第百話 日常に溶け込む
ついに100話!!
読んでくださる方本当にありがとうございます!!
「優香様」
美琴と有栖が視線をバチバチに戦わせていると、桜子がそっと芹緒の袖を掴んで話しかけてきた。
「今朝は本当に申し訳ございませんでした」
そう言って桜子は芹緒の前で深々と頭を下げる。それを見た美琴もすぐに有栖から視線を切り、「ごめんなさいっ!!」と頭を下げる。その横では姫恋が黙って頭を下げている。
「私もごめんなさい」葵までが頭を下げる様子に、有栖はこくんと首を傾げる。
「今朝何かあったの?」
「ちょっとね。でもみんな、もう気にしてないから。もうしないでね?」
「こんな形でしか謝罪の気持ちを伝えられなくて恐縮なのですが」桜子はそう言って透明なケースを差し出す。中には芹緒の好きなカードゲームのカードが傷つかないように透明なケースに仕舞われている。「私たち全員で買いました。受け取ってもらえませんか」
「はー……実物をこんな近くで見たのは初めてだよ」
芹緒は桜子から手渡されたケースを色々な角度から見る。ケースの上部には鑑定済の表示がされ、最高ランクの数字が示されている。
「高価すぎて受け取ることはできないよ、気持ちだけ受け取っておくね、ありがとう」
「ですが……」
「大丈夫、このケースに入っているなら骨董品とかと同じような価値があるから、また売ることも出来るよ」
芹緒の遊ぶカードゲームは世界初のトレーディングカードゲームである。
初期のカードにはそれこそ数百万数千万円の価値がつくことがある。その価値を担保しているのがこの鑑定済の表示だ。
いくらカードゲームに疎いとはいえ、高価な骨董品の扱いは彼女たちの家の得意分野だろう。とはいえ今朝の今でこれが準備出来ているのが恐ろしいのだが。
「私たちの気持ちということで受け取ってくださいまし」
「受け取ってあげなさいよユウカ。それで彼女たちの気が済むんだからいいんじゃない?」
葛藤する芹緒の背中を押したのは意外なことに有栖だった。
「女の子が頭を下げて仲直りの品まで差し出してるんだから、そこは笑顔で受け取るのが男の度量ってものだわ」
「う、うん。わかったよアリス」有栖の言葉に納得した芹緒は改めて四人の少女の方に向き合い、「みんなありがとうね」
そう言って桜子、葵、姫恋、美琴の体を抱きしめた。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※
「で、それは何なの?」
芹緒が手の中のケースをうっとりと眺めていると、背中越しに有栖が訊ねてきた。
「芹緒が好きなカードゲームの、カード」答えたのは葵だった。葵は続ける。「このカードゲームの中で一番高いカード。黒枠」
「さ芹緒さん、昨日の続きをしましょ! あれからデッキ見直したんだから!」
美琴が芹緒の腕を引く。
「むぅ」
有栖が拗ねるが多勢に無勢だ。他の少女たちも何やらカードの束を持ってダイニングテーブルにつく。有栖は諦めて芹緒が座る横の椅子に腰掛ける。
「有栖さんごめんね」芹緒がそっと申し訳なさそうに有栖に声をかける。「お風呂に入るまでは葵さんの時間なんだ」
「本当にプライベートの時間なさそうね……」
有栖が呆れるが、芹緒は笑顔で返す。
「みんなが僕の好きなカードゲームを楽しんで遊んでくれるから、とても嬉しいよ」
「ふーん」
有栖は芹緒の手元のカードを覗き込む。他人の趣味にとやかく言うつもりはない。有栖もMMORPGが大好きだからだ。
そして今日はほとんどログインしていないことに気付く。だがさすがにこの雰囲気で一人スマホを触るような空気の読めないことはしない。
そして芹緒と葵の対戦を、芹緒の初心者解説付きで見学したのだった。
「ご飯ですよー」
つつじの声に彼女たちは対戦する手を止め、ダイニングテーブルの上を片付ける。そして先ほどから漂っていた、鼻腔と空腹のお腹をくすぐる美味しそうなハンバーグがテーブルに並べられる。
ダイニングテーブルには有栖も座れるよう椅子が追加されていた。
九条邸を出る時の連絡から家に帰り着くまでに手配したのだから、その手際は見事としかいえない。
「いただきます」「「「いただきますー」」」「いただきます」
