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黒猫魔族の異世界社会見学【改稿版】黒猫になった俺がポンコツ魔王の娘を人間社会で教育してたら、世界を救う羽目になってしまった  作者: 5414


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第20章 プロ根性

サルマが頂き物を貸家へ置きに戻っている間、私は公園の長椅子でノルを抱いて待っていた。


ほんの少し前まで、子供の姿をしたノルの手を握り、サルマと三人で歩いていた。


その感触を思い出していると、幼い頃、父と母に両手を引かれ、魔王城の薬草庭園を歩いた記憶が蘇ってきた。


幸せだった。


早く帰りたい。


土地の魔力が薄いせいもあるのだろう。


故郷を思う気持ちが、日に日に強くなっている。


腕の中のノルを少し強く抱き締める。


ノルは何も言わず、私の腕へ顔を押しつけた。


   *


サルマが戻り、三人で競馬場へ向かった。


今日は、人族の娯楽施設を視察する。


馬を走らせて順位を決め、一着になる馬へ金銭を賭ける。


当たれば配当が戻り、時には賭けた金銭の何倍にもなるらしい。


ミノルバから説明を聞いたが、そもそも魔族領には賭け事という娯楽がない。


何が楽しいのか、さっぱり分からなかった。


土地の魔力が足りず、頭が回らないせいもあるのだろうか。


「まあ、取りあえず行ってみるとよいじゃろ」


ミノルバにはそう言われた。


実際に競馬を見ながら、サルマに仕組みを説明してもらうことになっている。


人族を観察するには、もってこいの場所らしい。


ノルによると、以前市場で見た、小箱の印付きを選ぶ露店も賭け事なのだという。


しかし、あれの何が楽しいのかも分からなかった。


ノル自身、前の世界では賭け事をしなかったらしい。


私へ分かりやすく説明できるほど詳しくないと言っている。


ただ一つ、気になった話があった。


賭け事へ夢中になりすぎて、身を滅ぼす者がいるという。


仕事もせず、他人から金銭を借りてまで続け、信用を失い、社会から排除される。


前の世界では病気として扱われ、治療を受ける者までいたらしい。


賭け事とは、なんと恐ろしいのだろう。


そのような危険な娯楽を野放しにしている人族の国は、やはり私たち魔族とは相容れないのかもしれない。


   *


サルマも競馬場へ来るのは初めてらしい。


それなのに目を輝かせ、上気した顔で辺りを見回しながら、私たちを入場口まで先導している。


どうして説明できるのか聞くと、以前、ミノルバの知り合いが船長を務める定期船で見習いをしていた頃、競馬好きの船員から教わったそうだ。


入場口では、代表者としてサルマの身分証を提示した。


この国では、身分によって入る場所が違う。


上級貴族。


下級貴族。


上級平民。


中級平民。


下級平民。


下人。


一番位の高い代表者と同じ場所へ、連れの者も入れるらしい。


風読みは中級平民。


兵士や役人、予備兵役の者、人を束ねる立場の者などと同じだという。


下級平民は労働者、芸人、個人で商売をする者。


下人は無職の者や奴隷、敗戦国の出身者。


上級平民は位の高い役人や兵士、多くの税を納める事業主、芸術家や音楽家などだ。


獣人は下人として扱われる。


しかし、下人の客席で見かけることは少なく、上級貴族の客席で深くフードを被っていることが多いらしい。


なぜ、これほど細かく分ける必要があるのだろう。


サルマへ聞いてみたが、サルマにも分からないという。


「王国の決まりだから。生まれた時から、こういうものだと思っていたの」


今まで、あまり疑問を持ったことがなかったらしい。


『位が上の者へ、優越感を持たせるためじゃない?』


ノルが小さく呟いた。


『上へ行くために働いて、たくさん税金を納める。疑問を持たせないように優越感を与えて、自分も誰かに使われていることへ気づかせない』


ノルらしい答えだ。


   *


人混みは嫌いだ。


歩きづらい。


もっと小さな猫なら、人の脚の間をすり抜けられるのだろう。


しかし、俺はでかすぎる。


もたもたしていると、クワンリが抱き上げてくれた。


「ノルよ。子供の姿より重たくないか? 腕からすり抜けてしまいそうなのだが」


『身体の力を抜いているからでしょ。力を入れたら、余計に抱きづらいと思って』


「しかし、持ちづらい」


物みたいに言うな。


『じゃあ、力を入れてみる?』


前足へ力を入れ、爪を立ててしがみつく。


「痛い! 爪を立てるものではない! やはり抱きづらい。力を抜いてよいぞ」


『でしょ』


観覧席へ着くと、ようやく落ち着いた。


抱いて運んでくれた礼に、クワンリの脛と足の甲へ身体を擦りつける。


