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黒猫魔族の異世界社会見学【改稿版】黒猫になった俺がポンコツ魔王の娘を人間社会で教育してたら、世界を救う羽目になってしまった  作者: 5414


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第23章 入国劇団

最初の山越えは、高度が足りずに引き返すことになった。


ベッサンを囲む山脈は、魔族領の外郭山脈ほど大きくはない。


しかし、今は雨季である。


雲の流れが速く、山肌に沿って吹き上がる風の向きも、絶えず変わっていた。


風を読むのは難しいらしい。


それにしても、よく揺れる。


大きく船体が傾くたび、荷物を固定する縄が軋んだ。


窓の外では、近づいたはずの山頂が、また遠ざかっていく。


サルマは自分が風を読み切れなかったと思っているのか、申し訳なさそうに俯いていた。


「雨季に一度で越えられる船など、よほど幸運でなければ無理だ」


タイホウは責める様子もなく、そう言ってサルマを慰めた。


一度山を下り、風が変わるのを待つことになった。


山へ近づいてから、私は身体の調子がよい。


地下に魔性石の鉱脈があるためか、辺りには濃い魔力が満ちていた。


腰の皮袋に入れた魔性石も、王都にいた時より強く感じる。


やはりここは、ノルが推測した通り、魔族の住む土地なのだろう。


私たちの祖先が乗ってきたラナのカケラは、この地にも落ちているのかもしれない。


そして、私たちとは別の船でラナから渡ってきた魔族の子孫が、山の向こうで暮らしている。


そう考えると、早く確かめたい気持ちと、知らない方がよいものを見つけてしまいそうな不安が、同時に湧いてきた。


再び風を読み、二度目の山越えに備える。


   *


気球船は厄介だと思う。


前世なら、高度一万メートルを飛ぶ旅客機でひとっ飛びだっただろう。


出発したのに、風が悪ければ引き返す。


風が変わるまで待ち、また最初からやり直す。


とても不便だ。


でも、その不便さが少し楽しくなってきた。


便利すぎる世界にいた頃は、何もかもが予定通りに動くことを当たり前だと思っていた。


電車が時間通りに来ることも、遠い場所へ短時間で行けることも、ありがたいとは思わなくなっていた。


不便になって、初めて分かることもある。


二度目の挑戦で、気球船は山脈を越えた。


窓の向こうに、山々で囲まれた広い盆地が見える。


クワンリに抱きかかえられ、俺も窓の外を覗いた。


さすがタイホウとオババである。


しかし、ひどく揺れた。


強風に翻弄される大きな風船へ乗っているのだから、仕方がない。


途中で逃げようとした俺を、サルマが固定用の籠へ入れてくれなければ、船内を転げ回っていたかもしれない。


嫌がって悪かった。


後で少しだけ撫でさせてやろう。


船の中は、皆どこか興奮していた。


王宮が発行する魔性石の取引証書がなければ、ベッサンで魔性石を買うことはできない。


危険な山越えまでして訪れるのは、暇を持て余した金持ちか、ユイコリウス侯へ取り入り、おこぼれを狙う商人くらいだとタイホウが言っていた。


俺たちは、どちらでもない。


ベッサンへ入るため、身分を偽る必要があった。


クワンリは、黙っていればどこかのお嬢様に見える。


実際には魔王の娘なのだから、お嬢様どころではない。


そこでクワンリを、退屈を持て余して観光へ来た地方の金持ちという設定にした。


サルマは付き添いの侍女。


オババは乳母。


俺は、金持ちのお嬢様が飼っている珍しい黒猫である。


街で買い揃えた、それらしい服へ着替えた皆は、お互いの姿を指差して笑っていた。


オババの乳母姿は、妙に似合っている。


サルマは普段より少し大人びて見えたが、笑いを堪えて頬を膨らませているので台無しだった。


クワンリは慣れない服を気にして、何度も裾を直していた。


呆れて見ていた俺も、宝石のついた悪趣味な首輪をつけられた。


クワンリが作ってくれた魔性石の首輪を、その内側へ隠してある。


嘘が下手なクワンリには、できるだけ喋らせない。


