第21章 野良の報告
『子猫が、たくさん産まれました』
猫集会での報告を受けている。
確かに、猫社会にとっては大切な情報だ。
めでたい。
しかし、俺が頼んだのは、王都で起きている異変や怪しい人族の動きについてだったはずだ。
『干物の種類が、夏のものになりました』
季節の変化も大事なのだろう。
猫にとっては、出される干物の種類が変わるほどの大事件なのかもしれない。
『だから、異変だって言ってるのに』
チョビオへ思念を送る。
チョビオも困ったように、報告へ来た猫たちを見回していた。
野良猫情報網を一日で完成させたまではよかった。
だが、何を情報として集めるのかを理解してもらうには、もう少し時間がかかりそうだ。
人族が夜中に荷物を運んでいた。
見慣れない者が空き家へ出入りしている。
突然、人がいなくなった。
俺が欲しいのは、そういう話である。
猫たちは真剣な顔で聞いている。
本当に分かっているのだろうか。
子猫が産まれた。
その中で、町外れの難民村を縄張りにする雌猫が、少し気になる報告をした。
『私の縄張りに、変わった奴がいるの』
『変わった奴?』
『猫なのだけれど、あんたと同じように頭の中へ話しかけてきたわ。仲間だと思っていたの』
思念を使う猫。
それを聞いた他の地域のボス猫たちも、同じような猫なら見たことがあると言い出した。
三か月ほど前から、王都で見かけるようになったらしい。
思念を送ってくるので気味が悪い。
しかし、何か悪さをするわけでもなく、縄張り争いも起こさないため、好きにさせていたそうだ。
『餌場と雌猫に手を出さないなら、別に問題ないわ』
ごもっとも。
猫社会の決まりは、実に分かりやすい。
人族のように、身分や税金や難しい決まりを覚える必要もない。
縄張りを荒らさない。
餌を横取りしない。
雌猫へ勝手に手を出さない。
それさえ守れば、多少変わっていても放っておく。
俺も猫社会の方が暮らしやすいのかもしれない。
だが、思念を使えるただの猫などいるのだろうか。
俺の場合は、転生者であり、魔族でもある。
クワンリとは思念で話せるが、人族には届かない。
この猫も、俺と同じような何かを持っているのかもしれない。
怪しい匂いが、ぷんぷんする。
早くクワンリへ報告しよう。
うまくすれば、ご褒美に猫じゃらしで遊んでもらえるかもしれない。
*
競馬場の次は、闘技場を視察する予定だった。
私は格闘技の試合を行う場所だと思っていたのだが、サルマの話では少し違うらしい。
敗戦国の元騎士や、捕らえられた鬼人、野獣などが、命を懸けて戦わされる。
時には、かつて同じ国で戦っていた騎士同士を争わせることもあるという。
そして、どちらが生き残るのかを人々が見物し、金銭を賭ける。
「私は、見たくありません」
サルマは俯き、いつもの明るい声でそう言った。
競馬場で引退馬の最期を見たばかりだ。
あの馬は、自分の意思で最後まで走り抜いた。
しかし、闘技場で戦う者たちは、自分の意思で命を懸けるのだろうか。
戦いたくない者を戦わせ、その死を娯楽にする。
しかも、そこでも賭け事が行われている。
今まで出会った人族は、そのような者ばかりではなかった。
孤児院の人々。
鬼人を助けた人々。
牧場で世話になった者たち。
私とノルを受け入れ、助けてくれた人族も多い。
それでも、残忍で強欲な者がいることも事実だ。
魔族領と人族領の行き来が増えれば、いつか魔族も見世物にされるのではないか。
そう考えると、これからの魔族領が心配になった。
ノルも同じことを考えていたらしい。
サルマへ、闘技場には行かないと伝えた。
「よいのですか?」
「ああ。人族を知るために来たが、殺し合いを最後まで見る必要はない」
サルマは少し安心したように、肩の力を抜いた。
