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黒猫魔族の異世界社会見学【改稿版】黒猫になった俺がポンコツ魔王の娘を人間社会で教育してたら、世界を救う羽目になってしまった  作者: 5414


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第19章 魅了の効果

猫の集会が終わった。


正確には、干物を食べ終えた猫たちが、満足そうにそれぞれの縄張りへ帰っていった。


静かになった裏庭には、空になった樽と、ところどころに落ちた魚の欠片だけが残っている。


そして俺の前には、ボロボロになったクワンリとサルマがいた。


髪は乱れ、服には猫の毛がびっしりとついている。


肩や頭にまで猫に乗られたせいか、二人とも顔を上気させ、息を荒くしながらよろよろと歩いてきた。


コントのようで笑ってしまう。


『ひどい目に遭った』


クワンリはそう言いながら、俺の頭を少し乱暴に撫でた。


サルマは何も言わず、その場へ座り込んでいる。


しかし、二人へ山猫さまの話をすると、疲れていたはずの顔が急に明るくなった。


目を輝かせ、期待に満ちた顔で俺を見る。


やめてほしい。


野良猫を束ねるくらいしかできない俺が、どうやって世界を救うのだ。


これといって目立つ能力もない。


ありえない。


集まった猫たちへ、世界の危機とやらについて聞いてみたのだが、誰も詳しいことは知らなかった。


昔から語り継がれている言い伝えだというだけで、肝心の何が起こるのかは分からないらしい。


それでは情報として使い物にならない。


取りあえず、王都で何か異常な出来事が起きたら知らせてもらうことにした。


空から山猫が来るという言い伝えが当たっていたのなら、世界の危機の方も少しは気にしておいた方がよい。


気は進まないが。


チョビオには、ボス猫たちから集まった情報をまとめて俺へ伝える役を頼んだ。


チョビオは胸を張り、尻尾を真っ直ぐ立てて帰っていった。


普通の猫だと言っていたのに、もう補佐役の顔になっている。


俺よりやる気がある。


   *


薬の販売を始める前に、王都の闘技場と競馬場を見に行くことになった。


忙しくなる前に、行けるところへ行っておきたいとクワンリが言い出したのだ。


この前の村で、薬を求める人に囲まれたことが、だいぶ堪えているらしい。


王都では街外れの貸家なのだから、あれほど客は来ないと思う。


今回はサルマという助手もいる。


そう説明しても、クワンリの顔はすでに強張っていた。


仕方がないので、足元へ擦り寄る。


膝へ前足をかけ、降りて、また上がる。


何度か繰り返すと、クワンリが俺を抱き上げた。


ようやく撫でてもらえる。


顔を近づけてきたので、鼻の頭をザリザリと舐めてやった。


クワンリの表情が少し緩む。


後で猫じゃらしでもして、一緒に遊んでやれば落ち着くだろう。


俺はじゃらしてもらえれば、それで満足だ。


前世では、格闘技にも賭け事にも全く興味がなかった。


闘技場も競馬場も、正直なところ楽しめそうにない。


しかし、これは異世界の社会見学だ。


クワンリとサルマについて行くことにした。


サルマが、俺の子供の姿にぴったりの服を買ってきてくれている。


せっかくなので、今日は子供ノルになって出かけることにした。


人型になってから、初めてのお出かけだ。


デートには程遠いが、猫の姿で抱かれているよりは、少しだけクワンリに近づける気がする。


そう考えると、なんだか楽しみになってきた。


   *


服へ着替え、右手でクワンリ、左手でサルマと手を繋いで貸家を出た。


鏡で見た子供ノルは、やはり五歳くらいにしか見えない。


母親と姉に挟まれた、仲良し家族のようだ。


少し気恥ずかしい。


しかし、嬉しい。


二人の手を引っ張るように歩く。


調子に乗ってスキップをすると、サルマが転びそうになった。


クワンリに嗜められる。


大人しく歩くことにした。


少しだけ。


二人の顔を交互に見ていたら、また嬉しくなってスキップをした。


今度もサルマの身体が傾いた。


またクワンリに嗜められた。


そんなことを繰り返していたので、街の入口へ着く頃には、足が疲れてガクガクしていた。


猫の身体なら、これくらいの距離はなんでもない。


子供の足は、思っていたより不便だ。


『もう歩けない』


正直に伝える。


「しょうのないやつだ」


クワンリは呆れながらも、笑って俺を抱き上げてくれた。


