#14 僕と■■■■の結末
目を開けると、アドレムが顔を押さえながら膝を突いていた。足元には真っ二つに割れた仮面と、シルクハットが落ちている。
「君が私に一撃を入れたのは初めてだよ」
アドレムが顔を上げる。その顔を見て、ボクは奇妙な違和感を覚えた。なぜなら仮面の中の彼の素顔は、ボクの顔だったからだ。今まではっきりと思い出した事はないけど、目の前の顔は確かにボクだった。ボクより背が高く、顔立ちも少し大人っぽいけど、ボクだった。
「さあ、トドメを刺しなよ。もう時間がないんだ」
アドレムはレイピアを窓の外に投げ捨てる。ボクは剣を握ったけれど、その手はすぐに開いてしまった。本当にアドレムを倒す事が正解なの? 彼だって、ボクが作った存在だ。ボクがこんな役割を与えてしまったんだ。ボクは首を横に振り、剣をハートに戻す。アドレムは驚き、しばらくボクを見ていた。時が止まり、鏡写しになったボクとアドレム。永遠とも思える時が過ぎ去った後、アドレムはをゆっくり口を開いた。
「…………今まで何回も君は同じ結末を繰り返した。けれども、今の君なら彼を救うことができるかもしれないね」
アドレムは静かに呟いて、窓の外を見る。崩壊はますます激しさを増し、隕石のように瓦礫が降り注いでいた。
「すまないね。ルーソ、ウィル。君達にもこんな辛い思いをさせてしまって」
アドレムはルーソの体に優しく手を当てる。すると、淡い光と共にルーソの傷は塞がっていった。アドレムはウィルの千切れた腕を取り、ウィルに付ける。光の糸が現れ、ウィルの腕は元のように動いた。アドレムは目を伏せる。
「いいのよ。アドレムさんだって、自分の役割に従っただけでしょ?」
「お前が損な役なのは知ってたさ」
二人ともさっきまでアドレムに殺されかけたとは思えないほど、親しげに話している。まるで昔からの友人みたいに。こっちの姿が、本当のアドレムみたいだ。ボクが彼に死の役割を与えてしまったんだ。彼だって、こんな事したくなかったはずだ。ボクの背中に激しい罪悪感がのしかかる。
「君が気に病むことはないよ。君が選択をしてくれたなら、私はこの役割に後悔はない」
アドレムはボクに優しく笑いかける。仮面に覆われていない、嘘偽りのない笑顔だ。同じ顔だけど、ボクにはあんな顔できない。
「さあ、時間がない。あれを見てくれ」
アドレムが屋敷のバルコニーを指す。バルコニーで、誰かが下を見つめている。今にも吸い込まれてしまいそうだ。
「彼女を失った後に、君は彼女の後を追うように屋上から飛び降り、死を選んだ。けれども、僅かに生きたいと思った君は箱庭を作って、そこに住む意識として君を作ったんだ」
崩壊はこの広間まで手を伸ばした。ボク達のいる床は黒く塗りつぶされ、足場がなくなっていく。
「でも、彼の肉体は死に近づいているんだ。彼が死んでしまえば、この世界は完全に消えてしまう。聞こえるだろう? 段々弱くなる彼の心音が」
耳を澄ますと、あの冷たい電子音が聞こえてくる。音は不規則に、そして弱々しくなっていく。音に合わせて、ボクのハートも淡く輝いた。
「私……いや、僕からのお願いだ。頼む。彼を……君自身を助けてほしい。生きようとする君の意思だけが、彼を救えるんだ」
アドレムはボクの手を取る。ボクそっくりの顔で、ボクの目で真っ直ぐ見た。人影は一歩ずつ柵の先に足を進める。ボクはすぐに分かってしまった。バルコニーの人影は、ボク自身だ。死を選んだ僕だ。止めないと。ボクはアドレムに頷き、窓の方へと走り出した。ボクの目の前の床は、彼の死を邪魔させないように崩れ去る。ボクは足元を掬われ、暗闇に落ちそうになった。けれど、ウィルがボクを掴んだ。ビリビリと布が千切れる音が聞こえても、ウィルはボクを離さない。
「俺はお前の意思だ。お前が生きようとするなら、俺は何度でもお前を引っ張り上げてやる」
ウィルに引き上げられると、ルーソがボクの体を持ち上げた。ふらつきながらも、ルーソは両足の爪を床に食い込ませた。
「あなたはあなた自身を助けてあげて。それが私の唯一の望みよ」
ルーソは渾身の力でボクの体を窓へと放り投げる。ボクは着地し、窓から体を乗り上げた。バルコニーの僕は、ボク達に目もくれず虚ろな表示で下を覗いていた。何もない暗闇だけを映している目。暗いところが苦手なはずの僕が。高い所が苦手なはずの僕が。ボクは僕に呼びかけようとするが、喉につっかえて言葉が出ない。
「ハートに思いを乗せて。君自身に思いを伝えるのよ」
後ろからフィンデルの声が響く。ボクは思わず後ろを向く。そこにはフィンデルが……彼女がいた。あの日のままの姿の彼女がいた。
「これでお別れよ。大丈夫、もう振り向かないで。君は私の分まで生きてほしいの。だから君自身を、死から救い出してあげて」
彼女はそう言い残し、暗闇の中に消えていく。彼女の声に押されて、ボクはバルコニーに出た。ボクは引力に引かれるように振り返りそうになる。振り返りたかったけど、ボクは振り返らなかった。彼女の姿はボクが見た幻かもしれない。それでも、彼女の願いの為にも、この先に行かないと。彼女の声に応えるように、ボクは心の中でゆっくり頷く。
僕の立っている場所は、彼を止める柵も、段差もない。だめだ! 生きるんだ! 心の中でそう叫ぶと、顔の内側が熱くなった。まるで顔の外に厚い仮面をしているみたいだ。僕は、バルコニーに出てきたボクに気づいていない。張り詰めた顔で、暗闇を見ていた。気づいてくれ! ボクは生きたいんだ! 内側に籠った言葉の熱に、顔が焼かれていく。息が詰まりそうだ。たまらずボクは仮面を外すように、ボクの顔を引き剥がした。意識ごと引き剥がされそうなほど、強い痛みが走る。けれど、ボクはお構いなしに剥いだ。
「生きるんだ! ■■■■!」
ボクの顔の輪郭がハッキリすると同時に、口から溢れんばかりの言葉が轟いた。ボクの呼びかけに初めて、僕は振り向く。けれど、悲しげに眉を落とすと、僕は暗闇に身を委ねた。ボクは手を伸ばし、僕の腕を掴もうとする。だけど、指先が触れたと思うと、僕の手はすり抜けていく。諦めるものか! みんなが繋いでくれた命だ! ボクの胸からハートが飛び出し、僕の手を糸で結んだ。僕はすぐにハートの糸を解こうとする。離すもんか。ボクは糸を手繰り寄せ、僕の腕を掴んだ。僕は激しくもがくも、ボクは絶対に離さなかった。
「たとえ、彼女がいない世界でも、ボク達は生きるんだ。彼女の分まで」
僕は驚き、ボクを見る。鏡写しになったボク同士。ボクと僕が重なった時、世界は何かに引き戻されるように消えていった。帰るんだ。僕の世界に。ボクは僕の手を取り、重ね合わせる。ハートが眩く輝き、ボクと僕の輪郭を光の中に溶かした。ボクの輪郭が消えていく中、脈動が大きくなる音だけが響く。




