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黒猫魔族の異世界社会見学【改稿版】黒猫になった俺がポンコツ魔王の娘を人間社会で教育してたら、世界を救う羽目になってしまった  作者: 5414


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第25章 ノルの液状化

夜も更け、クワンリたちは眠りについている。


俺もそろそろ寝ようかと思っていたところで、部屋の隅から音が聞こえた。


カリカリ。


キュッ、キュッ。


何かが壁を引っ掻く音と、ゴムを擦ったような高い音だ。


ネズミか?


耳が勝手に音のする方へ向いた。


身体を動かす前に、狩猟本能だけが目を覚ます。


暗い部屋の中で瞳孔が開き、箪笥の辺りが昼間のようにはっきり見えた。


いかん。


俺は今、怪しい猫の調査をしているのであって、夜中にネズミを追い回すために起きているわけではない。


もしネズミだったとしても、クワンリたちを起こさないよう静かに捕まえよう。


食べるかどうかは、その後で考える。


いや、食べない。


たぶん。


また、カリカリと音がした。


今度は箪笥の扉が、ほんの少しだけ動いた。


隙間から小さな鼻先が現れる。


続いて、逆三角形の顔と大きな耳。


箪笥の中から出てきたのは、ネズミではなかった。


砂色の毛をした、小柄な猫だ。


山猫じゃん!!!!