表に立つのは、侍女役のサルマである。


サルマとは思念が通じるので、何かあれば俺が指示を出せる。


にわか劇団にしては、よく考えた配役だと思う。


「城が見えてきたぞ!」


見張りの船員が声を上げた。


クワンリと一緒に窓へ顔を寄せる。


円形の城壁に囲まれた街の両端へ、巨大な建造物が一つずつ埋まっていた。


でっかいサンダーバード二号が、二台。


俺には、そうとしか見えない。


二台の巨大な船を起点に、街を囲む城壁が作られたようだった。


人々は、その建造物をカメムシ城と呼んでいるらしい。


カメムシには見えない。


どう見ても宇宙船である。


クワンリの祖先も、きっとあれと同じような船に乗って、この世界へやって来たのだろう。


船体は苔や草に覆われ、小さな木まで生えている。


それでも、壊れたり朽ちたりしているようには見えなかった。


さすがに、もう動かないとは思うが。


宇宙船へ目を奪われていると、別の飛行物体がこちらへ近づいてきた。


ヘリコプターだ!


一人乗りで、操縦している者の身体はむき出しだが、どう見てもヘリコプターである。


飛行機を飛ばして、いきなりヘリコプターを作っていたとは。


「気球港の水先案内人だ」


タイホウが説明してくれた。


俺たちは、想像していたよりも危ない相手へ、ちょっかいを出してしまったのかもしれない。


クワンリを見上げると、表情が強張っていた。


大丈夫だ。


俺が必ず、お前を無事に故郷へ帰してやる。


全部解決してからな。


   *


入国審査では、サルマが俺の考えた設定を説明している。


間違えて、ぼろが出ないか心配だった。


思念で教えることもできるが、ここでは簡単に使えない。


魔族が暮らす土地なら、思念へ使った魔力を感じ取られる可能性がある。


ここへ来る途中、俺とサルマはクワンリから「魔力の絞り方」を教わった。


相手へできるだけ近づき、眉間へ意識を集中させる。


思念の魔力を周囲へ放つのではなく、話したい相手だけへ、少しずつ染み込ませるように送る。


言葉で聞いても難しい。


練習して、どうにかクワンリから合格をもらったが、なるべく使わない方がよいだろう。


サルマは緊張しながらも、侍女らしい口調で審査官の質問へ答えていた。


オババは、さすが年の功である。


打ち合わせにない話まで自然に加え、乳母になりきっている。


入国劇団で一番の女優だ。


その場で増えていく設定へ、サルマが時々あたふたしている。


台詞が飛び、口を開けたまま固まるたび、オババが何事もなかったように助け舟を出した。


クワンリは、強張った顔で上品なお嬢様を演じている。


黙って澄ましていればよいと言ったのに、何か演技をしなければ落ち着かないらしい。


膝の上にいる俺を、やけに優雅な手つきで撫でている。


少しぎこちないが、健気で可愛らしい。


笑いを堪えるのが大変だった。


観光客として申請できる最長の十五日間、滞在を許可された。


結構稼いだつもりだったのに、入国と滞在の費用だけで、持っていた金の三分の二が消えた。


滞在中は案内人が付き、旅行者用の宿泊施設へ連れていくという。


案内人とは言っているが、どう考えても監視役だ。


国家機密だらけの土地なのだろう。


前世にも、こんな国はあった。


嫌な記憶と、嫌な予感に包まれる。


監視付きでは、クワンリもサルマも自由に動けない。


俺が動くしかないのだが、王都のような野良猫情報網は作れそうにない。


何を、どうやって調べればよいのだろう。


さっぱり分からない。


てか、なんで来たんだ?


ここが魔族の暮らす土地だと確認できたのだから、それだけでよいのではないか。


全部解決してから帰る、なんて格好をつけたのが、少し恥ずかしくなってきた。


焦っても仕方がない。


まずは観光客らしく街を見ながら、怪しいものを探してみよう。


ヘリコプターと、二隻の宇宙船だけは調査から外せない。


カッコいいからね。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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