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So-and-So  作者: 一途貫
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11/15

#11 ■■■■の親友


 やあ、君はいつも来てくれるね。今日はそうだね。ある人形の話でもしようかな。


 その人形は、古くなってゴミ捨て場に捨てられてたんだ。片目のボタンが取れ、右腕ももげて綿が飛び出ていた。誰も彼を大切にしようとは思わなかったよ。ただ一人を除いてね。


 ある日、その人は人形を拾って直そうとしたんだ。でも、その人は貧乏でね。ボタン一つ買うお金すら持っていなかった。


 そこで、その人は自分の着ていた服を千切って、人形のパーツを作ったんだ。無くなった片目には眼帯を付けて、緑色の帽子とマントを作った。仕上げにはおもちゃのパチンコを持たせて、その人形はヒーローに生まれ変わったんだ。


 彼がもし人間のように動けたら、本物のヒーローみたいにその人を助けたかっただろうにね。きっと彼自身も、彼が悲しむ度にそう願っていたと思うよ。


 扉を開けると、来た道が暗闇へと吸い込まれた。激しい地響きが屋敷を揺らし、軋ませる。ボク達は揺れに翻弄された。目の前に聳え立つ螺旋階段。この階段の先に、アドレムがいるんだ。

 扉が揺れによって不気味に歪み、崩れていく。いや、扉だけじゃない。壁も、家具も、そして床も崩れ始めた。崩れ去った床からは、暗闇が覗く。あの本の世界みたいだ。割れた壁からも、窓からも、暗闇は屋敷を塗りつぶしていく。


「なんで屋敷が崩れてきているの!?」


「分からないが、早くアドレムの所に急いだ方が良さそうだな」


狼狽えるルーソの尻尾を掴むウィル。シャンデリアが崩れ、光を乱反射させる。その光の隙間から、人影が覗いた。


「こっちよ! 早く!」


螺旋階段の手すりから、フィンデルが乗り出した。ボク達は揺さぶられながらも、螺旋階段を登り始める。明滅するシャンデリアの光が、稲光のようにボク達を照らした。階段を登ると、下の階の床は完全に暗闇に溶ける。


「下を見るな。落ちちまうぞ」


ウィルがボクの背中を押す。普段は落ち着いてるウィルだけど、息遣いが小刻みになっていた。ボク達は終わりのない螺旋階段を登り続ける。ボク達の登った痕跡は、黒く塗りつぶされていった。

 屋敷はどんどん崩壊へ進んでいく。何故と考えるよりも早く。螺旋階段の果てにある白い扉を見つけ、ボク達の足取りは更に早くなる。けれども、地響きが屋敷を押し潰さんと、螺旋階段を真っ二つに引き裂いた。


「■■■■!!」


ルーソとウィルの叫びと共に、ボクは空中に放り出された。ボクと二人の間の階段が崩れ落ちたんだ。なす術もなく、ボクは闇の中へと落ちていく。この闇の中に落ちたら、ボクはどこに行ってしまうのだろう。考えると身体中の血管が止まったように、酷く寒くなった。


「■■■■! 諦めちゃダメ!」


一段と強い声が聞こえ、ボクは上を見上げる。そこには、フィンデルがいた。フィンデルの手に巻かれていた包帯が、ボクの手に絡みついている。フィンデルの体を、ルーソとウィルが支えていた。三人とも苦しそうに顔を歪めている。


「いいか。お前が本当にアドレムに会いたければ、これをしっかり掴んでろよ」


「あなたはアドレムさんに会うためにここまで来たんだよ」


震える手で、ボクは包帯を両手で掴んだ。三人は歯を食いしばり、ボクを引き上げようとした。暗闇がボクを手招きしている。ボクの希望を断ち切るように、包帯はだんだん千切れ始めた。階段に辿り着く直前で、包帯は千切れ、ボクはまた暗闇へと放り出された。三人の驚く顔が次第に遠くなっていく。嫌だ。こんなところで諦めたくない。ボクはボクの意思でここまで来たんだ。このまま自分が分からないまま暗闇に消えるなんて嫌だ!