芹緒の声に続いて少女たちの声が続き、最後に遠慮がちに有栖の声が響く。
「美味しい!!」
姫恋が美味しそうにハンバーグを頬張るのを見て、つつじたちが相好を崩す。いつもなんでも美味しそうに食べる姫恋は本当に可愛らしい。
桜子や葵は好き嫌いはない、というかそういうそぶりを見せない。
一方美琴は偏食家だ。それでも野菜や女の子だった頃苦手だった食材を恐る恐る口に入れる。
有栖も桜子や葵と同様、繊細なナイフとフォーク捌きで優雅に食材を口に運んでいく。
手元が見苦しいというかカチャカチャうるさいのは姫恋と芹緒だ。姫恋はみっちり仕込まれているとはいえまだ上流社会に入って一年、中流家庭の子としては良くやっている。
芹緒については誰も何も言わない。男性だった頃そういった経験がなかったのは聞いているし、今現在外見である美琴に恥をかかせまいと努力している。その努力を笑う者はいない。それどころか、そんな不器用な芹緒を彼女たちは愛おしいと思っている。
そんな雰囲気を感じて有栖は内心ため息をつく。
確かに有栖も芹緒に対して『可愛らしい』という感情を抱いてはいるが、その一方で『本当は中年男性なのに』という思いもわく。
だが結局、そんな有栖も含めて『外見ではなく内側の芹緒優香』に惹かれてしまっているのだ。
素の芹緒優香は不器用で自分に自信がなく、だけど他人を思いやれる優しい人。
(ユウカが女の子アバターを使う理由が分かるわね)
芹緒に対する愛情が溢れてくるのを自覚し、有栖はそう内心結論付けるのだった。
夕食後、有栖が発言した。
「お風呂までの時間、ユウカにプライベートな時間をあげるのはどうかしら?」カードを準備していた美琴たちは顔を見合わせるが、有栖は続ける。「MMOをもう少し遊ばせてあげたらってこと」
「あー」納得した美琴が頷く。「いつも少しだけしか遊べなかったもんね。確かにそうかも」
少女たちが賛成したのを見て、有栖は芹緒に声をかける。
「さ、MMOで遊びましょ♩」
「納得はする、けど二人だけで遊ぶのは、モヤモヤする……」
「さっきまであなたたち私そっちのけでカードゲーム遊んでたじゃない。何を今さら」
「それを言われると何も言い返せませんわね……」
「ユウカもそれでいいわよね?」
「お風呂の時間までね」
「ええ」
そして芹緒と有栖の二人はスマホを取り出しMMOを起動した。
「今度はこっちを見学しよっか」
「優香さん、優香さんのスマホをテレビにつなご!! そしたらみんなで見れるよ!!」
姫恋の提案にすぐさつきが動き、芹緒のスマホがテレビにつながる。
「優香様はこういうゲームを楽しんでいらっしゃったのですね。いつも画面は見れませんでしたから」
「あっ」そこで美琴が見つけてしまう。「芹緒さんのキャラクター可愛い!」
「あ」何も考えずにスマホ画面をテレビにつないだ芹緒だったが、ゲーム内で女の子キャラクターを使っているのが何も知らない人、特に女性にバレるのは恥ずかしい。「えっとその」
「ゲームで好きなキャラ使うの楽しいよね〜♩」だが芹緒のしどろもどろの言い訳は姫恋の楽しそうな声にかき消された。「格闘ゲームでムキムキおっさんキャラ使うの楽しいよ! プロレス技で戦うの!」
「そうですねえ」さつきもすかさずフォローに回る。「いつも見るキャラクターなら可愛いキャラクターの方がテンション上がりますよね。装備や衣装も女の子キャラクターの方が優遇されてますし」
「だよね〜」フォローと知ってか知らずが姫恋が会話に乗る。「男のキャラクターは奇天烈な装備多いよね。普通のもあるけどアタシは可愛いのが好きかなあ」
そのままさつきと姫恋がゲームキャラクター談義に花を咲かせ、芹緒の扱う女の子キャラクターについて何か言う子はいなくなった。
美琴も特にあげつらおうとしたわけではなく、単純に可愛いと思って声を上げただけである。『芹緒さんに似合ってて可愛い』だが。
あとなんとなく自分に似てるな、と。
似てるとはいえ、金髪ロングで胸の大きい少女キャラクターというだけだ。雰囲気がここの少女の中では強いていえば美琴に似ている、くらいである。
その間もゲーム内チャットでギルドメンバーが声をかけてくる。
