第九十九話 ライバル宣言
帰りの車内。
さつきから有栖となぜ急に意気投合したのか、なぜ一泊することになったのかその理由を問われた芹緒は、簡潔に説明していた。
その間有栖は芹緒の横にぴったりと身体を密着させて座って黙って話を聞いていた。
「ゲーム内でのお知り合い……それは理解いたしました。ですが紫苑様」さつきはハンドルを握ったまま呻くように声を出す。「それで芹緒様のところへお泊まりする理由がよくわからないのですが、お伺いしてもよろしいですか?」
「有栖でかまわないわさつきさん」対する有栖は上機嫌だ。「なんとなくよ。女の勘。ユウカが困った状況に置かれている予感がしたの」
「……」
さつきは押し黙る。
人生の半分以上を独りで過ごしていた芹緒。
そこに押しかけてきた美琴たち。
さらに今週は桜子たちもお泊まりをしている。
男一人に女七人という、ハーレム状態といえば喜ぶ男性もいるだろうが、芹緒は喜ばない方の側である。
有栖が来たらさらに困った状況になるのは必至だ。
だがそれを指摘出来る胆力はない芹緒と、お嬢様である有栖に進言出来ないさつき。
当然のことながら有栖のメイドは誰一人付いてきていない。
『芹緒様がいるから問題ないわ』
その『芹緒様』への謎の信頼が一体どこから生まれてどう信じたらいいのか。
全く説明されていないメイドたちだが、最終的に九条家当主道里直々に許可が出たこと、そしてあまり自主的に外出しない有栖が見せた意思を尊重した。
ここ何日か提案して外出しては機嫌を損ねて帰ってくるのだ。有栖付きのメイドたちとしては心配しきりである。
例え自分たちに対する扱いが良くなくても、有栖は仕えるべきお嬢様である。そこに嘘はない。
メイドたちはさつきと芹緒の二人に深々と頭を下げ、彼女たちは有栖を託したのだった。
残念ながら当然ながら有栖の勘は当たっている。
美琴たちのアプローチはさすがに度を超えている。
昨夜の状況なんてまさにそうだ。あの時はさつきもその場の空気に当てられていたが、中学生のお嬢様方が同性が多いとはいえ、まるで宣言をするかのように自慰をするなんて今考えればどうかしている。
芹緒に対するスキンシップもだ。
そしてさつきも何も言えない。芹緒を率先して可愛がって反応を楽しんでいた、反省する立場だ。
閉鎖された『芹緒の家』なら何をしてもバレなければある程度問題ないが、その状況を外から冷静に見た時、やはりおかしいものはおかしいと言われるのは当然だ。
一応つつじには九条邸を出る前に有栖が一泊する旨伝えたが、あちらは今頃どうなっているだろうか。
美琴たちが受け入れられるかが心配だ。
特に美琴。
今日は今まで通りなら美琴が芹緒といちゃつく日である。
そこを有栖に文字通りジャマされるのだ。我慢して翌日にズラすなりなんなりしてくれればいいが。
芹緒とは身体が入れ替わっても異性ということで、桜子たちの同性ゆえのアプローチを羨望している節がある。
有栖の変わりように動揺しなければいいが。
だがその前に説明しなければいけないことがある。
「実はですね、今芹緒様のお宅には美琴様のお友達であられる桜子様、葵様、姫恋様がお泊まりされておりまして……」
「そう。だから最近皆さんをよく見かけていたのね。ん?」納得しかけた有栖だが違和感を覚えたようだ。「今ユウカの家に何人いるのかしら?」
「芹緒様、美琴様、私たちメイド三人、桜子様、葵様、姫恋様の八人です」
「……女ばかりね。ユウカの精神衛生上良くないんじゃないかしら。ちゃんとユウカのプライバシーは確保されてるの? 個室は大事よ」
「……アパートです」有栖の疑問に芹緒が答える。「独身アパートの一室です」
「……プライベートゼロ。問題大ありね」有栖はため息をつく。「私が助けてあげる」
「アリス、出来れば何もしないで」
「そう。私が何かすると拗れる何かがあるのね。分かったわ。しばらくは静観するわ。どうせそれだけじゃなさそうだし」
「あはは……」
「さて」有栖は姿勢を正すと芹緒に向き直る。まっすぐな瞳が芹緒を貫く。「九条道里様の許可も出たのですから、私に先日の事件のこと、ユウカが知ってる範囲で教えて?」
「げほっ!?」
