりも大人の女性として仕上げられていた。
もちろんさつきやつつじの方が有栖より年上だが、彼女たちから感じるイメージが『大人のお姉さん』なのに対して、有栖から伝わってくるのは『女の魅力を自覚し駆使する大人の女性』だった。
これはメイドたちと有栖の立ち位置が根本的に違うのが大きいのだろう。
有栖は上流社会の社交界の貴婦人としての装いを身につけていた。
芹緒は『大人の女性』のオーラに思わず後退りそうになるのを必死に我慢し、自分も白いワンピースを脱いでいく。
芹緒は中年男性としての人生において『大人の女性』を前面に押し出している女性とは出会う機会がなかった。芹緒のような男性としての魅力がない雄では門前払いされそうで怖かった。
一方つつじやさつきは年齢こそ成人だが、メイドと客人という立場からか『大人の女性』の圧を感じることはほとんどなかった。メイドとしては一歩引いて美琴や芹緒を立て、お互いを知り合ってからは芹緒をまるで身内として扱い優しく接してくれた。その言動に芹緒がどれほど救われていたか。
芹緒が有栖の全身を見たように、有栖の視線が芹緒の全身を爪先から頭の先まで動いていく。
芹緒が着ている下着は美琴の容姿に似合う可愛らしい下着だ。だが下着のことに気付いた芹緒は急激な羞恥心に襲われた。
自分が身に付けている下着が有栖のものより幼いのが何故か強烈に恥ずかしい。
顔を赤らめた芹緒は慌てて有栖に背中を向けるとブラのホックを外し、ショーツを片足ずつ脱いで生まれたままの姿になりホッとする。
そこで芹緒はようやく先ほどの自分の思考のおかしさに気付く。
(どうしてアリスと自分を見比べて恥ずかしいと思っちゃったの!?)
アリスを見て顔を赤くするならともかく自分と見比べて羞恥心を覚えるなんて、まるで『同じ女として比較した』みたいではないか。
芹緒は首を振ってその馬鹿げた結論を吹き飛ばす。
「どうしたの?」
「なんでもないよ」
背後からの声に芹緒は平静を装って返答する。こんな思考が誰かにバレでもしたら家を飛び出してしまうかもしれない。
「入りましょ」
有栖の声に芹緒は振り向く。
有栖もすでに下着を脱ぎ捨て全裸になっていた。有栖はどこも隠さない自然体で立っていた。薄桃色の胸の先端と股間の金色の茂みが本能的に芹緒の視線を釘付けにする。
「ユウカ? どこ見てるかバレバレだわ。さすがに恥ずかしいんだけど」
そう言う有栖だがそれでも隠そうとはしない。先ほどの美琴との問答で吹っ切れたのか、もしくは元々自分のプロポーションに自信があるのだろう。
「ご、ごめん」
「寒いから浴室行きましょ」
有栖は芹緒の両肩を掴むとそのまま浴室へと芹緒を押し込んだ。
「ごめんユウカ。あまり言いたくはないんだけど本当にここで二人一緒に入るの?」
「今はそうだね。これが一般的な独身アパートの浴槽だよ。人数も多いから二人で入らないとね」
「なら普段は一人で入っているのね」
「……うん」
「その微妙な間が私気になるんだけど?」
芹緒は有栖を風呂椅子に座らせ、その背後で泡を作っていた。
先に芹緒が行動すれば、有栖も同じようにするだろう。決していつものように身体の前面を洗うような真似はすまい。……お互いの全身をくまなく洗い洗われているのが有栖に知られれば『爛れている』と一刀両断だ。
「洗うね」
「よろしく」
誰かに洗われるのは上流社会の淑女ゆえ慣れているのだろう。芹緒の視界を有栖の白い背中が占める。
少し上に視線を上げると長い金髪はタオルに包まれ、細いうなじが露わになっている。
ごくりと唾を飲み込むが、芹緒はまず泡に包まれた素手で有栖の首筋を優しく撫で洗っていく。
たっぷりと泡を使い背中を洗い始めると、手に背中を横断する跡の感触がうっすら伝わってきた。おそらくブラジャーの跡だろう。
つつじもさつきもこのような跡はない。
考えられるのはメイドたちが締め付けの緩いブラジャーを付けているか、有栖が締め付けているかのどちらかだろう。
有栖付きのメイドたちが知らない訳はないので、有栖も自覚はあるに違いない。
だがこのタイミングで芹緒からこういう話題を持ち出すのは気色悪いだろう。