思わず飛びかかりそうになったが、どうにか踏みとどまった。


猫を見つけたからといって、何でもかんでも追いかけてよいわけではない。


それに、こいつは普通の猫ではない。


王都で見かけるようになったという、思念を使う猫かもしれない。


『誰だ。何をしに来た』


クワンリたちを起こさないよう、少しだけ威圧を込めて思念を送った。


砂猫はその場で姿勢を低くし、深々と頭を下げた。


『夜分に失礼いたします。山猫族の族長より、山猫様をお連れするよう申しつかって参りました』


思っていたよりも、ずいぶん丁寧な奴だった。


『族長が、俺を?』


『本来であれば族長自らお迎えに上がるべきところですが、事情があり、こちらまで参ることができません。どうか、お許しください』


砂猫は顔を上げ、じっと俺を見つめた。


その目には、どこか見覚えがある。


砂猫というだけあって、月明かりのような薄い毛色をしている。


丸い顔の俺とは違い、鼻先が細く、耳も大きい。


可愛らしく見えるが、野生の匂いは強かった。


小柄だからと油断して飛びかかれば、こちらが引っ掻かれるかもしれない。


チョビオが初めて俺を見た時と同じ目だ。


ありがたいものを見つけたような、妙にきらきらした目。


嫌な予感がする。


山猫族の間でも、俺は山猫様として扱われているのだろうか。


まだ何もしていないのに、勝手に祭り上げられるのは困る。


しかし、山猫族の族長には会ってみたい。


クワンリと同じように人の姿になれる者がいるなら、俺が人間へ戻る方法を知っているかもしれない。


それに、どうやって箪笥の中から入ってきたのかも気になる。


王都の貸家へ自由に出入りできる秘密の通路など、調査員として見過ごすわけにはいかない。


決して、夜の散歩に行きたくなったわけではない。


最近は昼間に寝てばかりなので、少しくらい夜のパトロールをしてもよいと思っただけだ。


眠っているクワンリへ目を向ける。


起こして説明すれば、たぶん止められる。


あるいは、一緒に行くと言うだろう。


どちらにしても、秘密の通路を猫一匹で通れるのか確かめることはできなくなる。


帰ったらきちんと報告しよう。


怒られるとしても、少しだけだ。


たぶん。


『案内してくれ』


砂猫はもう一度頭を下げると、箪笥の一番下の引き出しへ飛び乗った。


器用に前足を隙間へ差し込み、引き出しを少し開ける。


その奥には、壁へ続く小さな穴があった。


砂猫は迷うことなく、その穴へ身体を滑り込ませた。


頭が入り、肩が入り、腰が入り、尻尾の先まで音もなく消える。


俺も後へ続こうと、穴へ頭を入れた。


頭は入った。


しかし、肩から先が入らない。


俺は猫だが、柴犬ほどの大きさがあるマヌルネコだ。


砂猫と同じ穴を通るには、明らかに身体が太い。


『山猫様?』


穴の向こうから、砂猫の声がした。


『今行く』


猫は頭さえ通れば、どんな隙間でも通れる。


昔、そんな話を聞いたことがある。


猫は液体だとも言われていた。


俺も猫なのだから、できるはずだ。


前足を伸ばし、肩を片方ずつ押し込む。


胸を縮め、腹を引っ込め、腰をひねる。


何かに似ていると思ったら、畳もうとして失敗したポップアップ式の天幕だ。


身体の向きがおかしい。


自分の後ろ足がどちらを向いているのか分からない。


骨まで柔らかくなったような、何とも気持ちの悪い感覚がした。


それでも、もう一度身体をひねると、引っかかっていた腹がぬるりと穴を抜けた。


最後に尻がつかえたが、後ろ足で箪笥を蹴る。


スポンッ。


勢いよく抜け、狭い通路へ転がり込んだ。


できた。


初めての猫の液状化である。


自分でも、どうやって通ったのかよく分からない。


同じ形にもう一度なれと言われても、たぶん無理だ。


毛並みを整えて何事もなかった顔をすると、待っていた砂猫が感心したように頭を下げた。


『さすが山猫様でございます』


何がさすがなのだろう。


尻がつかえていたところまで、しっかり見られていたはずだ。


通路は壁の中を縫うように続いていた。


右へ曲がり、左へ曲がる。


少し登ったかと思えば、今度は下る。


人族の足音が壁の向こうを通り過ぎ、どこかで水の流れる音がした。


狭い場所では髭が両側の壁へ触れ、広い場所では古い木と土の匂いが鼻へ入る。


秘密の通路というより、猫だけが使える迷路だ。


帰り道を覚えておこうとしたが、五つ目の曲がり角で諦めた。


壁へ爪で印をつけようとも思ったが、族長の秘密の通路を勝手に傷つけるのはよくない。


それ以前に、似たような柱と穴ばかりで、印をつけた場所まで戻れる自信がなかった。


砂猫の尻尾を見失ったら、朝まで壁の中を彷徨うことになりそうだ。


やがて、正面から冷たい風が流れてきた。


砂猫に続いて穴を抜けると、目の前に草原が広がっていた。


頭上には、大きな月が浮かんでいる。


王都の中にいたはずなのに、いつの間にか町外れまで来ていたらしい。


砂猫は振り返ると、草の間を跳ねるように走り出した。


速い。


小さな身体が、風のように遠ざかっていく。


俺も慌てて追いかけた。


しばらくは頑張ったが、だんだん息が苦しくなってきた。


砂猫は軽やかなままなのに、俺の足取りだけが重くなる。


夜のパトロールだと思えば楽しいはずだったが、同じ景色が続くと飽きてきた。


途中で柔らかそうな草を見つけ、少しだけ齧る。


草原の草は、王都の路地裏の草より瑞々しい。


『山猫様、こちらでございます』


少し先から声をかけられ、慌てて草を飲み込んだ。


案内の途中で道草を食うとは、まさにこのことだ。


砂猫の向こうに、人影が立っていた。


がっしりとした体格の、少し年を重ねた男だ。


太い腕と節くれだった指は、長年何かを作ってきた職人のように見える。


男は俺の前まで来ると、片膝をついた。


そして、ゆっくりと目を閉じ、また開く。


猫の挨拶だ。


敵意はないらしい。


『お待ちしておりました、山猫様。私が山猫族の族長でございます』


目の前にいるのは、どう見ても人族の男だ。


それでも、思念は猫のものだった。


族長は立ち上がり、近くに建つ小さな家を示した。


『まずは中へ。お話ししたいことがございます』


人の姿をした山猫族の族長。


俺が知りたいことを、この男は知っているかもしれない。


胸騒ぎと期待を抱えたまま、俺は族長の家へ入った。


 


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