サルマは飲み物と食べ物、それに競馬新聞のような紙を持ってきた。


賭ける仕組みや、馬の選び方をクワンリへ説明し始める。


『俺は、走る前の馬を見たい』


「さすがノルさん。準備場で馬を見るのは、とてもよい考えです」


褒められた。


馬と思念で話せば、勝つ馬が分かると思っただけなのだが。


   *


五つのレースが終わり、そのうち三つを当てた。


外したレースも、予想はかなり近かった。


馬たちへ直接話を聞くのは、なかなかよい考えだったと思う。


今のところ、元の金銭の三倍近くに増えている。


最終レースの馬へ聞き取りに行く。


その中に、今日で引退する馬がいた。


かつては負け知らずといわれたベテランだが、最近は勝てなくなっているらしい。


周りの若い馬たちからは、もう終わった馬だとからかわれていた。


それでも、今日が最後だからこそ、意気込みが違った。


俺は、個人的に応援したくなった。


そのベテランと長く一緒に走ってきた馬が、俺の隣へ来た。


『俺たちは、競走馬として生まれ、育てられた。そのことへ感謝して、レースでは全力で走る』


静かな声だった。


『走ることが喜びだ。あいつは、引退などしたくないだろう』


ベテランを見つめる。


『今日は勝つ。いや、勝ってほしい』


俺は三番のベテランへ、今日の小遣いをすべて賭けることにした。


最終レースの馬たちが、出走門へ集まってくる。


若い馬は、騎手を落としそうなほど興奮していた。


『若いな。レースで勝っても、騎手を選ぶ馬などプロではない』


先ほどの馬が、俺を背中へ乗せながら呟いた。


男前な馬だ。


準備が整った。


合図と同時に、門が一斉に開く。


土煙を巻き上げ、十頭の馬が走り出した。


この世界の競馬は、楕円形のコースではない。


会場の直線以外は、街の郊外にある、普段は一般の道として使われている場所を走る。


前世のマン島のレースみたいだ。


一周三分ほどのコースを、三周する。


猫の俺では見づらいだろうと、馬がレース中も背中へ乗せてくれている。


おかげで、人間たちよりよく見えた。


二周目まで、三番のベテランは中ほどを走っていた。


背中の馬によると、最後の直線で一気に追い抜く走り方らしい。


それで観客にも人気があったのだという。


最終の曲がり角を抜け、十頭の馬が土煙と共に直線へ入ってきた。


三番は四番手付近にいる。


そこから外側へ出た。


一頭。


二頭。


三頭。


あっという間に先頭へ出る。


二番手を大きく引き離し、ゴールした。


俺の小遣いが五倍になった瞬間だ。


だが、三番の様子がおかしい。


足取りがふらついている。


首を振り、鼻息を荒くしながら、脚をもつれさせている。


騎手が降り、たてがみを一度撫でた。


騎手が離れた直後、三番はその場へ倒れ込んだ。


全身が痙攣している。


苦しそうだ。


やがて、動かなくなった。


俺を背中へ乗せている馬が、感嘆するように息を吐いた。


『俺たち競走馬は、走り、勝つために生まれ、愛され、育てられてきた』


倒れた仲間を真っ直ぐ見ている。


『引退レースで勝った。騎手を最後まで落とさず、降りて離れるまで持ち堪えた。あいつにとっては、本望だろう』


少し間を置き、続けた。


『俺も、あのような逝き方に憧れる』


その言葉をクワンリとサルマへ伝えた。


二人とも涙を浮かべながら、笑顔で頷いている。


泣き笑いは、二人とも不細工だな。


でも、よい顔だ。


前世で読んだ本を思い出した。


僧侶が人の相談へ答える内容だった。


人は、なぜ生まれてきたのか。


理由や役割はあるのか。


その問いへ、僧侶はこう答えていた。


人は、死を迎えるために生まれてきた。


生まれた理由や役割などない。


どう生き、どう死ぬかは、その者次第だ。


僧侶は、大根を例にしていた。


大根が意思を持ち、いつも人間に食べられてばかりだと怒り、食べられないために辛くなったり、毒を持ったりしたらどうなるか。


人間は、その大根を作らなくなる。


食べられることはなくなるが、種も残らない。


しかし、芽の頃から大事に育てられ、水も肥料も与えられ、立派な大根になったことへ感謝し、美味しく育ったらどうなるか。


この大根は一番だと、たくさん作られる。


やがて評判が広まり、種はあちこちへ運ばれ、子孫を残すことができる。


それが、生き物としての勝利なのだという。


自分が幸せになりたいのなら、まず自分の周りにいる者を幸せにすることだ。


そんな哲学者の言葉も思い出した。


俺も、そのように生きたい。


そのように逝きたい。


倒れた競走馬へ、心の中で静かに手を合わせた。


 

 


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