さつきが聞き捨てならない台詞を聞いて咳き込み、車がわずかに左右に揺れる。がすぐに立て直すと芹緒に
「芹緒様!?」
「道里様から許可が出たのは本当。僕も聞いた」
「遠慮はいらないわ。私とユウカの仲ですもの。さつきさんはご存知なんでしょうし」
「分かった、話すよ」芹緒はさつきへの言葉を遮って有栖に話し始める。「だけど気持ちのいい話じゃないから、覚悟して聞いてね」
「分かった」
そして明かされる芹緒の独白を聞きつつ、さつきは不安を抱えながら芹緒宅へと向かうのだった。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※
「アリス、お願いだからみんなを刺激しないでね」
「刺激しないとわからないこともあるんじゃない?」
「アリス〜」
「はいはい」
情けない声を出す芹緒に有栖はその頭をぽんぽんと叩いてあやす。
そしてアパートの玄関前。
芹緒は意を決して呼び鈴を押した。
「「「「おかえりなさーい!」」」」
勢いよくドアが開いて中から三人の少女と一人の中年男性が出迎えてくれた。
そんな彼女たちが見たのは。
芹緒の腕を身体で抱きしめ満面の笑みを浮かべる有栖の姿だった。
少女たちは凍りつく。その向こうの廊下の奥では、つつじが黙って首を横に振っている。何も伝えられなかったらしい。
「は?」
だが一早く我に返ったのは美琴だった。美琴は大きな体で桜子たちをかき分けると芹緒と有栖を引き剥がして芹緒を自分の胸元に抱き寄せる。
「有栖様ごきげんよう。『私の』芹緒さんに何してんの? そういうイタズラは怒るよ?」
「美琴様ごきげんよう」対して有栖は余裕たっぷりだ。「イタズラじゃないわ。ユウカは『私の』大事な人よ」
「……嘘は言っておりませんわね」桜子が苦虫を噛み潰したような顔で呻く。力を使ったのだろう。「優香様を洗脳……いえ、どちらかというとご自分に暗示をかけましたの? でもそんなことをして一体何の意味が……」
「優香」葵も落ち着くとすぐに芹緒をジト目で見やる。いつもよりその視線は冷たい気がする。「説明お願い」
「アタシにもわかりやすくね!!」
姫恋がそう言って廊下の奥に引っ込んでいった。
芹緒はぐったりと美琴の腕に抱かれたまま、リビングへと連行されるのだった。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※
「ゲーム……あの毎日ちょっと遊んでたゲーム?」
「ええ。つい先日までは毎日何時間も遊んでいたゲームでの私のパートナーよ」
五人の少女と一人の成人男性が囲んだリビングのダイニングテーブルで、二人の馴れ初めが明かされる。
美琴の言葉に意味ありげに言葉を返す有栖。二人の間に緊張が走る。
「アリス、さすがにそこまでは「なーに?」いえ……」
有栖と仲は良かったがパートナーではなかった、そう言いかけた芹緒の言葉をにっこり笑った有栖が遮る。
「昨日も二人で一緒にパーティーを組んでレアをゲットしたのよ」
「ああ、それ聞いた!! 有栖様と組んでたんだね」
「姫恋様、私のことは有栖でいいわ。私はもうすぐ庶民の身分になるもの」
「じゃあ有栖さんって呼ぶから、アタシのことも普通に呼んで? 年上の人からの様呼びはむず痒いよ〜」
「姫恋さんは素直ね」
「姫恋様は素直な方ですから」桜子がそう有栖を牽制する。「ですが簡単に籠絡出来るとは思わないでくださいね?」
「そんなことしないわ。私は皆さんに謝らなきゃいけないもの」
有栖はそういうと椅子から立ち上がり、頭を深々と下げた。驚く四人。
「私の父が多くの女性たちに人道にもとる行いをしていたこと、それを知らずあなた方に対して敵対的な態度を取っていたこと、知らなかったとはいえ非礼は非礼。申し訳ありませんでした」
プライドの高そうなあの紫苑有栖が、四人の年下の少女たちに頭を下げている。
「ユウカ……芹緒優香様には何の落ち度もありませんのに殊更強く当たってしまい、申し訳ありませんでした」
顔を見合わせる四人。許す許さないではなく、ただ困惑している。
基本、紫苑鷹秋の起こした数々の事件に有栖は無関係だ。ただ何も知らないが故に有栖が美琴、ひいては桜子たちや芹緒に強く当たっていただけなのだ。
