#13 主が突きつける選択
「■■■■を殺させないよ!」
ルーソがアドレムの肩に飛び掛かる。ルーソは大きな牙で、アドレムの肩に噛み付いた。だけど、アドレムは悲鳴も呻き声すら上げない。それどころか、自分とほとんど変わらない大きさのルーソの一撃を受けても、びくともしなかった。
「ルーソ、君もいい加減分かるだろう。何度繰り返しても、君は彼の結末を変えることはできないんだよ」
アドレムは躊躇いもなくルーソの首根っこを掴み、床に叩きつけた。有無を言わさずアドレムは、ルーソの腹にレイピアを突き刺す。黒い毛が血で焦茶色に染まる。ルーソは歯を食いしばりながら、小さな呻き声を漏らした。
「確かに私の力じゃ■■■■を助けられないかもしれない。だけど、■■■■は死にかけてた私を拾ってくれたんだ! だから■■■■は絶対守るわ!」
ルーソの叫びをかき消すように、アドレムはレイピアを深く刺しこむ。ルーソの口から叫びの代わりに血の泡が溢れでる。すると、一発の弾丸がアドレムのシルクハットを掠めた。ウィルだ。ウィルがパチンコ玉を打ち出していた。アドレムはため息をつき、レイピアを引き抜いて一気にウィルに詰め寄る。ウィルの胸元目掛けてレイピアが空を切った。ウィルは躱すも、右腕に斬撃を受ける。腕の縫い目が千切れ、綿が飛び出した。バランスを崩し、ウィルは倒れる。
「君はもう少し物分かりがいいと思ったんだけどね」
「俺はこいつが生きようが死のうがどっちでもいい。だけどな、こいつ自身が決めるまでは、俺はこいつをみすみす殺させたりはしねぇ」
片腕を千切られながらも、ウィルは口でパチンコ玉を引いていた。二人の息の根を止めようと、アドレムはレイピアを携えて近づいてくる。止めて! 二人には手を出さないで!
ボクは身を乗り出すも、激しい苦しみに襲われ、足が止まる。アドレムがボクの体からハートを引っ張り出し、赤い光を覆うように握りしめていた。ハートはアドレムの拳の中で乱反射する。
「私は君の死だ。君の命は私が握っているんだよ」
アドレムが更に強く握ると、ボクの胸の血管は止まっていく。声も出せず、ボクはその場に崩れ落ちるしかなかった。冷や汗とともに、ボクの温もりが抜け落ちていく。
「させないわ!」
ルーソとウィルは痛む体を奮い立たせ、アドレムに飛び掛かる。策も技もない。ただ、ボクを守るためだけに。アドレムは羽虫を追い払うように、二人を片手で切り捨てた。血と綿が飛び散っても、二人はアドレムに向かっていく。今まで二人は何度ボクが死ぬのを見てきたんだろう。何度分かりきった結末に向かったんだろう。もう、ボクの命なんか諦めればいいのに。そうすれば、君達は傷つかずに済んだのに。
「私は■■■■に生きていて欲しいの! 生きて、また笑っていて欲しいんだ!」
ルーソがハートを持っている手に噛み付く。アドレムは忌々しげに、血が滲むルーソの腹を蹴り上げた。これまで悲鳴をあげていなかったルーソだけど、耐えきれず弱々しい悲鳴をあげた。ウィルは弾を口に咥え、片手でパチンコ玉を打ち出す。アドレムは、すかさずレイピアでウィルの腹を切り裂く。だけど、弾はアドレムの手に命中し、ハートがアドレムから離れた。
「■■■■! 決めるのはお前だ! ハートに自分の意思を伝えろ!」
かつてないほど感情のこもった声で、ウィルが叫ぶ。アドレムはウィルの残った腕を踏みつける。
「君達も所詮、この世界の住人として彼が作った都合の良い存在だ。そんな事はとっくに分かりきっているだろう」
そうだ。ルーソもウィルも、ボクが親友として作った存在。作られたはずなのに、二人はボクの為に戦ってくれているんだ。ボクに生きていてほしいから戦っているんだ。ボクも戦わないと。アドレムと。ボク自身の死と。ボクはハートを引き寄せた。アドレムは手をかざし、ハートを引き戻そうとする。突風に煽られたように、ハートはアドレムに引き寄せられた。だめだ。死に負けるものか。ボクは自分から伸びる赤い糸を引っ張り、ハートを掴んだ。ハートはボクに掴まれると、赤い剣に変わる。生きたいと叫ぶように、ボクと剣を繋ぐ糸が何度も脈打つ。戦うんだ。ボクは震える手で剣を構え、アドレムに向き合った。アドレムの仮面の奥にある瞳が僅かに揺れる。
「……それでいいんだ」
アドレムは静かに言い放ち、ボクに斬りかかる。ボクは両手で剣を握り、アドレムの一太刀を受け止めた。少しでも生きることを諦めたら、押し潰されてしまいそうだ。レイピアとボクの命との距離がつまる。
「君は彼女がいない世界に絶望して、この世界を作った。君がこれから先、生きたところで彼女はいないんだよ」
アドレムはボクを真っ二つに切ろうと更に力を増す。そうだ。彼女は戻ってこない。ボクのせいでフィンデルは死んだんだ。…………だけど、フィンデルは、ボクに生きてほしいから今まで助けてくれたんだ。その思いを無駄にするものか! ボクの思いが強くなると、剣はレイピアを押し返した。よろけるアドレム。ボクは一瞬攻撃を躊躇った。アドレムは、すぐさまボクの肩目掛けてレイピアを突き出す。ボクは一閃を躱して、床に転げた。
「君は何もない世界で生きていくつもりかい?
そんな世界で生きていくくらいなら、自分も消えてしまった方がいいと、君は随分前に結論を出したはずだよ」
アドレムは、ボクと剣を繋ぐ赤い糸を断ち切ろうとする。刃が当たって途端、ボクの全身に気を失ってしまいたくなるほど激しい痛みが走った。糸は血管が切れるように赤い糸屑を撒き散らす。神経を直接切断しているようだ。ボクは床でのたうち回った。いっそのこと死んでしまいたい。ここから消えてしまいたい。涙や悲鳴の代わりにそんな思いが頭の中を駆け巡った。
「私達はあなたの側からいなくなったりしないわ!」
「■■■■。確かに俺達はお前に作られた空想の登場人物だ。だがな、お前に選択をしてほしいっていう意思は、お前の考えたものじゃないぞ」
二人がアドレムの剣を止める。赤い糸と剣はすかさずボクの元に来た。二人は防御する動作もなく、アドレムの一太刀を受け止めた。ルーソの額が切れ、ウィルのフードが外れる。二人はついに体力の限界を迎え、その場に倒れた。
「さて、どうする? ■■■■。君が戦わないというなら、最初にこの二人に消えてもらうよ。君は彼女のみならず、今まで支えてくれた友達も自分のせいで死なせるんだよ」
アドレムが二人目掛けてレイピアを振る。考えるよりも先にボクは剣を構えて、アドレムに突っ込んだ。苦し紛れにボクは剣を振り下ろす。陶器が割れるような音とともに、剣が激しく煌めいた。たまらずボクは目を瞑り、その場に座り込んだ。




