第29章 交渉成立
「どこに行ってたんだ!急にいなくなるなんて心配するではないか!」
やばい。
めちゃくちゃ怒ってる。
脇の下から手で持ち上げられて、クワンリの顔の正面にぶら下げられるように抱き直されている。
目が怖い。思念での会話なので口が動いていないから、余計に真剣な顔が際立つ。
顔を逸らしても、覗き込まれる……。
身をクネらせて逃げようと試みたが、馬鹿力女から逃れられるわけがない……。
「ごめんなさい。すぐに帰って来るつもりだったんだよ〜。山猫族から人化の呪文も教えてもらいたかったし」
「ノル!戻れたのかっ!人型に!」
クワンリはもう怒った顔ではなくなって、
ちょっと嬉しそうな顔をしている。
「駄目だった……すごく濃くて部屋いっぱいの霧が出たんだけど、呪文がうまく言えなくて……」
今度は心底がっかりした顔で、
「ここへ来てからノルは人型になってないだろ?そろそろ子供ノルにならないと猫に引っ張られるぞ」
はい、だいぶ引っ張られておりました。
雑草食ってました……。
「それに成り行きでカメムシ城の偵察もしてきたんだ。
後でオババにも相談に乗ってもらいたい。あと、君にも大事な頼み事がある」
クワンリは状況を察したのか、真剣な表情になって頷いた。
「それで、そろそろ降ろしてくれないかな?今、会談中なんだ。そして俺は無理矢理連れて行かれたわけでもないし、強制されてここにいるわけでもない。だから安心して」
クワンリは周りを見回すと顔を真っ赤にして、俺を降ろした。そして、引きずって来たワイバーン族の方を恐る恐る見るのだった。
俺はワイバーンの族長に向き直した。
「俺の連れがあなたの部下に乱暴を働いてしまった。早とちりとはいえ、大変申し訳なかった。アレも反省しているようなので、寛大な処置をお願いしたい」
「それに、カメムシ城の起動には彼女が必要かもしれないと俺は思っている」
ワイバーン族長はクワンリの力と強さに驚きを隠しきれない様子で、それでも威厳を保とうとしながら答えた。
「しゃ、謝罪は受け入れよう。しかし我が騎士が二人も向かっていたのだが……その娘は何者なのだ」
クワンリが申し訳なさそうに思念の会話に入って来た。
「寛大なお心に感謝します。大変申し訳なく思って反省しております。
申し遅れました。
我は魔王の娘クワンリと申す若輩者。
赤龍にございます」
ああああ〜言っちゃったよ〜嘘つけないから〜!
でもまだこのカードは出したくなかったんだよ〜!
部屋の中がどよめいた。そりゃそうだ。伝説の山猫と赤龍が目の前にいるんだから……。
「なんという事だ!!赤龍様まで……」
ワイバーン族と山猫族が手を取り合って喜びの涙を流している。
お互いが敵対していることに気がついて、慌てて手を離して取り繕っている姿に、俺は笑いを堪えるのが大変だった。
「そういえば、以前、私どもの部下が高純度の魔性石を積んだ船を臨検しようとしたときに赤龍が現れたと報告があったような……」
ワイバーン族の取り巻きがコソコソと話をしている。
「貴様ら!なんでそのような重要なことをワシに報告せんのだ!」
族長が声を荒げる。
「赤龍などいるはずのない伝説だと思ってしまい……」
「山猫様!本当にご協力いただけるのでしょうか?我々の積年の望みを叶えていただけるのでしょうか?」
やばい、こいつら目がキラキラしてる。完全に俺たちを神様か何かと思い始めているらしい……。
「先ほども話したように、まだ光が点いただけで船は動く気配がないんだよ。成功するとは約束できない。
だけど、やるだけの事はやってみる。それでいいなら協力する」
「かまいません。我々ワイバーン族はあなた様方に全面的に協力いたします」
俺はここぞとばかりに交渉の札を切った。
「じゃあ取り敢えず、ワイバーン族と山猫族は少し休戦って事でいいかな?」
「そして、無理矢理協力させている山猫族も解放してやってくれ」
ワイバーン族長が山猫族長に手を差し伸べた。
両者が握手を交わした。
山猫族の族長が俺に頭を下げていた。
協力を約束したらいきなり待遇が変わった……。
クワンリなんて伝説の赤龍様と呼ばれている。
龍化してほしいと頼まれているけど、顔を真っ赤にして断っている。
変身するには、服を脱がないといけないからね!
作戦は10日後。実行するまで俺たちは豪華なスイートルームで、メイド役の監視は付いているが、自由に出入りができる。
石油王にでもなったかのような生活になっている。
豪華な食事にオババもサルマも驚きを隠せない。
ベッドにフリフリの天幕まで付いている。
サルマはというと、お姫様になった気分とか言って浮かれっぱなしだ。
俺がこれからやらなきゃいけない事に頭を悩ませているっていうのに、呑気なもんだ。
オババには、また神託をしてもらいたいと頼んでおいた。
船に行って不思議な体験をしてから、自分でも説明がつかないような落ち着かない、ふわふわと地に足が着いていないような感覚があるのだ。
会談で決まった事は、ワイバーン族のルナへの帰還希望者を募り、準備をしてから実行する。
うまくいかないかもしれないと念を押しているのだけれども、本当に分かってもらっているのか不安だ。
船が動かなくて、嘘つき呼ばわりされて、断罪なんて真っ平だ!
環境制御装置も付いているようなんだけど、本当に機能するのか、俺だけが心配している。
まあ船が動かなければ、杞憂なんだけど。
今は、正体を隠す事もなくなった。
猫に引っ張られてトカゲやネズミを咥えたくない。
雑草だって無意識に食ってた。
なので猫化を抑えないとならない。
魔力を自由に使えるので、今夜から子供ノルになってクワンリに抱かれて眠る。
久しぶりの恥ずかしくも嬉しい夜がやって来る。




