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黒猫魔族の異世界社会見学【改稿版】黒猫になった俺がポンコツ魔王の娘を人間社会で教育してたら、世界を救う羽目になってしまった  作者: 5414


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第4章 野良猫ネットワーク

(初クエスト、か……。さて、どうやって稼いだものか)


天幕の隅で俺がそんな思索にふけっていると、ふいにクワンリが視線をこちらに向けた。


『……なあ、ノルよ。少し不思議に思っていたのだがな』


彼女の思念は、どこか遠慮がちで、探るような色を帯びていた。


『魔族がなぜ、人族の領地で「獣落ち」し、なおかつ記憶を失った状態で……私たちより先ここにいたのだ?


お前は元々こちら側にいたのか?


それとも、私たちが知らない別の手段で山脈を越えてきたのか?


……記憶を無くしているお前に聞いても詮無いことだとは分かっている。不思議でならんのだ。……いや、答えなくてよい。答えられんことは分かっているのだから』


クワンリは、俺が自分の記憶喪失を深く気に病んでいるのではないかと心配してくれているようだった。独り言のように自分の疑問を呟き、自己完結させている。


実際のところ、俺は「魔族の記憶」ではなく「元人間の記憶」を持っているだけなのだが、それを説明する術はない。俺は何も答えず、ただ声を出さない猫の挨拶『サイレント・ニャー』で小さく喉を鳴らした。


   *


今日も食卓(といっても床の上だが)に上ったのはパン粥だ。


悲しいかな、極限の飢餓を経験した猫の身体には、これが涙が出るほど美味い。ぶっちゃけ毎日これが続いても文句はないレベルなのだが、チョロいクワンリに「これで満足している」と悟られては教育に悪い。


わざと「ちょっと物足りないな」という風を装って食べて見せるのだが、美味しさのあまり、どうしても喉から「にゃー……」と幸福な声が漏れてしまう。実に正直な身体だ。


『……なあ、ノルよ。ノル……』


食後の毛繕いを終え、たぬき寝入りを決め込もうと目を閉じていると、クワンリが申し訳なさそうに俺の名前を呼び、首の後ろをそっと撫でてきた。


その手つきが絶妙に気持ちよかったので、俺は片目だけを開け、またしてもサイレント・ニャーを返して顔を上げた。


(……なんですか? サービスしてくれるなら、耳の後ろもお願いしますよ)


思念を受け取ったクワンリは、苦笑しながら俺の耳の後ろや顎の下を優しく掻き、意を決したように言ってきた。


『……あの、街角にいた花売りの子供のことなのだが。どうにかして、あの子を救ってやる手立てはないだろうか……』


(……やれやれ。後生大事にあの萎びた花束を天幕に飾っているから、いつかそんなことを言い出すんじゃないかと思ってたよ)


俺は呆れた思念を返した。


(気持ちは分かるけどさ、今の俺たちにはあの子を救うどころか、自分たちの明日の食いぶちを稼ぐ金すらないんだ。他人に構って共倒れになったら元も子もないだろ?)


クワンリは俺を撫でながら、干からびた花束を目の前に置いて眺めている。


(そんなもの、いつまでも眺めていても子供を救うことはできないよ。もうそれ、ゴミなんじゃないの。片付けちゃいなよ)


それを聞いたクワンリは、少し恥ずかしそうに、言い訳をするように返してきた。


『違うのだ、ただ眺めているわけではない。この花束にはな、実は「薬草」が混ざっているのだよ。……乾燥させて持っていれば、この旅の途中で何かに使えると思ってな。……本当に、ただそれだけのことなのだがな……』


薬草だって!?


俺は飛び起きた。


(おい、クワンリ! それ、めちゃくちゃ大化けするかもしれないぞ!


明日、すぐにでもその花売りの子供を探しに行こう!)


クワンリは目を見開いて一瞬驚きの感情を見せたが、俺の意図を察したのか、すぐに破顔して「そうか!」と俺の頭を揉みくちゃに撫で回してきた。


おい、脳が揺れる。やめろ。


俺は彼女の膝からぴょんと飛び降り、抗議の「にゃーっ!」をぶつけてやった。


   *


クワンリに詳しく薬草の性質を聞き出すと、あの萎びた花束の中には二種類の有用な草が混ざっているのだという。


人族にとっては価値のないただの「雑草」だが、クワンリが持つ魔界の技術(魔術具)を通せば、極めて有用な『薬』に精製できるらしい。


ならば、その子供から草を買い取り、薬にして売れば、俺たちの生活費だけでなくその子の生活基盤も作れるのではないか――俺はそう提案した。


『そうか……!


ただ施しを与えるのではなく、あの子に「仕事」を作ってやれば良いのだな!


素晴らしい案じゃないか、ノル!


この『ダンデ草』は優れた虫除けの香に、こっちの『カスミレ草』は眠くならない優秀な鎮痛薬になるのだ!』


クワンリは一気に声を弾ませたが、すぐにハッと表情を曇らせた。


『あ……。しかし、致命的な問題がある。薬を精製するための魔術具には、動力源となる「魔性石」が必要なのだ。だが、今の私には、自身の身の回りの術を発動するための最小限の石しか残っていない。……私が不注意で、あの鞄を失くしさえしなければ……!』


彼女はまた、自分の失敗に囚われてうつむいてしまった。


(終わったことをいつまでも悔やんでいたって、何も始まらないさ。人間、過去に戻ることだけは絶対にできないんだから)


俺は前足で彼女の手の甲をぽんと叩いた。


(どうにもならない過去に貴重な脳のメモリを使うくらいなら、これからの未来をどう切り開くか考えてる方が、よっぽど生産的だ。――それにさ。ここからどうやって一発逆転してやるかって考えるの、なんだか最高にワクワクしてこないか?)


