#7 ナミダがかたどる迷宮
やぁ、また会えたね。
……そうだね。今日はブリキの怪獣の話をしようかな。
そのブリキの怪獣は、いつもおままごとで悪役をやらされていたんだ。なんたって怪獣の見た目をしているからね。でも、怪獣はその事に不満は無かったよ。それが彼の役目だからね。でも、そんな怪獣が、唯一不満になった出来事があったんだ。
ある日、怪獣は外の世界に連れて行かれたんだ。誰か大切な人に渡す為にね。......結局、送り主に届くことはなかったんだ。そのブリキの怪獣が最後に見たのは、無くなった自分の片手と、ボロボロになったプレゼントだけ。
なんとも可哀想なブリキだろう。そのブリキは永遠に誰かの"特別なモノ"になる事がなくなってしまったのだから。
門をくぐり抜けると、目の前には不思議な道が入り組んでいた。水の壁が迷路のような道を形作っている。まるで海の中に迷路ができたみたいだ。ルーソは水の壁に鼻を近づけた。
「ちょっと潮の匂いがする。海の匂いみたい」
ウィルは濡れるのが嫌なのか、壁から距離を取っていた。ボクは迷路に一歩踏み入れる。その時、道のあちこちからすすり泣く声がした。声は水音に紛れて聞こえてくる。耳に冷水が入ってくるような感触が伝う。水溜りの上で跳ねる音が反響した。
「見つからない……見つからないよぉ」
涙声と共に、壁の中から女の子が姿を現す。濡れた青い前髪は両眼を隠し、黄色いレインコートは、手まですっぽり包んでいた。レインコートを着ているにも関わらず、彼女はずぶ濡れだ。水の壁から見せるその姿は、異様だった。ルーソとウィルも警戒して、壁に近づこうとしない。でも、ボクにはその子がなんだか寂しそうに見えた。ハートが輝き、レインコートの女の子の手に触れる。ハートの輝きに照らされて、女の子は顔を上げた。
「だぁれ? アドレム様?」
女の子は不思議そうにボクを見る。ボクは慌てて首を横に振った。この子も、アドレムを知のっているようだ。でも、緑色の瞳は涙で覆われていて、ボクの姿はハッキリとは見えていないみたい。
「あなたは誰? どうして泣いてるの?」
ルーソはヒゲをピクピク動かしながら女の子に尋ねる。女の子は目元を袖で拭くけど、涙は止まらない。ずっと頬にくっついているみたいだ。
「私はロスロー。アドレム様に仕える庭師。だけど......大切な写真を失くしちゃったの」
ロスローは肩を震わせ、大粒の涙をポロポロ零す。ロスローが泣く度に、水の壁は揺らぎ、次々と道を作った。グニャグニャと波のように揺らめく水の回廊。不気味に形を変える道を見て、ルーソは尻尾の毛を逆立てる。
「わわっ! そんなに泣かないで!」
「でも……ひぐっ……友達と思い出の場所で撮った一枚なの……。あれがないと……私……」
ルーソがロスローを宥めても、ロスローは泣くのを止めない。ボクらの足元にも、水が溢れ出た。履いているグリーブ越しでも、冷たさが伝わってくる。ロスローの泣く姿を見ていると胸が痛くなった。なんだか、二度と手に入らないものを失くしてしまったみたいだ。そんなに大事な物なら、ボクも探しに行きたい。ハートが仄かな光を放ち、ロスローの頬に擦り寄り、涙を拭う。
「え……? 一緒に探してくれるの?」
ロスローが僅かに顔を上げる。ハートから涙の感触が伝わってきた。氷の粒みたいな涙だ。ハート越しでも、全身が凍りつきそうだ。こんな涙ばっかり出していたら、ロスローもいずれ凍ってしまいそうだ。ボクはロスローの目を見て頷いた。
「よかったぁ、ありがとう!」
ロスローは涙を浮かべたままボクの手を握る。それが嬉し涙なのかはボクには分からなかった。壁がまた揺らぎ始めて、ルーソは慌ててロスローを落ち着かせる。
「私は壁の中を探しに行くから、道の中を探してみて」
ロスローは言うなり、水の壁の中に溶けていった。言い終わるまでボクが見えていないような、そんな感じがした。まるで誰か違う人と話しているみたい。
「おいおい、出来もしない頼みを聞きやがって。どうやって水の中から写真を見つけるつもりだ?」
ウィルが面倒臭そうに腕を組む。水に触れまいと、足を忙しなく組み替えている。ボクは何も答えることができなかった。何か写真を見つけるすごい作戦があった訳じゃない。この道を全部知っている物知りでもない。ただ、ロスローの泣いている顔が辛そうに見えただけだ。ボクは迷路に脚を踏み出す。チャプチャプと水音が静かな迷宮にこだまする。
水の迷宮は先が見えず、どこに向かっているのか分からなくなりそうだ。足どりだけが重くなる。
「ね、ねぇ、なんか水かさが増えてない?」
ルーソが耳を後ろに倒している。ボクは慌てて足元を見た。いつの間にか水がボクの膝を覆っている。
「早く見つけねぇと、溺れちまうぞ」
ウィルは着ているフードを脱いで、ボクに被せる。ぶっきらぼうなウィルは、相変わらず何を考えているのか分からなかった。だけど、緑色のフードは迫り来る水しぶきを弾いてくれる。ずっと昔にも、ボクはこうやってフードを着せてもらったことがある気がした。こんな風に水の中にいて、寒くて凍えているボクを、誰かが服を被せてくれたっけ。朧げに記憶を浮かべると、胸がじんわりと温かくなる。その時、ボクの胸からハートが浮かび上がった。ハートは淡く光って、迷路の奥を指す。どういうことだろう。こっちに進めって訴えかけているみたいだ。ボクはハートに導かれるように進む。
「■■■■、そっちに行くの?」
ルーソがボクの方に駆け寄る。ハートはボクの胸を引っ張り、水のトンネルを進んでいく。ボクとハートを繋ぐ糸は、鼓動に合わせて脈打つ。ボクが呼吸をする度に、ハートは光を放つ。その様子を見ると、ボクの中から一抹の記憶が呼びかけてきた。水……。ボクはこんな水の中に閉じ込められた事があったっけ。あの時ボクは水の中を覗き込んで、そのまま落ちていって……。
「■■■■! 危ないよ!」
遠くからルーソの声が聞こえてくる。気がつくとボクは、荒れ狂う水流の中にいた。水流は渦を作り出し、ボクを飲み込んでいく。怖い。激しく波打つ水。轟音を立てる水。飛沫を飛ばす水。全てが怖い。ボクが恐怖するほど、渦はボクを引きずり込む。足を取られ、手を取られ、身体を取られ、ボクはハートと一緒に水底に沈んでいった。