 心の中で叫ぶと、ボクの身体からハートが飛び出し、勢いよく上昇していった。ハートに引っ張られ、ボクの身体も登っていく。ハートは暗闇の中で赤く輝き、三人の前に降り立った。


「■■■■! よかった! 本当によかったよ!」


ルーソが大粒の涙を溢しながら、ボクに抱きついた。ルーソの黒い毛の温もりが伝わる。ウィルも安心したように息をつく。フィンデルはボクのハートを両手で包む。解けかけた包帯が、彼女の顔の前でなびく。


「おい、どういう事だ? なんで屋敷が壊れ始めてるんだ」


「箱庭がもう消えようとしてるの。早くアドレムの所に行かないと、全てが無に帰ってしまうわ」


フィンデルの手の震えがハート越しに伝わってくる。どうして? ボクはただ、アドレムに会いに来ただけなのに。住んでいた街も帰る場所も消えていくなんて。アドレムに会うことが、そんなにいけないことなのかな。ボクが迷うより先に、崩壊する世界が逃げ場を塞いだ。もう後戻りはできない。


「行こう! ■■■■」


ルーソが白い扉を開ける。だけど、ボクはフィンデルに駆け寄り、一緒に行こうと手を引く。だけど、フィンデルは驚きはするも、そこから動こうとはしなかった。


「ダメよ、■■■■。私はこの先には行けない」


ボクは首を振り、手を離さなかった。諦めているような、行けないことを悲しんでいるようなフィンデルの目を見ていると、ボクの胸はひどく痛んだ。嫌だ! フィンデルは今までボクのことを助けてくれた。だから今度はボクが助けるんだ。


「フフフ、君はいつもそうやって、私に優しくしてくれたよね」


フィンデルが柔らかく微笑む。その笑顔を見て、ボクの頭の奥から彼女の記憶が溢れ出した。どうしてボクは、彼女のことを忘れてしまっていたのだろう。彼女はいつもボクに笑いかけてくれたのに。いつもボクの側にいてくれたのに。あの日、ボクの腕の中で動かなくなったのに。

 

 あの日、ボクは……僕は彼女にプレゼントを渡そうと、いつもの隠れ家の工場で待ってたんだ。彼女が来た時に、古くなった工場のガソリンタンクが爆発した。次に僕が目を開けた時そこにあったのは、灰に塗れた町の残骸と、ズタズタになった彼女の顔だった。綺麗だった彼女の白い肌は、破片で切り裂かれて血塗れになっていた。いつも彼女が着ていた水色のワンピースは、黒い灰が塗されていた。僕は何度も彼女に呼びかけたけど、彼女が目を覚ますことはなかった。恐怖で引き攣った顔のまま、彼女は首を項垂れたままだ。


 街の人もみんな死んだ。みんな灰色の塊になっていた。僕だけが生きてしまった。

 僕のせいで。街は……。彼女は…………。


「……そこまで思い出したら分かるでしょう。私はもう存在してないの。消えなきゃいけない存在なのよ」


でも、フィンデルは今生きているじゃないか! ボクはフィンデルに生きていてほしいんだ! 叫ぼうとしても、ボクの喉の奥で籠り続ける。目頭が熱くなっても、目の奥で溜まり続ける。ハートだけが激しく明滅した。どうして伝えられないんだ! 行き場のない悔しさに、ボクは流血するまで拳を握りしめた。


「君が悲しむことはないわ。これ以上自分を傷つけないで」


フィンデルはボクの拳を解かせる。力強くボクの拳を取り、フィンデルはボクの胸元に手を当てた。


「その代わり約束よ。この先、どんなに辛いことが起きても、君の答えを出すんだよ」


フィンデルは優しくボクを扉の方へ押し出した。ボクが扉の向こう側に足を踏み入れた途端、フィンデルを暗闇が飲み込もうとする。ボクはフィンデルの面影を求めて、扉の先に手を伸ばした。その瞬間、瓦礫が崩れ落ち、フィンデルの姿は一気にかき消える。涙も声も無く、ボクは彼女の名前を叫び続けた。

 

 ボクは見逃さなかった。消える直前に、包帯が完全に解けた彼女の顔。あれはあの時の屈託のない彼女の笑顔だ。


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