俺の不敵な思念に、クワンリは顔を上げ、今度は本当に嬉しそうに微笑んだ。


お人好しのポンコツ魔族と、現代人の知識を持つ黒猫。俺たちの、人間界での最初の「クエスト」の作戦会議が始まった。


翌日、俺たちは朝早くから天幕を飛び出し、あの花売りの子供の捜索を開始した。


まずはクワンリが数日前、その子から花を買ったという通りを手始めに歩き回ってみたが、そう簡単には出会うことができない。時間を変え、何度か同じ通りに戻って「そろそろ来ているのでは」と目を凝らしてみたが、やはり子供の姿はどこにもなかった。


太陽が空の天辺に差し掛かり、歩き疲れたクワンリが焦りと落胆で肩を落とし始めた頃。俺は、路地裏の物陰からじっとこちらを凝視している「一匹の野良猫」の視線に気がついた。


地元の先住猫だろう。ダメ元で、俺は『第三の目』に意識を集中させ、思念を使って語りかけてみた。


『……出て行け。俺の縄張りから今すぐ出ていけ。さもなきゃ噛むぞ!


ひっ掻くぞ!』


(やった、意思が通じるぞ!)


相手の頭から飛んできたのは、明確な敵意と警戒の思念だった。俺は慌てて、ゆっくりまばたきをすることで敵意がないことを示し、両前足を地面につけ、穏やかな思念を返した。


(待ってくれ、争う気はない。お前の餌場を荒らすつもりもないし、ナイスバディな雌猫にちょっかいを出す気もない。用事が済んだらすぐに消える。……だから、少しだけ教えてほしいんだ。このあたりで花を売っている、酷く痩せた人間の子供を知らないか?


俺たちはその子を探しにきただけなんだ)


野良猫は、俺の柴犬サイズの巨体を値踏みするように細い目で見つめ、やがてふんと鼻を鳴らした。


『……ああ、あのガキか。それなら「カルシマ通り」にある孤児院の子供だ。だが、昨日からこの界隈には姿を見せてないな』


(昨日から姿を?


……なるほど。ありがとう、助かったよ。約束通りすぐに立ち去る。俺はあそこで凹んで座っている人間の女に保護されている身だから、お前の縄張りを脅かすことは絶対にない。安心してくれ)


『フン! 山猫のくせに、人間に飼い慣らされやがって。シケた面しやがって』


(いや、飼い主の作ってくれるミルク粥、めちゃくちゃ美味いぞ。お礼に今度ご馳走してやるから、気が向いたらあそこの天幕宿の22番に来てくれ。じゃあな!)


   *


野良猫との通信を終え、俺は広場の石積みに腰掛けてすっかり落ち込んでいる飼い主(クワンリ)の元へと歩み寄った。


魂が抜けたように凹んでいる姿が少し可哀想になり、俺は無意識のうちに、彼女の足首に自分の顔をぐいぐいと擦り寄せていた。


(……あ、やべ)


最近、身体が猫の形状をしているせいで、本能的な「猫の習性」がどんどん身に付いてきてしまっている。このまま精神までただの猫になってしまうのではないかと怖くなり、自重しなければと思うのだが、慰めたいと思うと身体が勝手に動いてしまうのだ。元人間のプライドとしては非常に情けない……。


気を取り直して、俺は彼女の脳裏に鋭く思念を飛ばした。


(クワンリ、顔を上げろ!


手がかりが掴めたぞ。あの子は「カルシマ通り」という場所にある孤児院にいるらしい。ただ、昨日から姿を見せていないようだ)


クワンリは弾かれたように顔を上げ、驚愕の眼差しで俺を見つめた。


『……な、なぜ分かったのだ!? 誰に聞いた?


ノル、お前……人族と意思の疎通はしない方が良いと言っただろう、危ない目に遭う!』


(落ち着けって。人間に聞いたんじゃない。――あそこの路地裏にいた、地元の野良猫の先輩に教えてもらったんだよ)


俺がそう説明すると、クワンリは一瞬だけ呆気に取られたが、すぐに破顔して、


『……でかした、ノル!』


と言いながら、両手で俺の頭をガシガシと揉みくちゃに撫で回してきた。


おい、だから脳が揺れるって言ってるだろ。やめろ。


……と言いつつも、今回は俺の手柄を心から喜んでくれているのが伝わってきたので、俺は抗議の声を飲み込み、大人しく彼女の手の中でされるがままになっておいてやった。


街の住人に道を訊き、迷いに迷った末、俺たちはようやく目的の場所に辿り着いた。


……白状するが、この魔王の娘、致命的な方向音痴である。途中で親切なお爺さんが丁寧な地図まで描いてくれたというのに、なぜか全く違う路地に迷い込んでいくのだ。


結局、見かねて途中で声をかけた地元の野良猫の先輩に先導してもらい、どうにか着くことができた。本当に猫の身体(と思念)を持っていて良かった。このポンコツ魔族にナビゲーションを任せていたら、今頃街の反対側に突き抜けて一生着けなかった可能性が高い。


「……ボロいな」


それが、目的地である建物を仰ぎ見た俺の率直な感想だった。


規模こそそれなりに大きいが、建物全体が酷く老朽化している。しかし、不思議と嫌な印象は受けなかった。隅々までしっかりと掃除が行き届いており、建物の周囲の地面にもゴミ一つ落ちていない。ここの住人たちは、貧しいながらも矜持を持って、真っ当に生活を営んでいるのだろう。少しだけホッとする。


クワンリが重たい木製の鎧戸を開け、俺たちは中へと足を踏み入れた。


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