#6 ココロの力
「手始めに哀れな猫よ、貴様から葬ってやろう!」
レーゲンはルーソを踏みつけようと足を上げる。ウィルがパチンコ玉を撃つけれど、レーゲンの盾に弾かれた。ウィルはレーゲンから距離を取って、割れ目を飛び移る。ボクがルーソを助けないと。考えるより先に、ボクは裂け目を飛び越えていた。剣がボクを導くように、宙を漂う。レーゲンの足は、ルーソのすぐ目の前まで迫っていた。胸の奥で、ボクは声にならない叫びを上げる。その時、剣はレーゲンの胸元を目掛けて突き進んだ。レーゲンは咄嗟に盾を構える。風を切り、剣は盾を貫いた。分厚いレーゲンの鎧を、赤く光る剣が打ち砕く。鎧が砕けた騎士は、よろめき片膝をついた。剣はまた元のハートの形に戻り、ボクの元へ戻ってくる。ボクはおずおずとハートを手に取った。ハートはボクの呼吸に合わせて脈動する。ウィルはルーソの手を取って、乱暴に引き上げた。
「あ、ありがとう、ウィル」
「世話を焼かせるな。お前はアイツを守るんだろう」
ルーソは呆気に取られてウィルを見ていた。ウィルは相変わらず仏頂面のままだ。その目はまだ、騎士の姿を捉えていた。レーゲンは盾を失い、肘から先の無い腕が露わになっている。金棒を握りしめたまま、レーゲンはゆっくりと立ち上がろうとしていた。けれども、無くなった片腕は地面を捕らえられず宙に浮くばかりだ。
「……させぬぞ。貴様のような奴に……この先は行かせぬ……」
苦しげな声で呻くレーゲン。傷ついた体で門を守るその姿を見ていると、胸がきりきりと痛んだ。ボクがレーゲンの胸を刺したんだ。レーゲンは、ただこの門を守ろうとしていただけなのに。さっきまでレーゲンに立ち向かおうとしていた勇気が、後悔に変わった。ハートはそれに応えるように、レーゲンの前にボクを導く。
「ダメ! 危ないよ!」
「そいつは首だけになってもお前を殺すぞ。離れろ」
二人の言葉が聞こえた頃には、ボクはレーゲンの前にいた。片膝をついているとはいえ、レーゲンはボクなんかより遥かに大きい。ボクの姿を見た途端、レーゲンは体の節々を軋ませながら立ち上がろうとした。
「気に食わぬ、貴様のような奴がアドレム様に会いたいなどと」
レーゲンの胸からは黒い液体が垂れていた。レーゲンが苦しげな呼吸をする度に、液体は漏れ出る。恐ろしいとしか思えなかったレーゲンだけど、この時ばかりは悲しげに見えた。まるで主人に忠実なロボットみたいだ。レーゲンを助けたい。ボクの胸の中で暖かい何かが膨らんだ。ボクが言葉を紡ぐ代わりに、ハートがレーゲンに訴えかけるように輝く。
「何のつもりだ。情けが通る相手ではないことは、貴様も分かっているであろう」
レーゲンは隻腕でハートを振り払おうとする。けれど、彼には金棒を握りしめる力も残っていないみたいだ。片膝を付いても、レーゲンは門から動こうとしなかった。まるで何かに縛られるように、レーゲンは番人という役目に囚われているんだ。ボクはますます胸が痛んだ。その時、ハートが眩く輝き、レーゲンの傷ついた胸元に近づく。淡い光に触れると、レーゲンの傷はみるみるうちに塞がってきた。レーゲンの呼吸は次第に落ち着いたものに変わる。ボク自身、何が起こったのか分からなかった。どうしてハートは、レーゲンを癒やしたのだろう。
「貴様、我と戦う気は無いとでも言いたいのか」
怪訝な顔をするレーゲンに、ボクは頷く。レーゲンは金棒から手を離し、その手をハートに近づけた。隠し事は許さない。そう言いつけるような目で、レーゲンはボクを見ている。
「...…なるほど。自分が何者か知りたいが為、アドレム様に会いに来たか」
レーゲンは怒りを収め、静かな口調で呟く。門番らしい、重々しく厳しい声だ。
「今まで我に相対した中で、慈悲をかけた者は貴様が初めてだ」
レーゲンはゆっくりと顔を上げる。恐る恐る見ていたルーソも、警戒していたウィルも、意外そうにレーゲンの様子を見ていた。レーゲンはハートを優しく掴み、ボクに返す。
「貴様の覚悟は本物のようだな。…………よかろう、進むがいい」
ハートはボクの胸元に戻る。暖かい感触が、ボクの中で広がった。レーゲンは片腕で門を押し開ける。片腕の力でも、レーゲンは軽々と門をこじ開けた。重々しい音とともに、門が開く。門の先には、黒い屋敷が聳え立っていた。
「いいのか? 素性も分からない俺達を通して」
「人形よ、我が気が変わらぬうちにこの門を通った方がいいぞ。我が使命は侵入者の排除。だが、慈悲をかける者まで手にかけるほど冷酷ではない」
ウィルの言葉をレーゲンは制す。これ以上話すことはないと言わんばかりに口を固く閉じた。ルーソとウィルは、ボクが進むか進まないかの決断を待っているようだ。屋敷に入れる今、ボクの選択は一つしかない。ボクはレーゲンに会釈をして、門をくぐり抜けた。その姿を見て、ルーソとウィルも付いてくる。
「小僧、屋敷は貴様が思うよりも広いぞ。時として道に惑うかもしれぬ。だが、貴様の持つ心が、正しき道へと導いてくれるだろう」
屋敷へと進むボクの姿を背に、レーゲンは呟く。ボクには、レーゲンの言葉の意味が分からなかった。分からないけど、アドレムの屋敷に入ることはできたんだ。それだけでも、ボクは嬉しかった。自分の事が、ボクの存在がはっきり分かるんだ。