首筋へ顔を埋める。


クワンリの匂いを嗅ぐと、幸せな気持ちになった。


しがみつく腕に力が入る。


浮かれすぎて、だいぶ子供の身体に引っ張られているようだ。


まあ、今だけならよいだろう。


   *


街へ入り、商店街のような通りを進む。


古くから使われている道なのだろう。


道幅は鹿車一台分ほどしかない。


両側の店が通りへ天幕を張り出しているので、さらに狭くなっている。


店先には、焼いた肉や魚、果物、菓子、布、日用品が所狭しと並んでいた。


あちこちから店主の呼び込みが聞こえる。


人と人の間を縫うように歩くのは大変だが、活気があって楽しい。


なんだか、前世のアメ横を思い出した。


よくセンタービルの地下へ、スパイスを買いに行ったものだ。


店先から香辛料に似た匂いが流れてくる。


インドカレーが食べたい。


そんなことを考えながらクワンリに抱かれていると、菓子屋の女主人と目が合った。


女主人は一度俺を見て、目を大きく見開いた。


「あらまあ、なんて可愛い子なんだい」


店の奥から走ってきたと思ったら、包み紙に入った菓子を差し出してきた。


「ほら、これを持ってお行き」


何も買っていないのだが。


戸惑いながら受け取ると、女主人は満足そうに何度も頷いた。


少し進むと、今度は惣菜屋の主人に呼び止められた。


「おっ、可愛い坊ちゃんだな。これ、食ってみな」


串に刺さった焼き肉を渡される。


隣の果物屋からも声がかかった。


「照れてるのかい。おばちゃんに顔を見せておくれ」


頬を撫でられ、赤い果物を二つ持たされた。


俺が礼を言うと、おばちゃんは胸を押さえてよろめいた。


大丈夫だろうか。


その後も、店の前を通るたびに呼び止められた。


菓子。


干し肉。


小さなパン。


果物。


なぜか子供用の靴下まで貰った。


通りの向こうから俺を見つけ、わざわざ品物を持って走ってくる者までいる。


最初は喜んでいたサルマも、途中から笑顔が引きつっていた。


両腕いっぱいに頂き物を抱え、前が見えなくなっている。


クワンリも俺を抱き締めたまま、周囲を警戒するように見回していた。


俺も少し怖くなってきた。


これが、魅了の力なのか。


親しみを持たれやすい程度だと思っていた。


誰も俺の言いなりになったりはしない。


しかし、好意の向け方が明らかに普通ではない。


少なくとも、店の売り物を次々に無料で渡したくなるほどには効いている。


もしかして、俺がクワンリに好かれているのも、この力のせいなのだろうか。


一瞬そう思い、胸の奥が冷たくなった。


クワンリを見る。


俺の視線に気づくと、心配そうに顔を覗き込んできた。


その顔を見ていたら、今考えても仕方がないと思った。


クワンリが俺を大切にしてくれている。


今は、それでよい。


それにしても、この力は便利すぎる。


食うに困ったら、子供ノルで商店街を一往復しよう。


しばらく食べていける。


クワンリとサルマが同時に俺を見た。


思念が漏れていたらしい。


冗談だ。


半分くらいは。


   *


商店街を抜けたところに、小さな公園があった。


三人で長椅子へ座り、ようやく息をつく。


サルマの腕の中には、まだ頂き物の山がある。


これから競馬場へ行くのに、持って歩くのは邪魔になる。


一度、貸家へ置きに戻ってもらうことになった。


サルマは荷物の向こうから顔だけを出し、ふらふらしながら来た道を戻っていった。


転ばないか心配だ。


「ノルも猫へ戻った方がよい」


クワンリに言われた。


この先も同じように魅了が働けば、今度こそ品物に埋もれてしまう。


競馬場には商店街より多くの人が集まるらしい。


子供ノルのまま入ったら、何が起こるのか想像もつかない。


仕方がないので、物陰で黒猫の姿へ戻った。


服はクワンリに畳んでもらい、いつものように腕へ抱かれる。


初めての人型でのお出かけは、思っていたより短かった。


だが、右手にクワンリ、左手にサルマ。


二人と手を繋いで歩いた感触は、まだ手のひらに残っている気がした。


また三人で歩きたい。


今度は、誰にも品物を押しつけられない静かな道がよい。


クワンリの腕の中で丸くなる。


魅了の力か。


便利ではある。


しかし、思っていたよりずっと面倒な力なのかもしれない。


 

 

 

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