#5 本当の勇気
レーゲンの声に、大気が震える。金棒がボクを突き砕こうと、軋んだ音を立ててボクを圧迫した。すぐそこに迫る死の恐怖に、ボクは声も出ない。ただ、背骨の砕ける音が聞こえてくるのを待つだけだった。
「そんな事はさせないよ!」
ルーソがレーゲンの顔に飛びかかった。大柄なルーソに飛びつかれ、レーゲンはよろける。ルーソはレーゲンの目を隠し、頬に爪を立てた。ボクを押さえつけていた金棒が緩む。
「何だ、畜生風情が。貴様がこの腰抜けを守ったとて何になる?」
「■■■■は私の友達よ! だから私が守るの!」
ルーソは歯を食いしばり、レーゲンにしがみついたままだ。ボクと並んだ時はルーソはとても大きく見えたけど、レーゲンの目を覆う今のルーソはひどく小さく見えた。あんなに体格差があるのに、どうしてルーソはレーゲンに立ち向かうんだろう。二人を見捨てたボクなんかの為に。どうしてこんなボクを、まだ友達って呼んでくれるんだろう。胸の奥から、何かが込み上げてきた。
「愚かな猫よ。そんなに死に急ぐのならば、貴様の望み通りにしてやろう!」
レーゲンは首を振り、ルーソを振り解く。突風に煽られ、ルーソは地面に叩きつけられた。背中を打ちつけ、ルーソは咳き込む。レーゲンは、弱った獲物にとどめを刺す蛇のように、ゆっくりとルーソににじり寄る。ルーソは背中を押さえながらも、牙を剥いてレーゲンを威嚇していた。ボクに対して見せたことがないほど、凶暴な獣としてのルーソを剥き出しにして。友達。たったそれだけの理由で、ルーソはボクを守ろうとしている。レーゲンの金棒に叩き潰されてしまうかもしれないのに。分からなかった。ルーソの瞳はまだ鋭い光を帯びている。爪を立てて、その場を離れる気はない。そんなルーソも、レーゲンの金棒の前に崩れ落ちてしまうかもしれない。嫌だ。ルーソの事はよく知らないけど、ボクはルーソがいなくなるのは嫌だ。いつの間にかボクは、ルーソの前に走り出した。
「■■■■! ダメだよ。逃げて」
ルーソの言葉に、ボクは首を横に振る。ボクの目の前には、恐ろしい赤錆色の騎士がいた。レーゲンは苛立たしげに、ボクに金棒を向ける。怖い。怖いけど、ボクがルーソを守るんだ。鼓動が強く鳴り響く。恐怖と僅かな勇気が、ボクの体を震わせる。その時、ボクの体が赤く輝き始めた。赤い光が、ボクの体から抜け出ていく。レーゲンは目を細め、ボクを見る。光はハートの形をとり、宙に漂っていた。まるでボクに「勇気を出すんだ」と鼓舞するように。ハートはボクの胸元から、赤い糸を引いていた。
「……それが貴様の選択か。見せかけの勇気だけで、我と戦おうとはな」
レーゲンが金棒をゆっくり振り上げる。ボクは恐怖に駆られる足を踏みとどめた。もう逃げない。ルーソを助けたい。握る拳が熱くなってきた。ボクにルーソを守る手立てはない。それでも、ここを離れる訳にはいかなかった。
「舐められたものだ! その勇気ごと粉微塵にしてやる!」
レーゲンの金棒が迫る。その時、ハートは盾に形を変え、レーゲンの金棒を防いだ。ハートを介して、痺れるような衝撃がボクに伝わってくる。ボクは膝をつき、胸元を押さえた。盾は今にも砕けそうだ。でも、ここでボクがくじけたら、ルーソが危ない。レーゲンに立ち向かうんだ。ボクは痛む胸を押さえ、立ち上がった。その時、盾が激しく光り、レーゲンの金棒を弾き返す。突然の出来事に、レーゲンも動きを止める。盾はボクの前で、剣に形を変えた。「立ち向かえ」、そう言っているような気がする。
「我が一撃を弾き返した者は幾人ぶりか。だが、次の一撃はそうはいかんぞ」
レーゲンは金棒を振り上げる。その時、レーゲンの肩に何かが命中した。ウィルだ。ウィルがレーゲンの背後で、パチンコを構えていた。
「何のつもりだ? 心なき人形よ。感情無き貴様に、こやつを助ける情でもあるのか?」
「俺はコイツの意思に従うだけだ。コイツが立ち向かう事を選んだなら、俺はアンタを止める」
嘲るレーゲンに対して、ウィルは表情一つ変えようとしない。ただ、パチンコの狙いを外そうともせずに、レーゲンを睨んでいた。
「何をしようと無駄な事。この門をくぐり抜ける力なぞ、貴様らにはないのだ!」
レーゲンは吠え、金棒を振る。ウィルはマントを翻し、レーゲンの一撃を躱した。レーゲンの吠え声は、地面を裂く。ガラスのヒビのように、地面に亀裂が走った。揺らぐ足場に、ボクは翻弄される。その時、ルーソが地割れに飲み込まれた。ルーソは辛うじて縁に掴まっているけど、苦しげに顔を歪ませる。そんなルーソにトドメを刺すように、慈悲のない足音が迫った。