だから芹緒は何も言わずに跡周辺を少しほぐすように揉み洗う。幸い柔らかい有栖の肌は少し揉みほぐすだけで跡が消えていく。それが手のひらに伝わる感触でわかる。
そうして背中を洗い腕を洗い、芹緒は満足気に息を吐いた。
「アリス終わったよ」
「ありがとう」
そう声をかけると有栖は素直に風呂椅子から立ち上がり、芹緒に場所を譲る。その拍子に有栖のヒップが芹緒の目の前に飛び出してくる。だが芹緒は動じない。
有栖は立ち上がってそのままシャワーを使って身体を洗い始め、芹緒は風呂椅子に座って髪を洗う。
しばらくしてお互い洗い終わると今度は有栖が芹緒の後ろに立ち膝で座り込んだ。
「次は私の番ね」
そう言って芹緒の背中を洗い始めるが、その手は少しぎこちない。それも当然だろう。有栖はおそらく他人を洗った経験がない。彼女はお嬢様なのだから。
桜子たちとも騒ぎながらお互いの体を洗いあったものだ。
「……本当にちっちゃな背中」
背中をすぐに洗い終わり、腕を洗いながら有栖が感慨深げに呟く。
散々九条邸で芹緒を抱き回した有栖だが、ハダカの芹緒の背中を見て改めてゲーム内のユウカと目の前のユウカを繋いでいるのかも知れない。
もちろんMMO内で全裸にはなれない。だがその華奢な体躯を見つめてそう感じたのだろう。
「こっちはこっちで可愛いけど、この身体は美琴のもの。早く元に戻るといいわね」
そう言って有栖は背中から芹緒に抱きついてきた。
しんみりとした様子の有栖を振り払うわけにもいかず、芹緒はただ黙って背中に当たる大きな感触に意識を行かないように努力するのだった。
「こっち来なさいな」
「……」
美琴の体躯は小さい。
だからだろう、有栖は自分の足の間に芹緒を招き入れた。
断る言い分もあるにはあるが、言い争いをしても始まらない。向かい合わせで入るとイヤでも有栖の瑞々しく豊満な肢体を視界に入れることになる。それよりはマシなはずだ。
そうして結局、芹緒は有栖の腕と足の間にちょこんと収まる。
「本当はこんな扱いをしたら、ユウカのプライドが傷付くかもしれないけど」言いながら有栖はぎゅうと芹緒を抱きしめる。「滅多に出来ない体験なんだから経験出来ることはしておいた方がいいわよね?」
「そうかもね……」
そういう体験はそろそろお腹いっぱい、という感想は胸の内に秘めておくことにした。
「後で連絡先も交換したいわ。元に戻ってもユウカと連絡が取り合えるように」
「そうだね。MMO以外でも連絡が取れると便利だよね」
「……バーカ」
「えっ?」
「ユウカってとぼけているのか素でそうなのか……。本気でそうなんでしょうね」
「なにさ」
「自分に向けられる好意をちゃんと受け取れないのね、ってこと」
「……」
有栖からズバリ言われて芹緒は黙り込む。有栖はそんな芹緒の身体の向きを横に変えて改めて抱き抱える。
「ちょ」
有栖の胸に芹緒の頬が沈み込む。つい目の先には綺麗な桃色の突起が見える。
「あの子たちにもそうやって翻弄しているんじゃなくて? ふふ、ユウカったら悪い『男』だわ」
「……そうかな」芹緒は『男』という言葉に反応してしゅんとしてしまう。「僕は肉体は男性だけど、残念ながら性的魅力のないただのしがない中年男性だよ。みんなが好きって言ってくれるのも異性だからってより人間性だと思う。もちろん嬉しいけどね」
「ユウカ、そう言う卑下はよくないわ」
「ごめん。だけど男として自信がないのは本当。女のアリスに言ってもわからないと思うけど」
「そうね、今はこんなに可愛いものね」そうやって揶揄うとすぐ真面目な声色になる。「さっきの悪い男って言葉が刺激しちゃったのね。謝るわ。悪い人、にしましょ」
「それは何も言い返せないかな。みんなが好意を寄せてくれているのに決断の出来ないヘタレだからね」
「今まで何もなかった選択肢が急に増えたんだもの、困惑するのは当然じゃない? これからは私も選択肢よ」
「そういう冗談はウソでもやめてよアリス」
「ウソだと思う?」
有栖は芹緒の身体をさらに回転させて向き合う形にする。そして有栖は芹緒の額にキスをした。
「早く元に戻りなさいな。私はユウカが好きなんだから」
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