『ユウカ、今日は大人しいな』
『そんなことないよ?』
『レア落としちゃった? 交番に聞いてみた?』
『交番なんてこのゲームにないでしょ』
『見つけたら一割もらえますか?』
『世界の果てまで探し抜くが良い』
『ユウカらしくなってきた! やっぱ一日一回はユウカのツッコミもらわないとな』
『ユウカ、マゾに餌を与えてはいけない。さ、私とあっちのホテルに行きましょ』
『おまわりさんあの女です』
『警察もいないんだなぁ』
「何これ、楽しそう」
他愛のない会話が流れるギルドのチャットに美琴がくすくすと笑う。桜子や葵も興味深そうに画面を見つめている。
「こういう現実とは切り離された、なんて事のない会話が楽しいんだよね」
芹緒はそう言いながらいつも通りデイリークエストを淡々と進めていく。その合間に会話に参加する。
「ユウカ、ボスはどうする?」
有栖が隣から話しかけてきた。芹緒はビクッと身体を震わせこくこくと頷く。
「ごめんなさいね。ゲーム内チャットで喋るより楽だから。じゃあボス行ってからダンジョン行きましょう」
「うん」
そして芹緒と有栖はボスが現れるマップへ移動する。ちょうどそこへボスが出現した。
「いつも通り!」「うん!」
「画面にいるモンスターよりすごく大きいね!」
芹緒と有栖は的確に動き、被弾を避けダメージを与えていく。とはいえダメージソースは有栖だ。無課金の芹緒は有栖のサポート役に徹している。
「右来る!」「五秒後バフ!」「三、二、一、はい!」「OK!」
ボス戦はチャットを打つ暇がない。だから短縮文字でやり取りをするのがゲーム内では当たり前だが、オフで連携する二人はいつも以上にコンビネーションが良い。
それでもボイスチャットを常時駆使する廃課金者には勝てないのだが。
「おつ!」「おつ!」
ボスが倒れ、二人は声を掛け合う。今回はボスドロップに縁がなかった。
「優香さん無課金って聞いたけど、上手だねえ」
姫恋が芹緒の腕前を素直に賞賛する。
「まあ何年もやってるからね。アリスがいるから僕は後ろから援護するだけだし」
「ソロだけじゃサポート欲しい時もあるし、かといってユウカ以外だと上手く連携取れないのよね」
「むう」
仲良さげな二人の姿に葵が口を尖らせる。
そして二人はそのままダンジョンに向かい、デイリークエストを全て終わらせる。
そんなところでつつじから声がかかった。
「お風呂沸きました」
「えっと……」芹緒はそっと有栖の顔を盗み見る。芹緒は毎回一番風呂だ。ということは有栖も今から一緒に入ることになるのだが……。
「え、あ、そ、そうよね」先ほどまでの廃課金プレイヤーとしての堂々とした振る舞いは姿を消し、見た目相応の狼狽を見せる。
「アリス、無理しなくていいよ」芹緒が自身の過去の経験を元に助け舟を出す。「いきなり誰かと一緒にお風呂だなんてびっくりするもんね」
「うんうん、無理はしなくていいわ」美琴が立ち上がる。「予定通り私が芹緒さんと一緒にお風呂に入ればいいんだもの。さ行こ」
そう言って伸ばした美琴の手が芹緒の腕を掴む前、有栖の腕が美琴の手を払う。
「あなたは私に譲ってくれたじゃないですか。ユウカに裸を見せるくらいなんてことないわ」
しっかりとした口調で美琴を制する有栖だが、その顔は真っ赤だ。
芹緒としては有栖の気持ちが分かってしまう。
他人と一緒にお風呂に入ること、それは自身のハダカを他人に晒すことだ。いくら有栖が芹緒に好意があり先ほど誘惑までしていたとしても、一糸纏わぬ姿で向き合うのはそれ相応の覚悟がいるはずだ。
だが美琴の言葉を挑発として受け取ってしまっている今の有栖はプライドの高さゆえに、本人でさえもこの流れを止められないのだろう。
まあ芹緒の場合、それ相応の覚悟を持つ以前になし崩し的に流されてしまっているのだが。
「アリス、無理しなくていいからね?」
「ユウカ、私は何も無理なんてしてないわ」
芹緒のフォローも届かない。有栖はそのまま芹緒の手を掴むとリビングのドアを開け廊下を進み、洗面所に入り込んだ。
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