「アリス、頭を上げて」芹緒が口を開く。「事件後のアリスに伝えるには心理的に無理だろうという医者の判断から、みんな伝えなかったんだ。知らなかったんだから僕は仕方ないと思う」
「そうね」美琴も続く。「謝罪は受け取ったわ。でも芹緒さんのことについてはまだ話あるから」
「皆さんは上流階級のお嬢様でしょう?」有栖は事もなげに言う。「私はお家お取り潰し、嫁の貰い手もないでしょう。ユウカも元に戻れば一般人。許嫁がいたり家を継ぐ皆さん、ユウカは私に任せてくださいな」
「ダメー!!!」姫恋が有栖の言葉を遮って大声を出す。「優香さんは私たちがモゴモゴ」
「優香は私たちが世話する。安心して」葵が姫恋の口を押さえて言う。「優香も有栖も何も気にしなくていい」
「ええ。有栖様。後顧の憂いなく下野してくださいませ」
桜子が反対側から姫恋の口を押さえる。姫恋の元気いっぱいな力は葵だけでは押さえきれない。
「でもあなたたち、ユウカのプライバシーとか守って上げられるのかしら」
だが有栖の放った一言が元気だった四人の動きを止める。今朝の騒動を思い出したらしい。
「……どうやら難しそうね?」
呆れたように言葉を吐く有栖。四人は気まずげに押し黙り、有栖は椅子に腰掛けると芹緒に話しかける。
「ユウカ。あなたが優しい人なのは知っているけれど、相手を増長させるほど甘やかすのは良くないことよ」
僕からするとアリスも大概彼女たち側なんだけど……。先ほどのベッドの上での有栖の言動を思い出してそう考える。
いつもならこのまま黙っているだけだが、このままでは美琴たちが困ってしまう。
「アリスだってさっき僕を押し倒して胸を触らせたじゃないか」
「ちょっ!!」
「ほほう」思わぬ援軍に葵が再起動する。「ようこそこちら側へ」
「こちら側って何よ!! ……え、何、もしかしてユウカ、あなた、こんな子どもともあんなことを……!?」
「誰が子どもだ!! 未成年なのはお互い様でしょ!!」
美琴が吠える。
「一緒にお風呂も入った。おまたも見せ合った」
「それ私のはだかでしょ!?」
「美琴様は散々優香様のアレを見て触って楽しんでいらっしゃるでしょう?」
「私だけスキンシップ少ないのはズルい!!」
「た、爛れてる……」
有栖が両手で顔を覆う。芹緒としてはいたたまれないことこの上ない。逃げれるものなら逃げたいが、ここが彼の家なのだ。
「だいたい今日は私が芹緒さんとイチャつく日なのに!!」
「美琴、一日くらい我慢する」
「このために水着も用意したのにぃ〜」
「なぜ水着を?」
有栖の思わず出た疑問に美琴は場の雰囲気に飲まれたまま答えた。
「一緒にお風呂に入るために決まってるじゃない」
「ユウカ……?」
ぎぎぎ、と有栖の首が芹緒の方を向く。芹緒はただ黙って頷くことしか出来ない。
経緯はどうあれ、芹緒がみんなと一緒にお風呂に入ったのは事実なのだ。
「もしかして他の子どもたちとも?」
「少し早く生まれたくらいで差別しないでくださいまし」
こくり。
芹緒の頷きを確認した有栖は脱力してダイニングテーブルにうつ伏せになる。だがそれも一瞬のこと、すぐに身体を起こすと
「では私も今夜ユウカと一緒にお風呂入ります!!」
目をぐるぐるさせたまま有栖は高らかにそう宣言した。
「ちょっと! だから今日は私の番なんだってば!!」
美琴はそう言って発言を撤回させようとするが、
「あなたはいつでもユウカと一緒に入れるのでしょう? なら今夜くらい私に譲ってもいいのでは? ね、次期九条家当主様」
「ぐぬぬ」ダイニングテーブルを台パンしそうな勢いで両拳を握りしめるが、どうにかこらえたようだ。「そうね。ここまで待ったんだもの。一日くらいお客様に譲ってもいいわ」
「僕の意見は……」
小さく呟く芹緒の独白は誰にも届かない。
「御慈悲感謝いたしますわ、美琴様」
「美琴でいい、私も有栖って呼ぶから」
「私の時間……」
そんな二人の荒々しい握手の向こう、葵が口を尖らせて呟いていた。
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