勧めてくれたミノルバには悪いが、見たくないものを無理に見る必要はない。
見ないと決めたことも、報告書へ書けばよい。
*
商店街で子供ノルが貰った品物は、タイホウたちにも分けた。
菓子や果物、干し肉を並べると、船員たちはとても喜んでくれた。
子供用の靴下だけは、誰も欲しがらなかった。
当然である。
サルマが、ノルのために取っておくと言って大切そうに畳んでいた。
タイホウには、次の街までただで乗せてやるから、このまま一緒に行かないかと誘われた。
どこへ向かうか、まだ決めていない。
ありがたい申し出なので、覚えておくことにした。
闘技場の視察をやめたため、空いた時間で薬の販売準備を進める。
私はサルマと一緒に、街外れの林へ薬の材料を採りに来た。
街に近いため、食べられる茸はほとんど採られている。
倒木の周りに残っているのは、毒茸ばかりだった。
赤い傘に白い斑点があるもの。
倒木と同じ色をして、見落としそうになるもの。
触れただけでは害のないものもあれば、汁が皮膚につくだけで腫れるものもある。
しかし、毒も使い方次第では効果の高い薬になる。
量や加工方法を間違えれば、大変なことになる。
見つけた茸を一つずつ確認し、必要なものだけを籠へ入れていく。
サルマは珍しそうに覗き込んでいたが、手を伸ばそうとするたびに止めた。
「見るだけですか?」
少し不満そうだ。
「これは毒茸だ。間違えれば、薬を作る者も、飲む者も死ぬ」
そう説明すると、伸ばしかけた手を勢いよく背中へ隠した。
素直でよい。
*
鹿車へ戻り、採ってきた茸の加工を始めた。
窓を開け、手袋をつけ、使う道具を一つずつ並べる。
乾燥させるものと、煮出すものを分ける。
別の茸と混ざらないよう、置く場所も離しておく。
サルマは、少し離れたところから興味深そうに見ている。
毒茸の恐ろしさを説明したので、納得はしてくれたらしい。
薬の調合を学びたい気持ちは分かる。
しかし、毒茸を使う薬だけは、まだ教えるつもりはなかった。
おっちょこちょいのサルマへ任せるには危険すぎる。
「もう少し近くで見ても大丈夫だぞ」
声をかけると、恐る恐る一歩だけ近づいた。
毒茸は怖いが、そこまで離れなくてもよい。
可愛い奴だと思ってしまう。
鹿車の中にいると、少し身体の調子がよくなる気がする。
好きな作業へ集中しているからなのか。
細かく気を使う作業なので、鈍っていた頭が動くようになるのもありがたい。
明日は、本格的に薬草を採りに行こう。
*
最近のクワンリは、薬の下準備で鹿車へ籠もっている。
あまり構ってもらえない。
子供の姿で穀物商人から譲ってもらった魔性石が見つからないか、少しひやひやしている。
だが、魔性石の効果もあるのか、クワンリは体調も機嫌もよさそうだ。
何よりである。
そのうち、魔性石のことは打ち明けよう。
怒られるだろうか。
怒られるだろうな。
クワンリのために手に入れたとはいえ、やり方がよくなかった。
それでも、魔性石のおかげでクワンリが元気になっている。
返せと言われても、今は返したくない。
そんなことより、今は思念を使う猫の話だ。
報告はしたが、クワンリと詳しく対策を考えなければならない。
クワンリと同じように、魔族領から来た隠密調査員という可能性もある。
猫の姿で人族領へ潜り込んでいるのなら、それが一番自然だ。
そうであってほしい。
だが、どうして三か月も前から王都にいるのだろう。
なぜ、野良猫へ思念を送ったまま、正体を明かさないのだろう。
ただの魔族なら、クワンリへ名乗ればよい。
王都へ潜伏する理由があるのなら、なおさら気になる。
何も起こしていないという話が、かえって不気味だった。
考えるほど、胸騒ぎが止まらなくなった。




