#4 赤錆の騎士
灰色の町をしばらく進むと、大きな門があった。箱庭を覆い尽くしてしまいそうなほど、巨大な門。その向こうには、屋敷が迫っていた。門の側に立つ石像が、ボクらを睨みつけている。灰色に濁った空の隙間から、昼下がりの日の光が門に降り注いだ。
「この門をくぐれば、アドレムさんのお屋敷の敷地に入れるよ。アドレムさんのお庭はすっごく広いんだ」
ルーソがボクの肩に手をかけて、門を指さす。分厚い鉄板のような門の先には、どんな景色があるのだろう。胸を弾ませて、ボクは門へと近づいた。
「待て、それ以上近づくな」
ウィルの鋭い声が、ボクの足を引き止めた。今までの抑揚のない声とは違う、強い声だ。その時、地面が何かに怯えるように震えた。ボクは揺れに翻弄され、足元がおぼつかなくなる。
「大丈夫?」
ルーソががっしりとした手でボクの体を掴む。ウィルは門を睨みつけ、マントの中に手を隠した。
「許しなく屋敷に踏み入れる不届き者よ。性懲りも無くやってきたか」
雷が落ちるような声が轟く。ボクの耳は声の残響に震えた。声は確かに聞こえるのに、姿は見えない。得体の知れない怖さが、ボクを押し潰そうとした。
「この先はアドレム様の屋敷。侵入者は何人たりとも通すことはあたわぬぞ」
地面を割るような声とともに、石像が動き出した。石像が大きく身震いすると、石片が剥がれ落ちる。ルーソはボクを抱えて、落ちてくる欠片を躱した。土煙が晴れると、そこには石像の姿はない。代わりに門より大きな怪獣が立ち塞がっていた。赤錆色の鎧に全身を包んで、片手は時計盤のような盾に覆われている。その姿は、怪獣が騎士の格好をしているみたいにあべこべだ。金色の鬣を逆立たせ、怪獣は建物が軋むような唸り声を上げる。
「我は"赤錆の騎士レーゲン。屋敷に侵入する愚か者を全て排除する者」
赤錆色の怪獣はワニのような口をゆっくり開閉させる。石と石が擦れ合うような声は、地面を揺るがした。レーゲンは小さな侵入者達を叩き潰そうと、金棒を振り上げる。山のようにそびえ立つレーゲンの影を見ると、ボクは逃げ出したくなった。兜の黒い穴から覗くレーゲンの黄色い目玉は、ボクを獲物を狙う蛇のように捕えている。地響きを打ち鳴らしながら、レーゲンはボクに近づいてきた。
「ま......待って! レーゲンさん。私達はアドレムさんに話があって来たんだよ」
「貴様らの講釈なぞ知れた事。貴様らのような方便を嘯いて我が金棒に散った者なぞごまんといるぞ」
ルーソの説得をレーゲンは断ち切るように言い放つ。苛立たしげに唸り声を漏らすレーゲン。黄色い目玉も怒りに震えていた。
「貴様らのような侵入者を、我は誰一人逃さず叩き潰してきた。ある者は無謀にも我と戦い、ある者は恐怖のあまり逃げ出した。命乞いまでする愚か者もいたぞ」
レーゲンは金棒を宙で振り回す。あの金棒は、何人の恐怖で引きつった顔を映し出したのだろう。ボクの顔ははっきりとは映っていないけど、きっと今まで倒されてきた人と同じ顔をしているに違いない。
「■■■■がアドレムさんに会いたがっているんだ。アドレムさんなら、きっと力になってくれるかもしれないんだ」
「問答無用! 貴様らのような奴を、アドレム様に会わせるわけにはいかぬ!」
レーゲンは金棒をルーソ目掛けて振り下ろす。ルーソは間一髪の所で金棒を躱したけど、風圧に足を掬い上げられる。金棒は白いタイルに敷き詰められた地面を割り、亀裂を刻んだ。ルーソはバランスを崩し、ボクを離してそのまま地面に転がる。レーゲンは侵入者の姿を捕らえるなり、次の一撃を振り上げた。あんな門番に話し合いなんか通じっこない。でも、腕づくでも敵わない。あんな門番に立ち向かわなきゃいけないなら、ボクの記憶なんて戻らなくてもいい。恐怖がボクの足を急かせた。ボクは形振り構わず走り出す。
「■■■■!」
ルーソの声が微かに聞こえる。ボクは耳を塞ぎたくなった。分かってる。分かってるんだ。そんな事しちゃダメだって。ボクにとって、ルーソもウィルも大切な存在だったんだ。でも、恐怖の方が勝っていた。あのレーゲンの金棒を見ていると、逃げ出したくてたまらなかったんだ。ボクは息を切らしながら走り続けた。
「ウィル、■■■■を助けて!」
「その必要がどこにある? アイツは逃げる事を選んだ。止める必要はねぇよ」
二人の声が遠ざかっていく。風がボクの胸を貫くように吹いた。足がもつれ、ふらつく。地響きがボクの命を奪い去ろうと迫ってきた。
「臆して仲間を置いて逃げるか。腑抜けめ」
冷たい声と共に、ボクの背中を鈍い衝撃が打つ。背骨が砕かれるような痛みに、ボクの呼吸は一瞬止まる。レーゲンの金棒が、ボクを壁に叩きつけた。壁にヒビが入り、ボクは金棒に押さえつけられて身動きが取れない。霞んでいく瞳で、ボクはレーゲンを見た。レーゲンは揺らめく炎のような目で、ボクを見ている。金棒を握る手は、緩みはしなかった。
「アドレム様に会おうなどと考えるべきではなかったな。貴様はここで死ぬ。我が金棒でその命を擦り潰してやろう!」




